片翅の火蝶 ▽お家存続のため蝋燭頭の旦那様と愛し合います▽

偽月

文字の大きさ
39 / 88
二章 恋の病に薬なし

-39- 二人を繋ぐ糸の色は

しおりを挟む
 
「――あ、あの……旦那様……」
「ん?」
「絹が織れたら、その……何か縫いたいと思ってるのですが……」
「織るだけじゃなく、縫えるのか?」
「は、はい。一通りの物は縫えます……」

 生糸を紡ぎ、絹糸を織って絹を作るだけに留まらず、実用品を縫うことまで出来るとは。
 八重の徹底した手芸達者っぷりに太蝋は感嘆した。
 実の母親である火焚当主は、針に糸を通すことすら困難を極めていたものだ。
 その姿を幼い頃から見ていた太蝋にとって、縫うまで出来る八重には感心しか浮かんでこない。
 すると。

「そ、それで、その……よ、良かったら……っ、旦那様とお義母様に、何か差し上げたいのですが……っ」
「え?」
「た、ただ、旦那様には何が宜しいのか分からなくて……。何が良いでしょう……?」

 同性である当主には、自ずと贈っても大丈夫そうな物は浮かぶものの、普段は洋風の軍服を着込んでいる太蝋には、何を贈って良いものか分からなかった。
 絹を織りながら考えてみたものの思い浮かばず、本人に訊ねてみることにしたのだ。

 太蝋は贈ったものが別の形になって自分の手元に戻ってくるらしいことに驚いて、一瞬だけ思考が停止した。
 何とか思考を再開させ、太蝋は八重に言う。

「……自分のことに使って良いんだぞ?」

 太蝋の言葉を聞き、八重はしゅんと肩を落とした。

「あ……。やっぱり、ご迷惑――」
「くれると言うなら遠慮はしないが」

 曲解した八重を見て、太蝋は慌てて受け取ることを告げた。
 それを聞いて少しだけ嬉しそうな雰囲気を漂わせる八重の姿が胸に刺さる。
 そのことを誤魔化す意味合いも込めて、太蝋は咳払いしてから考えを口にした。

「そうだな……。せっかくなら毎日、身に付けられる物が良いな」
「ま、毎日……?」

 贈りたいとは言ったものの「毎日身に付けられる物」と言われるとは思わず、八重は恐縮して肩を強張らせた。

 しかし、太蝋が望むなら出来る限り応えたい。
 悩んで顎に手を添える太蝋の姿を見上げながら、八重はその手元の物を見ながら言った。

「手袋は如何でしょうか……?」
「手袋か……」

 八重の提案を聞き、太蝋は白手袋を身に付けている自身の手の平を見ながら思案した。

 日頃から手袋を使っている太蝋だが、緊急事態になると手袋を投げ捨てることがある。
 雑に扱うのが常になっている為、予備の手袋を持ち歩いていて、消耗品と化しているのだ。
 最早、癖となってしまっている為、手袋を貰っても同じ扱いをしてしまいかねない。

 悩みに悩んだあと、太蝋は事情を言うことにした。

「確かに手袋は毎日身に付けてるんだが、任務中に無くすことも多くてね。毎回、予備を持ち歩いてるほどなんだ。せっかく作って貰っても、癖で無くすかもしれない」

 まさか、投げ捨てるかもしれないとは言えず、言葉を濁した。
 これを聞いた八重が、太蝋への贈り物を諦め、自身のことに絹を使った方が良いと考えて直してくれないか、とも思いながら。
 しかし。

「……予備……が、増えるのは邪魔でしょうか……?」
「え?」
「あ、いえ、その……手袋なら、何組か作れるくらいの布は出来ると思うので、予備を……」

 事前に無くされる可能性を聞かされても尚、八重は贈ることをやめようとは思わなかったようだ。
 頻繁に無くしてしまうなら沢山用意すれば事足りるかもしれない。
 しかし、既に予備を持ち歩いている太蝋の邪魔にならないだろうか?
 贈り物はしたいが、邪魔にはなりたくない。
 そんな八重の考えが心許無い寂しげな顔や、辿々しい言葉使いから感じ取られる。
 だが、一度決めたことは曲げないらしい強情さも感じた。

 太蝋はフッと笑い声を漏らし、頭の炎を優美に揺らめかせる。

「それは有難いな。気兼ねなく日常使い出来そうだ」
「っ! では――」
「うん。手袋を何組か頼むよ」
「かしこまりました」

 贈り物を決められたことに安堵した様子の八重を見て、太蝋もまたホッとした。
 自分のことに使って欲しいと思ったのは本心だ。
 だが、八重から贈り物を貰えることが、じわじわと嬉しさを呼ぶのも間違いなかった。

「楽しみだ」

 噛み締めるように太蝋が言うと、八重は目を見張った。
 まるで言われるとは思っていなかったと語るように。
 すると。

「……頑張ります」

 八重は照れ臭そうに微笑んだ。
 仄かに赤くなった頬にまつ毛の影を落ちていて、やけに奇麗だった。
 抱き締めたい衝動を覚えて、太蝋は拳を握り込む。

(あぁ……――この顔も、駄目だな)

 今、見るまで知らなかった八重の笑顔は、思いの外に太蝋の心を揺さぶった。
 また見たいと願ってしまうくらいには魅力的だった。

 太蝋は思った。八重に絹糸を贈って良かった、と。
 贈った絹糸が自分の元に戻ってくるとしても、八重が喜んで絹を織っているなら贈った価値はある。

 いや――物以上のお釣りは既に返ってきている。

 夏の陽射しに照らされ絹を織る八重の姿こそが、太蝋にとって価値ある物だったのだ。
 

   第二章【恋の病に薬なし】 完
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

処理中です...