片翅の火蝶 ▽お家存続のため蝋燭頭の旦那様と愛し合います▽

偽月

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二章 恋の病に薬なし

-29- 川を見たいと言う可愛い人

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 太蝋は副隊長である斬島と第三小隊、看護手を同行させることを決め、例の長屋一帯を目指した。
 同行しない第一、二、四小隊は、長屋がある朱ノ里周辺地域の調査へ向かう。
 その中には火蝶の神社が居を構える上ノ杜もある。
 二百名もの部下を引き連れて、朱町あけまちを歩いていく様は物々しいものがあった。
 町民達も太蝋達の姿を見て、何かあったのだと察し、ひそひそと不安そうに話し合っている。
 小一時間ほどで病雀びょうじゅくを目撃した長屋一帯に到着すると、太蝋は第三小隊の副隊長に指示を下した。

「鈴村。この長屋一帯に〝網〟を張れ」
「了解」

 鈴の異形頭である鈴村は、太蝋からの指示に即座に答え、自身の力を発揮するべく動き出した。
 太蝋は災物を外へ逃さないための結界を網と呼んでおり、単身で網を張る能力を持っているのは第一炎護中隊の第三小隊副隊長である鈴村しかいない。
 次いで太蝋は第三小隊の隊長である高津こうづに病雀調査の指揮を指示する。

高津こうづ。病雀調査に取り掛かれ。見つけ次第、討伐して構わない。討伐数の把握は怠るな。鈴村の補佐に数名就かせろ」
「了解しました!」

 真剣な面持ちで返答すると高津は部下達に調査範囲の指示を行ない始めた。その様子を見届けた後、太蝋は長屋の方に向き、すぐ傍に立っている斬島に言う。

「お前は私について来い。網の中を調査をするぞ」
「了解~」

 気の抜けた返事をしながらも斬島の表情は引き締まっていた。
 一時間ほど前まで文句を言っていた男とは思えないほどの真剣さだ。

 鈴村が張り始めた網の中に入り、太蝋と斬島は長屋が立ち並ぶ道を歩いて行く。
 多くの町民が住んでいるとは思えないほど不気味な静けさが漂っている。
 時折、人が咳き込むような音が聞こえてくるが、まるで長屋一帯が死んでしまったかのような空気だ。
 緊張感が高まる中、斬島は何気なく太蝋に訊ねる。

「――しっかし、よくもまぁ、病雀びょうじゅくなんて見つけましたね。隊長の家、間反対じゃないっすか。ここに知り合いでも居るんすか?」
「居ないよ。女房殿と散歩に来たら、たまたま見つけてしまったんだ」
「へぇ、女房殿と……」

 緊張感を和らげようと始めた会話の中に混じっている単語に斬島の思考が一瞬止まった。
 幸い、歩く足は止まらなかったが、理解が追いついていない様子で、頭の周りに幾つもの疑問符を飛ばしている。

「えっ? 女房殿って誰の?」
「私の女房殿だが?」
「隊長の?」
「だから、そう言ってるだろう」

 同じ質問に太蝋は呆れた様子で返した。
 その答えを聞き、斬島はようやっと太蝋が結婚していたと理解して声を張り上げた。

「女房殿ぉ!? 隊長のぉ!? いつ結婚したんですか!?」
「一ヶ月前。言ってなかったか?」
「聞いてないですぅっ!! えっ、奥様との逢引でここに来たんですか? 嘘でしょ?」

 新妻との逢引で長屋一帯を選んだ太蝋の感覚が信じられないと言いたげな斬島。
 その態度に多少の苛立ちを覚えながら、太蝋は即座に訂正した。

「すぐそこの川沿いを散歩してたんだよ。女房殿が川を見たいって言うから」
「何その素朴な要望!? 川が見たいって、かわいっ! えっ、奥様、可愛いんですか?」
「答えてやる義務があるか?」

 太蝋の頭の炎が徐々に強くなっていっている。
 声色からも怒気が感じられ、斬島は咄嗟に口を手で覆い、明後日の方向に顔を向けた。
 これ以上の詮索は別の緊張を引き出してしまいかねない。

 斬島が黙ったと同時に太蝋は長屋の中心地に在る井戸を発見した。
 昼間の時間帯なら井戸端会議が行なわれていそうなのに、人っ子一人いない。

「誰も居ませんね~。人は住んでる筈なのに」
「あぁ。ここまでに病雀びょうじゅくの姿も見なかったな」
「隊長が退治しちゃった病雀が最初で最後だったんすかね」
「その分、病鼠びょうそが息を潜めてるのかもしれないな」
「うえっ、最悪だ。長屋ごと破壊って未来は嫌ですね~」

 病鼠は住居の屋根や、建物の隙間に入り込んで住人に疫病を振りまく災物だ。
 それ故に発見の為には住居の持ち主に状況を話し、調査への協力要請をする必要が出てくる。
 が、住人が既に疫病に罹っていて意思疎通が不可能の場合は強制避難させ、住居を破壊し病鼠を炙り出す必要がある。
 幾ら災物討伐の為とは言え、住処を破壊されることを快く受け入れてくれる人間は中々居ない。
 後々の遺恨にもなりかねない選択である。
 ただでさえ災物への恨みを代わりに向けられることが多い炎護隊としては避けたい選択だ。

「いざとなれば、それも致し方ないだろう。これ以上の勢力拡大は抑えなければ――」
「あんたたち、誰!?」
「ん?」
「およ?」

 井戸の前で今後の調査方針について話していると、見覚えのある少女が噛みつきそうな勢いで話し掛けてきた。
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