29 / 88
二章 恋の病に薬なし
-29- 川を見たいと言う可愛い人
しおりを挟む太蝋は副隊長である斬島と第三小隊、看護手を同行させることを決め、例の長屋一帯を目指した。
同行しない第一、二、四小隊は、長屋がある朱ノ里周辺地域の調査へ向かう。
その中には火蝶の神社が居を構える上ノ杜もある。
二百名もの部下を引き連れて、朱町を歩いていく様は物々しいものがあった。
町民達も太蝋達の姿を見て、何かあったのだと察し、ひそひそと不安そうに話し合っている。
小一時間ほどで病雀を目撃した長屋一帯に到着すると、太蝋は第三小隊の副隊長に指示を下した。
「鈴村。この長屋一帯に〝網〟を張れ」
「了解」
鈴の異形頭である鈴村は、太蝋からの指示に即座に答え、自身の力を発揮するべく動き出した。
太蝋は災物を外へ逃さないための結界を網と呼んでおり、単身で網を張る能力を持っているのは第一炎護中隊の第三小隊副隊長である鈴村しかいない。
次いで太蝋は第三小隊の隊長である高津に病雀調査の指揮を指示する。
「高津。病雀調査に取り掛かれ。見つけ次第、討伐して構わない。討伐数の把握は怠るな。鈴村の補佐に数名就かせろ」
「了解しました!」
真剣な面持ちで返答すると高津は部下達に調査範囲の指示を行ない始めた。その様子を見届けた後、太蝋は長屋の方に向き、すぐ傍に立っている斬島に言う。
「お前は私について来い。網の中を調査をするぞ」
「了解~」
気の抜けた返事をしながらも斬島の表情は引き締まっていた。
一時間ほど前まで文句を言っていた男とは思えないほどの真剣さだ。
鈴村が張り始めた網の中に入り、太蝋と斬島は長屋が立ち並ぶ道を歩いて行く。
多くの町民が住んでいるとは思えないほど不気味な静けさが漂っている。
時折、人が咳き込むような音が聞こえてくるが、まるで長屋一帯が死んでしまったかのような空気だ。
緊張感が高まる中、斬島は何気なく太蝋に訊ねる。
「――しっかし、よくもまぁ、病雀なんて見つけましたね。隊長の家、間反対じゃないっすか。ここに知り合いでも居るんすか?」
「居ないよ。女房殿と散歩に来たら、たまたま見つけてしまったんだ」
「へぇ、女房殿と……」
緊張感を和らげようと始めた会話の中に混じっている単語に斬島の思考が一瞬止まった。
幸い、歩く足は止まらなかったが、理解が追いついていない様子で、頭の周りに幾つもの疑問符を飛ばしている。
「えっ? 女房殿って誰の?」
「私の女房殿だが?」
「隊長の?」
「だから、そう言ってるだろう」
同じ質問に太蝋は呆れた様子で返した。
その答えを聞き、斬島はようやっと太蝋が結婚していたと理解して声を張り上げた。
「女房殿ぉ!? 隊長のぉ!? いつ結婚したんですか!?」
「一ヶ月前。言ってなかったか?」
「聞いてないですぅっ!! えっ、奥様との逢引でここに来たんですか? 嘘でしょ?」
新妻との逢引で長屋一帯を選んだ太蝋の感覚が信じられないと言いたげな斬島。
その態度に多少の苛立ちを覚えながら、太蝋は即座に訂正した。
「すぐそこの川沿いを散歩してたんだよ。女房殿が川を見たいって言うから」
「何その素朴な要望!? 川が見たいって、かわいっ! えっ、奥様、可愛いんですか?」
「答えてやる義務があるか?」
太蝋の頭の炎が徐々に強くなっていっている。
声色からも怒気が感じられ、斬島は咄嗟に口を手で覆い、明後日の方向に顔を向けた。
これ以上の詮索は別の緊張を引き出してしまいかねない。
斬島が黙ったと同時に太蝋は長屋の中心地に在る井戸を発見した。
昼間の時間帯なら井戸端会議が行なわれていそうなのに、人っ子一人いない。
「誰も居ませんね~。人は住んでる筈なのに」
「あぁ。ここまでに病雀の姿も見なかったな」
「隊長が退治しちゃった病雀が最初で最後だったんすかね」
「その分、病鼠が息を潜めてるのかもしれないな」
「うえっ、最悪だ。長屋ごと破壊って未来は嫌ですね~」
病鼠は住居の屋根や、建物の隙間に入り込んで住人に疫病を振りまく災物だ。
それ故に発見の為には住居の持ち主に状況を話し、調査への協力要請をする必要が出てくる。
が、住人が既に疫病に罹っていて意思疎通が不可能の場合は強制避難させ、住居を破壊し病鼠を炙り出す必要がある。
幾ら災物討伐の為とは言え、住処を破壊されることを快く受け入れてくれる人間は中々居ない。
後々の遺恨にもなりかねない選択である。
ただでさえ災物への恨みを代わりに向けられることが多い炎護隊としては避けたい選択だ。
「いざとなれば、それも致し方ないだろう。これ以上の勢力拡大は抑えなければ――」
「あんたたち、誰!?」
「ん?」
「およ?」
井戸の前で今後の調査方針について話していると、見覚えのある少女が噛みつきそうな勢いで話し掛けてきた。
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる