片翅の火蝶 ▽お家存続のため蝋燭頭の旦那様と愛し合います▽

偽月

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三章 風の前の塵

-57- 山の如し拳

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 台風発生から二時間が経過した。
 依然、嵐亀あらしがめは一定の場所から動くことなく、同じ場所からその猛威を奮い続けている。まるで何かを取り戻そうと足掻くように。

「――おゥおゥ。やっこさん、随分と足が遅い亀じゃねェの。内陸で足が遅い台風ってのは、厄介だって相場が決まってんだがね」
「大隊長……!」

 八重の結界に守られている太蝋と柿丸の元へ、災物対策火護大隊隊長・剛田豪ごうだ たけしが現れた。災物討伐専門家が集まる炎護隊の総指揮だ。
 普通なら立っていられないほどの暴風域だと言うのに、剛田は余裕の笑みを浮かべて堂々と立っている。

「おォ、なんだ太蝋。随分とあったかそうなもんに包まってンなァ。良い女房貰ったじゃねェの」

 にやにやと意地悪げに笑う剛田の言葉に、太蝋は頭にカチンときた。

「言ってる場合ですか!? 緊、急、事、態!!」
「おゥおゥ、うるせェな。んなこと、分かってらィ」

 剛田はそう言いながらも、太蝋と柿丸がいる前に「よっこらせ」と言ってしゃがみ込んでしまった。そして、茫然としている柿丸に話しかける。

「よゥ、柿丸。ベーゴマ楽しかったなァ」
「え? う、うん……」
「おめェ、凄い、はしゃぎっぷりだったもんだから、おっかさんに雷落っことされてエラい目ェにあってたもンなァ」
「……うん」
「けどよ、おめェの萬治まんじへの気持ちが伝わったから、今日も一緒にここに来れたんだ。良かったなァ」
「……ん」
「おめェのおっかさんに「どうぞ、柿丸をよろしくお願いします」って頼まれてな? あァ、柿丸は家族に愛されてんだ。良い家で育ってんだ。だから、柿丸は良い男に育ってんだァって、俺ァ思ったのよ」
「……」

 剛田の話を聞く内に柿丸はどんどんと俯いていった。しかし、剛田をそれを許さなかった。

「おめェの隣にいる蝋燭ろうそく男を見てみろ? 雨と泥に塗れて、女房に顔向け出来ねェくらい汚れてらァ」
「今、私は関係ないでしょう」
「関係あるに決まってんだろ。命張って柿丸助けたのは――太蝋、おめェだろうがィ」

 しれっと剛田の口から告げられた事実に、柿丸は耳を側だててハッとした。
 両親は意地悪で萬治を探しに行かせてくれなかったんじゃない。太蝋は嫌がらせで萬治の捜索をやめたんじゃない。全ては柿丸を守る為だったのだ。

「柿丸。萬治もおめェが大好きだから、こォんな姿になってまで帰りたいって思ってたんだろォよ」
「……!」

 萬治が嵐亀になってしまったのは、柿丸の元へ帰りたいと思ってくれていたから。その原因を作ってしまったのは、萬治を取りこぼしてしまった自分だ。
 その事実が悔しくて悔しくて仕方がない。何も出来ない自分が悔しい。
 すると、剛田はまた「よっこらせィっと」と言って、膝打って立ち上がった。そして、嵐亀を見据えながら柿丸に言う。

「柿丸ッ! さー、決め頃だィ! 家族と新しい友達がいる帝都を守るか! 何もかも壊しちまう昔っからの友達と、いつまででも遊んでるか! どっちが良い!?」

 その問いかけで、柿丸に嵐亀の――萬治の命運を決めることを望まれているのは分かった。また、その答えは最早一つしかないと言うことも。

 柿丸は立ち上がって、嵐亀に成り果てた萬治を見上げた叫んだ。

「萬治! 心配せさてごめん! ボクはもう大丈夫! お前以外にも友達が出来たよ! お前みたいにカッコいい友達なんだ! だから……! だから……!」

 その先の言葉を口にしようとしても、喉の奥から出て来ようとしているのは嗚咽だった。どうしても、別れの言葉が口に出来ない。
 どんなに姿を変えても、目の前にいる亀は間違いなく友達の萬治なのに。
 自分が死ぬまで、ずっと一緒にいられる友達だと信じて疑っていなかったのに。

 萬治は周囲に巡らせていた暴風の勢いを少しだけ弱めた。
 それが何を意味するか理解する前に、萬治は周囲に蔓延っていた風蛙かぜかわずを全て吸収し始める……!
 子災物こさいぶつを取り込んだ頭災物とうさいぶつは更に勢力を増し、甚大な被害を増やす要因となる。柿丸が決別の言葉を口にしたことで、萬治は裏切られたと思い、暴走を始めようとしているのか?
 そんな疑念が太蝋の中に浮かんだ。しかし、萬治は風蛙を取り込んで以降、一切身動きを取らなくなった。

――まるで、死を受け入れたかのように。

 挙動しなくなった萬治を見上げ、剛田がにやりと不敵な笑みを浮かべて肩をぐるぐると回した。

「おめェも良い漢だ!!」

 そして、ドスドスと地面を踏み鳴らしながら走って行き、萬治の腹の下に潜り込んだ!
 剛田の目にはしっかりと萬治の霊核の場所が分かっている。

「漢の最後はァ! 派手でなくっちゃあなァ!!」

 言い切ると同時に剛田は頭上に向けて重い打撃を突き出した!
 岩のような重みを感じさせる拳が萬治の腹を貫き、甲羅までをも貫いていく。そして、破壊された萬治の甲羅の一部が白銀の粉として周囲に散った。まるで、小さな花火のような美しさだった。
 萬治は穏やかな目をして霊力の塵となって消えていく。最後まで柿丸の姿を目に写しながら。
 台風は治まった。発生から約二時間。決して軽微とは言えない被害を残し、台風の災物・嵐亀あらしがめ――萬治まんじは討伐されたのだった。
 最期に萬治が鎮座していた場所へ向かうと、そこには真新しいイシガメの死体が一つ。柿丸は震える手でイシガメを掬い上げて、涙を零した。

「萬治……。まんじぃぃ……! うわああぁああぁん……!!」

 萬治の死体には小さな穴が空いていた。嵐亀だった時に剛田が開けた風穴だ。それこそが、嵐亀が萬治であったことを証拠付けていた。
 萬治は柿丸の元に帰ろうとしていた。自分を大切にしてくれた友達の元へ。
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