片翅の火蝶 ▽お家存続のため蝋燭頭の旦那様と愛し合います▽

偽月

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二章 恋の病に薬なし

-25- 飛ぶ鼠

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 八重を川辺に残し、見たくなかったモノの正体を確かめるべく太蝋は長屋が立ち並ぶ閑静な道を歩いていた。

(見間違いを願いたいが……)

 そう思いながらも経験則で見間違いの可能性は低いと考え、周囲を見渡す。
 一軒の長屋の屋根の上で小さく飛び跳ねた白い鳥の姿が目の端に映る。
 そっと手袋を外し、指先で蝋の塊を作り出した。
 攻撃体勢が整うと同時に屋根を見上げると二羽の白い雀の姿が在った。
 赤い目に真っ白な身体は明らかに通常の雀と違う。

 太蝋は息を顰め、一ミリ大の蝋の弾丸を指先では弾いた!
 蝋の弾丸は二羽の白い雀に見事命中……!

 跡形もなく消滅したようだ。

「……病雀びょうじゅくか」

 病雀びょうじゅく
 それは疫病を引き起こす子災物こさいぶつだ。
 人が集まる場所に現れるのだが小さいが故に見逃されやすく、いつの間にか勢力を増し頭災物とうさいぶつを呼び込む危険性を孕んでいる厄介な存在だ。
 太蝋が病雀を発見した場所の長屋にも人が住んでいるものと思われる。

……〝思われる〟と言うのも、あまりにも物静か過ぎるからだ。
 最も人の声が聞こえてくるであろう昼の時間帯だと言うのに、聞こえてくるのは蝉の声だけ。
 既に病雀の影響が出ていると思われる状況だ。
 溜息を一つ吐くと太蝋は身を翻し、呟いた。

「せっかくの逢引だったんだがな……」

 中断せざるを得ない事情を抱えてしまった。
 急ぎ屋敷へ帰り、炎護隊を動かさなければならない。
 少し前まで雨鷺討伐作戦と戦後処理で家を空けていた償いをしていたと言うのに、それもおじゃんである。
 何より八重との逢引を楽しいと思えていただけに、こんな形での中断は悔しい。

 とは言え、軍人として災物討伐の任務に就いている以上、見過ごすことはできない。
 一先ず、八重の元に戻り、帰らなくてはならなくなったと告げなければ。

 太蝋は身を翻す。
 道中、病雀を発見したらすぐに討伐出来るように手元で蝋の弾丸を作りながら。



――時間は戻り、太蝋が病雀を追って八重の元を離れた数分後のこと。

 川を眺めていた八重の耳に人が走ってくる足音が聞こえてきた。
 ざっ、ざっ、ざっと土を蹴り上げて徐々に近付いて来ている。
 太蝋が早々に帰って来たのかもしれないと思い、顔を上げて音がする方をちらりと見ると、血相を変えて走る少女の姿が目に入った。

 八重より年若く、ざんばらに切られた黒い髪は肩に付かない程の短さ。
 太めの特徴的な眉に、ぱっちりとした二重の目。
 繕い跡が目立ち、ふくらはぎが見えるほどに短い膝丈のぼろの着物を着て、あちこち擦り切れて見える草履を履いて走っている。

 太蝋が姿を消した方向から走って来た少女が険しい顔付きをしていることが、八重の不安を煽った。
 太蝋の有事を知らせる為に走っていたら……と思い、緊張しながら少女の動向を見守る。

 すると。

「あっ……!」

 八重の前を通り過ぎようかと言う所で、少女が履いていた草履の鼻緒が切れてしまった。
 目の前で派手にすっ転んだ少女を見て、八重は咄嗟に駆け寄る。

「だ、大丈夫? 膝を擦り剥いたりしてないかしら……?」

 着物の胸元から手拭いを取り出しながら、空いている手で少女の背中を摩った。
 そこらじゅうに小石が転がっているような場所で転べば、膝を擦りむいていても可笑しくない。
 その痛みにより泣き出してしまっても不思議じゃない。
 可哀想に思った八重は辿々しいながらにも少女を慰めようとする。

 しかし、むくりと起き上がった少女が口にした言葉は感謝ではなかった。

「うるさい」

 恨みが篭っているように聞こえる少女の声に、八重の心臓が縮み上がる。
 人に拒絶される恐怖が足元から迫り上がってきて、冷や汗が額を伝った。

 次の瞬間、少女はがばりと顔を上げ、八重を睨みつけて叫んだ……!
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