軍師様の悩み事!

エスカルゴ

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魔学校の平民神父

ホットミルク

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未だほほを伝う塩辛い滴を手の甲で拭って、目を伏せて歩いた。
がんばる。がんばる。がんばらなきゃ
ぶつぶつ口のなかで呟きながら言い聞かせる。
褒めてくれる人も、慰めてくれる人も、理解してくれる人も要らない。
だから、がんばらなきゃ。

「…でも、あそこに行くのは辛いなぁ」

一度壊れた関係は戻らない。
だからこそ、もう教室に行きたくないのだ。
いっそ引きこもってしまおうか?でも、頑張ると約束したし。
一先ず、もう教室には戻れそうもないと判断し、学園を出る。
この学園を抜け、貴族街を抜けたら平民街だ。
本当は治安が悪く危険なため学生は立ち入り禁止なところだが、まぁばれなきゃなんの問題もないだろう。

美しく、建物がすごく白くて清潔な貴族街から出るその門のとなりには、二対の桜が生えていた。

漆黒の鉱石でできたとても丈夫な門に手を触れる。
ばぢり、と掌に激痛が走る。

やはり結界が張られているようだ。

だが甘い。
目を伏せて、結界の穴を探す。
見つけたそこに、指をいれ、魔力をじわりと浸らせて少しずつ、術式を侵していく。
そうして僕一人通れるくらいの大きさになったら、すっと通る。

そして通りきった瞬間に自分の魔力を抜き取り、術をちょいちょいと直しておく。
僕の気配はこの結界の主には感じられないし、僕が通った証拠もない。

慣れきった庶民街のむせかえるような泥臭さと血の臭いに充実感を確かに感じた。

物乞いやホームレスがこちらを見てこそこそと話をする。
僕はそれに目もくれず、とある裏路地にある酒場に入っていった。
カランコロン、と軽い音をたてて、酒場のドアは開く。

「まさかオーヒサマが死ぬとはな!
呪いのせいかなんかか?」
と、屈強で体毛の濃い戦士らしきおっさんがどん!とびーるをおく。

「もぅ、不敬よぉ」
とは、露出の激しい踊り子の美魔女の言葉だ。

「呪いだなんて、バカらしい」
ひょろっこい眼鏡をかけた科学者の男が首を振る。

「オレはあいつが無事だったら良いんだけどなぁ。呪いはこの辺で起こった噂だし」
茶髪の、剣を携えた青年がぼやいた。

相も変わらず、移転したあとから変わっていないなこの酒場は。
僕は苦笑して、空いているところがあるか辺りを見回す。

「……おやおや」

そこは異様な空間だった。
金髪の青年のまわりを円を描くように人が座っている。
けっして、その青年に触れないように……なんてのは、昔言ったか。

「失礼しますよ」
「何だ貴様。オレを誰だかわかっ……て」
「ええ。勿論ですよ。魔法学校の優等生、学年首席のギレルモ・フォン・ティロトソン先輩」

呆けているティロトソン先輩を尻目に、四年前したようにマスターに銅貨に、さん枚渡す。

「『これでみるくくだしゃい』

足りないのなら、味によっては銀貨も出しますよ?」

「……そのせりふ、まさかおめぇ、あんときの坊っちゃんかい!?」

変わらない黒髪の無骨なマスターに、えぇと返事して、

「ぼくねー、ストロベリークッキーに合うミルクがほしいなぁ!」

そう、ねだったのだった。




「ぷはぁーーーうまぁーーーーっ!」
「な、なぁ」
「?」

隣にいたなんとか先輩が話し掛けてきた。
そちらを向けば、林檎のように真っ赤になった顔で真摯に見つめられた。

「お前……いや、あなた男を好きになったことありますか!?」
「んぐっふ!!」

吹き出すのをギリギリで耐え、ゴクンと口の中のミルクを飲み込む。
何だこいつ。

「あ、ああるわけねぇだろ何だお前!!
帰れ!!!!!帰ってクソして寝てやがれ!!」

動揺しすぎてつい素が出てしまった。
何だこいつ。何だこれ。
本当はアルが大好きなのばれてるのか!?
変態は嬉しそうに笑って(なにわろてんねん)僕の手をとってきた。
やめろ触るな変態。

「お、おれ、いや私、あなたの事を幼少のみぎりからお慕いしておりました!!
男だろうが関係ありません!!どうか私と契ってください!!」
「だめだこいつショタコン拗らせてやがる!!!!」

こいつとの年齢差って結構あったはずなんだがなぁ。
憲兵さんこちらです。罪状は稚児趣味で。
あぁ、昔はかわいかったのに。いまは全く残念なイケメンになって……

憐れんだ目で見てやると、息を荒げていた。最悪。

貴族って……




ん?

「あれ、ティロトソン先輩酒臭くないですか?」
「けいごとかいりゃにゃいよぉー、ぎるでいいよぉ~」
「こっちもあんた敬いたくなんてないですがね。……いえ、そうじゃなくて、本当お酒のにおいしますよ。何か飲みました?」

「……?」

聞いてみると、キョトンとした顔になった後で、いいやという言葉と共に首を振られた。
失礼とこえをかけ、さっきまでギルが飲んでいたコップのなかの液体をぐいとあおる。
熱い液体が喉を通り、酒だなと確信した。

「うん、確実に酒です。毒味役は何を……」
していたんですか、と言おうとしたところで、酒場が異様な殺気に包まれていることに気がついた。
平然としたふりをして、その殺気を辿ってみると、あちこちから狂ったような殺意をギルに向けられているのを察した。

そして、一番大きいのは

「なるほど、確かに治安が悪い」

コルクを掴み、一番近くのマスター……

の、後ろの子供にピンと弾いて額に当てる。

「っヅゥっ!!」
「行儀悪いよ。包丁なんてもって、なにしようとしてたの?」

笑顔を崩さぬまま、子供に問いかけた。
子供の主人である痩せた男が、厨房の奥からかけてきた。

「たいへん、大変申し訳ございません!!
この下賤な下働きは処分しておきますので!!」

ゴン!と頭を床に押し付けられたその子供はボロボロである。
マスターは絶望したような顔をしているし、まわりも信じられないだのなんだのこそこそといっている。

「うん、不愉快」

頷けば、子供の目にあった光が消えていくと共に男の弁明の声も大きくなった。
僕は男に笑いかけ、

「お前のその態度、スッゴク不愉快」

と、死刑宣告のようなものをした。
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