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新しい護衛
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ノア様は第十王子だった。
ルドルフ様から告げられ、その時初めて第十王子の存在を思い出した。言われてみれば、確かにそのようなお名前だったと記憶している。
ほとんど忘れていたと言っていいだろう。
この十数年、第十王子の話題が出ることは一度もなかった。
その第十王子をあの後宮奥に秘匿したままお守りし、お世話をすることがわたしのお役目だと言う。
その理由については何一つ語られなかったが、余計な詮索は無用だ。
「ユリウス、わかっておるな。」
ルドルフ様からの引継ぎが終わり、最後に王から告げられた言葉が全てを物語っていた。
この先何か一つでも失敗してしまえば、きっと記憶を操作されるだけでは済まないだろう。
ノア様には初日から驚かされた。
寝台からは数枚の掛け布がずり落ち、相変わらずの生脚を曝け出したまま眠りこんで、なかなか起きようとしない。
年齢をお聞きしていなければ、もっとずっと幼い子だと思っていただろう。
実際には十三になると言うのに、そのしどけない寝姿はあまりに無防備で、十にも満たないように見えた。
やっと起きたと思えば、一房だけ髪がはねていたり、朝食を用意して部屋に戻れば、ずっと待ち構えていたのかお腹がすいたと甘えたように近づいてくる。
王族であるのに食事を共にするよう命じ、さらには汚れた口元を拭けと顔を差し出す。
ルドルフ様が食事は共にと仰っていたが、まさか本当に同じ席につくとは思いもしなかった。
王族の方と食事を共にするなど、恐れ多いにもほどがある。
薬を塗る最中には、触れるたびに許可をとらずともいい、この先触れることを全て許すと言われ、思わずその手に力が入ってしまった。
この方は無防備すぎる。
無防備で、警戒心というものが全くない。
わたしのような者に触れることを許すなど、本来なら安易に言ってはならないのだ。
「なあ、ユリウス、ずっとここにいたら、その息苦しくて、俺だめになりそう。だからさ…」
「ユリウスもたまには息抜きでもしたらどうだ?誰にも言わないから、二人で少しだけ街に出てみないか?」
ノア様が外に出たいお気持ちはわかる。
だが、このように無防備なお方を連れ出すなど、あまりに無謀だ。
本人は外の世界の恐ろしさを欠片も知らない。
無防備なだけではない。このお姿では…
ノア様を初めて目にしたとき、一瞬だけ時が止まったように感じたことを思い出した。
そうだ。この方は幼いとは言え、おそろしいほど美しい顔立ちをしている。
そして、本人には全くその自覚がない。
「それは、できかねます。」
それ以外答えようがない。
何度かそう言ったやり取りを繰り返すうちに、ノア様もようやく諦めてくれた。
無理だとわかったからか、少し甘えるようだった口調は雑なものに変わり、わたしへの興味は一切失ったようにみえた。
日がな本を読んで過ごしたり、摩訶不思議な造形物を作ることに集中され、時にはぼうっと外を眺めて日々を過ごす。
その日は、雨だった。
ノア様は窓辺でだらりと生脚を投げ出し、頬杖をついたままどしゃぶりの雨に魅入っていた。
雨粒で濡れた窓には虚な表情のノア様の姿が映り込み、その姿はいつもよりどこか大人びて見えた。
「なあ、なんで護衛なんか引き受けたんだ?」
どきっとした。
それは、自分自身のため、ルドルフ様への恩返しのため。
ノア様は王と同じあの瞳で、全てを見透かしていたのかもしれない。
「…海。」
しばしの沈黙の後、ノア様が呟いた。
海?
ノア様は海を見てみたいと言う。
濡れた外の景色に、海への想いを馳せていたのかもしれない。
海はいい。子どもの頃、水平線を眺めたくて時間があればよく観に行っていた。
あの向こう側をいつか観たいとそう思っていた。
…ノア様の知る世界は、この場所だけ。
何不自由なく、それでいて不自由な暮らしだ。
これは勝手な憶測だが、ノア様はどこか不完全だ。
この部屋を出ても、一人ではきっと生きていけない。
ノア様をお守りし、隣に並ぶに相応しいお相手が見つかったとき、ノア様はやっと自由になれるような気がする。
それはきっと、ルドルフ様が仰るように後少し。もうすぐなのかもしれない。
無防備にはしゃいで海を眺めるノア様の姿を思い浮かべる。その隣りには、きっと誰か相応しいお相手がいるだろう。
早くその時が来るといい。
「…きっと見ることができます。必ず。」
わたしのお役目もきっとそれまでだ。
ルドルフ様から告げられ、その時初めて第十王子の存在を思い出した。言われてみれば、確かにそのようなお名前だったと記憶している。
ほとんど忘れていたと言っていいだろう。
この十数年、第十王子の話題が出ることは一度もなかった。
その第十王子をあの後宮奥に秘匿したままお守りし、お世話をすることがわたしのお役目だと言う。
その理由については何一つ語られなかったが、余計な詮索は無用だ。
「ユリウス、わかっておるな。」
ルドルフ様からの引継ぎが終わり、最後に王から告げられた言葉が全てを物語っていた。
この先何か一つでも失敗してしまえば、きっと記憶を操作されるだけでは済まないだろう。
ノア様には初日から驚かされた。
寝台からは数枚の掛け布がずり落ち、相変わらずの生脚を曝け出したまま眠りこんで、なかなか起きようとしない。
年齢をお聞きしていなければ、もっとずっと幼い子だと思っていただろう。
実際には十三になると言うのに、そのしどけない寝姿はあまりに無防備で、十にも満たないように見えた。
やっと起きたと思えば、一房だけ髪がはねていたり、朝食を用意して部屋に戻れば、ずっと待ち構えていたのかお腹がすいたと甘えたように近づいてくる。
王族であるのに食事を共にするよう命じ、さらには汚れた口元を拭けと顔を差し出す。
ルドルフ様が食事は共にと仰っていたが、まさか本当に同じ席につくとは思いもしなかった。
王族の方と食事を共にするなど、恐れ多いにもほどがある。
薬を塗る最中には、触れるたびに許可をとらずともいい、この先触れることを全て許すと言われ、思わずその手に力が入ってしまった。
この方は無防備すぎる。
無防備で、警戒心というものが全くない。
わたしのような者に触れることを許すなど、本来なら安易に言ってはならないのだ。
「なあ、ユリウス、ずっとここにいたら、その息苦しくて、俺だめになりそう。だからさ…」
「ユリウスもたまには息抜きでもしたらどうだ?誰にも言わないから、二人で少しだけ街に出てみないか?」
ノア様が外に出たいお気持ちはわかる。
だが、このように無防備なお方を連れ出すなど、あまりに無謀だ。
本人は外の世界の恐ろしさを欠片も知らない。
無防備なだけではない。このお姿では…
ノア様を初めて目にしたとき、一瞬だけ時が止まったように感じたことを思い出した。
そうだ。この方は幼いとは言え、おそろしいほど美しい顔立ちをしている。
そして、本人には全くその自覚がない。
「それは、できかねます。」
それ以外答えようがない。
何度かそう言ったやり取りを繰り返すうちに、ノア様もようやく諦めてくれた。
無理だとわかったからか、少し甘えるようだった口調は雑なものに変わり、わたしへの興味は一切失ったようにみえた。
日がな本を読んで過ごしたり、摩訶不思議な造形物を作ることに集中され、時にはぼうっと外を眺めて日々を過ごす。
その日は、雨だった。
ノア様は窓辺でだらりと生脚を投げ出し、頬杖をついたままどしゃぶりの雨に魅入っていた。
雨粒で濡れた窓には虚な表情のノア様の姿が映り込み、その姿はいつもよりどこか大人びて見えた。
「なあ、なんで護衛なんか引き受けたんだ?」
どきっとした。
それは、自分自身のため、ルドルフ様への恩返しのため。
ノア様は王と同じあの瞳で、全てを見透かしていたのかもしれない。
「…海。」
しばしの沈黙の後、ノア様が呟いた。
海?
ノア様は海を見てみたいと言う。
濡れた外の景色に、海への想いを馳せていたのかもしれない。
海はいい。子どもの頃、水平線を眺めたくて時間があればよく観に行っていた。
あの向こう側をいつか観たいとそう思っていた。
…ノア様の知る世界は、この場所だけ。
何不自由なく、それでいて不自由な暮らしだ。
これは勝手な憶測だが、ノア様はどこか不完全だ。
この部屋を出ても、一人ではきっと生きていけない。
ノア様をお守りし、隣に並ぶに相応しいお相手が見つかったとき、ノア様はやっと自由になれるような気がする。
それはきっと、ルドルフ様が仰るように後少し。もうすぐなのかもしれない。
無防備にはしゃいで海を眺めるノア様の姿を思い浮かべる。その隣りには、きっと誰か相応しいお相手がいるだろう。
早くその時が来るといい。
「…きっと見ることができます。必ず。」
わたしのお役目もきっとそれまでだ。
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