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新しい護衛
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床上には至る所に本が積み重ねられていた。
不思議な造形物も散乱している。
確認できたのは、右脛を抱え、のたうち回っている一人の子どもだけ…。
「__ノア様をお守りしろ!」
ルドルフ様の言葉よりも先に、わたしはその子の元へ駆け出していた。
「_痛いっ!」
肩上まで伸びた漆黒の髪を振り乱し、振り返ったその子と目があった瞬間、一瞬だけ時が止まったように感じた。
涙で潤んだ瞳は、先程の現王と同じ薄紫色。吸い込まれるように透明で濁りなく、ただそこにまだ恐ろしさはなかった。
何があったのか話し掛けても、痛い痛いと床上をのたうち回るだけで何も話してくれない。
「脚、右脚、痛い…いたいよう。」
右脛をずっと押さえている。
なぜか下は何も身につけておらず、白くか細い脚が剥き出しになっている。
お声掛けして触れた生脚は見た目もよりずっと華奢で、右脛だけが痛々しく腫れ上がっていた。
横であさっての方向を向いている一脚の椅子が原因のようだが、その腫れ方はただぶつかってできたものには見えなかった。
他に人の気配は感じられない。
まさか、ご自分で…?
「痛い!死ぬ!」
泣き喚く子に、こんなことで人は簡単には死なないと告げると、その子は少し安心したような表情をみせてくれた。
侵入者はいないと判断し、ばたばたと本を薙ぎ倒しながら駆け寄ってくるルドルフ様の慌てようは、初めて目にする姿だったと思う。
ルドルフ様から問い詰められ、ノア様と呼ばれるそのお子は自分でやったとは言い出せず、ばつが悪そうに俯いていた。
痛がって立つことのできないそのお子を抱え寝台まで運ぶ間、生まれて初めて目にする漆黒の黒髪はさらさらとわたしの腕を掠めていた。
そっと寝台に横たえ、捲れ上がった衣服を正そうとしたとき、少しだけ驚いた。
身につけていた下着は男性のもの。
華奢とは言え、その骨格も男性のもの。
少女だと思っていたその子は、少年だったのだ。
少女といえど皇族にあたる方かもしれない。その方の御御足を目にし、触れてしまったことへの罪悪感があったが、少年だと知り少しほっとした。
何か冷やすものをと部屋を出ると、離れた所からは妃たちが心配そうにこちらを窺っていた。
「何があった?ノアは?」
真っ先に声を掛けてこられたのは一妃だ。
少し脚をぶつけてしまったようだと告げると、集まった妃たちはほっと肩を撫で下ろしていた。
あの真っ白な脚に傷跡が残らなければいいが。
「そうか。まったく、ノアにはいつもひやひやさせられる。誰かユリウスに薬を。」
妃たちにお付きの次女に連れられ、薬や冷やすものを用意した。傷跡を残したくないのは皆同じ想いのようだ。
部屋に戻ろうとし、また呼び止められる。
「それで、お前はノアを見てどう思った?」
片側の口角を少しだけあげ、そう尋ねてきた一妃の表情は何かを面白がっているように見えたが、その意図は計りかねた。
あのお方が、ノア、様。
あのお子が…。
印象的だったのは、珍しい黒髪と薄紫をしたあの瞳。
雑然とした部屋の中、なぜか生脚を曝け出し泣き叫ぶその姿はどこか浮世離れしていた。
「…とても、不思議な…」
正直なんと答えていいのか分からなかった。
後宮の奥、囲われていたのが少女であったら、まだ何かを察することができたかもしれない。
少女だと思った子は、少年だった。
あのお方は一体何者なのか、なぜあのような所に…
「ふっ、はっはっはっ!ノアを初めて見てその反応か!ユリウスらしいのう。」
答えあぐね逡巡していたせいか、突然の一妃の笑い声に、はっとした。
「ノア様とは、一体…」
そもそもどうしてここに連れてこられたのだ?
ノア様に関わりがあることなのか?
冷静になればなるほど、今のこの状況の奇妙さに疑問が膨れ上がった。
「ユリウス、ノアを頼むぞ。」
「頼む、とは…」
「これからはルドルフに代わりお前がノアの護衛になるのだ。お前なら合格だろう。」
それだけを言い残し一妃が自室に戻ってしまうと、他の側妃たちも後を追うように自室へと戻ってしまった。
護衛…。あのお方の、護衛…。
ルドルフ様が三年の間務めておられた特殊な任務が何だったのか、このとき初めて理解した。
この任務を継承する者をずっと探しておられたことも。
重い扉を開き怪我の処置を始めると、ノア様は断ってもいいと告げてきた。
決定事項だと言うルドルフ様をちらと窺うと、その目が頼むと言っているのを確認し、わたしは受け入れた。
いつか恩をお返しできたらと思っていた。
ルドルフ様が三年の間密かに務めていた任務だ。それを任せてもらえるなど、光栄なこと。
わたしがこうしていられるのも、後数年かもしれない。
騎士として最後の務めになるかもしれない。
ルドルフ様のため、そして騎士として悔いのないよう、この務めを全うしよう。
そう思い、ノア様に騎士の誓いをした。
ノア様へ誓いながらも、その時のその誓いは自分自身へ向けられたものでしかなかった。
後になって後悔するなど、その時は思いもしなかった。
わたしはまだ、ノア様のことを何も知らなすぎたのだ。
不思議な造形物も散乱している。
確認できたのは、右脛を抱え、のたうち回っている一人の子どもだけ…。
「__ノア様をお守りしろ!」
ルドルフ様の言葉よりも先に、わたしはその子の元へ駆け出していた。
「_痛いっ!」
肩上まで伸びた漆黒の髪を振り乱し、振り返ったその子と目があった瞬間、一瞬だけ時が止まったように感じた。
涙で潤んだ瞳は、先程の現王と同じ薄紫色。吸い込まれるように透明で濁りなく、ただそこにまだ恐ろしさはなかった。
何があったのか話し掛けても、痛い痛いと床上をのたうち回るだけで何も話してくれない。
「脚、右脚、痛い…いたいよう。」
右脛をずっと押さえている。
なぜか下は何も身につけておらず、白くか細い脚が剥き出しになっている。
お声掛けして触れた生脚は見た目もよりずっと華奢で、右脛だけが痛々しく腫れ上がっていた。
横であさっての方向を向いている一脚の椅子が原因のようだが、その腫れ方はただぶつかってできたものには見えなかった。
他に人の気配は感じられない。
まさか、ご自分で…?
「痛い!死ぬ!」
泣き喚く子に、こんなことで人は簡単には死なないと告げると、その子は少し安心したような表情をみせてくれた。
侵入者はいないと判断し、ばたばたと本を薙ぎ倒しながら駆け寄ってくるルドルフ様の慌てようは、初めて目にする姿だったと思う。
ルドルフ様から問い詰められ、ノア様と呼ばれるそのお子は自分でやったとは言い出せず、ばつが悪そうに俯いていた。
痛がって立つことのできないそのお子を抱え寝台まで運ぶ間、生まれて初めて目にする漆黒の黒髪はさらさらとわたしの腕を掠めていた。
そっと寝台に横たえ、捲れ上がった衣服を正そうとしたとき、少しだけ驚いた。
身につけていた下着は男性のもの。
華奢とは言え、その骨格も男性のもの。
少女だと思っていたその子は、少年だったのだ。
少女といえど皇族にあたる方かもしれない。その方の御御足を目にし、触れてしまったことへの罪悪感があったが、少年だと知り少しほっとした。
何か冷やすものをと部屋を出ると、離れた所からは妃たちが心配そうにこちらを窺っていた。
「何があった?ノアは?」
真っ先に声を掛けてこられたのは一妃だ。
少し脚をぶつけてしまったようだと告げると、集まった妃たちはほっと肩を撫で下ろしていた。
あの真っ白な脚に傷跡が残らなければいいが。
「そうか。まったく、ノアにはいつもひやひやさせられる。誰かユリウスに薬を。」
妃たちにお付きの次女に連れられ、薬や冷やすものを用意した。傷跡を残したくないのは皆同じ想いのようだ。
部屋に戻ろうとし、また呼び止められる。
「それで、お前はノアを見てどう思った?」
片側の口角を少しだけあげ、そう尋ねてきた一妃の表情は何かを面白がっているように見えたが、その意図は計りかねた。
あのお方が、ノア、様。
あのお子が…。
印象的だったのは、珍しい黒髪と薄紫をしたあの瞳。
雑然とした部屋の中、なぜか生脚を曝け出し泣き叫ぶその姿はどこか浮世離れしていた。
「…とても、不思議な…」
正直なんと答えていいのか分からなかった。
後宮の奥、囲われていたのが少女であったら、まだ何かを察することができたかもしれない。
少女だと思った子は、少年だった。
あのお方は一体何者なのか、なぜあのような所に…
「ふっ、はっはっはっ!ノアを初めて見てその反応か!ユリウスらしいのう。」
答えあぐね逡巡していたせいか、突然の一妃の笑い声に、はっとした。
「ノア様とは、一体…」
そもそもどうしてここに連れてこられたのだ?
ノア様に関わりがあることなのか?
冷静になればなるほど、今のこの状況の奇妙さに疑問が膨れ上がった。
「ユリウス、ノアを頼むぞ。」
「頼む、とは…」
「これからはルドルフに代わりお前がノアの護衛になるのだ。お前なら合格だろう。」
それだけを言い残し一妃が自室に戻ってしまうと、他の側妃たちも後を追うように自室へと戻ってしまった。
護衛…。あのお方の、護衛…。
ルドルフ様が三年の間務めておられた特殊な任務が何だったのか、このとき初めて理解した。
この任務を継承する者をずっと探しておられたことも。
重い扉を開き怪我の処置を始めると、ノア様は断ってもいいと告げてきた。
決定事項だと言うルドルフ様をちらと窺うと、その目が頼むと言っているのを確認し、わたしは受け入れた。
いつか恩をお返しできたらと思っていた。
ルドルフ様が三年の間密かに務めていた任務だ。それを任せてもらえるなど、光栄なこと。
わたしがこうしていられるのも、後数年かもしれない。
騎士として最後の務めになるかもしれない。
ルドルフ様のため、そして騎士として悔いのないよう、この務めを全うしよう。
そう思い、ノア様に騎士の誓いをした。
ノア様へ誓いながらも、その時のその誓いは自分自身へ向けられたものでしかなかった。
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