秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

文字の大きさ
上 下
12 / 88
新しい護衛

11

しおりを挟む
床上には至る所に本が積み重ねられていた。

不思議な造形物も散乱している。

確認できたのは、右脛を抱え、のたうち回っている一人の子どもだけ…。

「__ノア様をお守りしろ!」

ルドルフ様の言葉よりも先に、わたしはその子の元へ駆け出していた。

「_痛いっ!」

肩上まで伸びた漆黒の髪を振り乱し、振り返ったその子と目があった瞬間、一瞬だけ時が止まったように感じた。

涙で潤んだ瞳は、先程の現王と同じ薄紫色。吸い込まれるように透明で濁りなく、ただそこにまだ恐ろしさはなかった。

何があったのか話し掛けても、痛い痛いと床上をのたうち回るだけで何も話してくれない。

「脚、右脚、痛い…いたいよう。」

右脛をずっと押さえている。

なぜか下は何も身につけておらず、白くか細い脚が剥き出しになっている。

お声掛けして触れた生脚は見た目もよりずっと華奢で、右脛だけが痛々しく腫れ上がっていた。

横であさっての方向を向いている一脚の椅子が原因のようだが、その腫れ方はただぶつかってできたものには見えなかった。

他に人の気配は感じられない。

まさか、ご自分で…?

「痛い!死ぬ!」

泣き喚く子に、こんなことで人は簡単には死なないと告げると、その子は少し安心したような表情をみせてくれた。

侵入者はいないと判断し、ばたばたと本を薙ぎ倒しながら駆け寄ってくるルドルフ様の慌てようは、初めて目にする姿だったと思う。

ルドルフ様から問い詰められ、ノア様と呼ばれるそのお子は自分でやったとは言い出せず、ばつが悪そうに俯いていた。

痛がって立つことのできないそのお子を抱え寝台まで運ぶ間、生まれて初めて目にする漆黒の黒髪はさらさらとわたしの腕を掠めていた。

そっと寝台に横たえ、捲れ上がった衣服を正そうとしたとき、少しだけ驚いた。

身につけていた下着は男性のもの。

華奢とは言え、その骨格も男性のもの。

少女だと思っていたその子は、少年だったのだ。

少女といえど皇族にあたる方かもしれない。その方の御御足を目にし、触れてしまったことへの罪悪感があったが、少年だと知り少しほっとした。

何か冷やすものをと部屋を出ると、離れた所からは妃たちが心配そうにこちらを窺っていた。

「何があった?ノアは?」

真っ先に声を掛けてこられたのは一妃だ。

少し脚をぶつけてしまったようだと告げると、集まった妃たちはほっと肩を撫で下ろしていた。

あの真っ白な脚に傷跡が残らなければいいが。

「そうか。まったく、ノアにはいつもひやひやさせられる。誰かユリウスに薬を。」

妃たちにお付きの次女に連れられ、薬や冷やすものを用意した。傷跡を残したくないのは皆同じ想いのようだ。

部屋に戻ろうとし、また呼び止められる。

「それで、お前はノアを見てどう思った?」

片側の口角を少しだけあげ、そう尋ねてきた一妃の表情は何かを面白がっているように見えたが、その意図は計りかねた。

あのお方が、ノア、様。

あのお子が…。

印象的だったのは、珍しい黒髪と薄紫をしたあの瞳。

雑然とした部屋の中、なぜか生脚を曝け出し泣き叫ぶその姿はどこか浮世離れしていた。

「…とても、不思議な…」

正直なんと答えていいのか分からなかった。

後宮の奥、囲われていたのが少女であったら、まだ何かを察することができたかもしれない。

少女だと思った子は、少年だった。

あのお方は一体何者なのか、なぜあのような所に…

「ふっ、はっはっはっ!ノアを初めて見てその反応か!ユリウスらしいのう。」

答えあぐね逡巡していたせいか、突然の一妃の笑い声に、はっとした。

「ノア様とは、一体…」

そもそもどうしてここに連れてこられたのだ?

ノア様に関わりがあることなのか?

冷静になればなるほど、今のこの状況の奇妙さに疑問が膨れ上がった。

「ユリウス、ノアを頼むぞ。」

「頼む、とは…」

「これからはルドルフに代わりお前がノアの護衛になるのだ。お前なら合格だろう。」

それだけを言い残し一妃が自室に戻ってしまうと、他の側妃たちも後を追うように自室へと戻ってしまった。

護衛…。あのお方の、護衛…。

ルドルフ様が三年の間務めておられた特殊な任務が何だったのか、このとき初めて理解した。

この任務を継承する者をずっと探しておられたことも。

重い扉を開き怪我の処置を始めると、ノア様は断ってもいいと告げてきた。

決定事項だと言うルドルフ様をちらと窺うと、その目が頼むと言っているのを確認し、わたしは受け入れた。

いつか恩をお返しできたらと思っていた。

ルドルフ様が三年の間密かに務めていた任務だ。それを任せてもらえるなど、光栄なこと。

わたしがこうしていられるのも、後数年かもしれない。

騎士として最後の務めになるかもしれない。

ルドルフ様のため、そして騎士として悔いのないよう、この務めを全うしよう。

そう思い、ノア様に騎士の誓いをした。

ノア様へ誓いながらも、その時のその誓いは自分自身へ向けられたものでしかなかった。

後になって後悔するなど、その時は思いもしなかった。

わたしはまだ、ノア様のことを何も知らなすぎたのだ。


























しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

コンビニごと異世界転生したフリーター、魔法学園で今日もみんなに溺愛されます

はるはう
BL
コンビニで働く渚は、ある日バイト中に奇妙なめまいに襲われる。 睡眠不足か?そう思い仕事を続けていると、さらに奇妙なことに、品出しを終えたはずの唐揚げ弁当が増えているのである。 驚いた渚は慌ててコンビニの外へ駆け出すと、そこはなんと異世界の魔法学園だった! そしてコンビニごと異世界へ転生してしまった渚は、知らぬ間に魔法学園のコンビニ店員として働くことになってしまい・・・ フリーター男子は今日もイケメンたちに甘やかされ、異世界でもバイト三昧の日々です!

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

今世では誰かに手を取って貰いたい

朝山みどり
BL
ノエル・レイフォードは魔力がないと言うことで、家族や使用人から蔑まれて暮らしていた。 ある日、妹のプリシラに突き飛ばされて、頭を打ち前世のことを思い出し、魔法を使えるようになった。 ただ、戦争の英雄だった前世とは持っている魔法が違っていた。 そんなある日、喧嘩した国同士で、結婚式をあげるように帝国の王妃が命令をだした。 選ばれたノエルは敵国へ旅立った。そこで待っていた男とその日のうちに婚姻した。思いがけず男は優しかった。 だが、男は翌朝、隣国との国境紛争を解決しようと家を出た。 男がいなくなった途端、ノエルは冷遇された。覚悟していたノエルは耐えられたが、とんでもないことを知らされて逃げ出した。

処理中です...