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蹉跌1993

梨花

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 ザワザワ、、一体どうやったの?、、分からない?え?、、ウソ!、、信じられない!、、ヤラセじゃないよね?、、引いたり推したりだって?
 事務所のドアを開けると、既に出社している梨花が質問攻めされている。
 晃司の顔を見ると、皆が一斉に向き直り、質問攻めが始まる。
 、、トーク上手いんだって?、、私と組まない?、、私が推すから!ねえ!
「私と武田さんしか無理です!」梨花のムキになった声が向こうから聞こえる。
「はい!皆さーん!」所長が割って入ってきた。
「朝礼!おはようございます!」
「おはようございます!!」
「今朝も夏日なのに肌寒いですが、ますます熱く盛り上がっているミネルビ学院!皆さんご存知の様ですが、やってくれました!コンビではありますが、1日の新規獲得件数の新記録樹立しました!12件!武田さんと松田さん!おめでとう!」パチパチパチ!!すご~い!!
「武田くん!一言、皆さんに何か言って!」相原が手招きし、皆の正面に晃司を立たせる。
「え、あの、、私が、と言うよりも、松田さんの”推し”、そして私の”引き”が組み合わさって、初めてできた事です。私たちを信じ続け、このアイディアを与えてくれた相原所長に感謝します!そして、これまで皆さんにご迷惑おかけしてすいませんでした!え~尚!こらからは!チャンチャン!!バリバリ!!新規を取っていくぜぇ!!」拳を突き上げる。
「オー!!」所内皆が拳を突き上げる。
「行くぜ!せーの!!」晃司が音頭を取る。「えぃえぃおぅー!!!」皆んなが呼応して叫び、所内のテンションは否が応でも上がっていく。だが、いつの間にか水谷の姿は、事務所に無かった。

 晃司と梨花は、延町の商店街裏の通りを回っていく。
 梨花は、赤のミニ丈タイトスカートに、白いシャツの胸を開ける量は増している。、、松田さん、男いないのかな?
 晃司は、いつもの紺のジャケットにストーンウォッシュデニム。、、武田さんといると不思議と落ち着くわ。
「午後も3件!午前含めて7件!好調ですね!」梨花が晃司に話しかける。
「松田さんの推しが強いお陰だね!」チラッと一瞥を返す。
「武田さんの推しが弱いお陰です!」ニヤッと笑い返す。
「プッ!フフフフ、、」2人共に笑いだした。

「武田さん!今日はこの位にして、ちょっと休憩しよう~」
 梨花が人気の無い公園に入り、座れる場所を探した先にブランコがあった。2人揃ってブランコに座る。
 梨花は心の準備をする様に、ゆっくりと漕ぎ出す。今、居ても立ってもいられない事がある。どうしても分からない、誰かに聞きたい、相談したい。私の周りには武田さんしか、分かってくれそうな男の人がいない。
 晃司は梨花の表情が暗くなっている事に気づく。以前見たことがある暗さだ。
「武田さん教えて欲しいんだけど、、男の人って、、好きでもない人と、で、できたりするの?」
 え?一瞬辺りを見回しながら「そういう事聞くんだ。何で?真面目に聞いてるの?」
「うん。どうしたら良いのか分かんなくなってて、、」
「じゃ真面目に答えるよ。『男は…』とか『女は…』とか一般論すぎる。男も、女も、好きでなくてもできたりする人もいれば、そうじゃない人も居る。それが真実さ。」
「そんな答えじゃ困るよ!私は、どうしたら良いんだろ?、、」涙声になってきた。
「じゃあ、ちゃんと説明してくれ。」
 梨花が大きく息を吸い込む。
「実は、、、今お付き合いしている男性が居て、一応、真面目にお付き合いしてて結婚してもいいかなって思ってる人がいるんだけど、最近、夜に私を置いて遊びに行ったりするから、こないだ大喧嘩しちゃってね。それ以来、連絡が取れなくなってて。ついこの間まで『結婚しようね』って言ってくれてたのに。あきちゃんって知り合いの娘の所に行ってるっていう噂も聞くし、、私の事どう思ってるんだろう?急に嫌いになったのかな?良い人できたのかな?どうしたら良いのかよく分からなくて。健ちゃんはね、24歳で建築の仕事をしてて、ちゃんと働いてて、真面目だし、武田さんと違って友達も多いし、ガッチリしてて、頼り甲斐もあるから、モテると思うんよ。」
「一言多いよ。夜遊びに行ってるから大喧嘩になったの?」胸に少し刺さる。
「ずっと前から私の派手な服装が気に入らないって言われてたんだ。でも、服装ぐらいで切れられても困るわ!、、これは私のスタイルだし。色んな人と出会いがあるし、男の友達だって欲しいし。そしたら今度は健ちゃんが、夜遊びに行く様になって、、」
 強かな女、駆け引き、若い2人、似た者同士。色々思い浮かぶ事がある。
「分かったよ」
「え?何が分かったの?こんなんでましたけど~ってやつ?」
「彼は、梨花ちゃんの事が今も好きだし、出て行ったのは梨花ちゃんへの当てつけだよ。そもそも、喧嘩のきっかけは梨花ちゃんにある!」
「え?本当に健ちゃんは私の事好きなのかな?私が原因って、、私一途だし、何もしてないよ!」
「梨花ちゃんのポリシーって、所謂、女を表現して交友を広げる事だろ?健ちゃんが嫉妬して止めてくれって行ってるのに、自分のポリシーの方を選んだ。それで健ちゃんは出てったんだと思うよ」
「私は嫉妬させるつもりなんかないよ!私らしさなの!」、、そうしないと、私、おばさんになってしまう様な気がする。梨花は微かに呟きながら、今までの健二とのやり取りを思い返していた。
「お互いまだまだ若いしねぇ。ちゃんと言いたい事言い合えば、大喧嘩もあるよ。仕方ない。」
「もう!他人事だと思って!」
 梨花の事が他人事と思えなくなっていた。このまま別れたら良いのに、、、
「ん?なんか言った?」
「いやいや、何でもない!もうちょっと、信じて待ってみ!お互い好き同士の筈だから、本当に仲良くしたかったら、譲り合うしかないよ!」
「う、うん」、、武田さんの言う通りにしてみよぉ。

 コンビ結成以降、梨花と晃司のコンビは好調が続いた。梨花の気持ちの落ち込みがトークに影を落としていたが、初日の12件、10件、9件、8件と続き、コンスタントに新規獲得を継続していった。

 土曜日の休日、久しぶりに夏らしい汗ばむ陽気の日。晃司はミネルビの英会話教室兼社宅で過ごしていた。
 朝から久々にトランスポーターからレーサーを外に出し、メンテナンスをしている。
「仕事が順調だとレースにも身が入るわ!、、it's the final countdown~♪」お気に入りのEurope自然と鼻歌が出てテンションが上がる。
 汚れっぱなしのカウルをウェスで拭いて外し、エンジン、ブレーキ、サスペンション、ホイール、タイヤ、駆動系、電気系などを順次洗浄し、分解し、チェックしていく。暑い日差しで汗まみれになっても苦にならない。
 昼に差し掛かって、スーパーで購入したバナナを頬張り作業を続ける。劣化しているオイル、ブレーキパット、ハーネスを交換し必要に応じて修理や交換を行い、一通り組み上がった頃には夕方になっていた。
 ゴロゴロ、、空にドス黒い積乱雲がみるみる立ち上がり、辺りが急に暗くなり始めてきた。、、ポツ、ポツポツ、ザーー!
 「ヤバイ!レーサーをトランスポーターに載せないと!」激しく降り出した夕立ちのさ中、キーを取りに玄関に走り出すと、門の外に人影が見えた。
「梨花ちゃん!?」梨花が傘もささずに突っ立っている。

「武田くん、、、雨宿りさせてくれる?」
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