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第一章 武器屋の経営改善
面談は大切です
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ガンテスの工房を辞する前に、もう一つだけお願いをしておくことにする。
それは「定期面談」の実施だ。
人材育成にとってもっとも大切なこと。
それは「育てる側」と「育てられる側」の綿密なコミュニケーションだ。
育てる側は常に相手に期待することと、その達成状況を伝えるべきだと思っている。
「言わなくてもわかるだろう」という態度は失敗の元だからである。
夫婦や家族ですら、言葉にしないと伝わらないこともあるのに、いわんや他人をや、だろう。
人に言葉を話す能力が備わっているのは、必然性があるからだ。
以心伝心というのは誤った幻想にすぎない。
他方、育てられる側も、不安や懸念をフィードバックすることで精神的な安定が得られるし、育てる側が「ちゃんと自分を見てくれている」と感じられることでやる気も湧いてくる。
人の成長にとって何より大切なことは「自分が承認されている」と感じられることだ。
いわゆる人間の欲求には段階がある、とはマズローという学者の唱えるところである。
誰かに認められたい、という「尊厳欲求」はかなり高次元の要求だ。
マズローの欲求5段階説という考えでは、この「尊厳欲求」は衣食住といった原始的な欲求や、集団への帰属欲求の上に位置する。
さらにこの「尊厳欲求」が満たされてはじめて、最高レベルの「自己実現欲求」が生まれてくるとされている。
これは、自分の能力を十全に発揮し、クリエイティブなことをしたいという欲求で、まさに職人に求められるものと言える。
つまるところ、人が能力を遺憾なく活かすには、まずもって他人から認められることが大きな原動力足り得るということだ。
「しかし…何を話せばいいんじゃろう」
戸惑うガンテスに、俺なりの考えを伝えておく。
面談は人と人との対話だから、これだという正解はないし、マニュアル的にやりさえすればいいというものではない。
互いの心が通じるように、思いを乗せた言葉を紡ぐほかはないだろう。
ただ、話すことで生まれるものは必ずあるはずだ。
「本当に、気がついたことを伝えるだけでもいいんです。常に褒めろとか叱れとか、そういう縛りはないと思います」
「気づいたこと…か」
「『この人は自分のことをきちんと見てくれているんだな』という信頼感が、さらなる修行に励む気持ちを生み出してくれるでしょう」
「そうか…」
ガンテスが少し苦い顔をした。
俺の怪訝そうな様子が伝わったのか、ガンテスが言葉を続けた。
「いや、面談が嫌なわけじゃない…ただ、息子のことを思い出してな。…あいつとも、面談というか、もっと会話をすればよかったと思ってな」
「これから、話せばいいですよ。いつだって、何かをするに遅すぎるということはないのですから」
「そう、だな…そうしよう。わかった。アイクともきちんと話すようにする」
「はい…俺も時々、顔を出しますので、何か力になれることがあれば言って下さい。俺からも、良い提案があればどんどん言いますんで」
「フン…お主、面白い若者だな。いや、期待させてもらおう。そっちも、短剣は期待して待っていてくれ」
俺達は固い握手を交わした。
ガンテスの腕は太く、手は鋼のように硬い。
そこには、長年の努力と鍛錬の結晶が宿っているように思われた。
生気をすっかり取り戻し、いきいきと働きだしたアイクにも別れを告げ、俺は武器店に戻ることにした。
新商品の目処もついたし、十分な成果と言っていいだろう。
掛率の話は、新商品がしっかり売れるようになってからにしよう。
アイクの成長も見守る必要があるし。
結果として自分の仕事が増えてしまったが、嫌な気はしなかった。
誰かの役に立つということが、これほど楽しいことだとは、銀行員時代には思いもしなかった。
そういう意味では、今の俺は「幸せ」といっていいのかもしれないな。
帰り道、ふとそんなことを思う。
それは「定期面談」の実施だ。
人材育成にとってもっとも大切なこと。
それは「育てる側」と「育てられる側」の綿密なコミュニケーションだ。
育てる側は常に相手に期待することと、その達成状況を伝えるべきだと思っている。
「言わなくてもわかるだろう」という態度は失敗の元だからである。
夫婦や家族ですら、言葉にしないと伝わらないこともあるのに、いわんや他人をや、だろう。
人に言葉を話す能力が備わっているのは、必然性があるからだ。
以心伝心というのは誤った幻想にすぎない。
他方、育てられる側も、不安や懸念をフィードバックすることで精神的な安定が得られるし、育てる側が「ちゃんと自分を見てくれている」と感じられることでやる気も湧いてくる。
人の成長にとって何より大切なことは「自分が承認されている」と感じられることだ。
いわゆる人間の欲求には段階がある、とはマズローという学者の唱えるところである。
誰かに認められたい、という「尊厳欲求」はかなり高次元の要求だ。
マズローの欲求5段階説という考えでは、この「尊厳欲求」は衣食住といった原始的な欲求や、集団への帰属欲求の上に位置する。
さらにこの「尊厳欲求」が満たされてはじめて、最高レベルの「自己実現欲求」が生まれてくるとされている。
これは、自分の能力を十全に発揮し、クリエイティブなことをしたいという欲求で、まさに職人に求められるものと言える。
つまるところ、人が能力を遺憾なく活かすには、まずもって他人から認められることが大きな原動力足り得るということだ。
「しかし…何を話せばいいんじゃろう」
戸惑うガンテスに、俺なりの考えを伝えておく。
面談は人と人との対話だから、これだという正解はないし、マニュアル的にやりさえすればいいというものではない。
互いの心が通じるように、思いを乗せた言葉を紡ぐほかはないだろう。
ただ、話すことで生まれるものは必ずあるはずだ。
「本当に、気がついたことを伝えるだけでもいいんです。常に褒めろとか叱れとか、そういう縛りはないと思います」
「気づいたこと…か」
「『この人は自分のことをきちんと見てくれているんだな』という信頼感が、さらなる修行に励む気持ちを生み出してくれるでしょう」
「そうか…」
ガンテスが少し苦い顔をした。
俺の怪訝そうな様子が伝わったのか、ガンテスが言葉を続けた。
「いや、面談が嫌なわけじゃない…ただ、息子のことを思い出してな。…あいつとも、面談というか、もっと会話をすればよかったと思ってな」
「これから、話せばいいですよ。いつだって、何かをするに遅すぎるということはないのですから」
「そう、だな…そうしよう。わかった。アイクともきちんと話すようにする」
「はい…俺も時々、顔を出しますので、何か力になれることがあれば言って下さい。俺からも、良い提案があればどんどん言いますんで」
「フン…お主、面白い若者だな。いや、期待させてもらおう。そっちも、短剣は期待して待っていてくれ」
俺達は固い握手を交わした。
ガンテスの腕は太く、手は鋼のように硬い。
そこには、長年の努力と鍛錬の結晶が宿っているように思われた。
生気をすっかり取り戻し、いきいきと働きだしたアイクにも別れを告げ、俺は武器店に戻ることにした。
新商品の目処もついたし、十分な成果と言っていいだろう。
掛率の話は、新商品がしっかり売れるようになってからにしよう。
アイクの成長も見守る必要があるし。
結果として自分の仕事が増えてしまったが、嫌な気はしなかった。
誰かの役に立つということが、これほど楽しいことだとは、銀行員時代には思いもしなかった。
そういう意味では、今の俺は「幸せ」といっていいのかもしれないな。
帰り道、ふとそんなことを思う。
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