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楽園の涯
21 春宵の送り火 4
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「どうせ王族の数も減ったことだ。王子たち用の飾り馬車に国王を乗せてしまって問題あるまい」
馬車の管理責任者モーテンソンは忙しさのあまり、不敬とも取られかねない暴言を口にしたが、誰もそれを咎めようとはせず、それどころかモーテンソンの肚案をすぐさま実行に移した。
彼らも他の国民と同様、春宵の火祭りを実行し、これまでと変わらぬ日常に戻りたかったのだ。
さっそく、車高がやや低く庇が短い飾り馬車に、代わりの玉座が添えつけられた。この飾り馬車は、前年まではノアの姉フリーダやアウグスティンが乗っていたもので、庇が短いため雨に濡れやすい。
ヴィルヘルム三世の意識が明瞭であればそのお下がりに文句をつけたかもしれないが、彼はもはや、酒精がもたらすまどろみと悪夢の眠りと共にしか生きていない。
ヘルストランドに、一年で最も明るい夜がおとずれた。
前日までよりも遥かに多くの篝火で照らし出された町並みに、清漣のような歌声が響く。レーヴェンアドレール吟遊詩人大学の聖歌隊が目抜き通りを行進し、その後に巨大で豪奢な飾り馬車が続く。
飾り馬車の車体は口を開けた蛇の頭のような形をしており、その舌先にある玉座には、ノアの危惧をはねのけた国王ヴィルヘルム三世の姿があった。ヴィルヘルムは行啓を祝いに集まった民衆に目を向けることもなく、頬杖をついて眠っているか、侍従に酒を注がせて口に運んでいるか、そのいずれかだった。彼の隣では心配顔の王妃が民衆に手を振っている。
ノアの乗る飾り馬車はその後ろを進み、今年は姉のフリーダが同乗していた。ノアは王家に伝わる火祭りのための祭器のうち、英雄の槍と半神半死の英雄のレリーフを捧げ持っている。
この祭器を町外れにあるファンナ教の神殿に納めれば、儀式としての春宵の火祭りは終了となる。
「よかったわ。今年も無事祭りができて……」
ファンナ教の主神パラヤの像を胸に抱いたフリーダが、安堵したようにつぶやく。
「そうですね……」
「来年もこうして、二人で祝賀行列に参加できればよいのに」
「それは難しいかも知れません。ノルドグレーンも、我が国をこのままにはしておかないでしょうし」
「怖いことを言わないで、ノア……」
この姉は、こうした話には不向きだったな――ノアが胸中で己の不見識を恥じていると、行列の前方がにわかに騒がしくなった。すぐに目抜き通りが男声の怒号や女声の悲鳴であふれ返る。
「嫌だわ……また何かあったのかしら」
「何事か! 誰か状況を確かめてきてくれ」
フリーダは不安げな顔で、パラヤ像を抱いて身を縮める。ノアが飾り馬車の手すりから身を乗り出し様子を伺っていると、護衛部隊の隊長が数人の部下を連れ、息せき切って駆け寄ってきた。
「ノア様、どうかそのまま、いえ、お下がりください!」
「どうした?」
「王が……ヴィルヘルム三世陛下が撃たれました!」
馬車の管理責任者モーテンソンは忙しさのあまり、不敬とも取られかねない暴言を口にしたが、誰もそれを咎めようとはせず、それどころかモーテンソンの肚案をすぐさま実行に移した。
彼らも他の国民と同様、春宵の火祭りを実行し、これまでと変わらぬ日常に戻りたかったのだ。
さっそく、車高がやや低く庇が短い飾り馬車に、代わりの玉座が添えつけられた。この飾り馬車は、前年まではノアの姉フリーダやアウグスティンが乗っていたもので、庇が短いため雨に濡れやすい。
ヴィルヘルム三世の意識が明瞭であればそのお下がりに文句をつけたかもしれないが、彼はもはや、酒精がもたらすまどろみと悪夢の眠りと共にしか生きていない。
ヘルストランドに、一年で最も明るい夜がおとずれた。
前日までよりも遥かに多くの篝火で照らし出された町並みに、清漣のような歌声が響く。レーヴェンアドレール吟遊詩人大学の聖歌隊が目抜き通りを行進し、その後に巨大で豪奢な飾り馬車が続く。
飾り馬車の車体は口を開けた蛇の頭のような形をしており、その舌先にある玉座には、ノアの危惧をはねのけた国王ヴィルヘルム三世の姿があった。ヴィルヘルムは行啓を祝いに集まった民衆に目を向けることもなく、頬杖をついて眠っているか、侍従に酒を注がせて口に運んでいるか、そのいずれかだった。彼の隣では心配顔の王妃が民衆に手を振っている。
ノアの乗る飾り馬車はその後ろを進み、今年は姉のフリーダが同乗していた。ノアは王家に伝わる火祭りのための祭器のうち、英雄の槍と半神半死の英雄のレリーフを捧げ持っている。
この祭器を町外れにあるファンナ教の神殿に納めれば、儀式としての春宵の火祭りは終了となる。
「よかったわ。今年も無事祭りができて……」
ファンナ教の主神パラヤの像を胸に抱いたフリーダが、安堵したようにつぶやく。
「そうですね……」
「来年もこうして、二人で祝賀行列に参加できればよいのに」
「それは難しいかも知れません。ノルドグレーンも、我が国をこのままにはしておかないでしょうし」
「怖いことを言わないで、ノア……」
この姉は、こうした話には不向きだったな――ノアが胸中で己の不見識を恥じていると、行列の前方がにわかに騒がしくなった。すぐに目抜き通りが男声の怒号や女声の悲鳴であふれ返る。
「嫌だわ……また何かあったのかしら」
「何事か! 誰か状況を確かめてきてくれ」
フリーダは不安げな顔で、パラヤ像を抱いて身を縮める。ノアが飾り馬車の手すりから身を乗り出し様子を伺っていると、護衛部隊の隊長が数人の部下を連れ、息せき切って駆け寄ってきた。
「ノア様、どうかそのまま、いえ、お下がりください!」
「どうした?」
「王が……ヴィルヘルム三世陛下が撃たれました!」
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