山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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楽園の涯

18 春宵の送り火

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 波乱含みではあったものの和平記念式典が終了し、ベアトリス・ローセンダールとノルドグレーンの役人たちは、各々にあてがわれた寝室へ戻った。
 その翌朝、ノルドグレーンの式典出席者たちが帰国の途につこうとすると、役人の一人が行方不明となっていることが分かった。その役人はスンドバリという名の、ノルドグレーン外務省から出向してきた男だ。すぐに捜索網が敷かれ、スンドバリは午前のうちに、ヘルストランド城内をうろついているところを発見された。
 なぜそのような場所にいたのかと問われると、スンドバリは迷い込んだだけだと言い逃れる。その白々しい態度に、意外な人物が怒りをあらわにした。
「いい大人が夜中に部屋から迷い出て、歩哨ほしょうの絶えないヘルストランド城で、半日も見つからずに過ごしていたですって?」
「し、歴史ある城をひと目見ようと……」
「ふざけないでいただけるかしら。そして、わたくしの顔にこれ以上泥を塗ることも、おやめいただきたいものね」
 スンドバリが何事かを目論もくろんで夜のヘルストランド城に侵入したことは明白で、その意図を口外しないよう口止めされていることも察しがつく。
 口調は穏やかだが怒り心頭のベアトリスはノアに、スンドバリをリードホルムで処刑しても構わないと告げた。その言葉にスンドバリは縮み上がったが、ノアはその勧めを辞謝じしゃし、冷静さを取り戻したベアトリスもその判断に従った。理由はどうあれ、今の状況下でスンドバリを処刑などしては、ノルドグレーンに講和を破棄する口実を与えることになる。
 ベアトリスは、スンドバリの処遇しょぐうについて自分に一任してくれるようノアに告げ、そのままノルドグレーンへの帰途についた。

 ノアはヘルストランド城にいる間、眠る以外のほとんどの時間を、城の一階に設けた執務室しつむしつで過ごしていた。そこには国内外の多様な情報をたずさえた配下や行商人などが、次々と出入りしている。
 ノアは彼ら彼女らからもたらされる情報のすべてを、自分の耳で聞くことにしていた。個別には大した価値のなさそうな錯綜さくそうした情報群の中から、思わぬ事実が浮かび上がってくることがある。こうした情報の蓄積ちくせきと再構築こそが、武力を大きく減じた今のリードホルムにとって頼るべき貴重な武器であり、ノアはその収集に余念よねんがなかった。
 ベアトリスがヘルストランドを後にした翌日の午後、来客の途絶えた執務室にはノアとトマス・ブリクストの姿があった。
「あの者は結局、誰を暗殺しようとしていたのでしょう」
「さてな。私か父だろうとは思うが……あるいはエイデシュテットでも探していたかな」
「なるほど、奴の行方もついぞ知れませんな」
フローケン・ローセンダールも、その点については知らなかったようだ。もっとも彼女は、エイデシュテットと通じていた外務省とは、折り合いがあまりよくないらしいが」
「その外務省を向こうに回して権力を保っているとは、大した女傑じょけつですな」
「確かにな。まあエイデシュテットのことなど、もはや瑣事さじに過ぎないが」
 ノアがこうした話題を口にする時、笑い方が変わった――ブリクストはジュニエスの戦い以後、そんな違和感を抱くようになっていた。
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