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楽園の涯
13 王太子の帰還 2
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「よもや、あの城に生きて戻ることになるとはな……。世話になった」
「こっちこそ。おかげでミカルなんて、私より読み書きが達者になったわ。ありがとうエーギルさん」
「元気でな、長老。図書省長官の同席は頼んどいたぜ。知ってる奴だって話だ」
「あの甥は、儂やお前たちを粗略には扱うまい。ほとぼりが冷めた頃合いでなら、なにか力になれることもあるだろう」
「そうならねえよう努力するよ。何しろ俺たちは山賊だ」
「そうね」
椅子から立ち上がった長老は、兵士たちに手を引かれ、アウロラたちの元を去っていった。
ヘルストランド城内に建つ時の黎明館では、ジュニエスの戦いの終戦を祝い、和平記念式典が開かれようとしていた。
ノルドグレーンからはベアトリスをはじめとして、軍部省や外務省の役人が十人ほど出席したが、いずれも高い地位にある者ではなく、せいぜいが中間管理職といった役職の者たちばかりだった。
これは長官やノルドグレーンの有力者といった地位の者たちが暗殺を恐れたためだが、苦心して交渉を取りまとめたノアたちが、そのような暴挙に及ぶはずもない。それどころか、ヘルストランドへの移動中の警護までリードホルム側で負担するほど、安全面の配慮は厳重になされていたのだ。
だがその高官たちの小心のおかげで、ベアトリスは不快な年長者への応対に柳眉を逆立てることなく、式典までの時間を過ごすことができていた。ベアトリスが親衛隊長のオラシオ・ロードストレームを連れていない点から、身柄の安全は保証されていることを確信した同行者も、少数ながら存在する。
ノアが締結まで漕ぎ着けたノルドグレーンとの――というよりはベアトリス・ローセンダール個人との――講和条約により、リードホルムはソルモーサン砦を明け渡し、ノルドグレーンにランバンデットからヘルストランドまでの通行の自由を与えた。一時的にヘルストランドの統治を許されただけで、その後の陥落は時間の問題だ――複数のリードホルム高官はそう思ったが、ここにはひとつのからくりがある。
ランバンデットはほとんどベアトリスの領地に等しく、たとえノルドグレーン軍であっても、彼女の許可なしには通ることができない。それが可能なのは、彼女の私兵に等しい一部の連隊だけだ。
ベアトリスは、ヘルストランドからランバンデット、ノルドグレーンの都市グラディス間の交易を独占し、ジュニエスの戦いにおいて多大な損害を被ったにも関わらず、その勢いは後年も増すばかりだった。
この交易ルートの確立は、ベアトリスの長期的な計画のひとつだったのだ。講和交渉でその点を察知したノアは、リードホルムの独立を守りつつ、ベアトリスの要求にも応える条件で講和条約をまとめることに成功していた。
この講和条約は、のちに“ランバンデットの誓約”と呼ばれる。
和平記念式典は、時の黎明館の西側に建つ別館で行われたが、そこでひとつの事件が起きた。
会場となった迎賓室には、条文を正式に允可するため、ヴィルヘルム三世も出席している。もっとも彼は日がな酒精にまどろんだままで、ノアにとってはノルドグレーンに身内の恥を晒すという側面もあったのだが、ノアには特にそれを気にした様子はなかった。
「こっちこそ。おかげでミカルなんて、私より読み書きが達者になったわ。ありがとうエーギルさん」
「元気でな、長老。図書省長官の同席は頼んどいたぜ。知ってる奴だって話だ」
「あの甥は、儂やお前たちを粗略には扱うまい。ほとぼりが冷めた頃合いでなら、なにか力になれることもあるだろう」
「そうならねえよう努力するよ。何しろ俺たちは山賊だ」
「そうね」
椅子から立ち上がった長老は、兵士たちに手を引かれ、アウロラたちの元を去っていった。
ヘルストランド城内に建つ時の黎明館では、ジュニエスの戦いの終戦を祝い、和平記念式典が開かれようとしていた。
ノルドグレーンからはベアトリスをはじめとして、軍部省や外務省の役人が十人ほど出席したが、いずれも高い地位にある者ではなく、せいぜいが中間管理職といった役職の者たちばかりだった。
これは長官やノルドグレーンの有力者といった地位の者たちが暗殺を恐れたためだが、苦心して交渉を取りまとめたノアたちが、そのような暴挙に及ぶはずもない。それどころか、ヘルストランドへの移動中の警護までリードホルム側で負担するほど、安全面の配慮は厳重になされていたのだ。
だがその高官たちの小心のおかげで、ベアトリスは不快な年長者への応対に柳眉を逆立てることなく、式典までの時間を過ごすことができていた。ベアトリスが親衛隊長のオラシオ・ロードストレームを連れていない点から、身柄の安全は保証されていることを確信した同行者も、少数ながら存在する。
ノアが締結まで漕ぎ着けたノルドグレーンとの――というよりはベアトリス・ローセンダール個人との――講和条約により、リードホルムはソルモーサン砦を明け渡し、ノルドグレーンにランバンデットからヘルストランドまでの通行の自由を与えた。一時的にヘルストランドの統治を許されただけで、その後の陥落は時間の問題だ――複数のリードホルム高官はそう思ったが、ここにはひとつのからくりがある。
ランバンデットはほとんどベアトリスの領地に等しく、たとえノルドグレーン軍であっても、彼女の許可なしには通ることができない。それが可能なのは、彼女の私兵に等しい一部の連隊だけだ。
ベアトリスは、ヘルストランドからランバンデット、ノルドグレーンの都市グラディス間の交易を独占し、ジュニエスの戦いにおいて多大な損害を被ったにも関わらず、その勢いは後年も増すばかりだった。
この交易ルートの確立は、ベアトリスの長期的な計画のひとつだったのだ。講和交渉でその点を察知したノアは、リードホルムの独立を守りつつ、ベアトリスの要求にも応える条件で講和条約をまとめることに成功していた。
この講和条約は、のちに“ランバンデットの誓約”と呼ばれる。
和平記念式典は、時の黎明館の西側に建つ別館で行われたが、そこでひとつの事件が起きた。
会場となった迎賓室には、条文を正式に允可するため、ヴィルヘルム三世も出席している。もっとも彼は日がな酒精にまどろんだままで、ノアにとってはノルドグレーンに身内の恥を晒すという側面もあったのだが、ノアには特にそれを気にした様子はなかった。
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