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ジュニエスの戦い
84 終幕 5
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エーマンは過酷な戦いで精神が焼き切れてしまったのか、半狂乱で奇声を上げながら長槍を振り回している。
体中にいくつもの傷を負っているが、それを意に介していないかのような戦いぶりで、敵ばかりか味方までも震え上がらせていた。
戦況は混乱し、前線で戦う者たちはおろかそれを指揮する立場の者たちでさえ、全貌を見据えているものはごく僅かだった。
入り乱れて戦っていた両軍のうち、ノルドグレーン軍は後退をはじめていた。だが情報伝達が万全でなく、退却命令を知らずに戦闘を続けているノルドグレーン兵も少なくない。
そうした混乱の中でなければ、リースベットやフリークルンドであっても数の力で圧し潰されていたことだろう。ぽっかりと空いた統制のはざまで、リースベットとフリークルンド、そしてリードホルム軍の命脈はかろうじて保たれている。
ノアはメシュヴィツ率いる精鋭部隊に護衛されているが、それでもノア自身がときどき剣を振るわなければならないほどの苦境が続いていた。
「さあ行くぞ近衛兵! リードホルムを守んのが仕事だろ!」
リースベットは顕になった素顔を隠しもせず駆け出した。フリークルンドがそれに続き、呼応するようにロードストレームも前に出る。リースベットが回り込むために左前方へ進み出ると、ロードストレームは一瞬で間合いを詰め、フリークルンドに斬りかかった。
思い描いていた位置にロードストレーム自身が飛び込んできた――状況を好機と見たリースベット目がけ、ふたたびファールクランツの飛箭が襲いかかる。それ自体は難なく回避したリースベットだったが、別の理由で一挙に血の気が引き、後ろを振り返った。
矢は同時に二本放たれており、リースベットを狙ったものとは別の矢が、彼女の右手側を飛び去っていったのだ。その射線の先ではノアが戦っている。
「ノア様、お下がりを!」
「ここは退けないぞメシュヴィツ」
「どうかお聞き分けください!」
「私を狙っているなら、いっそ私を囮に使え!」
ノアとメシュヴィツが押し問答をしている。矢は護衛兵の肩に突き刺さり、ノアは無事なようだった。
「てめえ!」
リースベットが怒りに髪を振り乱して向き直ると、今度はロードストレームの刃が彼女を襲った。フリークルンドは右足の怪我がもとで、敏捷さに勝るロードストレームに一旦距離を開けられると、すぐには追いつけないようだ。
リースベットは、敏捷さにおいてはロードストレームに引けを取らないが、腕力では大きく水を開けられている。切り結ぶたび体勢を崩され、有効な攻め手を打てないまま劣勢を仕切り直すため距離を取り、それを繰り返すばかりだった。
疲労と両腕の痛みで思考が濁りゆく中、それでもリースベットは、ノアを狙う矢だけは逃さず叩き落とす。リースベットはただ彼のため、戦い続けている。彼女にとって異質な世界である戦場に立つべき理由など、それ以外にない。
――あいつに敗けることも、この戦いを放棄するのもごめんだ。兄さんの未来が潰える。そいつだけは守らなきゃ。
「オラシオ! お前の相手は、この俺だ!」
「わかりました。いいかげんに幕引きをいたしましょう」
フリークルンドの援護で、リースベットはようやくロードストレームの猛攻から逃れた。地面に剣を突き立て、片膝立ちで荒い呼吸を落ち着かせる。その大きく上下する背中を、刃こぼれだらけの長槍が斬り裂いた。
体中にいくつもの傷を負っているが、それを意に介していないかのような戦いぶりで、敵ばかりか味方までも震え上がらせていた。
戦況は混乱し、前線で戦う者たちはおろかそれを指揮する立場の者たちでさえ、全貌を見据えているものはごく僅かだった。
入り乱れて戦っていた両軍のうち、ノルドグレーン軍は後退をはじめていた。だが情報伝達が万全でなく、退却命令を知らずに戦闘を続けているノルドグレーン兵も少なくない。
そうした混乱の中でなければ、リースベットやフリークルンドであっても数の力で圧し潰されていたことだろう。ぽっかりと空いた統制のはざまで、リースベットとフリークルンド、そしてリードホルム軍の命脈はかろうじて保たれている。
ノアはメシュヴィツ率いる精鋭部隊に護衛されているが、それでもノア自身がときどき剣を振るわなければならないほどの苦境が続いていた。
「さあ行くぞ近衛兵! リードホルムを守んのが仕事だろ!」
リースベットは顕になった素顔を隠しもせず駆け出した。フリークルンドがそれに続き、呼応するようにロードストレームも前に出る。リースベットが回り込むために左前方へ進み出ると、ロードストレームは一瞬で間合いを詰め、フリークルンドに斬りかかった。
思い描いていた位置にロードストレーム自身が飛び込んできた――状況を好機と見たリースベット目がけ、ふたたびファールクランツの飛箭が襲いかかる。それ自体は難なく回避したリースベットだったが、別の理由で一挙に血の気が引き、後ろを振り返った。
矢は同時に二本放たれており、リースベットを狙ったものとは別の矢が、彼女の右手側を飛び去っていったのだ。その射線の先ではノアが戦っている。
「ノア様、お下がりを!」
「ここは退けないぞメシュヴィツ」
「どうかお聞き分けください!」
「私を狙っているなら、いっそ私を囮に使え!」
ノアとメシュヴィツが押し問答をしている。矢は護衛兵の肩に突き刺さり、ノアは無事なようだった。
「てめえ!」
リースベットが怒りに髪を振り乱して向き直ると、今度はロードストレームの刃が彼女を襲った。フリークルンドは右足の怪我がもとで、敏捷さに勝るロードストレームに一旦距離を開けられると、すぐには追いつけないようだ。
リースベットは、敏捷さにおいてはロードストレームに引けを取らないが、腕力では大きく水を開けられている。切り結ぶたび体勢を崩され、有効な攻め手を打てないまま劣勢を仕切り直すため距離を取り、それを繰り返すばかりだった。
疲労と両腕の痛みで思考が濁りゆく中、それでもリースベットは、ノアを狙う矢だけは逃さず叩き落とす。リースベットはただ彼のため、戦い続けている。彼女にとって異質な世界である戦場に立つべき理由など、それ以外にない。
――あいつに敗けることも、この戦いを放棄するのもごめんだ。兄さんの未来が潰える。そいつだけは守らなきゃ。
「オラシオ! お前の相手は、この俺だ!」
「わかりました。いいかげんに幕引きをいたしましょう」
フリークルンドの援護で、リースベットはようやくロードストレームの猛攻から逃れた。地面に剣を突き立て、片膝立ちで荒い呼吸を落ち着かせる。その大きく上下する背中を、刃こぼれだらけの長槍が斬り裂いた。
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