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ジュニエスの戦い
40 不羈の戦士 5
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「ようやく近衛兵が戻ったか……」
苦渋に満ちた顔でノアがつぶやく。序盤は優勢だったリードホルム軍だが、近衛兵が戦線を離脱して以後は苦戦を強いられていた。ようやくその状況に改善が見られたのだ。
この苦闘は、主力軍を指揮するレイグラーフが、野戦指揮官としては優秀とは言い難い人物であることに起因していた。
リードホルム軍内部において、とくに戦場で武功を上げて昇進した者の中には、レイグラーフのことを「人柄で将軍になった男」などと揶揄する者もいる。
この罵言は、一面的には正鵠を得ている。
レイグラーフはしばしば対立する高官たちの仲を取り持ち、異なった意見の落としどころを探す能力に長けていた。また、いま前線で活躍する大隊長や連隊長の中には、彼にその力を見いだされ、叱咤され、能力に見合った地位に就いた者も多い。
リードホルム軍が組織として機能するためには、必要欠くべからざる人物ではある。ただ、野戦指揮に関しては凡庸だったのだ。
そして、その凡庸さが伝染したかのように、この日はラインフェルトの指揮するランガス湖北部軍の動きも精彩を欠いていた。
前日はノルドグレーン軍指揮官グスタフソンに対し、巧妙な用兵で優勢に戦いを進めていたが、今日は一転して守勢に徹している。ときどき思い出したように陣形を凹型にし、敵の突出を誘うなどの動きは見せているが、総体としてリードホルム北部軍の動きは緩慢だった。
主力軍より崩されていないだけまし、としか言えない麾下の状況を、ラインフェルトは物見台の上から、眠たげな目を細めて眺めている。そこに、ひとりの伝令兵が駆け寄ってきた。
「ラインフェルト様、敵主力軍の第三、第四連隊は近衛兵の突撃を防ぎ、その後ふたたび多層防御陣を形成しました」
「そうか……」
ラインフェルトは言葉少なに返答した。
なぜこのお方は、直接関係のない主力軍の動向を監視させ続けるのだ――南西の彼方を遠望するラインフェルトの横顔を、伝令兵は怪訝な顔で見上げていた。
リードホルム軍の伝令兵以外にも、ラインフェルトの動向を疑問視する者は存在する。
「ラインフェルトの動きが鈍すぎるわ……あれではほとんど、戦っているふりではありませんの」
「我が軍が湖の北を抜けば、敵は主力軍も含めて総崩れです。慎重に慎重を重ね、グスタフソンの出方を伺っているのでは?」
ランガス湖の湖面に映る夕日を眺めながら、ベアトリスは苛立ちを隠せずにいた。
「いくら敵の手の内を見てから動くのがラインフェルトの常道だとて、あれは度が過ぎるわ」
「なるほど……この期に及んで、戦わぬことに効用があるとは思えませんね」
「まだ何か企んでいるのかしら……」
「あるいは、たんに病気や怪我という可能性も。あまたの勇将、名将も、老病によってその才に陰りが出ることはままあります」
「だといいのだけれど……まったく、何もしないならしないでこちらを惑わせるとは、大したものね、ウルフ・ラインフェルトは……」
諦念と感心が相半ばした口調で、ベアトリスは不機嫌そうにつぶやいた。
ジュニエス河谷における戦いの二日目は、この流れのまま終幕を迎える。
リードホルム軍には、数に劣る割に健闘した、と自賛する者もいるが、ソルモーサン砦や野営地への帰途につく兵たちの足取りは重かった。
苦渋に満ちた顔でノアがつぶやく。序盤は優勢だったリードホルム軍だが、近衛兵が戦線を離脱して以後は苦戦を強いられていた。ようやくその状況に改善が見られたのだ。
この苦闘は、主力軍を指揮するレイグラーフが、野戦指揮官としては優秀とは言い難い人物であることに起因していた。
リードホルム軍内部において、とくに戦場で武功を上げて昇進した者の中には、レイグラーフのことを「人柄で将軍になった男」などと揶揄する者もいる。
この罵言は、一面的には正鵠を得ている。
レイグラーフはしばしば対立する高官たちの仲を取り持ち、異なった意見の落としどころを探す能力に長けていた。また、いま前線で活躍する大隊長や連隊長の中には、彼にその力を見いだされ、叱咤され、能力に見合った地位に就いた者も多い。
リードホルム軍が組織として機能するためには、必要欠くべからざる人物ではある。ただ、野戦指揮に関しては凡庸だったのだ。
そして、その凡庸さが伝染したかのように、この日はラインフェルトの指揮するランガス湖北部軍の動きも精彩を欠いていた。
前日はノルドグレーン軍指揮官グスタフソンに対し、巧妙な用兵で優勢に戦いを進めていたが、今日は一転して守勢に徹している。ときどき思い出したように陣形を凹型にし、敵の突出を誘うなどの動きは見せているが、総体としてリードホルム北部軍の動きは緩慢だった。
主力軍より崩されていないだけまし、としか言えない麾下の状況を、ラインフェルトは物見台の上から、眠たげな目を細めて眺めている。そこに、ひとりの伝令兵が駆け寄ってきた。
「ラインフェルト様、敵主力軍の第三、第四連隊は近衛兵の突撃を防ぎ、その後ふたたび多層防御陣を形成しました」
「そうか……」
ラインフェルトは言葉少なに返答した。
なぜこのお方は、直接関係のない主力軍の動向を監視させ続けるのだ――南西の彼方を遠望するラインフェルトの横顔を、伝令兵は怪訝な顔で見上げていた。
リードホルム軍の伝令兵以外にも、ラインフェルトの動向を疑問視する者は存在する。
「ラインフェルトの動きが鈍すぎるわ……あれではほとんど、戦っているふりではありませんの」
「我が軍が湖の北を抜けば、敵は主力軍も含めて総崩れです。慎重に慎重を重ね、グスタフソンの出方を伺っているのでは?」
ランガス湖の湖面に映る夕日を眺めながら、ベアトリスは苛立ちを隠せずにいた。
「いくら敵の手の内を見てから動くのがラインフェルトの常道だとて、あれは度が過ぎるわ」
「なるほど……この期に及んで、戦わぬことに効用があるとは思えませんね」
「まだ何か企んでいるのかしら……」
「あるいは、たんに病気や怪我という可能性も。あまたの勇将、名将も、老病によってその才に陰りが出ることはままあります」
「だといいのだけれど……まったく、何もしないならしないでこちらを惑わせるとは、大したものね、ウルフ・ラインフェルトは……」
諦念と感心が相半ばした口調で、ベアトリスは不機嫌そうにつぶやいた。
ジュニエス河谷における戦いの二日目は、この流れのまま終幕を迎える。
リードホルム軍には、数に劣る割に健闘した、と自賛する者もいるが、ソルモーサン砦や野営地への帰途につく兵たちの足取りは重かった。
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