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ジュニエスの戦い
41 仮面
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ジュニエス河谷における三日目の戦闘も、重装歩兵同士の衝突によって幕を開けたが、戦況はすぐにリードホルム軍の劣勢に傾いた。その原因はひとえに、両軍の数の違いだ。
リードホルム軍の倍以上の兵力を有するノルドグレーン軍は、ほとんど無傷に近い状態を保っていたレーフクヴィスト、ノルランデル両連隊長の部隊を前線に投入し、傷つき疲弊したリードホルム主力軍を圧倒している。
この点に関しては近衛兵も同様であり、超人的な体力を誇る隊長フリークルンド以外は、疲労によりその力を減じていた。一戦ごとに後退して休息を取り、ふたたび歩兵に混じって前線に出てゆく。しぜん戦闘回数は減り、ノルドグレーン軍に与える損害も少なくなる。
フリークルンドは歯噛みしつつも、ノアから指示されたその戦術に従っていた。
これは予想できた事態だ。
前日夜の軍議では、温存していた騎馬部隊を投入し状況の打開を試みる案をレイグラーフが提言したが、それにはラインフェルトが強硬に反対した。密集陣形を維持できている重装歩兵に騎馬部隊を突撃させても、突破できず無益に兵力を消耗するだけである、というのが反対案の論拠だ。
あくまで歩兵同士の戦闘で粘り、焦れた敵が突出し陣形が乱れたところで騎馬部隊を突入させる、という案が採択されて軍議は解散された。
「とはいえ苦しいな……我が国の兵が、やすりで削り取られていくようだ」
「優勢となれば、功に逸って突出してくる者が増えるものですが……敵の動きは見事に抑制されています」
ノアとメシュヴィツは互いに、腹の底で渦巻く焦燥感を押し殺しながら、リードホルムに不利な戦況を眺めているしかなかった。
対するノルドグレーン軍には、戦いに先立ちベアトリスからの厳命が下されていた。――生き残れば全員に恩給と、昇進あるいは職を与える。ただし命令違反は、仮に敵の首級を挙げても厳罰に処す。これまでの戦争とは違った戦いであると心得よ――
「敵ながら、大したものだな……」
「疲労と負傷で、我が軍の士気は低下しつつあります。どこまで持ち堪えられるか」
「士気、か……」
腕組みをして戦場を見つめるノアに伝令兵が駆け寄ってきた。眼前の戦場からではなく、背後のソルモーサン砦からだ。
「ノア様、その……砦に奇妙な来客が」
「私にか?」
「はい。どうも素性の怪しい奴で、カッセル王国の傭兵だと言っているのですが……」
その報告を聞き、ノアの顔が一瞬だけ明るさを取り戻した。
「……その者は、腕に我が国の国章を付けていなかったか?」
「はい。そのような腕章を付けていました」
「ここに通せ」
「……大丈夫でしょうか」
「協力を要請していた者だ。問題ない」
ソルモーサン砦に戻ってゆく伝令兵を見送るノアの顔に、わずかながら希望の色が見える。
ノアはメシュヴィツに向き直った。
「メシュヴィツ、どうやら士気に関しては、なんとかなるかも知れないな」
「……何か策がおありですか?」
「ああ。それを可能にする者がやってくる」
混迷する戦場を見ながら、不思議に晴れやかな顔でノアは言った。
リードホルム軍の倍以上の兵力を有するノルドグレーン軍は、ほとんど無傷に近い状態を保っていたレーフクヴィスト、ノルランデル両連隊長の部隊を前線に投入し、傷つき疲弊したリードホルム主力軍を圧倒している。
この点に関しては近衛兵も同様であり、超人的な体力を誇る隊長フリークルンド以外は、疲労によりその力を減じていた。一戦ごとに後退して休息を取り、ふたたび歩兵に混じって前線に出てゆく。しぜん戦闘回数は減り、ノルドグレーン軍に与える損害も少なくなる。
フリークルンドは歯噛みしつつも、ノアから指示されたその戦術に従っていた。
これは予想できた事態だ。
前日夜の軍議では、温存していた騎馬部隊を投入し状況の打開を試みる案をレイグラーフが提言したが、それにはラインフェルトが強硬に反対した。密集陣形を維持できている重装歩兵に騎馬部隊を突撃させても、突破できず無益に兵力を消耗するだけである、というのが反対案の論拠だ。
あくまで歩兵同士の戦闘で粘り、焦れた敵が突出し陣形が乱れたところで騎馬部隊を突入させる、という案が採択されて軍議は解散された。
「とはいえ苦しいな……我が国の兵が、やすりで削り取られていくようだ」
「優勢となれば、功に逸って突出してくる者が増えるものですが……敵の動きは見事に抑制されています」
ノアとメシュヴィツは互いに、腹の底で渦巻く焦燥感を押し殺しながら、リードホルムに不利な戦況を眺めているしかなかった。
対するノルドグレーン軍には、戦いに先立ちベアトリスからの厳命が下されていた。――生き残れば全員に恩給と、昇進あるいは職を与える。ただし命令違反は、仮に敵の首級を挙げても厳罰に処す。これまでの戦争とは違った戦いであると心得よ――
「敵ながら、大したものだな……」
「疲労と負傷で、我が軍の士気は低下しつつあります。どこまで持ち堪えられるか」
「士気、か……」
腕組みをして戦場を見つめるノアに伝令兵が駆け寄ってきた。眼前の戦場からではなく、背後のソルモーサン砦からだ。
「ノア様、その……砦に奇妙な来客が」
「私にか?」
「はい。どうも素性の怪しい奴で、カッセル王国の傭兵だと言っているのですが……」
その報告を聞き、ノアの顔が一瞬だけ明るさを取り戻した。
「……その者は、腕に我が国の国章を付けていなかったか?」
「はい。そのような腕章を付けていました」
「ここに通せ」
「……大丈夫でしょうか」
「協力を要請していた者だ。問題ない」
ソルモーサン砦に戻ってゆく伝令兵を見送るノアの顔に、わずかながら希望の色が見える。
ノアはメシュヴィツに向き直った。
「メシュヴィツ、どうやら士気に関しては、なんとかなるかも知れないな」
「……何か策がおありですか?」
「ああ。それを可能にする者がやってくる」
混迷する戦場を見ながら、不思議に晴れやかな顔でノアは言った。
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