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ジュニエスの戦い

28 戦火

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「全軍、前進!」
 ベアトリスとレイグラーフはそれぞれ別の場所で、異口同音に号令を発した。
 レイグラーフが乗る巨大戦闘馬車が陣取る岩肌がむき出しの小高い丘の上には、ノアと補佐役のメシュヴィツもともに立ち、情勢を注視していた。
「敵軍は、盾と長槍で武装した重装歩兵が主力か。騎馬部隊はずいぶん少ないようだが……」
「育成が間に合わなかったのでしょう。騎馬はただ馬に乗れればよいというものではございません。人馬一体となって真の力を発揮するには、年単位の訓練が必要です」
「年単位か……ブリクストあたりに比べれば、私などは赤子がようやく立ち上がった程度だろうな」
 遥か左前方に見える丘の上をながめながらノアは言った。

 悠久の時をかけ氷河によって岩山が削り取られてできたジュニエス河谷は、山間部がV字型にくぼんだ一般的な渓谷と違い、底の広いU字型をしている。
 雪解け水が蕩蕩とうとうと流れ込むランガス湖を除き、兵士たちがその谷底全面を埋め尽くしていた。両軍ともに、大人が隠れられるほど大型の盾を構えた歩兵部隊を前衛として、長方形の方陣ほうじんをいくつも作り、その部隊を横に連ねた横陣おうじんでゆっくりと行軍している。その様子はさながら、壁が動いているかのようだった。
 この陣形は移動は遅いが、騎馬の突撃や弓矢の攻撃に対しては強い。手堅いという点で王道とも言うべき戦術だが、それを採用した理由はそれぞれに異なる。
 リードホルムは精強な騎馬部隊をようするが、兵科へいかの相性から敵の陣形が崩れるまで投入を控えねばならない。また、南の丘に布陣する弓矢部隊の射程よりも前に出て戦うべき理由もない。
 一方ノルドグレーンは、豊かな財力によって重装歩兵の装備は盤石ばんじゃくだが、騎馬部隊はメシュヴィツの指摘どおり、育成が間に合わず少数だったのだ。

 戦いの口火は、主力軍とは別の戦場で切られた。
 ノアの耳には、リードホルム軍の弓矢部隊が布陣する南の丘から喚声かんせいが届いた。だがそちらに目を向けても、戦いが始まっている様子はない。
 叫び声は弓矢部隊の北西側にある林の中から上がっている。視界の悪い林の中で戦っているのは、丘の上を奪取するため戦場を大きく迂回してきたノルドグレーン軍の歩兵部隊と、それを見越して配置されていたブリクスト率いる特別奇襲隊だった。
 ノルドグレーン軍は数的優位を存分に発揮して二個大隊1200人を送り込んでおり、対するブリクスト隊は一個小隊100人足らずに過ぎない。だがブリクストは散開しているノルドグレーン軍に対して、騎馬による強襲きょうしゅうと離脱を繰り返し、進軍を阻むばかりでなくいちじるしい損害を与えていた。
「奇襲部隊が苦戦している……?」
 報告を受けたベアトリスは形の良い眉を歪めた。
「どうやらあの林の中に、敵の騎馬部隊が潜んでいたとのこと。なんとも非常識な」
「まあ恐ろしい。恐ろしいほどの修練を積んだ騎兵ですのね」
「南の丘は敵軍の要地ようち。強行突破させますか?」
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