上 下
156 / 247
ジュニエスの戦い

29 戦火 2

しおりを挟む
「どうやらあの林の中に、敵の騎馬部隊が潜んでいたとのこと。なんとも非常識な」
「まあ恐ろしい。恐ろしいほどの修練を積んだ騎兵ですのね」
「南の丘は敵軍の要地ようち。強行突破させますか?」
「なりません。非常識であろうと何であろうと、騎馬の質においてはリードホルムに一日いちじつちょうありというのはくつがえせない事実」
「では撤退させると……」
「それもなりません。林の外へ出て態勢を立て直し、丘の奪取を匂わせ続けなさい。実際に取る必要はなし。陽動ようどうだけよ」
「は……」
「それほどの力を持った騎兵など、そうそういるものではありません。主戦場に出させず釘付けにできるなら、負傷した大隊の仕事としては充分ですわ」
「承知いたしました」
「大隊長にそうお伝えなさい」
 右手を上げて伝令兵に指示を出し、ベアトリスははるか右前方の丘をながめやった。
「……丘を死守すべく林に兵を伏せておくことは予測しておりましたわ。しかし、戦局を左右する鍵にさえなりそうな強兵をその任に当てるとは……さて、一体誰の悪知恵かしらね」
 ベアトリスは両手の指を組み合わせて不敵に笑った。

 ベアトリスの口のに上った人物はランガス湖の北部に布陣し、中央軍に先んじて戦端せんたんを開いていた。
 ウルフ・ラインフェルトは3000の部隊を率い、グスタフソン率いるノルドグレーン軍6000の部隊を迎え撃っている。戦力の差は圧倒的だが、湖の北側は南側よりも狭く、数を頼みに包囲殲滅せんめつされることはない。
 前衛部隊だけを見れば、両軍はほぼ互角の条件で正面からぶつかり合うことになる。そのため基本的には兵の練度や装備の質、純粋な力と力の勝負になるが、その点においても両軍には優劣はつかなかった。
「急造部隊とは言いながら、敵もる者。どうやら力押しはかなわぬようです」
「うむ……やはり、闇雲やみくもに攻めてきたのではないようだな」
 ラインフェルトは自身を納得させるようにうなずいた。
「第二軍に戦術案Aを通達せよ」
 一進一退もない膠着こうちゃく状態がしばらく続いたが、ラインフェルトがそれを動かした。リードホルム軍は湖側の部隊を徐々に後退させ、ノルドグレーン軍はそれにつられて少しずつ前進してゆく。
 横陣おうじんでぶつかり合っていた両軍の前線は、いつの間にか傾斜けいしゃ陣となっていた。
「第一軍、前進せよ。第二軍もそれに続け」
 ノルドグレーン側が崩れた陣形に気づく前に、ラインフェルトは攻勢を命じた。
 リードホルム軍は戦況に応じて陣形を再編していたが、ノルドグレーンは突出した湖側が手薄な状態になっている。水面に上がってきた魚に猛禽もうきんが食らいつくように、リードホルム軍がそれに襲いかかった。
「湖側が崩れたぞ! 内側から食い破れ!」
 手薄になった前線は、疲労や負傷で戦線離脱する兵士の交代に手間取り、そこから陣形にほころびが生じる。特に今回の戦いで両軍が採っている重装歩兵による密集陣形は、ひとたび崩壊した際の復元力に劣るのだ。
 ノルドグレーンの重装歩兵が倒れて開いた隙間から、リードホルムの軽装歩兵がなだれ込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...