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ジュニエスの戦い
29 戦火 2
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「どうやらあの林の中に、敵の騎馬部隊が潜んでいたとのこと。なんとも非常識な」
「まあ恐ろしい。恐ろしいほどの修練を積んだ騎兵ですのね」
「南の丘は敵軍の要地。強行突破させますか?」
「なりません。非常識であろうと何であろうと、騎馬の質においてはリードホルムに一日の長ありというのは覆せない事実」
「では撤退させると……」
「それもなりません。林の外へ出て態勢を立て直し、丘の奪取を匂わせ続けなさい。実際に取る必要はなし。陽動だけよ」
「は……」
「それほどの力を持った騎兵など、そうそういるものではありません。主戦場に出させず釘付けにできるなら、負傷した大隊の仕事としては充分ですわ」
「承知いたしました」
「大隊長にそうお伝えなさい」
右手を上げて伝令兵に指示を出し、ベアトリスははるか右前方の丘をながめやった。
「……丘を死守すべく林に兵を伏せておくことは予測しておりましたわ。しかし、戦局を左右する鍵にさえなりそうな強兵をその任に当てるとは……さて、一体誰の悪知恵かしらね」
ベアトリスは両手の指を組み合わせて不敵に笑った。
ベアトリスの口の端に上った人物はランガス湖の北部に布陣し、中央軍に先んじて戦端を開いていた。
ウルフ・ラインフェルトは3000の部隊を率い、グスタフソン率いるノルドグレーン軍6000の部隊を迎え撃っている。戦力の差は圧倒的だが、湖の北側は南側よりも狭く、数を頼みに包囲殲滅されることはない。
前衛部隊だけを見れば、両軍はほぼ互角の条件で正面からぶつかり合うことになる。そのため基本的には兵の練度や装備の質、純粋な力と力の勝負になるが、その点においても両軍には優劣はつかなかった。
「急造部隊とは言いながら、敵も然る者。どうやら力押しは適わぬようです」
「うむ……やはり、闇雲に攻めてきたのではないようだな」
ラインフェルトは自身を納得させるようにうなずいた。
「第二軍に戦術案Aを通達せよ」
一進一退もない膠着状態がしばらく続いたが、ラインフェルトがそれを動かした。リードホルム軍は湖側の部隊を徐々に後退させ、ノルドグレーン軍はそれにつられて少しずつ前進してゆく。
横陣でぶつかり合っていた両軍の前線は、いつの間にか傾斜陣となっていた。
「第一軍、前進せよ。第二軍もそれに続け」
ノルドグレーン側が崩れた陣形に気づく前に、ラインフェルトは攻勢を命じた。
リードホルム軍は戦況に応じて陣形を再編していたが、ノルドグレーンは突出した湖側が手薄な状態になっている。水面に上がってきた魚に猛禽が食らいつくように、リードホルム軍がそれに襲いかかった。
「湖側が崩れたぞ! 内側から食い破れ!」
手薄になった前線は、疲労や負傷で戦線離脱する兵士の交代に手間取り、そこから陣形に綻びが生じる。特に今回の戦いで両軍が採っている重装歩兵による密集陣形は、ひとたび崩壊した際の復元力に劣るのだ。
ノルドグレーンの重装歩兵が倒れて開いた隙間から、リードホルムの軽装歩兵がなだれ込んだ。
「まあ恐ろしい。恐ろしいほどの修練を積んだ騎兵ですのね」
「南の丘は敵軍の要地。強行突破させますか?」
「なりません。非常識であろうと何であろうと、騎馬の質においてはリードホルムに一日の長ありというのは覆せない事実」
「では撤退させると……」
「それもなりません。林の外へ出て態勢を立て直し、丘の奪取を匂わせ続けなさい。実際に取る必要はなし。陽動だけよ」
「は……」
「それほどの力を持った騎兵など、そうそういるものではありません。主戦場に出させず釘付けにできるなら、負傷した大隊の仕事としては充分ですわ」
「承知いたしました」
「大隊長にそうお伝えなさい」
右手を上げて伝令兵に指示を出し、ベアトリスははるか右前方の丘をながめやった。
「……丘を死守すべく林に兵を伏せておくことは予測しておりましたわ。しかし、戦局を左右する鍵にさえなりそうな強兵をその任に当てるとは……さて、一体誰の悪知恵かしらね」
ベアトリスは両手の指を組み合わせて不敵に笑った。
ベアトリスの口の端に上った人物はランガス湖の北部に布陣し、中央軍に先んじて戦端を開いていた。
ウルフ・ラインフェルトは3000の部隊を率い、グスタフソン率いるノルドグレーン軍6000の部隊を迎え撃っている。戦力の差は圧倒的だが、湖の北側は南側よりも狭く、数を頼みに包囲殲滅されることはない。
前衛部隊だけを見れば、両軍はほぼ互角の条件で正面からぶつかり合うことになる。そのため基本的には兵の練度や装備の質、純粋な力と力の勝負になるが、その点においても両軍には優劣はつかなかった。
「急造部隊とは言いながら、敵も然る者。どうやら力押しは適わぬようです」
「うむ……やはり、闇雲に攻めてきたのではないようだな」
ラインフェルトは自身を納得させるようにうなずいた。
「第二軍に戦術案Aを通達せよ」
一進一退もない膠着状態がしばらく続いたが、ラインフェルトがそれを動かした。リードホルム軍は湖側の部隊を徐々に後退させ、ノルドグレーン軍はそれにつられて少しずつ前進してゆく。
横陣でぶつかり合っていた両軍の前線は、いつの間にか傾斜陣となっていた。
「第一軍、前進せよ。第二軍もそれに続け」
ノルドグレーン側が崩れた陣形に気づく前に、ラインフェルトは攻勢を命じた。
リードホルム軍は戦況に応じて陣形を再編していたが、ノルドグレーンは突出した湖側が手薄な状態になっている。水面に上がってきた魚に猛禽が食らいつくように、リードホルム軍がそれに襲いかかった。
「湖側が崩れたぞ! 内側から食い破れ!」
手薄になった前線は、疲労や負傷で戦線離脱する兵士の交代に手間取り、そこから陣形に綻びが生じる。特に今回の戦いで両軍が採っている重装歩兵による密集陣形は、ひとたび崩壊した際の復元力に劣るのだ。
ノルドグレーンの重装歩兵が倒れて開いた隙間から、リードホルムの軽装歩兵がなだれ込んだ。
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