145 / 247
ジュニエスの戦い
18 それぞれの夜 2
しおりを挟む
「それに何より……わたくしの趣味ではありませんもの。そうした陋習を掃うための戦いだというのに」
月の青白い光と燭台の灯明に照らされ霊妙さを帯びた顔で、ベアトリスは小さく笑った。
「他になにか?」
「現状、情勢に変化はございません」
「でしょうね。あちらはまだ、ようやくラインフェルトの増援がヘルストランドに到着した、といった頃でしょう」
「そこまでお見通しであれば、私からの報告など事後確認に過ぎませんね」
「そして彼の意見が容れられるかによって、ここまで攻め寄せてくるか迎撃の構えを採るかに分かれる……おそらく後者でしょうけど」
「どちらに転んでも、こちらにとっては好都合」
「そういうことよ」
「恐ろしいお方だ。戦う前の時点で、敵の選択肢を無意味なものにしてしまわれるとは」
「あらあら、相変わらず言葉に花実を混ぜるのが上手ね」
「ふふ……」
ロードストレームは長い睫毛を伏せて妖艶に笑う。ベアトリスは窓外を見やり、感慨深げに口を開いた。
「間もなくですわね……と言っても、今日や明日ではありませんが」
「まさか、こんな日が来ようとは……」
「わたくしとしてはまだまだ道半ばですが、あなたにとっては一つの区切り」
「ここまでお導きいただき、感謝の言葉もありません」
「……あなたがわたくしを乗せて飛んでくれたからこそ、今日という日があるのですよ」
青白く輝く月を見上げながら、ベアトリスは言った。
「この戦い、あなたの働きが明暗を分ける局面が必ず訪れます。それまで翼を休めていなさい」
「その時を楽しみにしております、お嬢様……」
時を同じくして、ヘルストランドの時の黎明館では、国王ヴィルヘルム三世への謁見が行われていた。日が落ちてからの謁見は異例であり、リードホルムがそれだけ未曾有の状況に置かれていることを現してもいる。
天井のフレスコ画や壁の化粧漆喰に描かれた神々の姿が篝火に揺れ、謁見の間は幽玄な雰囲気に包まれていた。
ことの発端は、先日行われた、ノルドグレーン軍への対応を協議した六長官会議である。
協議内容をまとめた上奏文が届けられたその日のうちに、さっそくミュルダール軍務長官とノアが国王に呼び出された。ミュルダールはラインフェルト軍三千名の受け入れや補給を差配するために多忙を極めており、召書を受け取ったときには思わず舌打ちをしたほどだった。
跪いて一礼したあと、ミュルダールとノアはヴィルヘルムに促され立ち上がる。
「さきの上奏文、そなたらの思うところは承知した。これは神霊の地たる我が国の危機である」
ひと月ほど前までは寝ぼけているようだったヴィルヘルムの声が、今はずいぶん明瞭に響く。
「予は此度の戦に、近衛兵の参戦を認めるものとする」
「おお……陛下!」
ミュルダールは伏せていた顔を上げ、感嘆の声を漏らす。
ノアは直前まで、ヴィルヘルムはこの期に及んで時の黎明館だけを守ろうとするのではないか、という疑念を持っていたが、それは無事払拭された。
「ただし、ひとつ条件がある」
「父上……?」
「近衛兵は本来、ただリードホルム王にのみ従うべき存在。それゆえ、戦場での彼らの指揮を下々の軍人たちに任せるわけにはゆかぬ」
「陛下……! しかしそれでは……」
「そこで、じゃ……ノアよ、究竟一の近衛兵、王族であるそなたに、戦場での指揮権を貸し与える」
月の青白い光と燭台の灯明に照らされ霊妙さを帯びた顔で、ベアトリスは小さく笑った。
「他になにか?」
「現状、情勢に変化はございません」
「でしょうね。あちらはまだ、ようやくラインフェルトの増援がヘルストランドに到着した、といった頃でしょう」
「そこまでお見通しであれば、私からの報告など事後確認に過ぎませんね」
「そして彼の意見が容れられるかによって、ここまで攻め寄せてくるか迎撃の構えを採るかに分かれる……おそらく後者でしょうけど」
「どちらに転んでも、こちらにとっては好都合」
「そういうことよ」
「恐ろしいお方だ。戦う前の時点で、敵の選択肢を無意味なものにしてしまわれるとは」
「あらあら、相変わらず言葉に花実を混ぜるのが上手ね」
「ふふ……」
ロードストレームは長い睫毛を伏せて妖艶に笑う。ベアトリスは窓外を見やり、感慨深げに口を開いた。
「間もなくですわね……と言っても、今日や明日ではありませんが」
「まさか、こんな日が来ようとは……」
「わたくしとしてはまだまだ道半ばですが、あなたにとっては一つの区切り」
「ここまでお導きいただき、感謝の言葉もありません」
「……あなたがわたくしを乗せて飛んでくれたからこそ、今日という日があるのですよ」
青白く輝く月を見上げながら、ベアトリスは言った。
「この戦い、あなたの働きが明暗を分ける局面が必ず訪れます。それまで翼を休めていなさい」
「その時を楽しみにしております、お嬢様……」
時を同じくして、ヘルストランドの時の黎明館では、国王ヴィルヘルム三世への謁見が行われていた。日が落ちてからの謁見は異例であり、リードホルムがそれだけ未曾有の状況に置かれていることを現してもいる。
天井のフレスコ画や壁の化粧漆喰に描かれた神々の姿が篝火に揺れ、謁見の間は幽玄な雰囲気に包まれていた。
ことの発端は、先日行われた、ノルドグレーン軍への対応を協議した六長官会議である。
協議内容をまとめた上奏文が届けられたその日のうちに、さっそくミュルダール軍務長官とノアが国王に呼び出された。ミュルダールはラインフェルト軍三千名の受け入れや補給を差配するために多忙を極めており、召書を受け取ったときには思わず舌打ちをしたほどだった。
跪いて一礼したあと、ミュルダールとノアはヴィルヘルムに促され立ち上がる。
「さきの上奏文、そなたらの思うところは承知した。これは神霊の地たる我が国の危機である」
ひと月ほど前までは寝ぼけているようだったヴィルヘルムの声が、今はずいぶん明瞭に響く。
「予は此度の戦に、近衛兵の参戦を認めるものとする」
「おお……陛下!」
ミュルダールは伏せていた顔を上げ、感嘆の声を漏らす。
ノアは直前まで、ヴィルヘルムはこの期に及んで時の黎明館だけを守ろうとするのではないか、という疑念を持っていたが、それは無事払拭された。
「ただし、ひとつ条件がある」
「父上……?」
「近衛兵は本来、ただリードホルム王にのみ従うべき存在。それゆえ、戦場での彼らの指揮を下々の軍人たちに任せるわけにはゆかぬ」
「陛下……! しかしそれでは……」
「そこで、じゃ……ノアよ、究竟一の近衛兵、王族であるそなたに、戦場での指揮権を貸し与える」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

家から追い出された後、私は皇帝陛下の隠し子だったということが判明したらしいです。
新野乃花(大舟)
恋愛
13歳の少女レベッカは物心ついた時から、自分の父だと名乗るリーゲルから虐げられていた。その最中、リーゲルはセレスティンという女性と結ばれることとなり、その時のセレスティンの連れ子がマイアであった。それ以降、レベッカは父リーゲル、母セレスティン、義妹マイアの3人からそれまで以上に虐げられる生活を送らなければならなくなった…。
そんなある日の事、些細なきっかけから機嫌を損ねたリーゲルはレベッカに対し、今すぐ家から出ていくよう言い放った。レベッカはその言葉に従い、弱弱しい体を引きずって家を出ていくほかなかった…。
しかしその後、リーゲルたちのもとに信じられない知らせがもたらされることとなる。これまで自分たちが虐げていたレベッカは、時の皇帝であるグローリアの隠し子だったのだと…。その知らせを聞いて顔を青くする3人だったが、もうすべてが手遅れなのだった…。
※カクヨムにも投稿しています!

果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
追放令嬢の叛逆譚〜魔王の力をこの手に〜
ノウミ
ファンタジー
オーエンス家の長女として生を受けたエレナ。しかし、家族から冷たく扱われ、屋敷内では孤独な日々を過ごしていた。味方のいない彼女にとって唯一の心の拠り所は、遠征が続く父親からのわずかな気遣いだけだった。
そんな中、父親の戦功を祝う夜会が開かれることになり、そこではリュシアン王太子の婚約者を選ぶという噂が広まる。継母と異母妹は王妃の座を狙い、策を巡らせる一方で、エレナは自らの立場を諦めかけていた。しかし、予想外の夜会の襲撃事件を経て、エレナが王太子の婚約者として選ばれる。
王妃教育が始まり、一見幸せな日常が訪れたかに見えたが、それは継母たちによる暗躍によって長くは続かなかった。計画された裏切りによりエレナは国を追われ、命からがら逃げ込んだのは“魔の森”。そこで彼女は、封印されていた魔王オルタナと出会い、運命が大きく動き出す。
オルタナからその力を受け継ぎつつ、隠されていた真実を知り、苦しみながらも成長を遂げていくエレナ。やがて生き残った魔族たちを率い、腐敗した王国と帝国を巻き込んだ壮大な復讐劇が、今、幕を開けようとしている。
※下記サイトにても同時掲載中です
・小説家になろう
・カクヨム
【短編版】神獣連れの契約妃※連載版は作品一覧をご覧ください※
黎
ファンタジー
*連載版を始めております。作品一覧をご覧ください。続きをと多くお声かけいただきありがとうございました。
神獣ヴァレンの守護を受けるロザリアは、幼い頃にその加護を期待され、王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、やがて王子の従妹である公爵令嬢から嫌がらせが始まる。主の資質がないとメイドを取り上げられ、将来の王妃だからと仕事を押し付けられ、一方で公爵令嬢がまるで婚約者であるかのようにふるまう、そんな日々をヴァレンと共にたくましく耐え抜いてきた。
そんなロザリアに王子が告げたのは、「君との婚約では加護を感じなかったが、公爵令嬢が神獣の守護を受けると判明したので、彼女と結婚する」という無情な宣告だった。
四天王戦記
緑青あい
ファンタジー
異世界・住劫楽土を舞台にしたシリーズのー作。天下の大悪党【左道四天王】(鬼野巫の杏瑚/五燐衛士の栄碩/死に水の彗侑/墓狩り倖允)が活躍する、和風と中華風を織り混ぜた武侠物のピカレスク。時は千歳帝・阿沙陀の統治する戊辰年間。左道四天王を中心に、護国団や賞金稼ぎ、付馬屋や仇討ち、盗賊や鬼神・妖怪など、さまざまな曲者が入り乱れ、大事件を引き起こす。そんな、てんやわんやの物語。

〈完結〉【コミカライズ・取り下げ予定】思い上がりも程々に。地味令嬢アメリアの幸せな婚約
ごろごろみかん。
恋愛
「もう少し、背は高い方がいいね」
「もう少し、顔は華やかな方が好みだ」
「もう少し、肉感的な方が好きだな」
あなたがそう言うから、あなたの期待に応えれるように頑張りました。
でも、だめだったのです。
だって、あなたはお姉様が好きだから。
私は、お姉様にはなれません。
想い合うふたりの会話を聞いてしまった私は、父である公爵に婚約の解消をお願いしにいきました。
それが、どんな結末を呼ぶかも知らずに──。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる