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ジュニエスの戦い
18 それぞれの夜 2
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「それに何より……わたくしの趣味ではありませんもの。そうした陋習を掃うための戦いだというのに」
月の青白い光と燭台の灯明に照らされ霊妙さを帯びた顔で、ベアトリスは小さく笑った。
「他になにか?」
「現状、情勢に変化はございません」
「でしょうね。あちらはまだ、ようやくラインフェルトの増援がヘルストランドに到着した、といった頃でしょう」
「そこまでお見通しであれば、私からの報告など事後確認に過ぎませんね」
「そして彼の意見が容れられるかによって、ここまで攻め寄せてくるか迎撃の構えを採るかに分かれる……おそらく後者でしょうけど」
「どちらに転んでも、こちらにとっては好都合」
「そういうことよ」
「恐ろしいお方だ。戦う前の時点で、敵の選択肢を無意味なものにしてしまわれるとは」
「あらあら、相変わらず言葉に花実を混ぜるのが上手ね」
「ふふ……」
ロードストレームは長い睫毛を伏せて妖艶に笑う。ベアトリスは窓外を見やり、感慨深げに口を開いた。
「間もなくですわね……と言っても、今日や明日ではありませんが」
「まさか、こんな日が来ようとは……」
「わたくしとしてはまだまだ道半ばですが、あなたにとっては一つの区切り」
「ここまでお導きいただき、感謝の言葉もありません」
「……あなたがわたくしを乗せて飛んでくれたからこそ、今日という日があるのですよ」
青白く輝く月を見上げながら、ベアトリスは言った。
「この戦い、あなたの働きが明暗を分ける局面が必ず訪れます。それまで翼を休めていなさい」
「その時を楽しみにしております、お嬢様……」
時を同じくして、ヘルストランドの時の黎明館では、国王ヴィルヘルム三世への謁見が行われていた。日が落ちてからの謁見は異例であり、リードホルムがそれだけ未曾有の状況に置かれていることを現してもいる。
天井のフレスコ画や壁の化粧漆喰に描かれた神々の姿が篝火に揺れ、謁見の間は幽玄な雰囲気に包まれていた。
ことの発端は、先日行われた、ノルドグレーン軍への対応を協議した六長官会議である。
協議内容をまとめた上奏文が届けられたその日のうちに、さっそくミュルダール軍務長官とノアが国王に呼び出された。ミュルダールはラインフェルト軍三千名の受け入れや補給を差配するために多忙を極めており、召書を受け取ったときには思わず舌打ちをしたほどだった。
跪いて一礼したあと、ミュルダールとノアはヴィルヘルムに促され立ち上がる。
「さきの上奏文、そなたらの思うところは承知した。これは神霊の地たる我が国の危機である」
ひと月ほど前までは寝ぼけているようだったヴィルヘルムの声が、今はずいぶん明瞭に響く。
「予は此度の戦に、近衛兵の参戦を認めるものとする」
「おお……陛下!」
ミュルダールは伏せていた顔を上げ、感嘆の声を漏らす。
ノアは直前まで、ヴィルヘルムはこの期に及んで時の黎明館だけを守ろうとするのではないか、という疑念を持っていたが、それは無事払拭された。
「ただし、ひとつ条件がある」
「父上……?」
「近衛兵は本来、ただリードホルム王にのみ従うべき存在。それゆえ、戦場での彼らの指揮を下々の軍人たちに任せるわけにはゆかぬ」
「陛下……! しかしそれでは……」
「そこで、じゃ……ノアよ、究竟一の近衛兵、王族であるそなたに、戦場での指揮権を貸し与える」
月の青白い光と燭台の灯明に照らされ霊妙さを帯びた顔で、ベアトリスは小さく笑った。
「他になにか?」
「現状、情勢に変化はございません」
「でしょうね。あちらはまだ、ようやくラインフェルトの増援がヘルストランドに到着した、といった頃でしょう」
「そこまでお見通しであれば、私からの報告など事後確認に過ぎませんね」
「そして彼の意見が容れられるかによって、ここまで攻め寄せてくるか迎撃の構えを採るかに分かれる……おそらく後者でしょうけど」
「どちらに転んでも、こちらにとっては好都合」
「そういうことよ」
「恐ろしいお方だ。戦う前の時点で、敵の選択肢を無意味なものにしてしまわれるとは」
「あらあら、相変わらず言葉に花実を混ぜるのが上手ね」
「ふふ……」
ロードストレームは長い睫毛を伏せて妖艶に笑う。ベアトリスは窓外を見やり、感慨深げに口を開いた。
「間もなくですわね……と言っても、今日や明日ではありませんが」
「まさか、こんな日が来ようとは……」
「わたくしとしてはまだまだ道半ばですが、あなたにとっては一つの区切り」
「ここまでお導きいただき、感謝の言葉もありません」
「……あなたがわたくしを乗せて飛んでくれたからこそ、今日という日があるのですよ」
青白く輝く月を見上げながら、ベアトリスは言った。
「この戦い、あなたの働きが明暗を分ける局面が必ず訪れます。それまで翼を休めていなさい」
「その時を楽しみにしております、お嬢様……」
時を同じくして、ヘルストランドの時の黎明館では、国王ヴィルヘルム三世への謁見が行われていた。日が落ちてからの謁見は異例であり、リードホルムがそれだけ未曾有の状況に置かれていることを現してもいる。
天井のフレスコ画や壁の化粧漆喰に描かれた神々の姿が篝火に揺れ、謁見の間は幽玄な雰囲気に包まれていた。
ことの発端は、先日行われた、ノルドグレーン軍への対応を協議した六長官会議である。
協議内容をまとめた上奏文が届けられたその日のうちに、さっそくミュルダール軍務長官とノアが国王に呼び出された。ミュルダールはラインフェルト軍三千名の受け入れや補給を差配するために多忙を極めており、召書を受け取ったときには思わず舌打ちをしたほどだった。
跪いて一礼したあと、ミュルダールとノアはヴィルヘルムに促され立ち上がる。
「さきの上奏文、そなたらの思うところは承知した。これは神霊の地たる我が国の危機である」
ひと月ほど前までは寝ぼけているようだったヴィルヘルムの声が、今はずいぶん明瞭に響く。
「予は此度の戦に、近衛兵の参戦を認めるものとする」
「おお……陛下!」
ミュルダールは伏せていた顔を上げ、感嘆の声を漏らす。
ノアは直前まで、ヴィルヘルムはこの期に及んで時の黎明館だけを守ろうとするのではないか、という疑念を持っていたが、それは無事払拭された。
「ただし、ひとつ条件がある」
「父上……?」
「近衛兵は本来、ただリードホルム王にのみ従うべき存在。それゆえ、戦場での彼らの指揮を下々の軍人たちに任せるわけにはゆかぬ」
「陛下……! しかしそれでは……」
「そこで、じゃ……ノアよ、究竟一の近衛兵、王族であるそなたに、戦場での指揮権を貸し与える」
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