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ジュニエスの戦い

12 新たな道 4

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 話し合いから四日後、稀代きだいの老弓師ユーホルトはティーサンリードを去った。
 本人は翌々日にでも出てゆくつもりだったのだが、弟子たちが最後の教えをい、馬飼いの者たちなども別れを惜しんだため、日程は延びに延びた。
 そして出てゆくのは彼一人ではなく、若者が二人、同道を申し出た。いずれもユーホルトに師事して弓を教わっていた者たちだ。
 二人とも一見穏やかそうな、山賊稼業かぎょうが似つかわしくない若者だった。
 相変わらず好天が続き、薄い青色に澄んだ空がナラの枝の隙間からどこまでも見渡せる。先日思い出したように降った雪も、すぐに溶けて消えた。三人は山道への坂道を下りながら談笑している。
「まったく、たのしい旅でもねえってのに」
「僕はまだ、師匠から教わりたいことが山ほどあるんです」
「俺は全部教えたつもりだがなあ。お前なら、あと十年も訓練すれば俺と互角の腕になれるぞ」
「十年、ですか……」
「俺が四十年でたどり着いた境地に十年だ。大した才能だぞライル」
「そう言われると、まあ」
 ユーホルトはライルの肩を叩くと、にやりと笑った。
「だが世界は広い。俺やお前より才能のある奴はちゃんといるから安心しろ」
「師匠より?」
「ああ。俺もずいぶん、あいつの技を見て盗んだもんだ。今は何やってんだかな、ファールクランツの奴は」
「へえ、そんな人が」
 遠い目をして話すユーホルトは、思い出したようにもうひとりに向き直った。
「カルネウス、お前はなんで付いてくる気になったんだ? 弓だってまだ教え始めたばかりだってのに」
「えー……だってここ、女が少ないじゃないですか」
 一瞬の沈黙ののち、ユーホルトは声を上げて笑った。
「正直なやつだな。まあ確かに、鬼みてえなのと子供がふたり、唯一まともなエステルにはその鬼が指一本触らせてくれねえときてる」
「でしょう」
「だがな、俺の行く道に女がいるかって言ったら、多分そんなことはないぞ」
「おそらく鹿や熊のメスのほうが多いでしょうね」
「何、お前はそういうのが趣味だったのか」
 冬のラルセン山にユーホルトの高笑いが響く。熊は冬眠の巣穴に隠れ、鹿は口にしていた樹木の皮を捨てて逃げ出した。
「いや、違いますって師匠! ……なんつーか、俺みたいなヘラヘラしたのが、ここにいていいのかなって」
「どういう意味だ?」
「なんかみんな、ずいぶん辛い人生でここに流れ着いたみたいじゃないすか。そこに俺みたいな……」
「半端者が……ってわけか。そいつは正しい認識だが、そういう奴がいちゃいけねえとはリースベットも言ってねえぞ」
「そういう雰囲気は、むしろ昔のほうが強かった気がしますよ」
「確かにな。ライルが入った頃なんて、若い奴もあんまりいなかった」
「そうだったんすか」
「決定的に変わったのはアウロラ嬢ちゃん……いや、長老を拾った頃か」
 長老と呼ばれる謎の多い盲目の老人は、ヘルストランドの牢獄で大脱獄事件があった数日後にリースベットが招き入れた人物だった。
 目や体中の傷からも壮絶な半生を送っていたことは察せられるが、誰にもその素性を語らず、年齢の上で本当に長老なのかどうかもわからない。だが時折口にする豊富な知識や教養を感じさせる言葉、それに近世のリードホルムに関する様々な内部情報から、典礼省の高官や学者だったのではないかと噂する者もいる。
「まだまだ食うや食わずって状況だった頃に、役に立たねえ奴を入れたんだからな。俺もちょっと反発を覚えたもんだ。もちろん黙ってたが」
「あの頭領カシラに勝てるわけねえっすもんね」
「それにな……仮にあいつがいなくなったら、その時点で残った奴らは三つ四つの派閥に分かれて、いずれ殺し合いを始めてただろうよ」
「そんな仲悪かったんすか」
「いい悪い以前に、人数分の食い扶持ぶちがなかったんだよ」
「椅子が足りなきゃ奪い合いになる。座れなかった人は……」
「というわけだ」
 数十年前、夏の猛暑で干ばつに見舞われたリードホルムは食料が不足し、普段口にしないあらゆるものを食べて飢えをしのいだという。樹木の皮ややせ細った野犬、噂によっては死んだ隣人まで――二人の話を聞いたカルネウスは、子供の頃に祖父母からたびたび聞かされた訓話くんわを思い出していた。
 貧しさは人の、人であるための理性をぎ取り、空腹にふるえる獣に戻す。それは他者の手によってしか防ぎ止められない。
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