山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

13 軍議

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 ノルドグレーン軍に不穏な動きがある――そんな報告がリードホルム軍務省ミュルダール長官にもたらされたのは、一月ほど前のことだった。
 リードホルム領にほど近い地域で兵を新たに徴募ちょうぼし、訓練を施している。
 名門ローセンダール家がノーラント山脈の山道整備を進めている。
 ノーラント山脈を挟んでリードホルムのソルモーサン砦と対峙たいじするグラディスの町に、小さな町をひとつ築けるほどおびただしい量の資材・人員が流入している――そうした情報を総合して導き出された答えが、ノルドグレーンによる同盟破棄、大挙侵攻だった。
 予測は的中し、リードホルム軍務省の官吏かんりたちはは迎撃体制構築のため、かつてないほどの勤勉さで業務に精励せいれいしていた。

 王都ヘルストランドが、ここ数十年なかったほどの喧騒けんそうと、物々しい雰囲気に包まれている。
 リードホルム東部地域から移動してきた三千という数の軍隊が、街の北西へ抜けるために目抜き通りを行進していた。ノルドグレーンの侵攻に備えるため、ミュルダール軍務長官の命により、一時的に任地を離れてきた部隊だ。
 その部隊の総指揮官は、名をウルフ・ラインフェルトと言った。当代屈指の軍略家として知られ、軍人としての名声は南軍総司令トールヴァルド・マイエルと双璧をなす存在だ。
 そのラインフェルト自身は隊列を離れ、ヘルストランド城の会議室を訪れていた。国王ヴィルヘルム三世への謁見えっけんを済ませ、より実務的な話し合いに参加するためだ。
 会議室にはレイグラーフ中央軍総司令のほか、ミュルダール軍務長官をはじめとした六省庁の長官たち、それにノアの姿もあった。
「して、敵の規模はいかほどに」
 ラインフェルトは眠たげなまぶたの奥の瞳をぎらつかせ、ミュルダールにたずねた。
「まだはっきりしたことは言えんが、おそらく一万二千は下らんだろう。そのために、わざわざそなたに来てもらったのだ」
「一万二千……」
「対してこちらは七千が限度。数の上では劣勢か」
 ざわつく他の長官たちをよそに、ミュルダールが続ける。
「問題は数だけではない。おそらく、これまでの常識が通じん戦いになる」
 ノルドグレーン軍がノーラント山脈を越えて侵攻してきた場合、これまではリードホルム側が圧倒的に有利な戦いを展開できていた。
 主な戦場となったのはソルモーサン砦と、その西北西に広がるジュニエス河谷かこくだ。この地は南北を丘に囲まれた荒涼としたU字谷で、待ち受けるリードホルム軍は南側の丘に弓兵を配置し、敵軍を狙い撃ちにすることができる。丘の斜面は人や馬が駆け上がれるような緩やかなものではなく、断崖だんがいと言っていい急斜面だ。
 ノルドグレーン軍は矢の雨の中、多大な犠牲を払って正面突撃を繰り返すしかない。ノーラント山脈を越えてきたノルドグレーン軍はただでさえ疲弊ひへいしており、補給の不安から短期決戦を挑むしかなかったのだ。
「しかし、ノルドグレーンもおかしな時期に攻めてきたものだ。いかに今年は多少温暖だとは言え、雪が降れば戦争どころではないというのに」
「持久戦に持ち込めば、こちらの勝ちは動きませんな」
 ミュルダールは楽観論を述べたステーンハンマル内務省長官を見やった。
「……だがここへ来て、その前例は崩壊したと言ってよい。敵はランバンデット湖のほとりに、大規模な前線基地を築いておる」
「なんですと?!」
「前線基地というとありふれて聞こえようが……町を築いている、と言ったほうが想像がしやすかろう」
 ミュルダールの説明にレイグラーフが補足する。
「山中に町を築く……ノルドグレーンの力を持ってすればこそ、か」
 ノアは思わず感歎かんたんのつぶやきをこぼした。
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