上 下
140 / 247
ジュニエスの戦い

13 軍議

しおりを挟む
 ノルドグレーン軍に不穏な動きがある――そんな報告がリードホルム軍務省ミュルダール長官にもたらされたのは、一月ほど前のことだった。
 リードホルム領にほど近い地域で兵を新たに徴募ちょうぼし、訓練を施している。
 名門ローセンダール家がノーラント山脈の山道整備を進めている。
 ノーラント山脈を挟んでリードホルムのソルモーサン砦と対峙たいじするグラディスの町に、小さな町をひとつ築けるほどおびただしい量の資材・人員が流入している――そうした情報を総合して導き出された答えが、ノルドグレーンによる同盟破棄、大挙侵攻だった。
 予測は的中し、リードホルム軍務省の官吏かんりたちはは迎撃体制構築のため、かつてないほどの勤勉さで業務に精励せいれいしていた。

 王都ヘルストランドが、ここ数十年なかったほどの喧騒けんそうと、物々しい雰囲気に包まれている。
 リードホルム東部地域から移動してきた三千という数の軍隊が、街の北西へ抜けるために目抜き通りを行進していた。ノルドグレーンの侵攻に備えるため、ミュルダール軍務長官の命により、一時的に任地を離れてきた部隊だ。
 その部隊の総指揮官は、名をウルフ・ラインフェルトと言った。当代屈指の軍略家として知られ、軍人としての名声は南軍総司令トールヴァルド・マイエルと双璧をなす存在だ。
 そのラインフェルト自身は隊列を離れ、ヘルストランド城の会議室を訪れていた。国王ヴィルヘルム三世への謁見えっけんを済ませ、より実務的な話し合いに参加するためだ。
 会議室にはレイグラーフ中央軍総司令のほか、ミュルダール軍務長官をはじめとした六省庁の長官たち、それにノアの姿もあった。
「して、敵の規模はいかほどに」
 ラインフェルトは眠たげなまぶたの奥の瞳をぎらつかせ、ミュルダールにたずねた。
「まだはっきりしたことは言えんが、おそらく一万二千は下らんだろう。そのために、わざわざそなたに来てもらったのだ」
「一万二千……」
「対してこちらは七千が限度。数の上では劣勢か」
 ざわつく他の長官たちをよそに、ミュルダールが続ける。
「問題は数だけではない。おそらく、これまでの常識が通じん戦いになる」
 ノルドグレーン軍がノーラント山脈を越えて侵攻してきた場合、これまではリードホルム側が圧倒的に有利な戦いを展開できていた。
 主な戦場となったのはソルモーサン砦と、その西北西に広がるジュニエス河谷かこくだ。この地は南北を丘に囲まれた荒涼としたU字谷で、待ち受けるリードホルム軍は南側の丘に弓兵を配置し、敵軍を狙い撃ちにすることができる。丘の斜面は人や馬が駆け上がれるような緩やかなものではなく、断崖だんがいと言っていい急斜面だ。
 ノルドグレーン軍は矢の雨の中、多大な犠牲を払って正面突撃を繰り返すしかない。ノーラント山脈を越えてきたノルドグレーン軍はただでさえ疲弊ひへいしており、補給の不安から短期決戦を挑むしかなかったのだ。
「しかし、ノルドグレーンもおかしな時期に攻めてきたものだ。いかに今年は多少温暖だとは言え、雪が降れば戦争どころではないというのに」
「持久戦に持ち込めば、こちらの勝ちは動きませんな」
 ミュルダールは楽観論を述べたステーンハンマル内務省長官を見やった。
「……だがここへ来て、その前例は崩壊したと言ってよい。敵はランバンデット湖のほとりに、大規模な前線基地を築いておる」
「なんですと?!」
「前線基地というとありふれて聞こえようが……町を築いている、と言ったほうが想像がしやすかろう」
 ミュルダールの説明にレイグラーフが補足する。
「山中に町を築く……ノルドグレーンの力を持ってすればこそ、か」
 ノアは思わず感歎かんたんのつぶやきをこぼした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中】魔法のトランクと異世界暮らし

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化進行中です。  曾祖母の遺産を相続した海堂凛々(かいどうりり)は原因不明の虚弱体質に苦しめられていることもあり、しばらくは遺産として譲り受けた別荘で療養することに。  おとぎ話に出てくる魔女の家のような可愛らしい洋館で、凛々は曾祖母からの秘密の遺産を受け取った。  それは異世界への扉の鍵と魔法のトランク。  異世界の住人だった曾祖母の血を濃く引いた彼女だけが、魔法の道具の相続人だった。  異世界、たまに日本暮らしの楽しい二拠点生活が始まる── ◆◆◆  ほのぼのスローライフなお話です。  のんびりと生活拠点を整えたり、美味しいご飯を食べたり、お金を稼いでみたり、異世界旅を楽しむ物語。 ※カクヨムでも掲載予定です。

燕の軌跡

猫絵師
ファンタジー
フィーア王国南部の国境を守る、南部侯ヴェルフェル家。 その家に百余年仕える伝説の騎士がいた。 侯爵家より拝領した飛燕の旗を掲げ、燕のように戦場を駆けた騎士の名は、ワルター・フォン・ヴェストファーレン。 彗星のように歴史の表舞台に現れた彼の記録は、ふたつの異様な単語から始まる。 《傭兵》と《混血》。 元傭兵のハーフエルフという身から騎士への異例の出世を果たした彼は、フィーア王国内外で、《南部の壁》《南部の守護神》と呼ばれるようになる。 しかし、彼の出自と過去の名を知る者はもう居ない。 記録に載らない、彼が《ワルター》と名乗り、《ヴェストファーレン》を拝命するまでの物語。 ※魔王と勇者のPKOのスピンオフとして楽しんでいただければ幸いです。世界は同じですが、時代背景は140年くらい前の話です。

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―  “賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。  だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。  当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。  ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?  そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?  彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?  力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。  ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

えぞのあやめ

とりみ ししょう
歴史・時代
(ひとの操を踏みにじり、腹違いとはいえ弟の想い女を盗んだ。) (この報いはかならず受けよ。受けさせてやる……!) 戦国末期、堺の豪商今井家の妾腹の娘あやめは、蝦夷地貿易で商人として身を立てたいと願い、蝦夷島・松前に渡った。 そこは蝦夷代官蠣崎家の支配下。蠣崎家の銀髪碧眼の「御曹司」との思いもよらぬ出会いが、あやめの運命を翻弄する。 悲恋と暴虐に身も心も傷ついたあやめの復讐。 のち松前慶広となるはずの蠣崎新三郎の運命も、あやめの手によって大きく変わっていく。 それは蝦夷島の歴史をも変えていく・・・

処理中です...