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絶望の檻
1 新たな展望
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リードホルムの短い夏はあっという間に過ぎ去り、昼でも肌を覆う防寒着が手放せない秋が訪れていた。東に見えるボーデン山の山頂は、すでに白く雪化粧を始めている。ティーサンリード山賊団の地下拠点は、その山腹を縦横に掘り抜いて作られていた。
拠点の一角にある扉の前では、首領のリースベットが片膝をつき、傍らには痩せぎすで長髪の山賊ドグラスが腕組みをして立っている。リースベットは黒褐色の扉に耳を押し当て、鍵穴に細い金属の棒を差し込んでいた。
「さあ頭領、時間がねえぞ」
「分かってるよ話しかけんじゃねえ……っと!」
リースベットは小さな金属音と微小な手応えを感じ取り、鍵穴に入れた二本のキーピックを回した。
「ここだな……」
キーピックは滑るように回転し、扉の鍵が開いたようだ。
「どうだ、あたしは耳も良いんだよ」
「大したもんだな。ここの鍵はかなり難しいんだぜ。ノルドグレーンでも五本の指に入る職人が作ったって代物だ」
「リースベット様にかかりゃ、こんなもんだ」
「たった一週間で開けちまった。ま、教師が良かったからな」
「ヘッ、言ってろ」
得意げな笑顔で立ち上がったリースベットが、キーピックをドグラスに手渡す。
「さあ、いい時間だ。昼飯にしようや」
「授業料を弾むようにバックマンに言ってくれよ。上物の白ワインなら現物支給でもいいぜ」
「いいだろう。せっかくだから、この技使って稼いできてやるよ」
食堂では十数人が昼食をとっていたが、料理番のエステルの姿はない。彼女は休暇をとっており、えんどう豆のスープとライ麦のパン、それに一部の者が自前で持ち込んだスモークソーセージといった簡素な食事が用意されていた。
エステルは特に病気になったり帰郷していたりするわけではなく、週に一日の休みをリースベットが定めたことによる。スープやパンは作り置きされていたものだ。
リースベットが食卓についた姿を見つけ、アウロラがテーブルを挟んだ真向かいの席に座った。
「ねえリースベット」
「一人で食ってるのは珍しいなアウロラ、ガキ共はどうした」
「もう食べ終わったわ。……この前の変な人が言ってたことなんだけど」
「変な……ああ、あのアホマントのことか。名前は何だっけ?」
「フェルディンだ。リードホルムじゃよくある姓だったと思うぜ」
隣のテーブルに座って書類を読んでいたバックマンが補足した。その端が丸められた粗末な麻紙の文書は、彼がノルドグレーンの首都ベステルオースに潜伏する仲間から不定期に受け取っている報告書だ。
「リーパーの力は、違う世界から来た人間に与えられるってことなの?」
「あたしが知るか。神様に聞け」
「仮にそうだったとして、あいつみたいに元いた世界に帰ろうとでも思うのか?」
「嫌よ。アニタたちだっているのに。それに私にはちゃんと両親も……」
アウロラはそこまでで言い淀んだ。彼女の両親は、ともに無実の罪でリードホルムの監獄に収監されている。隣国の首都ベステルオースで物取りをやっていた頃に比べれば平穏な生活の中にあっても、それは不意に思い至ることが多い。
「そういや、リーパーになる奴は直前に死にかけてる、って話を何かで読んだな」
「そいつはたまに聞くぜ。有名なうわさ話だ」
リースベットはさり気なく話頭を変じ、ドグラスがそれに応じた。
「酔っ払いの与太話だろ。死に損なえばリーパーになれるんなら、冬にガムラスタン湖の氷を割ってニブロ川を泳いで遡上するバカが大量発生するだろうさ」
「何十年か前、実際にそんな事件があったらしいな」
「マジかよ。それでリーパーになれた奴は?」
「真冬に鮭の真似事をしたバカは三人いたらしいが、一人が凍死して残りは二週間寝込んだとよ」
「そりゃそうだ」
「頭領みてえな力が確実にもらえんなら、やってみる価値はあるかもな」
ドグラスの提供した話題で食堂は笑いに包まれ、おかげでアウロラも両親の境遇についてはいっとき忘れられたようだ。
拠点の一角にある扉の前では、首領のリースベットが片膝をつき、傍らには痩せぎすで長髪の山賊ドグラスが腕組みをして立っている。リースベットは黒褐色の扉に耳を押し当て、鍵穴に細い金属の棒を差し込んでいた。
「さあ頭領、時間がねえぞ」
「分かってるよ話しかけんじゃねえ……っと!」
リースベットは小さな金属音と微小な手応えを感じ取り、鍵穴に入れた二本のキーピックを回した。
「ここだな……」
キーピックは滑るように回転し、扉の鍵が開いたようだ。
「どうだ、あたしは耳も良いんだよ」
「大したもんだな。ここの鍵はかなり難しいんだぜ。ノルドグレーンでも五本の指に入る職人が作ったって代物だ」
「リースベット様にかかりゃ、こんなもんだ」
「たった一週間で開けちまった。ま、教師が良かったからな」
「ヘッ、言ってろ」
得意げな笑顔で立ち上がったリースベットが、キーピックをドグラスに手渡す。
「さあ、いい時間だ。昼飯にしようや」
「授業料を弾むようにバックマンに言ってくれよ。上物の白ワインなら現物支給でもいいぜ」
「いいだろう。せっかくだから、この技使って稼いできてやるよ」
食堂では十数人が昼食をとっていたが、料理番のエステルの姿はない。彼女は休暇をとっており、えんどう豆のスープとライ麦のパン、それに一部の者が自前で持ち込んだスモークソーセージといった簡素な食事が用意されていた。
エステルは特に病気になったり帰郷していたりするわけではなく、週に一日の休みをリースベットが定めたことによる。スープやパンは作り置きされていたものだ。
リースベットが食卓についた姿を見つけ、アウロラがテーブルを挟んだ真向かいの席に座った。
「ねえリースベット」
「一人で食ってるのは珍しいなアウロラ、ガキ共はどうした」
「もう食べ終わったわ。……この前の変な人が言ってたことなんだけど」
「変な……ああ、あのアホマントのことか。名前は何だっけ?」
「フェルディンだ。リードホルムじゃよくある姓だったと思うぜ」
隣のテーブルに座って書類を読んでいたバックマンが補足した。その端が丸められた粗末な麻紙の文書は、彼がノルドグレーンの首都ベステルオースに潜伏する仲間から不定期に受け取っている報告書だ。
「リーパーの力は、違う世界から来た人間に与えられるってことなの?」
「あたしが知るか。神様に聞け」
「仮にそうだったとして、あいつみたいに元いた世界に帰ろうとでも思うのか?」
「嫌よ。アニタたちだっているのに。それに私にはちゃんと両親も……」
アウロラはそこまでで言い淀んだ。彼女の両親は、ともに無実の罪でリードホルムの監獄に収監されている。隣国の首都ベステルオースで物取りをやっていた頃に比べれば平穏な生活の中にあっても、それは不意に思い至ることが多い。
「そういや、リーパーになる奴は直前に死にかけてる、って話を何かで読んだな」
「そいつはたまに聞くぜ。有名なうわさ話だ」
リースベットはさり気なく話頭を変じ、ドグラスがそれに応じた。
「酔っ払いの与太話だろ。死に損なえばリーパーになれるんなら、冬にガムラスタン湖の氷を割ってニブロ川を泳いで遡上するバカが大量発生するだろうさ」
「何十年か前、実際にそんな事件があったらしいな」
「マジかよ。それでリーパーになれた奴は?」
「真冬に鮭の真似事をしたバカは三人いたらしいが、一人が凍死して残りは二週間寝込んだとよ」
「そりゃそうだ」
「頭領みてえな力が確実にもらえんなら、やってみる価値はあるかもな」
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