俺様カメラマンは私を捉えて離さない

玖羽 望月

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 それは中学三年生になったばかりの春。その頃には自分で現像するようになっていた。いつものように出入りしていたフォトスタジオでフィルムを現像した俺は、歓喜に満ち溢れていた。

 狙って撮ったわけではないその写真は、姉の友人が腕に抱く生まれてまもない自分の子に微笑みかけているものだった。
 当時、淡い恋慕の情を抱いていた相手。俺に媚びるような表情を見せることのなかった数少ないひと
 すでに俺の容姿とステータス家の名前に惹かれ、そんな無粋な視線を投げて寄越すものも多く、それにうんざりしていた。
 だからこそ、ただ純粋に俺という人間をなんの柵もなく見てくれたあの人に惹かれたのかも知れない。
 けれど……、今になって思えばその理由は簡単だ。

(ただ、理想の母親像を求めていただけ、か)

 久しぶりにその写真を見て、俺は自嘲気味に小さく笑った。

「あの写真、まだ預かっといてくれねぇ?」

 そう切り出すと、それに視線を送った。額装された写真は、この場所から見える壁の中央に変わらず掛けられていた。

「もちろんだよ。君が見せたいと思う人ができたら引き取りにおいで」

 笑みを浮かべるオーナーに俺はこう返す。

「そんなやつ現れるとは思えねぇけど」
「そうかい? この世の何処かにいるはずだ。君が見ている美しい世界を、一緒に見ることのできる人が」
「俺にはそんなやつ必要ないね」

 オーナーの言葉を俺は笑いながら流す。そんな俺に、オーナーはただ静かに笑みを浮かべていた。

 また来る、と告げ画廊を出ると来た道を歩き出す。外には変わらずまだ冷めない熱を帯びた空気が漂っていた。時間は八時を回ったところだ。

「マジで暑いな。こっちに戻る時期完全に誤ったな」

 少し歩くだけでじっとりと汗が滲む。ニューヨークもそれなり暑いが、こんなに湿気があるわけではない。それに日が落ちてからは涼しく感じることも多い。

(そういや、淳一と昔行ったバー。近くだったよな?)

 ニューヨークに立つ前、壮行会だと二人で飲みに行った店を思い出し、俺は足をそちらに向けた。

 ビジネス街と歓楽街が混ざり合う街。淳一の事務所から歩いてそう遠くない場所にあるバーには、思ったほど人は入っていなかった。
 それなりに席数もあり、時々ジャズの生演奏も行われている雰囲気の良い店。静かすぎず、騒がしくもなくこの店には何度か訪れていた。だいたい淳一とだが。
 L字になっているカウンターの出入り口から一番の席に陣取るとバーテンダーにジャパニーズウィスキーの銘柄を伝え「ストレートで」と付け加える。

(そういや、何も食ってねぇな)

 一人でいるとつい食べることが億劫になってしまう。仕方ねえな、と軽く摘めるものも一緒にオーダーした。
 ずっとそばにいて、口煩く世話を焼いていたチーフアシスタントもこっちに戻るのと同時に独り立ちさせた。その写真の腕を考えると正直遅いくらいだが、それでも本人は渋々だった。
 
「もしかして、以前榎木えのき様と一緒にお越しいただいていた長門様、ですか?」

 淳一の名前を出してグラスを差し出すバーテンダーは俺に尋ねる。その顔にはなんとなく見覚えがあった。淳一を交え喋った記憶もある。

「よく覚えてんな」
「ええ。ご無沙汰しております。ニューヨークからお戻りに?」
「そんなことまで覚えてんのかよ。そ。先週な」
「ご活躍のほどは榎木様から常々お伺いしております」

 俺とさほど歳の変わらなさそうな男は穏やかに笑みを浮かべた。

「あいつ、人のこと何勝手に喋ってんだよ」

 呆れながら言うとグラスを口に運ぶ。ウイスキー特有のスモーキーで芳醇な香りが鼻をくすぐる。久しぶりに味わう日本の味に、やっぱり自分は日本人だなと改めて思った。

「榎木様はいつも、ご自身のことのように嬉しそうに語っていらっしゃいましたよ」
「……ったく。ちょっとは自分の自慢しろって」

 淳一が、俺のために始めたような会社は、今じゃ業界ではそれなりに名を馳せている。あの事務所のマネージャー付いたら一人前だ、なんて噂されているようだ。

(マネージャー……ね)

 本格的に撮影の仕事が入るのは十月から。

(それまでに、マネージャーとやらを見つけねぇとな)

 あまり気乗りのしない俺は、つい溜め息を吐いていた。
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