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第七章 未来に繋がる呪いの話
第2話 女友達と束の間の平和
しおりを挟む赤間日和には、友人と呼べる人が二人いる。
普段はぼっち生活を謳歌している日和は、七ヶ月ぶりに親友だと思っている友人一人と会うことになった。
オシャレなハワイアンカフェで、”一年分の摂取量を軽く超えるのでは?”と思う程の大量の生クリームが乗ったパンケーキと、ケーキのようにデコレーションされた飲み物を前に、友人と二人で楽しくおしゃべりをする。
久しぶりに会った未婚の女友達の会話として出てくる話題は、誰もが似たようなものだろう。
「ヒヨは恋人出来た?」
「恋人? 何それ、どこの未確認生物?」
「何で恋バナからUMAへ話を発展させたの?」
「恋人というものがいたことないから、未確認生物扱いで間違いじゃないと思うんだよね。ツチノコを捕まえるみたいに、未確認生物も後ろから追いかけ回して虫取り網で捕獲すればいいのかな?」
「成人女性が虫取り網で人間の捕獲を試みるとか、社会的に怖くてヤバい人に認定されるわ。何でヒヨは恋愛に走らず、奇行に走ろうとするの?」
親友の藤倉景子は苦笑する。
景子は日和の一つ年下で、二十一歳の時に働いていたブラックなバイト先で出会った子だ。バイトを辞めても一年に一回は会っており、気づけば十年来の付き合いになっている。
「今日こそは、ヒヨの恋バナ聞けると思ったのになー」
「無理無理! 恋バナ出来るような華のある人生要素皆無ですから! 期待しないで、マイフレンド」
生きることに必死すぎて、青春も味合わないまま、気づけば三十一歳になっていた事実が恐ろしい。
十八歳の女の子にも引かれる程の恋愛経験の無さ。自分でも、ここまで恋愛と縁が無い人生になるとは思わなかったが、ある程度の諦めはついてしまった。
「でもさー。私達も、もう三十代でしょう? ヒヨは結婚したいと思わないの?」
景子の問いに、日和は眉を下げて苦笑する。
「考えられないや」
家庭を持つことを夢見たことはあったけれど、今はその願望すら抱いていない。
もし、誰かと恋をして、付き合って。
結婚したいと思える程に好きになった人に、子供が出来ないかもしれないことを勇気を出して打ち明けて……。
一番理解して欲しい人に受け入れてもらえず、否定されてしまったら?
そう考えると、恋愛や結婚が怖いものに思えて、一人のままでいいと感じる。
「職場で良い人いないの?」
「無い無い! お互いに恋愛対象として見ないよ」
景子の追求に、日和は笑いながら即否定する。自分が誰かに恋愛対象として見られるとは微塵も思っていない為、選択肢として挙げられるであろう男性の姿さえ思い浮かばなかった。
「私より、景ちゃんはどうなの? 七歳下の彼氏さんとは」
「あー……」
ラブラブな報告を聞けるのだろうとワクワクする日和の前で、景子は予想外の重たい溜め息を吐く。
「二週間前に別れた」
「え!? 何で!?」
日和は声をひっくり返し、目を丸くして驚く。
景子は歳下の恋人と結婚前提で付き合っていて、以前会った時には交際は順調だと話していた。
来たる親友の結婚式の日の為に、日和はご祝儀代を多く包めるようにコツコツとお金を貯め、幸せな報告を心待ちにしながら準備していた。
眉を吊り上げた景子は、肩を震わせて怒気を露わに口を開く。
「浮気されたの! 具合が悪くて仕事を早退したらさ、あいつ、私の借りてるマンションに他の女を連れ込んでたのよ!? ”誤解だ!”って半裸状態で馬鹿な言い訳をしてきたから、頭に来て具合が悪いのを一瞬忘れてさ。あいつが毎朝三十分掛けてセットするくらい大切にしていた髪の毛を引っ掴んで、玄関まで引きずった後、思いきり蹴り飛ばして家から追い出してやったわ。ちなみに、あいつの頭頂部の毛は九本毟り取れた」
「うわぁ……。強すぎるでしょ、景ちゃん」
「当たり前のことをしただけよ! あー、歳下だからって甘やかし過ぎたかな」
景子は苛立ちを緩和させようと、ふわふわの生クリームとハート型のチョコレートで可愛くデコレーションされたホットミルクティーを飲む。憂い顔だった景子の目が、徐々に狩人のような鋭い目つきへと変わった。
「ねえ、ヒヨ。一緒に婚活しない?」
「へ? け、景ちゃん?」
「二人でマッチングアプリに登録して、恋人見つけよう!」
「えええ!?」
景子は携帯の画面を操作し、今話題のマッチングアプリのホームページを日和に見せる。恋愛を大々的に押し出した広告に怖気付いた日和は、「やりたくない」と首を横に振った。
「じゃあ街コンは? それなら一緒に参加出来るし、ヤバい人は私がブロックするからさ」
「絶対に無理!!」
接客業をしていたので、初対面の人とも世間話くらいなら問題なく出来るが、恋愛を意識して会話をしたことがない。恋愛を前提で会ったとしたら、気まずさ限界突破の精神的苦痛なカオス空間を作り出す自信しかない。
全力で拒否する日和を見て、景子は眉を下げた。
「ヒヨにはヒヨのペースがあるって分かってるけどさ、時々”もどかしい!”って思うの。ヒヨは誰かの幸せを心から喜ぶのに、自分が幸せになることを制限しているように見える」
見透かすような景子の言葉に、日和はドキリとする。
まだ自分が向き合うことから逃げていることを目の前に突きつけられた。返す言葉が見つからずに黙り込んだ日和に逃げ道を与えるように、景子は肩を竦めて笑う。
「まあ、『結婚=人生の幸せ』じゃないけどね。ヒヨが幸せだと思えることを選ぶなら、私は文句は言わない。でも、幸せになるのを諦めてるなら、思いっきり蹴り飛ばすから」
「き、厳しいね。景ちゃん」
日和が顔を引き攣らせると、景子は楽しそうに声上げて笑った。
「今まで蹴り飛ばさなかった分、私は優しい方だよ。婚活したくなったら絶対言ってね! お互い、幸せな恋をしよう!」
「私だけ婚活で惨敗して、一生独り身確定して孤独に咽び泣くかもだけどね」
「大丈夫。もし恋活や婚活がうまく行かなくても、私がずっと友達として一緒にいるから、ヒヨはひとりぼっちにならないよ。だから、恋にも安心して挑戦してみたらいいよ」
日和は目を見開いて驚く。何気なく口にした言葉だったのか、景子は美味しそうにパンケーキを咀嚼していた。
パンケーキを食べ終わった二人は、ダラダラと歩きながら色々な店を回る。
会わなかった時間を埋めるようにたくさん話をして、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
(良い一日だったな~)
景子と楽しい時間を思う存分に過ごした日和は、上機嫌で帰宅する。
使った鞄をクローゼットにしまい、お茶を飲もうと鼻歌を歌いながらキッチンへ向かった時、携帯が着信を知らせた。
(景ちゃんからかな?)
笑顔で携帯の画面を確認した日和の表情が、一瞬で絶望へと変わる。
お約束の展開と言えばそうだろう。しかし、これをお決まりのパターンにしたくない。
画面に表示された着信相手の名前は、鬼降魔総一郎だった。
日和は息を吸い込み、天を仰いで僅かに現実逃避する。ゆっくりと視線を携帯へと戻した後、意を決し、通話ボタンを押して勢い任せに口を開く。
「総一郎さん! まさか、”呪いのお仕事ですよ”なんて言いませんよね!? 私、つい最近お仕事したばかりですし、そんな鬼畜なこと言わないですよね!?」
今日は十一月三日。
一般人相手の解呪の仕事や魔物によって異界に巻き込まれた日から、まだ十日しか経っていない。
『そのまさかの呪いのお仕事ですよ』
(あ、終わったー)
平和で楽しい思い出として締め括られる筈の一日は、総一郎の一言で粉々に砕け散る。理不尽すぎる現実に、日和は再び天を仰いだ。
『今回は丈もいますから、安心してください。泊まりの仕事になるかと思いますが、仕事後には特別手当や特別休暇を支給しますから。鬼畜ではなく、善良的でしょう?』
「呪いの仕事を与える時点で、鬼畜な所業には変わらな……って、泊まり!?」
『はい。続行不可能な場合を除いて、依頼を達成するまで、現地に滞在して継続的に仕事して頂きます。長期間掛かる場合は、一時帰宅出来るように休みは入れますが、基本は終わるまで続行だと思ってください』
「そんなに大変なんですか? 仕事の内容は?」
『……人を探して欲しいのです』
「人探し?」
総一郎に固い声で告げられ、日和は首を傾げた。暫しの沈黙が流れた後、総一郎が重たい口を開いて言葉を紡ぐ。
『対象となる人物は、鬼降魔成美。彼女が昨夜から行方不明なのですよ』
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