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第七章 未来に繋がる呪いの話
第3話 行方不明になった鬼降魔成美
しおりを挟む鬼降魔成美。
碧真と日和が仕事で関わった、禁呪『名奪リ遊戯』に巻き込まれた十代の少女。
電話越しの日和は、驚きで言葉を失ったのか沈黙していた。総一郎は一拍置いて話を続ける。
「順を追って説明していきます」
禁呪『名奪リ遊戯』の封印後。
総一郎は、出張から戻ってきた丈を調査の為に現地に派遣した。
最大の目的は、成美に『名取君』という怪談話を教えた人間を聞き出すこと。
しかし、調査に訪れた丈が見たのは、張り詰めたような表情を浮かべた大人達に囲まれて、病院のベッドの上で眠る成美だった。
「『名奪リ遊戯』から戻ってきた翌日。禁呪が封印されていた神社の祠の前で、鬼降魔成美が高熱を出して倒れている所を、近所の住民が発見したそうです。すぐに病院に運ばれましたが、原因不明の高熱で意識が戻らないまま入院していました」
丈が調査の為に現地に滞在している間。成美の両親が拒んだことにより、丈は成美に近づくことすら出来なかった。
成美と共に禁呪に巻き込まれた鬼降魔陽飛に接触しようにも、陽飛の両親が”これ以上禁呪に関わらせないで欲しい”と拒否をして、協力は得られなかった。
結局、成美に禁呪の話をした人物の情報は得られず仕舞いで終わった。
『原因不明の高熱って……。まさか、禁呪のせいで?』
日和が震える声で問う。
封印された筈の『名奪リ遊戯』が、成美に影響を及ぼしていると考えたのだろう。
「いいえ。それはありません。禁呪は完全に封印されていますし、禁呪の影響を受けるとしたら、碧真君や日和さんにも症状が出ているでしょう。鬼降魔成美には、自身から放たれる邪気が纏わりついていた。見た所、『呪詛返し』と同じ症状です。誰かを呪おうとして失敗し、自身の邪気に飲み込まれたのでしょう」
成美が誰を呪おうとしたのか定かではないが、術をうまく使えない人間が呪いを返されるのは、別におかしな話ではない。
「天翔慈家に協力して貰って邪気は祓えましたが、鬼降魔成美は目を覚さないままでした。それが、何故か突然目を覚まし、病院から姿を消した」
成美がいなくなったのは、昨夜。丈が調査を一度切り上げる形で終わらせ、鬼降魔の本家へ報告に戻った後のこと。
まるで、丈がいなくなったのを見計らったかのようなタイミングで起きた出来事だった。
『まさか、誘拐ですか?』
「わかりません。現地に戻った丈が、加護を使って病院内の防犯カメラの映像を確認してくれましたが、鬼降魔成美に関する映像は出てこなかった」
『加護を使って探す……のは出来ないってことですよね?』
同じ鬼降魔の人間ならば、対象の力と加護を知っていれば、自分の加護を使役して行方を辿ることが出来る。成美の両親ならば、成美の加護も力も知っているので、探すことが出来るだろう。
しかし、辿れないから行方不明扱いになっているのだと、日和は言いながら悟ったようだ。
「はい。追えない状態です。しかし、手掛かりが残されていました。病院から車で三時間ほど離れた場所にある森の入口で、鬼降魔成美の血と力を使って残されたメッセージが見つかったのです」
『血って……』
最悪なことを考えてしまったのか、日和が言葉を失くす。
「血を使っていたとはいえ、少量です。血に力を通すことで、メッセージをわかりやすく残そうとしたのでしょう」
総一郎の言葉に、日和はホッとしたように息を吐き出した。
『でも、何が書かれていたんですか?』
日和の問いに、総一郎は残されたメッセージを思い出して唇を引き結ぶ。
口にしようとすると、悔しさと苦い思いが舌の上に張り付くような気がした。総一郎は顔を顰めながら、言葉を紡ぐ。
「……”遊びましょう”。そう書かれていたそうです」
誘うように、嘲笑うかのように。一人の人間がいなくなることを、遊戯のように捉えている人間がいる。
そして、”遊びましょう”という言葉は、禁呪『名奪リ遊戯』を発動させる呪文でもあった。
「鬼降魔成美が、自分で残したとは思えません。これは私の推測ですが、鬼降魔成美に『名取君』という怪談を教えた人物が糸を引いているのではないかと考えています。彼女はその人物に攫われ、脅されているか、操られている可能性があります」
何故、成美を狙うのかはわからない。けれど、彼女が巻き込まれているのは事実だ。
歩いて移動するには遠すぎる距離。子供が自分の力だけで移動できる訳がない。
子供が一人、ましてや成美は入院着姿のままいなくなったようなので、公共交通機関を利用しての移動は目立つ。周囲の人間に目撃され、保護される可能性が高い。
術者以外の人間に攫われたとしたら、成美の行方は簡単に突き止められる。
今回の件に、呪術が使える何者かが絡んでいることは明白だった。
「鬼降魔成美を見つけ出すことが、今回の日和さんの仕事です。丈や碧真君がいますが、十分に気をつけてください。丈が『任務続行不可能』と判断した場合を除き、日和さんには仕事をして頂きます」
拒否出来ないとわかっていても抗おうとする日和の逃げ道を塞ぐ。電話越しに、日和の乾いた笑い声が聞こえた。今頃、死んだような目で”平和は何処に?”と黄昏ているだろう。
「明日の朝九時に、マンションの前に迎えの車を寄越します。駅で碧真君と合流して、新幹線で現地へ向かってください。現地の最寄り駅には、丈が車で迎えに来ます。その後は、丈の指示に従ってください。では、お仕事頑張ってくださいね」
日和が何か言いかける前に、電話を切る。
総一郎は携帯を文机の上に置くと、疲れた溜め息を吐いた。
(碧真君は、怒っていましたね……)
総一郎は日和に電話する前に、先に碧真に連絡していた。
最初は大人しく仕事の依頼を受けようとしていた碧真は、今回の件に日和を同行させることを伝えると、苛立ちを露わにした。
成美の行方を追えないように使われた加護を妨害する術は、碧真が病院から攫われた時に使われた術と同一のものだった。
そのことから、禁呪『名奪リ遊戯』を『名取君』という怪談として成美に伝えた人物の正体が、鬼降魔雪光である可能性が浮上したのだ。
力のある術者を何人も殺めた雪光。
もし、雪光が関わっていたとして、日和と接触してしまった場合。日和は抵抗することも出来ずに殺されるだろう。
今回の仕事に日和を同行させる事に反対する丈と碧真の意見を、総一郎は『当主命令』で押し切った。
──”日和じゃなくて、酉の家の人間を動かせばいいじゃないですか!”
碧真にぶつけられた言葉を思い出し、総一郎は溜め息を吐く。
酉の家。
鬼降魔家の当主を支えてきた四つの家の内の一つの呼び名。
酉の加護を代々受け継ぎ、呪罰牢の管理を任されている家でもある。
総一郎の父が当主だった頃に起こした事により、本家と酉の家の関係は悪くなった。
代替わりをしても、総一郎を仕えるべき主だと思っていないせいか、酉の家に呪罰牢の管理以外の仕事を任せようとしても、何かと理由をつけて断られていた。
酉の家が総一郎を当主と認めれば、日和を同行させることも、丈にばかり負担をかけることもなくなる。総一郎も親交を図ろうとしているが、空回りしているのが現状だ。
碧真とは喧嘩した状態で話が終わってしまったが、総一郎は日和を同行させる判断を後悔はしていない。
雪光が関わっているなら、”父”として求められる丈と、”親友”として求められる碧真も、禁呪を使用されて精神汚染を受ける危険性が高い。
(日和さんには不思議な運がある。彼女の運があれば、万が一起きるかもしれない最悪の事態を免れることが出来るかもしれない)
天翔慈上総之介と出会って『身代わり守り』を手に入れ、鬼降魔幸恵の命を救ったこと。
鬼降魔愛美の使用した呪具や月人の魂の欠片、天翔慈晴信の残した呪具を偶然に見つけた強運。
術に囚われた碧真を悪夢から現実世界に連れ戻し、魔物に攫われた美梅を救い出したこともある。
丈が結人間壮太郎から聞いた話では、日和には命を守る加護があるという。日和を生かす為に働いた加護の力が、周囲の人間を助ける事に繋がるかもしれない。
「頼みましたよ」
歯痒い思いと祈りを込めて、総一郎は一人呟く。
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