呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第四章 過去が呪いになる話

第21話 咲良子と『緋焔哀姫』

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 痛みの代わりに温かな体温と浮遊感を感じて、咲良子さくらこは目を開く。

衛心えいしん……」
 苦しげに顔を歪めた衛心が咲良子を抱きしめていた。咲良子達は赤い光を帯びた白いとらの背中に乗っていた。衛心と加護の寅が、りゅうの攻撃から咲良子を助け出してくれた様だ。
 
 辰から離れた場所に寅が着地する。衛心の体が力を失って地面に向かって傾く。衛心に抱きしめられていた咲良子も、一緒に雪の上に転がった。

「衛心!」
 体を起こした咲良子はハッと目を見開く。
 衛心の肌の上を黒い刺青いれずみの様なモノが這い上がっていた。衛心の力を表す赤い光が弱まり、呼吸が苦しげなものになる。

「何? これ……」
「あいつの能力だ。……加護を使うと発動……親父達もやられた……」
 衛心が苦しげな呼吸のまま、途切れ途切れの言葉を紡いで体を起こす。

「咲……、俺の加護に乗って逃げろ」
 衛心は、この場に残る気なのだろう。咲良子は首を横に振った。

「だめ。そんなの! だめ!」
 衛心を置いて逃げるなど出来るわけが無い。衛心は意識が朦朧としているのか、目の焦点が定まらない。体から流れる血の量から見ても一刻を争う事態だ。

「咲良子。頼むから……」

「逃がさないよ?」
 突如地面から現れた白い糸が、衛心の加護の寅に巻き付く。糸に拘束された寅は地面に倒れた。

「ふふふ」
 少年は楽しげに笑いながら、咲良子達に向けて右てのひらかざす。

「これで、全部綺麗に……」
 少年は言葉を止め、視線を外へと向けた。

「……残念。ここまでかぁ。帰ろっと」
 少年がきびすを返す。
 衛心の体を這い上がっていた黒い刺青が動きを止めた。

(助かったの……?)
 咲良子はホッと息を吐き出して、衛心へ手を伸ばす。衛心を助ける為にやらなければならない事がいっぱいあるのに、指先がカタカタと震えて上手く動かせない。

(衛心を病院に連れて行って、叔父様を呼び出せば解呪も出来る。絶対に助かる!)

「でもぉ、お片付けは大事だよね」
 数歩進んだところで、少年がクルリと振り返る。少年の口元には意地の悪い笑みが浮かんでいた。

「お返しだよ」

 咲良子達の上空に浮かび上がる複数の白の術式。咲良子が少年に向かって放った簡易攻撃術式と同じ物だ。
 咲良子は目を見開く。結界を張らないといけないのに、体が動かない。力も使い切ってしまっていた。寅は拘束されて動けないのか、苦しそうに吠えている。

 降り注ぐ白の矢。
 二十以上の矢が体に突き刺さる音と共に、雪面に赤い血が飛び散る。

「ふふふ。じゃあね、バイバーイ」
 楽しげなわらい声を残して、少年の気配は消えた。

「……無事か? 咲良子」
 衛心の声が、耳元で聞こえる。
 咲良子は目を開け、自分の体を包んでいる温かい腕の持ち主を見上げる。

「衛心」
 指先に触れたのは、生温かい液体。衛心の着ている服が、じわじわと赤く染まっていく。

「衛心!」
 咲良子を庇って、衛心が全ての矢の攻撃を受けていた。
 血を流しているのは衛心だというのに、咲良子の全身から血の気が引いて行く。

「ごめんな。俺が誘った……行けない」
 力の無い声に、咲良子の目から涙が溢れる。衛心が目を閉じるのを見て、咲良子は堪らず叫ぶ。

「こっちを見なさいよ!! バカ!」
 失う恐怖に必死で叫んだ咲良子の言葉に、衛心は苦笑する。

「はは……。ああ、それ最初の時も……そうだったな」

 出会った時に、衛心に最初に届いた咲良子の言葉。それを思い出したのか、衛心は幸せそうな笑みを浮かべる。

「あの時から……だった。ずっと、す……だ」

 途切れ途切れの言葉でも、何を伝えたいかなんて、痛い程にわかっている。
 もう、零れ落ちてしまうモノだという事も、胸が張り裂けそうになる程にわかっている。 
 それでも、理解したくない。
 
「守るって言ったじゃない! 一緒に」

 生きて。側にいてよ。守るなら、隣にいて。じゃないと、大丈夫じゃない。

 衛心の体を赤い光が包む。咲良子と衛心の足元に赤い光が集まって、線を描く。複数の構築式が紡ぎ出されて、見た事が無い美しい術式を作り出した。

「何を……」
 戸惑う咲良子に、衛心が微笑む。
 拘束の糸が消えた寅が衛心の真横にやって来た。衛心は寅と見つめ合いながら口を開く。

「俺の、全部持ってけ。力も……魂も……全部。鬼降魔……咲良子を主に」
 足元に浮かび上がる術式が強い輝きを放つ。

「咲良子」
 衛心が咲良子の名を呼ぶ。どこまでも優しい声だった。衛心の手が咲良子の手を握る。いつも温かい衛心の手は冷たく、握る力も弱々しい。

「守るよ。俺の力が……魂が、ずっと、咲良子を守る」
 力を振り絞って、衛心は言葉を紡ぐ。
 術式から伸びる赤い糸が、繋いだ手に絡まる。二人を繋ぐ赤い糸を見て、衛心は穏やかな笑みを浮かべた。

「衛心!」
 眩い赤の光が、咲良子を包み込む。

 近づいてくる足音を聞きながら、咲良子の意識は途切れた。


***


 咲良子は目を開ける。
 真っ白な雪景色。世界の鮮やかな色を奪う白に囲まれて、咲良子は一人座り込んでいた。

『君が弱いせいで、彼は死んだ』
 血で染まった姿の雪光ゆきみつが楽しそうに笑いながら目の前に現れる。

『君は弱い。いつも守られているだけ。大切な人を守る力なんてない。本当、役立たずな命だね』

『ハズレな子。力も無い癖に、大切なものを持つなんて間違っているのよ』
 咲良子を蔑んだ親戚の人達が姿を現す。皆が咲良子を囲んで見下ろしていた。

『ねえ、どうして君は生きているの? 大切な人が死んじゃったのに?』
 雪光の言葉に、咲良子は体を震わせて目を閉じる。

(私は、いつも守ってもらってばかりだった。私に力があれば、衛心を守れた)
 咲良子がそう話した時、叔父は『違うよ。それは意味のない空想であり、事実じゃない』と優しく否定したが、それが咲良子にとっての真実だった。

 咲良子は拳を握りしめる。

 咲良子が目を覚ましたのは、衛心の死から十日後だった。
 あの日聞こえた足音は、鬼降魔の当主から救援を要請された天翔慈てんしょうじ家の人達だった。
 天翔慈家の人達が、倒れていた咲良子を病院に運んだ。
 衛心は咲良子に術をかけた後に息を引き取ったらしく、穏やかな死に顔だったと告げられた。

 咲良子に寄り添う衛心の加護の白い寅。
 衛心が最後に紡ぎ出したのは、『加護継承』の術だった。

 衛心の家では、鬼降魔でも強い力を持つ加護である『寅』の継承を代々行っていた。衛心は元はうまの加護憑きだったが、十五歳の時に父親から『加護継承』を受け、寅の加護を引き継いだ。その時に、術の事を学んだのだろう。

 衛心の力である赤い光を纏った寅を見た天翔慈家の人達が言っていた。
 
 ──”彼の魂が寅の力となり、あなたを守っている”、と。

 加護の寅の力の源は、咲良子ではなく衛心の魂。赤い光を纏っているのは、その為らしい。

 主人の遺志を叶える為に、咲良子と縁を繋いだ寅。
 加護の寅は継承する事は出来ず、咲良子の死後、衛心の魂と共に消滅するらしい。

 天翔慈家の人達が『美談』として語った衛心の最期。
 話を聞き終えた咲良子は、声を上げて泣いた。天翔慈家の人達は『感動して泣いたのだろう』と思ったようだが、それは違う。

 衛心の事が許せなくて泣いたのだ。
 弱い咲良子を守る為に、自分を犠牲にした衛心。自分の命の事を考えずに死んだ衛心に腹が立つ。

(あなたが生きてくれた方が良かった! 私は、あなたを犠牲にしたくなかった!)
 自己犠牲の優しさは、大切な者の心を傷つけるだけ。咲良子は、自分の無力さを呪った。

『君じゃ、何も守れない。君を守る為に、また人が死ぬよ』
『ハズレな子』
『加護無し』
 周りを囲んだ人達が、悪意のある言葉を吐く。咲良子は自分の顔を両手で覆って息を吐き出し、目を開く。
 
 一閃。
 風が巻き起こり、目の前の三人の首が雪の上に転がる。

「私は、いつまでも弱い存在じゃない。弱いままでいる暇なんてないのよ」

 咲良子の顔には緋色の仮面。手には大太刀おおだちが握られていた。咲良子は大太刀を振るい、自分を取り囲む人間の形をしたモノを斬り捨てる。雪の上に転がったモノは、黒い塵となって消えていく。

 咲良子は大太刀を構えて、雪光を見据える。
 衛心を失い、ただ泣き暮れたわけではない。衛心を殺した人間が生きている事を許せるわけがない。

「お前を殺す」
 その力を得る為に、咲良子は血反吐を吐きながら呪術を学んだ。鬼降魔と結人間の呪術、呪具の作り方。そして、咲良子だけの武器を手に入れた。

「『緋焔ひえん哀姫あいひめ』」
 大太刀が応えるように光を放つ。

 『緋焔哀姫』。
 平安時代。愛する家族を惨殺された武将の娘の愛姫あいひめという女性が、復讐の為に刀を取った。
 大太刀を手に戦場を駆け回り、敵将の首をいくつも刈り取った愛姫。しかし、復讐を果たす直前で味方に裏切られ、敵の刃で命を落とす。怨霊となった愛姫は、敵味方関係無く首を刈り取るようになった。
 その悲しい物語から彼女の名前は『愛』ではなく、『哀』となり、彼女が戦場を駆ける際に身に着けていた燃えるような赤い甲冑から『緋焔』の名をつけられた。
 怨霊となった彼女の魂は山奥に封印され、人々から忘れ去られる。

 咲良子は叔父の力を借り、怨霊である彼女と交渉した。
 交渉に成功した咲良子は、身体能力と戦闘能力に優れた『緋焔哀姫』の力を使う事が出来る仮面の呪具を作り出した。

 咲良子は雪面を転がり落ちた雪光の首を足で踏みつけ、冷たい視線で見下ろした。
 世界を支配していた白が赤く染まり、世界が壊れていく。

「お前の首は、私がこの手で必ず刈り取る。現実で待っていろ」

 
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