呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第三章 呪いを暴く話

第23話 洞窟の中へ

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 さて、お腹も満たして、少し休憩もして、バッチリな午後です。

 月人つきひとさんは、初めてのカップラーメンの美味しさに感動していました。その様子は、とても可愛らしかったです。

 ああ、平和だなー。

「……という事で、ここで終わりにして良くないですか? 行きたくないです。帰りたいです。もう次から次へとキャパオーバーです」

 日和ひよりは、壮太郎そうたろうが作った『癒しニヤッと猫ちゃん』と同じ様な死んだ目をする。

「仕事だろ。行くぞ鈍間のろま
 碧真あおしは容赦無く日和の腕を掴んで歩き出す。

(ドナドナ・アゲイン……)

「じゃあ、チビノスケ、ピヨ子ちゃん、月人君。死なない様に頑張ってねー」
 壮太郎が手を振り、三人を送り出す。

「うわー。私、『死なない様に頑張れ』って送り出されたの初めてー」
 日和はアハハと力なく笑った。虚ろな目の日和を見て、月人はシュンと落ち込んだ顔になる。

「すみません。僕がお願いしたばっかりに……」
「月人さんは何も悪くないですよ! てか、これは私が決めた事なんですよね」
 慌てて否定した後、日和は溜め息を吐く。

「確かに、仕事内容は私が決めた事じゃないけど。私が自分の住む家と仕事の為に行くって決めましたし。こんなに危ないものだとは思わなかったけど。結局、今の状況は自分が決めた結果なんですよね。畜生って気持ちでいっぱいだけど。私に出来る最善を選んだ結果なので、ただ目の前の事をやり切るしかない。……だから、行きます」
 
 自分で選んだ道なら、責任を取れるのも自分しかいないと日和は覚悟を決めた。 
 机の上に残してきた漫画本達を思い出し、日和は拳を握る。

(最新刊を一年も待ったんだ!! 帰ったら続きを読む! 絶対に死ねない!!)

「日和さんは凄いですね……」
 月人は俯く。

「僕は、弱くて……。じょうさんと壮太郎さんがいなければ、何も見ない振りをしていました。人に助けてもらってばかりで、何も出来ない。僕は、最低な人間です」
「何が悪いんですか?」
「え?」
 戸惑いで瞳を揺らす月人を、日和は真っ直ぐに見つめる。
 
「人間、助け合って文明を築いて生きてきた生物でしょう? 何の為に、自分とは違う力を持った人がいると思うんですか?」

(……まあ、私も「助けて」って言えない人間だったからなー)
 過去を思い出して、日和は苦笑する。

 迷惑を掛けないようにと、一人で頑張っていた時期があった。強がって「大丈夫」と口にして、全然大丈夫じゃないのに体を壊して。大切な人達に心配をかけた。『何で頼ってくれないの?』と大切な人達に泣かれた時に、ハッとした。
 もし、大切な人が苦しんでいる時に頼ってもらえなかったら、支えになれない自分が悔しくて凄く辛い気持ちになる。

「誰にも助けられないで生きるのなんて無理です。助けられてばかりが嫌なら、自分が出来る事で誰かを助ければいい。それに、助け合って生きる世界の方が、私は好きです」

 日和が笑って言うと、月人は目を丸くしていた。

(ん? あれ? これって相当恥ずかしい事を言ってる!?)

「と、とにかく、そういうわけで! 無事に生きて帰る為にも頑張りましょう!」
 日和は恥ずかしさを誤魔化すように、早口で会話を終わらせた。


 山道を登って辿り着いた洞窟。
 ひんやりとした冷たい空気が洞窟の中から流れて来て、肌を撫でていく。不気味な雰囲気が漂うせいか、体にゾクリと悪寒が走った。

『入っちゃダメだ』
『危ないよ』
 頭の中で、警告が響く。

「あれが、結界の術式……」
 日和は目の前にある洞窟の上部を見上げる。

 手を伸ばせば届く位置にある洞窟の上部には、簡素な魔法陣の様な黒の術式が描かれていた。洞窟の入口には、灰色の薄い膜がかかっている。

「あの術式、血が使われているな」
「「血!?」」
 日和と月人は悲鳴に近い声を上げて驚く。
 
「血は強い呪具だと、丈さんが説明していただろう。ただ、こんな程度の低い術式に血を使わなければならないのなら、呪術の知識が少しあるだけで、力は無いだろうな」

 碧真は平然とした様子で結界に手を伸ばす。碧真の指先が触れた途端に結界がひび割れ、粉々に砕けて消えていった。

「行くぞ」
 
 碧真が先導して、日和、月人の順で洞窟を進んで行く。
 外の光が届かない場所まで来た時、碧真がビーズブレスレットを上着のポケットから取り出す。丸い輪っかに細い紐で一粒ずつ分けてビーズ玉がくくり付けられているブレスレットから、碧真は一粒だけ千切り取って地面に落とした。

 地面に触れた瞬間、ビーズ玉が発光して周囲を照らす。

「わぁ……」
 明るくなった洞窟内を見回して、日和は感嘆の声を上げた。

 碧真が持っているビーズブレスレットは、壮太郎の作り出した照明系の呪具だ。
 約一時間、ある程度の範囲を照らせるものだという。

(この明るさなら、調べやすいよね)
 心配なのは、ビーズ玉の個数に限りがある事や洞窟の広さがどの程度なのかわからない事だ。
 念の為、壮太郎が持って来ていた小型ペンライト二つと月人の家にあった懐中電灯も持って来ている。無事に洞窟から出るまでは、明かりが持ってくれると信じたい。

 洞窟の内部は、岩や石や木の枝が転がっていて足場が悪かった。 
 碧真は障害物を器用に避けて進んで行く。日和と月人はかなりの頻度で何かに躓きながら必死で歩いた。光が届いていない場所に来ると、碧真がビーズ玉を使って辺りを照らした。

「穢れが……」
 少し離れた場所を見つめながら、月人が体を震わせる。

(穢れ……。もしかして、ここの雰囲気が少し悪いと感じるのは、穢れのせいなのかな?)

「月人さん。大丈夫ですか?」
 日和は月人の隣に立ち、顔を覗き込む。少し顔色が悪く見えた。

「碧真君。穢れを祓える?」
 日和の問いに、先を歩いていた碧真は呆れた顔をして振り返る。

「祓えるわけないだろう。そんな事が出来るのは、天翔慈てんしょうじ家くらいだ」
「え? でも、前に榎本えのもとさんに御祓いのお酒を飲ませてたし……」
「あれは”邪気”を祓う酒だ。それに、あの酒は鬼降魔きごうま家が天翔慈家から買い取っているものだ。俺が作った物じゃない」

「邪気と穢れって、同じものじゃないの?」
 どちらも嫌なものだという事はわかるが、そもそも、どういうものなのかわからない。

「俺達三家の間で言う『邪気』は、生きている人間が放つ”他人を害そうとする負の感情”を指す。誰かを呪いたいという感情もそれに当たる。『穢れ』は、”負の感情を抱いた死”から生まれるものだ。怨念や祟りに近いな」

 碧真は面倒臭そうな顔をしながらも説明をしてくれた。

「邪気も穢れも人間を害するものだが、レベルが違う。邪気は、相手に不幸な出来事を呼び寄せる。穢れは、相手の思考や精神を歪め、命や魂を削る」
 
 カツンと、やけに大きな音が響く。
 自分達とは違う足音が混じっている事に気づいて、三人は立ち止まる。

 カツン、カツン、コツン。連続した足音が響き、誰かがこちらに近づいてくる。

 日和が後ろを振り返ろうとしたその時、洞窟内に発砲音が響き渡った。
 大きな音に日和が驚いていると、隣にいた月人の体が傾いて行くのが見えた。

「月人さん!!」
 月人の袴にジワリと血が滲む。左足を撃たれたようだ。

「う……」
 月人が呻きながら立ち上がった。
 生きている事にホッと息をつきたい所だが、現れた人物を前に、それは叶わない。

「迎えに行くと言っていたのに、こんな所にいるとは。随分と探しましたよ」
 頭にライトをつけ、猟銃を手にした富持とみじが立っていた。富持は笑いながら、日和に向かって手を伸ばす。

「さあ、行きましょう。日和さん。御馳走もたくさん用意していますから」
 
 キラリと煌めく物が、富持を目掛けて飛んで行った。富持が咄嗟に身を翻して避けると、背後の地面から勢いよく火柱が上がる。

「な、なんだ!?」
 富持が間近に上がった炎に驚いている間に、碧真が日和の背中を洞窟の奥へと押した。

「走れ!」
 碧真の言葉に一瞬迷ったが、日和は洞窟の奥へと走り出した。

 ジーンズのポケットに入れていたペンライトを取り出す。
 走っているせいで、ペンライトの明かりが左右に揺れて足元がよく見えない。

 背後から発砲音が聞こえ、日和は驚いて立ち止まる。

(碧真君! 月人さん!)
 コツンと石が転がる音と足音が聞こえた。 
 日和に近づいてくる足音は一つ。日和は警戒しながら足音の方を睨みつける。

 ゆったりと余裕のある足音と高い位置にある明かり。

「日和さん。さあ、楽しい夜を過ごしましょう」

 顔に血をつけた富持が、残忍な笑みを浮かべて日和を追い詰める。
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