呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第三章 呪いを暴く話

第24話 嫌です・無理です・拒否します

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  嫌です
  無理です
▶︎ 拒否します

 日和ひよりの頭の中に浮かんだゲームの様な選択肢は、全て富持とみじを否定する物だった。

 食べる事は好きだから、御馳走は願ってもいない事だ。ただ、”また血が含まれていました”じゃ笑えない。
 楽しい夜? 人が殺される夜を楽しく過ごせる訳が無い。

 富持の頬についた血。痛がるそぶりも見せない事から、返り血だろうと検討をつける。

碧真あおし君と月人つきひとさんは無事なの?)  

 心臓がうるさい程に早鐘を打つ。純粋な恐怖が日和を包み込んだ。
 目の前に立つ富持が怖い。人を傷つけて、笑っている男が。

 富持が一歩近づく。日和は一歩後退した。

「日和さん。抵抗しないでください。あなたを傷つけたくありません」

 ”抵抗したら、傷つけるぞ”という意味を潜ませた富持の発言に、日和は顔を引きつらせる。

 ──”俺や丈さん達とはぐれて、村の人間に捕まった時は、絶対に抵抗するな”。

 日和の脳裏に碧真の言葉が過ぎる。

(そうだ。相手は銃を持っている。碧真君が言う様に、抵抗しない方がいい)

 日和は考え、足を踏み出した。
 富持とは反対方向に。全速力で。

 ……つまり、逃げた。

「あはははは! 無理無理! 抵抗するな!? 怖いもんに飛び込んでいけると思いますぅっ!? 無理無理無理ゲー!! 紐無しバンジーと一緒じゃない!? 何、あの銃!? 何、あの血!? あの人に捕まったら絶対大丈夫じゃないよぉ!!」

 日和は叫びながら逃げる。
 恐怖でいっぱいいっぱいの日和は、『抵抗しない』という賢い選択肢を選ぶ事が出来なかった。

「待て!!」
 富持が追いかけてくる。
 女性である上に普段運動していない日和では、成人男性の富持から逃げられそうにない。

 徐々に近づいてくる足音に、日和の恐怖が決壊する。

「もう嫌だ!! 誰か! 助けて!!」
 日和が叫んだ時、足に何かがぶつかり、体が大きく傾いた。

「へ?」
 視界がぐらつき、体が宙に投げ出される感覚。

(あー、何だろう。この感じ。すっごい覚えがあるな) 
 スローモーションでデジャブを感じた後、体のあちこちに衝撃が走る。

 日和は岩だらけの斜面を転がり落ちていった。


***

 
「くそ! せっかく新しい女が手に入るところだったのに!!」
 
 富持は斜面を見下ろして地団駄を踏む。
 転がり落ちていった日和の姿は見えない。岩だらけの斜面を転がり落ちたのだ。行方を探したとしても、変形した死体が見つかるだけだ。

 足元の岩を金属物が掠める音と共に地面から火柱が上がる。
 驚いた富持は飛び退いて、来た道を振り返る。

 そこには、日和の旦那である男が立っていた。 
 頭と腕から血を流しながら、殺気に満ちた目で睨んでくる男。

 富持はニヤリと笑う。
 欲しい女は手に入らなかったが、なぶり殺しがいのある獲物がまだ目の前にいた。


***


「碧真達が洞窟へ入ったようだ」

 じょうは加護のねずみと意識を共有して得た情報を壮太郎そうたろうに報告する。

 壮太郎は丈に頼んで、一人につき呪具を持ったねずみを一匹つけてもらった。
 万が一、行方不明になった場合に見つけられる様にする為と、今回の依頼である術に関する記録を作る為だと、丈には説明している。

 しかし、壮太郎には、もう一つ別の目的があった。

(丈君に言ったら、反対されそうだから言わないけどね)

 村長の家に向かって歩いていると、集会場に村人達が集まっていた。

木木塚ききづかさんが来ないな」
「富持さんもいない」
「あと一人の生贄の居場所は?」
 焦りや不安でざわついている村人達。巫女の衣装に身を包んだ生贄の少女二人は、不安げな顔で寄り添い合うように立っていた。

「生贄の子達は無事みたいだね」
「それならいい。行くぞ」
 用は済んだと、丈は足早に去ろうとする。
 
 壮太郎は、村人の輪から外れた場所で足を引きずって歩く女性の姿を見つけた。

(あの人、チビノスケが言っていた”絵理”って人だよね)
 碧真の話を思い出して、壮太郎は口元に笑みを浮かべる。

「丈君。ちょっと先に行ってて。僕、トイレに行ってくるよ」
「わかった」
 丈を見送った後、壮太郎は絵理へ近づく。

「こんにちは。絵理さん」
 先回りして絵理の前に立つ。男性が怖いのか、絵理は怯えたような表情を浮かべた。安心させるように、壮太郎はニッコリと笑う。

「ねえ、君に素敵な話をしてあげる」

 人懐っこい笑みが、蠱惑こわく的な笑みへと変わる。
 絵理は魅入られるかのように、壮太郎の口元を見つめた。


***


 丈は遅れて来た壮太郎と合流し、村長の家に辿り着く。
 壮太郎が身につけているアクセサリーがジャラリと音を立てて揺れる。外していたアクセサリーを全て身に着けた姿は、いつもの見慣れた姿だった。

「あははー。悪の親玉の根城に到着ー」
 無邪気に笑う壮太郎に、丈は呆れる。

「お前は、いつも楽しそうだな」
「うん! 楽しいよ! 丈君と一緒なら、いつでも、どこでも!」

 丈と壮太郎は母屋と塀の間を通り、中庭に入る。屋敷の中は、不自然な程に静まり返っていた。

 中庭にある古く大きな蔵の扉が僅かに開いていた。
 丈が先導して蔵の中に入り、ねずみの目を通して見た隠し扉へ向かう。

 積み上げられた荷物に隠されるようにあった正方形の木の板。板の表面には、簡単な結界の術式が描かれている。
 壮太郎は隠し扉の前にしゃがんで手を伸ばした。

「お粗末な結界の下に、一体何を隠しているのかなっと」
 壮太郎の指先が触れると、木の板ごと結界が弾け飛んだ。

 暗闇に包まれた入口から伸びるのは、地下に通じる階段だった。
 壮太郎は手につけているブレスレットのガラス玉を外して、隠し通路の中へ投げ入れた。

 一瞬だけ眩い閃光が起きた後、ガラス玉は柔らかく発光して暗闇を照らした。壮太郎は躊躇う事なく、木製の階段を降りていく。丈も後に続いた。

「うわー。すっごく気持ち悪い空気だね。月人君なら、失神しているかも」
 進む方向から漂ってくる邪気と穢れに、壮太郎は顔をしかめる。
 丈と壮太郎は邪気と穢れに耐性があるので進む事が出来るが、耐性の無い人間なら気を失うか呼吸困難に陥るだろう。

待宵月まつよいづき之玉姫のたまひめは、この場所には近づけなかっただろうな)
 清らかな存在である神に、この空気は毒だ。
 
 階段を降り切ると、扉があった。扉の隙間からは明かりが漏れている。
 壮太郎はドアノブに手を掛けて、扉を押し開けた。

 扉の先にあるのは、十畳程の広さの部屋だった。
 オレンジがかった電球色に照らされた室内の床には、人骨の欠片が落ちていた。何度も踏まれているのか、砕けて粉状になっている。

「うわー。人の骨の絨毯とか、僕初めてだよ」

「おや、気に入っていただけましたか?」
 低く、楽しげな笑い声が響く。
 部屋の奥で、こちらを見て愉快そうな笑みを称えた木木塚が立っていた。

「あはは。褒めてないよー。社交辞令とか、わからないタイプの人?」

 壮太郎が楽しそうに辛辣な言葉を吐く。癇に障ったのか、木木塚は眉をピクリと動かした。
 木木塚の足元には、虚ろな目をした少女が薄汚れた布に包まれて座り込んでいた。幼い少女は、人形のように反応がない。呼吸でわずかに上下する体から、生きているとわかる。

(生贄の少女か? 操られているのか、精神的なショック状態か……)

「村長さんの後ろにある物。すっごい禍々しい穢れを放っているね。それが、生贄を集めて作ったものかな?」

 木木塚の背後には、大人一人は入る事が出来る大きさの壺があった。
 中身は見えないが、壺から穢れや異臭が漂っている。
 
「村の人達を騙して、生贄の血を集めて作った呪具か。凄いね。それだけの穢れを待宵月之玉姫の御神体に浴びせれば、三流術者でも簡単に邪神化させる事が出来そうだ」

 木木塚が眉をピクリと動かし、不快げな表情を浮かべる。 

「……初めてお会いした時から、あなたの事は気に食わないと思っていましたよ。私達の願いを打ち破った優男と似ていましたから。まあ、女を連れてきてくれた事には感謝しますが」

「優男?」
「ええ、天翔慈てんしょうじ晴信はるのぶという男です」
 木木塚が吐き捨てるように言った名前に、丈は目を見開く。

「晴信様を知っているのか!?」

「ええ。あの男が現れたせいで、邪神化させた憎き人喰い熊が浄化されましたからね。更に、手を出せないように小細工までされた!! お陰で、こんなに長い年月が掛かってしまいましたよ」

 晴信が生きていたのは、明治から昭和初期まで。一九三〇年に亡くなったとされている。
 見た目から考えても、木木塚は五十代くらいだろう。同じ時代に生きていない筈なのに、まるで側で見ていたかのよう言い方だ。

「私は」
「ふふふふふふ」
 木木塚の言葉を遮るように、壮太郎が笑い出す。

「ねえ! 丈君! 聞いた!? 僕、晴信に似ているんだって!! 凄くない!?」
 
 壮太郎は無邪気に喜ぶ。憧れの人に似ていると言われて、心底嬉しかったのだろう。

「おい! 人の話を聞け!!」
 木木塚が苛立った様に声を荒げた。

「ああ、大丈夫。大体わかったから」
「何がだ!?」
 顔を真っ赤にして怒鳴る木木塚を見て、壮太郎は不敵に笑う。

「あなたも月人君と同じように、前世の記憶を持ったまま生まれ変わった人なんでしょ? あなたは、神になる前の待宵月之玉姫に襲われた旅人。そして、一九〇七年に待宵月之玉姫を邪神化させた呪術師達の仲間だ」

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