二人の之助ー終ー

河村秀

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二章ー松尾の依頼と優之助との約束ー

日高の真相

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次の日の早朝、優之助を叩き起こして敏郎が紹介してくれた宿屋まで戻る。
戻った頃には昼になっていた。


そして昼過ぎに日高が訪ねて来た。

どこで調達したのか、伝之助に折られた刀とは違う刀を腰に差している。

その刀を腰から抜いて右手に持ち、松尾と伝之助と共に別室へ向かった。

畳の上に車座となり、それぞれに白湯が運び出されると、早速日高が切り出した。

「正直、今でも幸則の言った事には賛同しかねる。例え殿自身が言われている事でも、殿の身を考えっと俺は簡単に首を縦に振る訳にはいかん。殿が殿でなくなる言うのは薩摩が薩摩でなくなると同義と思っちょる。殿やお前は別の形でも薩摩として残るならよかち思っちょるが、俺はそう思わん。じゃっどん今はそれを論じるとこでなか。お前が勝手に動いちょったなら話は別じゃが、殿自身のご意志とあれば俺の考えだけでお前を斬る訳にもいかんしな」

日高が言うと松尾は頷いた。
それを見て日高は続ける。

「殿のお考えと言う事は伏せ、お前が矢面に立って動いてたから、お前の考えで動いてる思っちょったで藤井に付け込まれたんであろうが、取り入れられた訳ではなか。俺はお前を斬る為だけに藤井と組んで動いちょった訳でなか。合わせて藤井も斬るつもりで動いちょった」

「どういう事だ」

松尾が首を傾け尋ねる。
日高は何か仕掛けていると言うのだろうか。

「元々、藤井を潰す為に探っていた。俺はその目的を忘れてない言うこつじゃ」

日高が相変わらずの能面顔と、半端な薩摩言葉で言う。

「具体的にどげんこつしよっとか」

伝之助が尋ねると、日高は一つ頷いて続けた。

「藤井は薩摩からの間者がいるかもしれないと聞いていたようだが、出入りする人間のどこの誰かはわからんかった。そこで幸則の話す計画をどこかで聞き及んだようで、出入りする人間に薩摩内で薩摩を滅ぼそうとする人間がいると言う事を吹いて回った。そこで反応したのが俺じゃ。俺はすぐに尻尾を出さずに自分で調べ上げた。後はお前らも知っての通りじゃ。藤井に名乗り出て、薩摩の為に家老の松尾を斬るから手を組もうと持ち掛けた。俺はその時頭に血が上って、幸則を斬ると言う考えに捕らわれてたからそげん言うたとちごう。幸則を斬る事に乗じて、藤井も斬ろうと考えたからそう持ち掛けた。そう思っちょらんかったら直接お前を斬りに行けば済む話じゃからな。藤井はその提案をほくそえんで受諾した」

日高は一度言葉を切ると白湯を口にした。
二人は黙って続きを待つ。

喉を湿らせると日高は話し出した。

「俺は薩摩の間者と決して知られてはならん立場じゃ。知られると薩摩に事が及ぶからの。じゃっどん自ら薩摩の間者として名乗り出て協力すると言った。言った以上、薩摩には迷惑が及ばんよう細心の注意を払った。藤井にはこの事を誰に話すか絞らせ、話した時点で俺に報告するようにさせた。報告をせんかったら協力をせん上で、どんな手を使ってでもお前を斬るち言うた。藤井は顔こそ動揺を覚られんよう澄ましちょったが、手が震えておったわ。俺は、藤井は約束を守るち確信した。実際時折周囲に探りを入れっが、俺の話は必要最低限しか広まっとらん」

日高の言葉に松尾が心なしか安堵の表情を浮かべたように見える。

松尾は日高が言うように、薩摩に事が及ぶ事を心配していたのだろう。
薩摩の家老であるのだから当然だ。

「じゃっどん、おはんのそん拙い薩摩言葉を聞けば、わかるもんには薩摩のもんじゃちわかるじゃろ」

伝之助が遠慮ない口振りで言う。
日高はそれこそ表情を変えず伝之助を見る。

「拙いとは失礼な奴じゃ。俺は江戸暮らしが長かったで、江戸の言葉を話せる。実際、お前らの前以外じゃと幸則のように江戸の言葉で通しちょる。この顔とその言葉遣いが諜報活動には便利なんじゃ」

「そいなら普段から江戸言葉でよかでなかか」
「何を言うか。俺は薩摩隼人じゃ。薩摩隼人が江戸言葉を話すか」

日高が表情を変えなくとも、前のめりになって伝之助に訴える。

「おはん、薩摩隼人じゃち、薩摩言葉を話すとちごう。江戸言葉を話そうとも薩摩隼人は薩摩隼人じゃ。松尾さあを見ればわかるじゃろ。言葉なんぞで着飾るな。ようは薩摩を想う心と薩摩男児としての心意気じゃ。剛刃流をしよるおはんならそん心意気、話さずともわかるじゃろ」

伝之助の言葉に日高はぐっと身を引く。
伝之助は外見で薩摩隼人のように見せるのではなく、内面で薩摩隼人ならそれで良いではないかと言っているのだ。

人に薩摩隼人として見られることよりも、自身が薩摩隼人として生き抜く事が大切だと言う事だ。
そして日高には外見を着飾らなくとも十分、薩摩隼人としての心意気があるからこそ言っていると気付かされる。

「まあまあ大山君、風史郎も色々思う所があるのだ。今はその話はいいではないか」

松尾が見兼ねて伝之助に言う。

伝之助は「はあ」と言ったきり、口を閉ざした。
日高はその様子を見て一度目を瞑り、開いた。

「話戻すど」

日高の変わらない薩摩言葉が発せられた。
伝之助の言葉に納得をしたかはわからないが、急に薩摩言葉を止める事が照れ臭かったのかもしれない。

伝之助と松尾は日高の言葉には触れず、何事も無かったように日高を見返し、続きを促した。

「まあそう言う事で薩摩に迷惑かける事態にはなってなか。俺はその後、藤井に幸則と会うよう持ち掛けた。そしてその帰り道に襲撃を掛けると。じゃっどんそれは大山と中脇の奮闘もあって失敗に終わった。正直言うと、俺は幸則と大山は斬るつもりじゃった。それ以外の薩摩侍は出来るだけ斬りたくなかった」

日高は本当に後悔しているよう能面顔を歪ませた。

「中脇には申し訳なかことした。薩摩の未来を担う若手の手を斬ってしまった。適当にあしらえるち思ったらそれなりに腕が立った。俺も自身の身を守る為、ああするしかなかった」

日高の表情も、言い方からして本当に本意ではなかった事が伺えるが、伝之助にとっては言いたい事が山ほどあった。
しかし松尾が黙って日高を見ているので、伝之助も何も言わなかった。

日高は膝をぱんっと打って悔しがると、続きを話した。

「その後、俺は藤井が頼りにしてる付き合いを断つ事を考えた。兵糧攻めじゃ。大山に坂谷の資金供給を断たれた今、頼りは木本じゃった。俺は木本の護衛につくよう言われた」

「ちと待て。ないごておはんがそげん言われた」

伝之助が口を挟む。
確かに日高がなぜそれほど信を得ているのかは謎だ。

「まあ聞け。今話しちょるんはこれからの事の為、全てお前らに理解してもらう為に必要な話じゃ。最後まで聞いたら全て繋がる」

日高の言葉に松尾が「わかった。それで?」と続きを促す。

「木本の護衛につくよう言われた俺は、木本に信を得るよう尽力した。木本は藤井からの紹介言うこともあって、俺の事をすぐに信用した。俺は薩摩側にそれと無く伝わるよう情報を流し、今回のことに至った訳じゃ」

なんと、木本の事は日高に仕掛けられた事だったのか。

「木本の事は風史郎が描いた通りの結末だったのか」

松尾が冷静な問いを発する。

「多少の誤算はあったが、大方思い描いちょった通りじゃ」

日高の言葉に松尾は頷いた。
日高にとって木本の死は台本通りであったと言う事だ。

「もし、おはんの思い描いちょった通りにいかんかったら、どげんするつもりじゃったとか」
「それはもう、俺がどうなってもやるしかなか」

日高の言葉に伝之助は何も返さなかった。
日高は先の先まで読むだけでなく、あらゆる可能性を想定し、その対処法を考え、場合に寄れば自身の立場も身も擲って、任務に当たろうとしている。

「ここからがこれからの話じゃ」

日高の言葉に伝之助と松尾は、口を閉じて心なしか前のめりとなった。

「実は協力者がおる。藤井の近くにいながら藤井をよく思わず、また、藤井に盾突こうとする気概があり、藤井に取って代わって彦根の中枢に食い込もうと野心のある者……」

「それは誰だ」

半ば予想していた松尾が、今度こそあからさまに前のめりになる。

「藤井の側近、小木じゃ」
「小木……」

松尾と伝之助は藤井と会ったあばら家での様子を思い出す。

藤井と共にいた男、優之助と同じように背がひょろ高いが、貧相な顔で卑屈な印象のある男。

「あの男と通じているのか」

松尾が問い質す。
日高は頷くと話し出した。

「小木は藤井に対してかなり不満を抱いちょる。それで藤井に取って代わりたいち思っちょる」
「信用出来るのか。しかしあの男が不満に思っていようともそれ程の野心があるとは……」

松尾は小木の卑屈な顔を思い浮かべる。
藤井は良くも悪くもまだ人を引く力があったが、小木はとてもではないが、人が着いて来るような人物とは思えない。

本当に小木が藤井を倒し切れるのか。
またその後取って代われると言うのか。

「信用は出来んが、利害は一致しちょる。少なくとも藤井暗殺に関しては信用出来る」
「だが小木だけの協力では難しいだろう。そして小木に人を集めらるようには見えないが」

松尾が思っていた疑問を口にする。

「確かに人を引っ張ってく器の人間ではなか。じゃっどん卑屈な奴は同じ不満を抱えて群れるのは得意じゃ。ただ今まではどれ程憎しとあれども、不満を語り合うのみじゃった。どれ程群れても藤井に盾突く事はせんかったからな。そこで俺が実行役を買って出てやった。奴らからするとこれ程の好機はなか。これ幸いにと、小木は仲間を募って藤井を仕留める計画を進めちょる。表で動くんは俺で、自身は裏で動いちょる訳じゃ」

日高は再び白湯を口にすると続けた。

「さっきの大山の疑問の答えじゃ。俺が藤井に信を得て木本の護衛につくようになったんは、小木の助言のお蔭じゃ。疑り深い藤井はそれでも簡単には信用せんかったが、小木がうまく立ち回った。皮肉にも中脇を斬った事で、薩摩侍をも躊躇なく斬る程の覚悟があると小木が進言し、信を得る決め手となった。小木は曲がりなりにも側近じゃ。それも藤井に一番近い。藤井の前では忠実な部下を演じてる。まさか小木が裏切るとは藤井も思っちょらん。木本も藤井に負けず劣らず疑り深いが、藤井のお墨付きで紹介されたら壁は薄くなる」

「そげんこつか……」

伝之助は複雑な表情を浮かべた。

中脇が斬られた事は納得できないが、無駄ではなかったと言う事だ。
だからと言って良しとも思えなかった。

「木本ん事はそう言うことでさっき言うた通り情報を流し、動かした。まさか薩摩でなく大山らが動くとは思わんかったがの。それで木本を制したからにはもう時はなか。すぐにでも藤井を討たねば、俺が怪しまれ計画が台無しになる。今はまだ木本が討たれた言う情報が藤井の元まで届いちょらんじゃろ。じゃっどんそれも時間の問題じゃ」

「その後の計画は?」

松尾が間髪入れずに問う。

「後はもうややこしいことはなか。藤井の元へ行き、斬るだけじゃ。それまでの準備はしてきた」

日高の言葉に、伝之助と松尾は顔を見合わせる。
そして向き直るなり松尾が言った。

「風史郎、薩摩には帰らないつもりか」

松尾の言葉にしばし沈黙が流れた。

たっぷり間を置いた後、日高が答えた。

「言ったじゃろ。これはお前を斬り、藤井をも斬るつもりで立てた計画じゃ。お前を斬る以上、薩摩に帰るつもりはなか」

「しかし私を斬る必要は無くなったではないか」
「それでももう後に引けん。こうなるよう計画を進めてきたんじゃ」

伝之助にも松尾にも、日高が直接藤井を斬ると言う意味はわかった。

藤井を事故や辻斬りに見せかけて斬るのではなく、直接斬ると言う事は反逆者となると言う事だ。

どの道、小木は日高を生かす気は無かったであろうが、日高が直接斬ると小木は堂々と日高を捕えられるようになり、斬られると言う事にもなる。

日高が薩摩の者と言う情報を極力最小限にし、最後に日高が死ぬ事で薩摩にも飛び火しないようになっていると言う事だ。

「お前が直接藤井を斬ると小木はお前を捕えるだろう。そしてお前に全てをひっ被せて首を刎ねるだろう」

「そりゃそうじゃ。それぐらいわかっちょる。じゃっどん小木まで斬る訳にはいかんしの。小木まで斬ると薩摩に事が及ぶ。あいつには藤井の残務処理を任さんといかんし、小木を残す事で周囲にそれと無く黒幕と匂わす事が出来る。それに藤井の後釜に小木を据える必要がある。お前の見立て通り小木は人の上に立つ器とちごう。小木に藤井の後釜は荷が重い。その内弱体化していく。俺の命一つでここまで成し遂げられるなら安いもんじゃ」

日高の諜報活動に抜かりはない。
一つ一つの行動で全てが繋がるよう仕組まれている。

「駄目だ。それは認めない」

松尾が振り絞るように言って続ける。

「大事な薩摩の人材を失う訳にいかない。藤井を斬るのと引き換えにお前の命を差し出すと言うのは納得がいかない」
「お前が納得いくいかんでなか。薩摩侍にとって命は塵紙同様。藤井を斬って死ぬなら本望じゃ」

「それは違う。薩摩侍に取って命が塵紙同様と言うのは、命を懸ける場面において躊躇なく懸けられると言う意味だ。ここはその場面ではない」

松尾の言葉に日高は能面顔を返す。
どう言って納得させようかと考えているのかもしれない。

伝之助には日高の言う事も松尾の言う事もわかった。

「おいが一緒に行く言うんはどげんじゃ」

伝之助の言葉に二人して伝之助を見る。

「大山、お前がどうやって藤井の元まで行く。藤井の前まで行けるのは俺だけじゃ」
「そげなもん、適当なこつ言うて連れて行けばよか」
「適当な事て、そもそもお前は面が割れちょるじゃろ。覆面なんかしよったら怪しまれて入れてもらえんど」

「顔を隠しちょったらそりゃ怪しまれるじゃろな。じゃっで顔に包帯でも巻いて酷い火傷があるち言うて、そん時喉も潰れて口も聞けんようなった言うこつにしたらどげんじゃ」

「余計怪しいわ」
「堂々ちしちょったらいける。木本んとこの浪人で木本を守ったが大人数で制圧された。ほとんどの浪人が斬られて生き残ったんが二人だけで、命からがら逃げ延びて報告に戻って来た言うんはどげんじゃ」

伝之助の言葉に日高が考え込む。

松尾は薄く笑っている。
伝之助に感心していた。

「それで、二人で入れたとして大山君はどうしようと考えているんだ」

松尾が続きを促す。

「おいが藤井を斬りもす。そいですぐに逃げもす。日高はおいを追う振りをして二人で敵中突破するち考えもす」

松尾は薄く笑っていた笑みを更に広げた。
日高はこれ見よがしに溜息をつく。

「お前は作戦もないもなかの。ただの出たとこ勝負でなかか」
「そん出たとこ勝負に命を懸けるんが真の薩摩隼人とちごうか」

伝之助の言葉に日高はぐっと言葉を飲んだ。
松尾が満足そうに頷く。

「風史郎、大山君の言う通りじゃないか。確かにお前の諜報活動は素晴らしい。情報を収集するだけでなく、相手を観察し、状況を分析して意のままに動かし、自らの目的を果たす。お前のその能力において右に出る者はいないだろう。だがそれで立ち行かなくなったらどうする。大山君のようの大胆不敵の如く、立ち回るしかないのではないか」

日高の視線が下に落ちる。
頭の中は凄まじく回転し、あらゆる事態を想定して計算しているのだろう。

やがて顔を上げるとゆっくりと首を振った。

「駄目じゃ。俺が命を差し出した方が成功する確率がよか。お前と行けばそもそも藤井の屋敷に入れるかさえもわからん」

「そん時は強行突破じゃ。どげんしても藤井の首を取る。おはんのこつじゃ。小木に手を回して藤井の警護は薄くしてる、或は小木の息のかかったもんが多数とちごうか。そいなら藤井を斬るまでは意外と簡単かもしれんど」

図星だったのか日高が押し黙る。
伝之助は構わず続けた。

「問題は斬った後じゃ。小木の配下が押し寄せる。そいも木本んとこのようなただの寄せ集めの浪人とちごて、志を持った侍じゃ。腕が大したこつなかでも後れを取るこつもあっど」

伝之助の言う通りである。
斬り合いにおいて一番大事な事は意志の強さだ。

「お前の言う通り、藤井を斬るまでは問題ないじゃろ。小木がうまい事しちょるはずじゃ。小木は表面では俺を生かす言うて逃走経路を確保してる言うちょるが、配下の者を多数忍ばせてるのは容易に想像できる。俺を斬らねば自身が黒幕を匂わす所か疑いがかかるからの。だから配下には死に物狂いで仕留めるよう仕向けるじゃろ。下手すっと二人とも帰って来れんど」

「まあそん時はそん時じゃ」
「何がそん時はそん時じゃ。お前の命こそ失う必要はなか。俺が一人死んで全て上手くいくならそれでよかでなかか」

「おはん一人じゃとおはんが確実に死ぬ。じゃっどん二人なら二人とも生き残るかもしれんど」
「俺は役目を果たせたらこの命など惜しくない。それよりお前を巻き込む方が嫌じゃ」

「そいじゃあないごておいもこん場に呼んだ。松尾さあだけでよかでなかか」

伝之助の言葉に日高が口を紡ぐ。

二人の視線が日高の能面顔に注がれる中、日高はゆっくりと口を開いた。

「お前に後を託したかったからじゃ。幸則を、薩摩を頼むとな」

「風史郎……」

松尾が小さく零す。
日高は構わず伝之助に語り掛ける。

「幸則は殿を守る為に矢面に立ってる。何かと的になることが多い。強力な用心棒が必要じゃ。俺が生きてるならまだしも、俺は死ぬつもりじゃ。だから大山、お前を巻き込むと本末転倒んなる。お前こそここで生きるか死ぬかをすべきでなく、生きて薩摩に尽力すべきじゃ」

今度は伝之助が日高の言葉に黙考する番であった。

三呼吸程の間の後、伝之助が言う。

「おいは藤井をこん手で斬りたいち思っちょる。いつの日かこん手で仕留めたるち思って過ごしてきた。おはんの気持ちはようわかった。じゃっどんおいの気持ちも変わらん。話が平行線じゃ。こげんこつで時間をかけちょる場合でなか。松尾さあに判断してもらう言うこつでどげんじゃ」

二人の視線が松尾に注がれる。
日高が言った。

「よか。幸則、お前の判断に任せる。お前の指示に従う」

松尾は一度目を瞑り、考える。
いや、答えは決まっていた。

目を開けると二人を見た。

「一人の命を差し出して確実に事を成すか、二人で事を成すが二人とも生きるか死ぬかはわからない。それならば私は後者を取りたい。何もその作戦を買ったのではない。風史郎が仕掛けて来た下地があり、大山君と風史郎の二人の実力ならその作戦はうまくいく確率が高いと思うからだ。これが私の判断だ。二人で臨んでくれ」

松尾の言葉に伝之助が頷く。

日高も遅れて頷き、指を一本出す。

「従うち言うたからには従う。但し一つ条件がある。俺は大山を生きて返す事を優先する。その為には命も懸ける。それでよかな」

日高の言葉に二人とも頷いた。

すると伝之助も指を一本出す。

「おいも一つ条件があっど」
「なんじゃ」

「そんにわか薩摩言葉やめ」

松尾がぷっと吹き出して笑う。

日高は能面顔を歪ませ小さく舌打ちをした。

「無理して薩摩言葉話しちょるで不自然じゃ。そげんこつせんでもおはんは立派な薩摩隼人じゃ」

日高は不機嫌な顔で腕を組みそっぽ向いていたが、やがて俯くと溜息を一つついた。

「お前もしつこい奴じゃ。わかった」

こうして藤井を討つ作戦は決まった。

「そいでいつ行く」
「さっきも言った通り、早い方がよか……じゃなかったな。早い方が良い。このまま彦根に向かう」

日高が二人を見て言う。

伝之助は無意識的にりんに貰った羽織の蜻蛉の刺繍に手を添える。

京に戻る事無く彦根に向かう。
それはこのままりんの元へ帰られない可能性もある。

それを言うといつの事でもそうではあるが、今回は無事に済むかどうかは半々か、それ以下かももしれない。

もう一度りんと会いたいと言う思いを頭の隅に追いやり手を下ろすと、日高の言葉に深く頷いた。
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