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二章ー松尾の依頼と優之助との約束ー
侵入
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伝之助達は木本の隠れ家が見える所まで到着したが、月が高く昇るまではまだ暇がある。
しかしすぐに優之助を見つけられるとも限らない。
早めに忍び込んだ方が良いだろうと判断し、門の裏手に回った。
坂谷の時のように大きな屋敷ではなく、小奇麗な平屋と言う具合なので、忍び込むのはそう難しそうでもない。
家の周りは生垣で、植木で覆われている。
それもそれほど高くなく、伝之助の鼻の辺りまでしかない。
辺りを見回し、身を屈めて三人で中の様子を探る。
「警備の者を配置していないのでしょうか」
羽田の言う通り、庭には誰もいない。
平屋の中にいるのだろうか。
こうなると却って慎重になる。
「日高しかおらん言うこつはなかち思うんじゃがの」
伝之助は首を傾げる。
「村から近くの小山の中に平屋があり、ここで騒ぎになっとすぐ村のもんにも知れるじゃろ。ちゅうこつは、近くに浪人を囲ってるとこがあって、木本に金で雇われた村のもんの誰かがそこに駆け込む。そっから浪人が駆けつけるとかかの」
鍋山が推理を述べる。
可能性としては一番ありそうだが、それだとどれだけ急いでもそれなりに時がかかる。
それこそ村から直接駆けつけるならわかるが、あの小さな村に浪人を囲っているような所は無かった。
「そいはおいも考えもしたが時が掛かり過ぎもす。じゃっで村に浪人を囲っちょるとこがあるかもしれんち思て、村人に見つからぬよう村を見て回りもしたが、そげんとこはありもはん」
「そうか……」
三人で考えるが埒が明かない。
「いたずらに時が過ぎるだけでごわす。いきもんそ」
伝之助が言うと、羽田と鍋山は頷いた。
どこか入り安いような場所は無いだろうかと見回す。
「ここから忍び込めそうじゃ」
鍋山が指差した先は、びっしりと植木で埋まった生垣の中でも、少し途切れている所があり、中でも植木の木が細く、葉の茂みが薄いところがある。
「こん植木の枝を折ってみてはどうかの」
言うなり鍋山はぽきぽきと枝を折る。
音が出にくいよう慎重に折ってはいるが、小山の中にある平屋はしんとしており、やたらに音が響くように感じる。
本当にこんなやり方で人が通れる道が出来るのだろうかと、伝之助も羽田も半信半疑で見ていたが、鍋山は器用に枝を折って行き、やがて人が一人通れるほどの道が出来た。
「おお、鍋山さあ、さすがじゃの」
「うむ。昔こうやってよう家の生垣で抜け道を作って抜け出しちょった」
鍋山は悪戯っぽく笑って言った。
さすがにがははとは笑わなかった。
「まさかそんな経験が活きて来るとは……上級武士の家だからこそですね」
羽田は失礼な事を言わないよう言葉を選んで言った。
「ないでもどこで繋がるか分からんもんじゃ」
鍋山が言うと、三人で顔を見合わせる。
「そいじゃあ行くか」
伝之助の言葉を合図に忍び込む。
まだ寝入ってはいないはずだ。
夕食を食べ終えた後ぐらいだろうか。
平屋の一室が明るい。
そこに誰かいるのは間違いないだろう。
その部屋を避け、侵入しやすい所を探す。
門の方は灯篭があるからか明るい。
何となくその辺りに日高がいる気がしたので、明るい方には行かないようにする。
しかしここのどこに優之助がいると言うのだろうか。
大きな屋敷と言う訳でもないので、この内のどこかの部屋にいると言う事になる。
三手に別れて探す手もあるが、敵の数や部屋の配置など分からない事が多い以上、別々に行動はとらない方が良いだろう。
「こん辺りから行くか」
明るい部屋からも灯篭のある門からも、分かりにくい位置にある部屋に目を付けた。
そっと縁側に上がると、障子に耳を付ける。
物音はしない。
すっと僅かに戸を引いて中の様子を覗き見る。
暗く人の気配はない。
更に戸を引き、伝之助から入ると羽田と鍋山も続いた。
身を低くし、探る様に先へ進む。
灯りがないのでかなりぼんやりとしか見えない。
部屋の奥へ進み、引き戸を開けると廊下に出る。
右を見ると先の方で僅かに光が洩れている。
あそこに木本がいるに違いない。
いっその事、直接襲撃を掛けて吐かせる手もあるが、そう簡単にも行くまい。
光と反対方向の左側へ進む。
廊下に突き当たると、行き止まりで壁となっている。
左右に部屋が連なっているのでこのどれかに入るしか選択肢がない。
右側の部屋に入る。
侵入した部屋と造りがそっくりで何もない。
縁側へ出て外に出る。
その間誰も話さず黙って伝之助に着いて来ている。
外へ出ると、侵入した部屋と反対側に出たようだ。
正面に家を見て左側が門となる。
右側が侵入した生垣だ。
それを見て腕を組む。
「どうかされましたか」
羽田が小声で聞く。
「はよせんと時がなかよ」
鍋山も声を潜めるが、急いているようだ。
確かに月がかなり上がってきている。
「ちと待ってくいやい」
伝之助はそう言ってもう一度家を見る。
そして生垣の方へ回り、もう一度戻ってくる。
「羽田どん、鍋山さあ。こん家、隠し部屋かないかあっど」
伝之助の言葉に、二人は静かに息をのんだ。
脛に傷を持つ者の家だ。
それぐらいあっても不思議ではないが、今からその部屋を探す時間がどれ程あるだろうか。
「二人ともそげん顔せんでも大体察しはつきもす」
伝之助はにっと笑った。
「ほんのこてわかっとか」
「それはどこなんです」
二人とも小声で詰め寄る。
「今出て来たとこが廊下の突当りの部屋でごわした。じゃっどん外から見っとこんだけ余っちょる。そいでそん裏は壁じゃ」
伝之助は身振り手振りを加えて言った。
伝之助達が出て来た部屋はこの家の端の部屋となるが、裏手の生垣までは距離がある。
つまり部屋から裏手まで全て壁で埋まっていると言う事になるが、それ程分厚い壁なはずはなく、何か仕掛けがあって部屋に繋がっているはずであると言うのが伝之助の見立てだ。
「なるほど、確かにこの造りを見ると怪しいですね」
羽田もまじまじと見て感想を述べる。
「問題はどげんしてそん部屋を開けるかじゃの」
鍋山が言うが、部屋が本当に隠されていたらの話だ。
しかしそれに賭けるしかない。
意を決してもう一度忍び込もうと、先程出て来た部屋に近付く。
その時、「やはり来よったか」と声がした。
三人とも振り向くと、暗闇にぼんやりと浮かぶ能面顔がある。日高だ。
「見つかったとか。仕方んなか。こいつはおいが相手する。二人は優之助を探してくいやい」
伝之助が日高から目を逸らさず言った。
「風史郎さあ、ほんのこて寝返ったとか……」
鍋山が絶句する。
鍋山は日高の事を知っているようだ。
薩摩内でも日高を知る者は少数であると言っていたが、鍋山はその少ない一人の様である。
松尾が鍋山の兄に世話になったと言っていたが、日高は松尾の幼馴染であるから鍋山が知っていても不思議ではない。
「お前は、孝之進か……」
日高の能面顔が僅かに歪んだようである。
「風史郎さあ、ないごて寝返ったとか。今ならまだ間に合う。戻ってきてくいやんせ」
鍋山が泣きそうになりながら説得をする。
日高が僅かに視線を逸らせた。
伝之助は今なら斬れるのではないかと思ったが、そうすべきではないと思った。
「寝返ってなか。俺はいつでも薩摩を想っている。寝返ったのは幸則の方じゃ」
「ちごう。松尾さあは薩摩ん為を思ってのこつじゃ」
鍋山の言葉に日高の目に焔が宿る。
「お前も幸則の考えに賛同してる言うこつか」
「賛同しちょるもないもなか。おいはただ皆がまた戻って薩摩を支えてほしか思っちょる。ただそいだけじゃ」
再び日高は視線を逸らせた。
伝之助も羽田も気を抜かずに二人のやり取りを見守っている。
「幸則はきちょらんのか」
「松尾さあはここにはおらん」
日高は再び押し黙る。
暫くの沈黙後、口を開く。
「お前んこつは斬りたくなか」
日高はぼそっとそう言った。
そして顔を上げて続けた。
「そん壁ん中に、地下に続く階段がある。そこを下った先にお前らの仲間がおる。壁の入り方は外からじゃ。よう手で触ってみたら凹みがある。そこを引くと開く」
一瞬何を言ったか分からなかった。
日高はこちら側に戻ったと言う事だろうか。
しかし……
「大山、お前とは決着つける。お前を斬って幸則に諦めさせる。門の方へ来い」
そう続けた事で、決して戻ったわけではないと思い知らされた。
日高は伝之助を斬る事で松尾の計画を頓挫させるつもりなのだ。
松尾が伝之助を頼りにしている事を知っているのだろう。
「よか。おいもお前とは決着つけたいち思っちょった。こんままお前が改心して、そん機会が無くなったらどげんしよかち考えよったとこじゃ」
伝之助は言ってにっと笑う。
日高はふてぶてしく見返すと、踵を返す。
歩き出す前に横を見て言った。
「ここには俺の他には木本しかおらん。そいがどう言うこつか考え。木本は余程腕に自信がある。実際中々の遣い手の様じゃ。精々気を付けるこつじゃな」
日高は言うなり返事も待たずに歩き出した。
「二人とも優之助を頼む。おいはあいつを斬る」
伝之助は先を歩く日高を見て言う。
その横顔は、羽田も鍋山も反論出来ないほどの凄味があった。
「わかりました。任せて下さい」
「木本には十分気を付け。今の羽田どんなら余程の遣い手でも後れを取らんじゃろ。そいに鍋山さあもおる。二人なら大丈夫じゃ」
二人とも強く頷いた。
二対一が卑怯であるなど言うはずもない。
これは試合ではなく戦いだ。
戦いと言うのはそう言うものだ。
勝った方が正義なのだ。
伝之助は日高の後を追う。
門の方へ近付くにつれ、灯篭の灯りで明るくなってくる。
先を歩く日高は閉ざされた門の前まで来ると立ち止まり、振り向きざまに刀を抜いた。
伝之助も刀を抜き、走って日高までの距離を詰める。
日高も歩いて距離を詰めてくる。
伝之助は遠間から飛び込み様に斬り掛かる。
隼人丸での斬り掛かりは以前にも増して速い。
日高はその速さに目を剥くが、すぐに対応する。
二人の刀が交錯する。
雷鳴のような轟音が響き、鍔迫り合いとなる。
「よう見ると刀が短か。以前とはちごうっちゅうこつか」
「以前のつもりでおっと、そん首すぐに斬っちゃるど」
にっと笑って言うと、無表情の能面顔が返ってくる。
薩摩の両雄の斬り合いが始まった。
しかしすぐに優之助を見つけられるとも限らない。
早めに忍び込んだ方が良いだろうと判断し、門の裏手に回った。
坂谷の時のように大きな屋敷ではなく、小奇麗な平屋と言う具合なので、忍び込むのはそう難しそうでもない。
家の周りは生垣で、植木で覆われている。
それもそれほど高くなく、伝之助の鼻の辺りまでしかない。
辺りを見回し、身を屈めて三人で中の様子を探る。
「警備の者を配置していないのでしょうか」
羽田の言う通り、庭には誰もいない。
平屋の中にいるのだろうか。
こうなると却って慎重になる。
「日高しかおらん言うこつはなかち思うんじゃがの」
伝之助は首を傾げる。
「村から近くの小山の中に平屋があり、ここで騒ぎになっとすぐ村のもんにも知れるじゃろ。ちゅうこつは、近くに浪人を囲ってるとこがあって、木本に金で雇われた村のもんの誰かがそこに駆け込む。そっから浪人が駆けつけるとかかの」
鍋山が推理を述べる。
可能性としては一番ありそうだが、それだとどれだけ急いでもそれなりに時がかかる。
それこそ村から直接駆けつけるならわかるが、あの小さな村に浪人を囲っているような所は無かった。
「そいはおいも考えもしたが時が掛かり過ぎもす。じゃっで村に浪人を囲っちょるとこがあるかもしれんち思て、村人に見つからぬよう村を見て回りもしたが、そげんとこはありもはん」
「そうか……」
三人で考えるが埒が明かない。
「いたずらに時が過ぎるだけでごわす。いきもんそ」
伝之助が言うと、羽田と鍋山は頷いた。
どこか入り安いような場所は無いだろうかと見回す。
「ここから忍び込めそうじゃ」
鍋山が指差した先は、びっしりと植木で埋まった生垣の中でも、少し途切れている所があり、中でも植木の木が細く、葉の茂みが薄いところがある。
「こん植木の枝を折ってみてはどうかの」
言うなり鍋山はぽきぽきと枝を折る。
音が出にくいよう慎重に折ってはいるが、小山の中にある平屋はしんとしており、やたらに音が響くように感じる。
本当にこんなやり方で人が通れる道が出来るのだろうかと、伝之助も羽田も半信半疑で見ていたが、鍋山は器用に枝を折って行き、やがて人が一人通れるほどの道が出来た。
「おお、鍋山さあ、さすがじゃの」
「うむ。昔こうやってよう家の生垣で抜け道を作って抜け出しちょった」
鍋山は悪戯っぽく笑って言った。
さすがにがははとは笑わなかった。
「まさかそんな経験が活きて来るとは……上級武士の家だからこそですね」
羽田は失礼な事を言わないよう言葉を選んで言った。
「ないでもどこで繋がるか分からんもんじゃ」
鍋山が言うと、三人で顔を見合わせる。
「そいじゃあ行くか」
伝之助の言葉を合図に忍び込む。
まだ寝入ってはいないはずだ。
夕食を食べ終えた後ぐらいだろうか。
平屋の一室が明るい。
そこに誰かいるのは間違いないだろう。
その部屋を避け、侵入しやすい所を探す。
門の方は灯篭があるからか明るい。
何となくその辺りに日高がいる気がしたので、明るい方には行かないようにする。
しかしここのどこに優之助がいると言うのだろうか。
大きな屋敷と言う訳でもないので、この内のどこかの部屋にいると言う事になる。
三手に別れて探す手もあるが、敵の数や部屋の配置など分からない事が多い以上、別々に行動はとらない方が良いだろう。
「こん辺りから行くか」
明るい部屋からも灯篭のある門からも、分かりにくい位置にある部屋に目を付けた。
そっと縁側に上がると、障子に耳を付ける。
物音はしない。
すっと僅かに戸を引いて中の様子を覗き見る。
暗く人の気配はない。
更に戸を引き、伝之助から入ると羽田と鍋山も続いた。
身を低くし、探る様に先へ進む。
灯りがないのでかなりぼんやりとしか見えない。
部屋の奥へ進み、引き戸を開けると廊下に出る。
右を見ると先の方で僅かに光が洩れている。
あそこに木本がいるに違いない。
いっその事、直接襲撃を掛けて吐かせる手もあるが、そう簡単にも行くまい。
光と反対方向の左側へ進む。
廊下に突き当たると、行き止まりで壁となっている。
左右に部屋が連なっているのでこのどれかに入るしか選択肢がない。
右側の部屋に入る。
侵入した部屋と造りがそっくりで何もない。
縁側へ出て外に出る。
その間誰も話さず黙って伝之助に着いて来ている。
外へ出ると、侵入した部屋と反対側に出たようだ。
正面に家を見て左側が門となる。
右側が侵入した生垣だ。
それを見て腕を組む。
「どうかされましたか」
羽田が小声で聞く。
「はよせんと時がなかよ」
鍋山も声を潜めるが、急いているようだ。
確かに月がかなり上がってきている。
「ちと待ってくいやい」
伝之助はそう言ってもう一度家を見る。
そして生垣の方へ回り、もう一度戻ってくる。
「羽田どん、鍋山さあ。こん家、隠し部屋かないかあっど」
伝之助の言葉に、二人は静かに息をのんだ。
脛に傷を持つ者の家だ。
それぐらいあっても不思議ではないが、今からその部屋を探す時間がどれ程あるだろうか。
「二人ともそげん顔せんでも大体察しはつきもす」
伝之助はにっと笑った。
「ほんのこてわかっとか」
「それはどこなんです」
二人とも小声で詰め寄る。
「今出て来たとこが廊下の突当りの部屋でごわした。じゃっどん外から見っとこんだけ余っちょる。そいでそん裏は壁じゃ」
伝之助は身振り手振りを加えて言った。
伝之助達が出て来た部屋はこの家の端の部屋となるが、裏手の生垣までは距離がある。
つまり部屋から裏手まで全て壁で埋まっていると言う事になるが、それ程分厚い壁なはずはなく、何か仕掛けがあって部屋に繋がっているはずであると言うのが伝之助の見立てだ。
「なるほど、確かにこの造りを見ると怪しいですね」
羽田もまじまじと見て感想を述べる。
「問題はどげんしてそん部屋を開けるかじゃの」
鍋山が言うが、部屋が本当に隠されていたらの話だ。
しかしそれに賭けるしかない。
意を決してもう一度忍び込もうと、先程出て来た部屋に近付く。
その時、「やはり来よったか」と声がした。
三人とも振り向くと、暗闇にぼんやりと浮かぶ能面顔がある。日高だ。
「見つかったとか。仕方んなか。こいつはおいが相手する。二人は優之助を探してくいやい」
伝之助が日高から目を逸らさず言った。
「風史郎さあ、ほんのこて寝返ったとか……」
鍋山が絶句する。
鍋山は日高の事を知っているようだ。
薩摩内でも日高を知る者は少数であると言っていたが、鍋山はその少ない一人の様である。
松尾が鍋山の兄に世話になったと言っていたが、日高は松尾の幼馴染であるから鍋山が知っていても不思議ではない。
「お前は、孝之進か……」
日高の能面顔が僅かに歪んだようである。
「風史郎さあ、ないごて寝返ったとか。今ならまだ間に合う。戻ってきてくいやんせ」
鍋山が泣きそうになりながら説得をする。
日高が僅かに視線を逸らせた。
伝之助は今なら斬れるのではないかと思ったが、そうすべきではないと思った。
「寝返ってなか。俺はいつでも薩摩を想っている。寝返ったのは幸則の方じゃ」
「ちごう。松尾さあは薩摩ん為を思ってのこつじゃ」
鍋山の言葉に日高の目に焔が宿る。
「お前も幸則の考えに賛同してる言うこつか」
「賛同しちょるもないもなか。おいはただ皆がまた戻って薩摩を支えてほしか思っちょる。ただそいだけじゃ」
再び日高は視線を逸らせた。
伝之助も羽田も気を抜かずに二人のやり取りを見守っている。
「幸則はきちょらんのか」
「松尾さあはここにはおらん」
日高は再び押し黙る。
暫くの沈黙後、口を開く。
「お前んこつは斬りたくなか」
日高はぼそっとそう言った。
そして顔を上げて続けた。
「そん壁ん中に、地下に続く階段がある。そこを下った先にお前らの仲間がおる。壁の入り方は外からじゃ。よう手で触ってみたら凹みがある。そこを引くと開く」
一瞬何を言ったか分からなかった。
日高はこちら側に戻ったと言う事だろうか。
しかし……
「大山、お前とは決着つける。お前を斬って幸則に諦めさせる。門の方へ来い」
そう続けた事で、決して戻ったわけではないと思い知らされた。
日高は伝之助を斬る事で松尾の計画を頓挫させるつもりなのだ。
松尾が伝之助を頼りにしている事を知っているのだろう。
「よか。おいもお前とは決着つけたいち思っちょった。こんままお前が改心して、そん機会が無くなったらどげんしよかち考えよったとこじゃ」
伝之助は言ってにっと笑う。
日高はふてぶてしく見返すと、踵を返す。
歩き出す前に横を見て言った。
「ここには俺の他には木本しかおらん。そいがどう言うこつか考え。木本は余程腕に自信がある。実際中々の遣い手の様じゃ。精々気を付けるこつじゃな」
日高は言うなり返事も待たずに歩き出した。
「二人とも優之助を頼む。おいはあいつを斬る」
伝之助は先を歩く日高を見て言う。
その横顔は、羽田も鍋山も反論出来ないほどの凄味があった。
「わかりました。任せて下さい」
「木本には十分気を付け。今の羽田どんなら余程の遣い手でも後れを取らんじゃろ。そいに鍋山さあもおる。二人なら大丈夫じゃ」
二人とも強く頷いた。
二対一が卑怯であるなど言うはずもない。
これは試合ではなく戦いだ。
戦いと言うのはそう言うものだ。
勝った方が正義なのだ。
伝之助は日高の後を追う。
門の方へ近付くにつれ、灯篭の灯りで明るくなってくる。
先を歩く日高は閉ざされた門の前まで来ると立ち止まり、振り向きざまに刀を抜いた。
伝之助も刀を抜き、走って日高までの距離を詰める。
日高も歩いて距離を詰めてくる。
伝之助は遠間から飛び込み様に斬り掛かる。
隼人丸での斬り掛かりは以前にも増して速い。
日高はその速さに目を剥くが、すぐに対応する。
二人の刀が交錯する。
雷鳴のような轟音が響き、鍔迫り合いとなる。
「よう見ると刀が短か。以前とはちごうっちゅうこつか」
「以前のつもりでおっと、そん首すぐに斬っちゃるど」
にっと笑って言うと、無表情の能面顔が返ってくる。
薩摩の両雄の斬り合いが始まった。
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