二人の之助ー終ー

河村秀

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一章ー吉沢の依頼、松尾の依頼ー

裏切り

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警戒していたが敵襲は無く、昼になる前には宿に着いた。

「お帰りなさい。ご無事で何よりです」

優之助は先程まで寝ていた様子を見せずに出迎えた。

少しだけ寝直そうと思っていたが、意外と寝てしまった。

しかし帰ってくるまでに起きられたから良かった。
寝ていたら伝之助が怒り狂っただろう。

昨日宿屋に着いた時のように松尾の部屋に集まり、いくつかの部屋の襖を開けた。

床には握り飯が沢山置いている。
宿屋の主人に頼んで昼食として用意してもらったものだ。

「まあ皆、座って食べながら聞いてくれ」

松尾が言うと、各々昨日と同じ位置に座る。

優之助だけがどうすればいいか立ったままであった。

「優之助君もいて構わないから座ってくれ」

松尾の心遣いに感謝しつつ、そっと座る。

松尾はそれを見て、藤井と会った時の事を話し出した。

日高の状況、本人の意思かどうかはわからないが、日高が彦根に降ると言う事、藤井の元で話が止まっており、彦根全体の話とはなっていない事、藤井の申し出を受け入れた事を話した。

ここにいる薩摩の者は皆、日高の事を知っているのか、直接は知らなくとも松尾から日高のことを聞いているのか、驚いたり悔しそうにしたりと反応が様々である。

「松尾さあ、そいでどげんするでごわすか」

中脇が皆の思いを代弁して言う。

「この話で大事な事は彦根の問題となっていない事だ。そして藤井自身、事を大きくするつもりはないようだ。彦根全体の問題とすると自身の悪事も露見しかねないからな。つまり私達が攻め入る隙はそこにある。日高は何らかの原因で藤井に捕まり、そしてどう言う経緯か分からないが、彦根に降ると言う形を取っている。日高を信じて待つだけでは心許無い。接触を図り、日高の意思であればそのまま潜伏してもらい、藤井による謀であれば救出したい」

松尾が言うと中脇は何も答えなかったが、代わりにぐっと頷いた。

「松尾さあ、おいも協力させてくいやんせ」

「大山君、いいのか」
「乗り掛かった舟でごわす。構いもはん」

伝之助が言うと羽田が続いた。

「大山さん、僕にも協力させて下さい。松尾様、よろしいですか」

羽田が言うと、松尾は顔を綻ばした。

「心強い限りだ。大山君の事を信じている。だから大山君の判断で羽田君も協力させると言うなら構わない。日高の事は薩摩の機密事項だが、もう知った事だ」

嫌な予感がする、優之助はそう思った。

優之助が黙っていると、自然と皆の視線が刺さる。

「優之助さんももちろん協力しますよね」

羽田が澄んだ瞳で、屈託のない笑顔を向けて言う。

そんな目で俺を見んといてくれ――
優之助の願い虚しくもう遅い。

この状況で答えは一つしかない。

「俺に出来る事があるか分かりませんけど、万が一あれば誠意努力して協力します」

答えは一つだが、きっちり逃げ道は確保して言った。
伝之助が鼻で笑った。

「ありがとう。君達には依頼の続きと言う事にしよう。もちろん報酬も払うつもりだ。あくまで仕事を頼んでいると言う方が、互いに何かと都合がいい」

松尾の言う通りである。
薩摩が介入していると思われない為にも、信頼できる外部に委託する方がいい。

それには伝之助は打って付けだし、仲間は多い方がいい。

「松尾様の依頼、改めてお引き受けします」

優之助は段々と退くに引けないようになっている気がした。

宿屋で早めの昼食を食べ暫しの休憩後、京に帰る支度をする。
今から発つと、少し急いで夜には帰り着くはずだ。

今後の事は日を改めて薩摩屋敷で相談する事とした。

「ここまではあると思っていた敵襲が無かった。道中くれぐれも気を抜かずに帰ろう」

松尾が改めて皆に呼びかける。

ここまで敵襲が無かった。
皆敵襲があると踏んで警戒していたが、日高の事で思わぬ展開となった。

薩摩侍達は皆、日高の事が気になる所だろうが、ここは気を抜くわけにいかない。

こぞって宿屋を発った。


松尾を囲む形となり歩き詰める。

このまま何事もなく京に帰りたい、優之助はそう願った。

願いが届いたのか、敵襲無く木々に囲まれた道を進む。

やがて川が見えてきた。
橋の下を水深の浅い水がちょろちょろと流れている。

ここを渡り、暫く行くと木々に囲まれた道は終わり、民家が現れ町も近付いてくる。

そこを抜ければいよいよ京の町だ。

皆の緊張が緩んでいた時、川の土手から数人の男達が橋の終着点を防ぐ。

男達は腰に刀を差している。
全部で五人だ。

緩んでいた緊張が一様に引き締まった。

「警戒は解かずそのまま歩こう」

松尾の言葉に皆無言で頷き、いつでも鯉口を切れるよう刀に左手を添えて歩く。

橋の上を通り、男達の顔が見える橋の中腹まで歩を進めた。

男達もこちらを見て刀に手を添え、殺気立っている。

その様子から藤井の刺客である事に疑いはない。
ここまで来たと言うのに悪い予想が当たってしまったようだ。

優之助は「敵中突破」と言う言葉が頭を駆け巡り膝が震えたが、先頭を行く伝之助が構わず進もうとした。

すると優之助ではなく松尾が足を止める。
そしてその表情は驚き満ちていた。

「そ、そんな……」

松尾がそう呟きを漏らすと、皆足を止めた。

「松尾さあ、どげんしもした」

前方に警戒しながら、松尾のすぐ後ろに着いていた中脇が問う。

先頭にいる伝之助も前を見たまま後ろを気に掛けている。

すると松尾がたたらを踏む様に伝之助の前に出ようとする。

「松尾さあ」

伝之助は松尾の体を支えて自身の後ろに追いやる。

皆松尾の只ならぬ動揺にどうしたものかと困惑していた。

「風史郎……なぜだ……」

松尾が声を絞り出して、男達に向かって言った。

風史郎……優之助はその名に聞き覚えがあった。

伝之助が松尾から依頼された話をした夜、羽田と三人で味噌鍋をつつきながら話を聞いた時に出た名前、日高風史郎。

この男達の中に日高がいると言うのか。
皆も優之助と同じ思いの様で、男達を見ていた。

「日高がこん中に?」

中脇が問う。
どうやら日高の風貌を知っているのは松尾だけのようだ。

松尾の影となり、薩摩の為に尽力してきた男である。
この中に松尾以外知る者が居なくて当然である。

松尾は微かに頷き、幾分動揺が収まったかに見えた。

「風史郎、本当に藤井の元へ降ったのか?」

松尾が男達に向けて言った。

するとその中から一人、前に進み出る。

進み出た男は、体つきは良いが中背、顔も表情の無いような能面の様で、これと言った特徴のない男であった。

顔に至っては天性のものだろうが、この顔なら人の記憶に残りにくい。
諜報活動をするなら打って付けであった。

「藤井に降る?何を言うか。俺は誰にも降っとらん」

日高は半端な薩摩言葉で返す。
松尾同様、江戸暮らしが長い所、途中で薩摩言葉を話すようにしたからであろう。

「藤井に降ったわけではないのか」

松尾が安堵の表情を浮かべる。
だがすぐに表情を引き締めて言った。

「じゃあなぜそこにいる。私達を待ち受けていたのだろう」
「おう、そうだ。お前らを仕留める為にな」
「なぜだ!」

松尾が叫ぶ。
日高は瞬間、目を伏せたが、すぐに松尾を睨みつけた。

「幸則、お前が薩摩を裏切ったからじゃ」
「私が薩摩を裏切る?そんな事、あるものか」

松尾は日高に負けず劣らず、薩摩の事を愛しているのだ。

「じゃあ聞くど。お前が京に来たんは帝を担ぎ上げ、江戸の将軍を廃し、いずれは日本をまとめる言う計画の為言うんはまことか」

日高が能面顔を崩さず淡々と問う。
対して松尾の表情は歪む。

「その話をどこで聞いた」

松尾のその言葉に、伝之助は初めて松尾を振り向いてみた。
松尾は自身の考えを日高に言ってなかったのだ。

「どこでだと。そんなもん、藤井に決まってる。俺はお前を信じ、薩摩の為と思い藤井の元へ潜伏してた。藤井が薩摩の家老、松尾幸則がいずれ薩摩の藩主を引き摺り下ろし、薩摩を滅ぼす事を計画してると聞いた時も、そんなはずはなかと信じんかった。じゃっどん俺が調べた所によっても、お前の疑惑は濃くなるばかり。半ば信じ難いが、お前はいずれ薩摩を滅ぼそうとしてる」

「薩摩を滅ぼすだと。そんなはずはないだろう。寧ろ逆だ。薩摩が残る為に動いているのだ。薩摩が残るにはこの日本が生き残り、そして強くならなければならない」

「やはりお前は帝を担ぎ、日本を一つにするよう動いているようじゃな。今まで俺に隠してたんがなによりの証拠じゃ。俺は藤井と一時手を組むことにした。今や薩摩の脅威は松尾幸則、お前じゃ。それに比べると藤井など取るに足らん。藤井と手を組み、お前を倒す」

「何を言っている。風史郎、目を覚ませ。確かにお前に言わなかったのは悪かった。正直後ろめたいとも思っていた。しかし今は話す時ではないとも思っていた。今話すとお前は必ず反発する。私の言葉に説得力がないからだ。私が京での勤めを終え、帝の信を得て土台が固まれば言葉に説得力を持たせられると思っていた。だから薩摩に帰る時にはどれ程時をかけてもお前に話し、わかってもらおうと思っていた。そうすれば必ず薩摩を裏切る訳ではないとわかってくれるはずだ」

松尾は必死になって日高に語り掛ける。

日高は変わらず能面顔を向けたまま、松尾の言葉は届いていないようである。

「話はそれで終いか」

案の定、日高は冷たく言い放った。

「風史郎、聞いてくれ」
「もうよか」

日高の言葉を合図に、後ろの男達が日高の前に出て柄に手をかける。
今にも刀を抜いて斬り合いが始まるに違いない。

優之助は頭の芯が熱くなる。
逃げ道は後ろしかない。

じりっと後退り振り返ると、橋の後方に人影が見える。

「挟み撃ちか……」

羽田が呟く。

後ろには三人の男達が橋の方へと近付いて来る。
奴らが橋の出口を防げば、刀を抜いて斬り合いとなるに違いない。

まさに前門の虎、後門の狼だ。
逃げ道がない。

ちくしょう、伝之助は何してんねん。
いつも相手が柄に手をかけたら斬り掛かるのに、何をぼけっと突っ立ってるんや。

伝之助を見ると、いつでも抜けるよう男達と同様柄に手をかけているが、前を見たまま動かない。

伝之助だけでなく皆同じ様子だ。

そうか、相手は薩摩の為に尽力していた日高だ。
つい先程、宿屋で松尾が救出したいと話した日高である。

周囲の男達は藤井に雇われた浪人だろうが、それでも斬り掛かってよいものか判断が付かないでいるのだ。

松尾だけは守り通す意思は伝わるが、相手を斬り伏せる意思は見受けられない。

これはいけない。

特に先手必勝の天地流にとって、後手に回るのは命取りだ。

現状を打破するには松尾の一声しかない。
その松尾は日高の裏切りに取り乱している。

「松尾様、お気を確かに。皆を見て下さい。松尾様の判断をお待ちです。ご命令を!」

優之助は恐怖に震える口を精一杯動かしていった。
思ったより大きな声が出た。

松尾は優之助ちらっとを見た後、皆を見た。

日高しか見えていなかった目が、自身を取り巻く皆を見た。

松尾の目に光が戻った。

「皆、当初の作戦通りだ。ここを切り抜ける。相手が例え日高であろうと遠慮するな」

松尾が言うと、早くも伝之助と中脇が駆け出した。
伝之助は前方へ、中脇は後方へ走る。

伝之助が前方の敵に抜き打ちを放つ。

それを合図に松尾達も刀を抜いて走る。

優之助は必死に松尾の側を着いて行った。
松尾の周囲には羽田と橋本と高木が、囲む様に守りを固めている。

まさか本当に敵中突破する事になるとは思いも寄らなかったが、松尾の側にいれば安全だ。

松尾が襲われれば、言われていた通り迷いなく逃げようと心に決めた。

伝之助が放った一撃に呆気なく一人の男が斬り上げられ、血飛沫を上げて卒倒する。
続けて伝之助は近くにいる男に標的を定める。

すると残った別の男達が松尾達に斬り掛かろうとする。

伝之助は標的を変え、松尾を襲う一人に、猛禽類が獲物を襲うかの如く、遠間を物ともせぬ飛び込みでぱっと飛びつき、首元を斬る。

もう一人の男は羽田に食い止められている。
その隙に橋本と高木が斬り掛かる。

これで松尾を襲う敵は掃討した。
前方の敵は日高ともう一人だ。

伝之助は最初標的にした近くの男へと再び斬り掛かる。

松尾達は走り抜ける。
青い顔をした優之助はぴったりと松尾に着いており、その周囲を羽田、橋本、高木とうまく連携を取って囲んでいる。

その集団を日高が襲う。
剛刃流を極めた一太刀が、羽田を襲う。

羽田は何とか受け止め、勇敢にもすぐさま斬り返す。

しかし日高の斬り返しはより速く、羽田の首元を襲う。

羽田は咄嗟にしゃがみ込み、日高の足元を斬り払う。

日高は軽く飛んで躱すと、着地と同時に羽田に斬り掛かる。

羽田は体が流れており、間に合わない。

羽田は無駄とは思いながらも、刀を体の前にして日高の一撃を受けようと備える。

日高の一撃が羽田を襲う。

轟音が鳴り響く。

「羽田どん、ようやった。松尾さあは切り抜けた。羽田どんも後に続け」

日高の一撃に合わせて放った伝之助の一撃が、羽田を守った。

伝之助は日高と鍔迫り合いとなる。

「大山さん、僕も加担します!」
「いかん。予定通り進めっとじゃ」

羽田は何か言おうとしたが、邪魔になると覚り、「ご武運を」と残して松尾達を追った。

羽田が追い付くなり、松尾達は速度を緩めて走った。

「羽田さん、大丈夫ですか」

優之助が心配して駆け寄る。

「大丈夫です。間一髪、大山さんに助けられました。もし大山さんが来てくれなければ、僕は斬られていたでしょう。あの日高と言う男、かなりの遣い手です」

羽田が言うと、松尾が足を止めずこちらを向いた。

「日高は剛刃流が出来て以来の遣い手と言われる。私は国外もあちこち行ったが、国内もよく回って見聞を広めて来た。様々な剣客を見てきた。将軍の前で開催される御前試合の勝者、各道場の遣い手や師範、有名な闇の剣客。だが日高に太刀打ち出来る人間は、誰一人としていなかった。だが唯一、可能性のある人物がいた。それが大山伝之助だ。きっと大山君なら日高を倒すかもしれない。例え倒せなくとも中脇君となら可能性がある」

松尾はそうは言ったが、決して無事に済まないと思っているようであった。

日高はかなりの遣い手などと言う言葉で片付く程甘くないのだ。
日ノ本一の剣客と言っても過言でないほどの遣い手と言う事だ。

そんな相手から逃げ果せるのだろうか。

優之助は走る速度が更に緩やかとなり、やがて立ち止まった。
その様子に皆立ち止まる。

もう民家が見え出し、立ち止まる程の余裕があるぐらいには逃げていた。

「優之助さん、どうかされましたか」

羽田が尋ねる。

どうかされたと、本気で思っているのだろうか。
伝之助と中脇が危ない、そう考えないのだろうか。

「どうかされましたかて、二人が危ないんやないですか」

優之助が半ば叫ぶように言う。
だが羽田を含め、皆は優之助に比べると冷めている。

「優之助君、君の言う事もわかる。だが我々は使命の為に命は惜しまない。特に中脇君は薩摩侍だ。薩摩の為なら命を顧みない。大山君もまだ薩摩侍ではなくとも心は同じだろう」

ちくしょう、何が薩摩侍や。

助けを請うように羽田を見るが、羽田も同調しているようだ。

そう、羽田も侍の生まれなのだ。
侍の道理で動くわけだ。

「それでも俺は、伝之助さん達を見捨てられません!」

優之助の言葉に、橋本と高木は冷めた目を向けるのみで、松尾の背を押す。

「先を急ぎましょう」

その言葉に松尾も頷くが、戸惑いの表情は隠せない。
侍の道理が通用しない町人が混じっている。

「お三方は先に行って下さい。羽田さん、俺達は引き返しましょう」

優之助が言うと羽田は戸惑う。
その様子を見て松尾が口を開く。

「優之助君、決して私達は部下の命を疎かにしている訳ではない。私よりも公の方が優先されることが多いのだ。私は薩摩の家老だ。この度は私を無事京まで帰す事が目的となる。それにはどんな犠牲も厭わないのだ。なぜならそれこそが薩摩存続の為となるからだ。それはわかってくれるか」

「それはもう重々承知しています。けど恐れながら申し上げると、いくら依頼とは言え、そう言ったそちらの都合は俺らには加味されていません」

聞くと伝之助は怒るかもしれないが、優之助は伝之助も中脇も死ぬことが嫌だった。

「わかった。私ももちろん大山君と中脇君が助かるに越した事は無いと思っている。二人を優之助君と羽田君に任せていいか」

優之助は思った。
なぜこんなことを言い出してしまったのかと。

いつもならこのまま逃げ果せて、よかったよかったと安堵するものだが今日は違う。

恐らく伝之助と中脇が無事に帰って来ないかもしれないからだろう。

中脇の事は好きだが、中脇は薩摩の侍だ。
まだ松尾の道理が通用する。

だが伝之助は違う。

伝之助は優之助の仕事に加担する一員だ。
伝之助の処遇は優之助が決めるのだ。

優之助は伝之助に何も思い入れなど無いつもりだが、この仕事は自分が始めたのだと言い聞かす。
だから自分が決める。

そして恐らく伝之助は松尾の意に添ぐよう行動しているが、優之助は認めない。

「松尾様のお立場も重々承知しています。しかし俺らは俺らで立場があります。俺らは伝之助さんを無事に帰さないといけません」

「優之助君の言う通りだ」

松尾はにこやかに頷き続けた。

「戦わなくていい。伏兵は予期していたが、日高が敵方にいたのは完全な誤算だった。意表を突かれたこちらが最初から不利だ。一度仕切り直す必要がある。二人には退くように伝えてくれ。こちらも薩摩屋敷に着いたら援軍を寄越す」

「わかりました。羽田さん、急ぎましょう」

優之助は頷くなり駆け出し、羽田も後を追った。

ちくしょう、柄にもない事してしもた……優之助は早くも後悔していた。

自分が行った所で何が出来るのか。
つい意地になって言って引き返したが、何も作戦は無い。

優之助が戻るまで二人が無事かもわからない。
一番は二人で日高を倒している事だが、そう楽観視は出来ない。

松尾も言っていた。
戦わなくていいと。何とかして退くのだ。

「優之助さん、今回ばかりは驚きました。こう言っては失礼ですけど、らしくない事しましたね。でもご立派です。それに相手によっては激昂するでしょうが、さすがに松尾様、出来たお方でしたね」

羽田がにこやかに言う。
確かに羽田の言う通りだ。

家老相手にいくら同行を許されていたとは言え、一町人がよく言えたものだ。
場合によってはその場で斬り捨てられても文句は言えない。

「いや、それは本当俺が一番思っています。らしくないことしました。早くも後悔し始めてますし、怖くてたまりません。羽田さんは怖くないんですか」

羽田は何も言わず着いてきてくれたが、怖くないのだろうかと思った。

すると意外な返答が返ってきた。

「そりゃ怖いですよ。僕はさっき日高って人に斬られかけたんですよ。怖くないわけないじゃないですか。でも優之助さん一人で行かせる訳にもいきませんし、日高を倒すのではなく、退く事が目的なら、大山さんも中脇さんもいるし、何とかやれると奮い立たせているんです」

羽田は、今度は真顔で言った。

羽田の言う通りだ。
まともな感覚なら怖くないわけがない。

それでも奮い立たせて自分のやるべき事、やれる事をやろうとしている。

そして羽田は侍なら決して言わないだろう本音を優之助に聞かせてくれた。
信用してくれている証拠だ。

優之助も自身を奮い立たせた。

「そうですよね。怖くないわけないですよね。俺は死ぬつもりは毛頭ありませんから。侍の道理は俺にはありません。俺は自分の命が惜しい、ただの芋引きの町人です」

優之助の言葉に、羽田はいつもの人懐っこい笑顔で返した。
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