二人の之助ー終ー

河村秀

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一章ー吉沢の依頼、松尾の依頼ー

依頼の確認

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優之助は早速朝から動き出す。

伝之助指名の依頼は五日後だが、それまでにやれる事をやると言う事で伝之助も朝から出て行った。

人々の依頼は緊急性の無いもの以外、順番通りに引き受けて解決していく。

最初の依頼は夜中の物音である。
順番通りに話を聞きに行く事にした。



優之助が依頼を引き受けに行っている頃、伝之助は鈴味屋で働く女たちが住まう長屋を張っていた。

暫く張っていると、鈴味屋に勤める女たちが出て来る。
その中におさきの姿を見つける。

「おさき、ちとよかか」

伝之助が声を掛けると、おさきは目を丸くして立ち止まる。

「これは大山さま……歩きながらで良いなら。どないかされましたか」

おさきの言葉に、鈴味屋の方向へ向かって伝之助が歩き出す。
おさきも続いた。

「少し前、薩摩の家老、松尾さあが来たか」

「ええ来られました。大山さまに依頼するなら、私を通すと聞いたと言われて来られましたよ。内容は詳しく聞いていません。優さまに渡した文、あれは松尾様がご自身で書いて来られて私に渡されました。これに依頼内容が書いてるて言うてはりましたよ」

「そうか。そん時の松尾さあの様子はどげんじゃった」

「どないやったて言われても……」
「ないか思い詰めちょったとか、慌ててたとかなかか」

おさきは小首を傾げながら宙を見、やがて「そんな感じではありませんでしたよ」と言った。

「そうか。いや、そん時の様子がどげんじゃったか聞きたかったんじゃ。邪魔したの」
「いえ、あ……」

伝之助はおさきの返事も聞かずに去った。
りんに見られて変に勘ぐられたくもない。

京の町を目指して歩きながら考える。

松尾は何か思い詰めていようが慌てていようが、態度には出さないだろう。
だからおさきが何も覚らなかったのは無理はない。

日の指定が五日後とある。
これは単純に急ぎではないと取るのは浅はかである。

松尾の性格からしてわざわざおさきを通したのも、伝之助がまだ薩摩の侍ではない為、気軽に頼める立場にない事を気にしているのだろう。

その為、正式に依頼として通してきたと言う事で、五日と言うのはその間他の依頼があればそれらが終わるまで順番を待つと言う事だ。

松尾は身分、立場関わり無しに筋を通す性格である。
逆に言うと五日は待つ余裕はあると言う事だが、五日がぎりぎりなのか余裕あっての事なのかはわからない。

「松尾さあもそげん遠慮せんでおいに直接言うたらよかのにのう……」

松尾の筋を通す性格のお蔭で却って気になって仕方がない。

「こげんなりゃ瑛介えいすけどんを捕まえるか」

中脇瑛介なかわきえいすけは薩摩の侍で、伝之助と天地流の道場にて、切磋琢磨して稽古をしていた仲間である。
今は松尾について京の薩摩屋敷に勤めている。

松尾の意向からして、薩摩屋敷で話したくないなら薩摩屋敷に中脇を訪ねるべきではない。
京の町中で捕まえるしかない。
そろそろ昼飯時も近付いている。

薩摩屋敷を張って中脇が昼飯に出掛けるのを待つ事にした。

他藩の屋敷に比べて質素だが敷地は広い薩摩屋敷の門が見える路地で、中脇が出て来るのを待つ。

程なくして中脇が薩摩屋敷から出て来た。

「瑛介どん」

声を掛けて中脇の元へ寄った。

「おう、こいは伝之助どんでなかか。どげんした」
「ちいとな。今から昼飯か」
「そうじゃ。一緒に行くか」
「おう。丁度おはんを昼に誘おうち思っちょったとこじゃ」
「そいはよか」

二人は並んで歩き出し、薩摩屋敷から離れる。

「どこにいっとか」
と中脇が聞く。

「鈴味屋はどげんね」
「そげん言うたら鈴味屋に一度連れて行く言うてたの」
「おう。暇はあっとか」
「大丈夫じゃ」

他愛もない話をしながら鈴味屋を目指す。
あっと言う間に鈴味屋に着き、暖簾をくぐる。

「あら大山さん。今日はお客さん連れですか」

鈴味屋に入るなり、女将のおすずが出迎えてくれる。
今はそれ程客もいないようである。

「おう。中脇瑛介どんじゃ」
「中脇さま、今後ともご贔屓によろしくお願いします」

お鈴が丁寧に頭を下げる。

「うむ。暇があれば寄らせてもらうど」

伝之助と中脇は、刀番に刀を預ける。

「いつもの部屋、よかか」
「ええ、空いてますからどうぞ」

お鈴は案内係の女を呼ぶ。
案内係の女は、勝手知ったるよう、鈴味屋で一番目立たない奥の部屋に案内する。

二人は間を置かず、そのまま女に料理を頼む。

料理を待つ間も他愛ない話ばかりをする。
話題は尽きないものだ。

話していると、料理が運ばれてくる。
いつもはりんが運んでくれる事が多いが、今日は違った。

伝之助は女を付けないので、料理が一頻り揃うと、中脇のお猪口に酒を注いだ。

「あいがとさげもす。ほれ、伝之助どんも」
「かたじけんなか」

伝之助は酒を飲むと早速切り出した。

「瑛介どん、今日は聞きたいこつんあってわざわざ薩摩屋敷を張って待っちょった」
「そげんこつしちょったとか。訪ねて来たらよかね」

「うんにゃ。まあ聞いてくいやんせ」

伝之助は、松尾が鈴味屋のおさきを通して依頼して来たことを話した。
その際おさきは、特段松尾に異変を感じなかったと言っていたことも話した。

「松尾さあが伝之助どんに依頼か……」

「思い当る節はあっとか」
「うーん……」

中脇は顎に手を当てて唸る。

伝之助は中脇のその様子から思い当る節はあるようだと考えた。
中脇も言っていいものか判断がつかないと言う事なのだろう。
しかし中脇が知っている事なら安心である。

「うんにゃ、よか。瑛介どんが着いてたら心配はなか。おいは松尾さあが話す時まで待っちょる」

伝之助が言うと、中脇は顔を上げた。

「別においが言うても松尾さあはないも言わんじゃろが、松尾さあから聞いた方がよか。松尾さあが伝之助どんの力を借りたいち思って依頼すっとじゃ」

「そいはわかっちょる。じゃっどん五日後ち、そげんこつでよかか」
「松尾さあがそいでよか言うてんじゃったらよか」

中脇はそう言って笑った。

「松尾さあ一人でくっとか」
「そうじゃ。おいはいかんど。互いに一人ずつじゃ」

松尾と一対一で話すとは、余計に何かしておいた方がいいのではと思う。

「おいは松尾さあに会うまで、出来るこつがあればやっちょきたか」

伝之助が言うと中脇は笑うのをやめ、伝之助を優しく見た。

「さすがは伝之助どんじゃの。先手先手で動こうちする。少しでも早く力んなりたい言う伝之助どんの気持ちもわかる。じゃっどんあまり先を急ぐと勇み足になりかねんど。松尾さあが五日後に頼むと依頼しちょるなら、動くんはそっからでもよか」

中脇の言葉に伝之助は力を抜かれた気がした。

「そうじゃの。瑛介どんの言う通りかもしれん。気長に待つとすっかの」

伝之助は言うと、白身魚の刺身に箸をつけた。
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