【完結】これは望んだ結婚じゃありませんでした! じゃじゃ馬侯爵令嬢の不思議な話

朝日みらい

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「セラフィーヌさんったら! 本当になにもできない方なのですねえ!」 

 午後のお茶会の席で、セラフィーヌが注いだティーカップからお茶が少しこぼれた。それくらいなのに、義母のヒラリーのヒステリックな叫び声がこだまする。
 
 婚約中のアルベール・アルル侯爵子息の母なのだが、ことあるごとにセラフィーヌの行動が気になるらしい。いや、はっきり言って、あら探しに近いのだが……。

 ✳✳✳

 そもそもの話のはじまりは、セラフィーヌとアルベールが王立学園の高等科で、同じクラスの同じ窓側後ろの相席になったことだった。入学後まもなくの15才の春で、校庭の周りの桜が散っていた。

 湧き水のような、澄んだ水色の瞳が印象的なセラフィーヌは、地方の田舎男爵家の出身で、三人姉妹の末っ子だった。上の姉たちよりはお茶や踊りの稽古事より、自由気ままに乗馬や川遊びをして過ごしてきた。

 一方のアルベールは都で育った根っからの都会っ子である。厳格な母親のヒラリーから礼儀をたたき込まれて育った。なので、返って自分勝手に本音をぼやく、気ままなセラフィーヌに興味を持ったのだった。

「わたくし、どうも都会って苦手なの。お父様の仕事の関係で引っ越したけど、どうしたらいいかわかんないわ」

 彼女は、いつもつまらない授業中に頬杖つきながら、愚痴ばかりをこぼす。ここぞとばかりに、アルベールは、優しく声をかけて、

「楽しいところなら、ぼくが案内してあげる。どこに行きたい?」

「わたし、乗馬がしたいわ」

 セラフィーヌは迷わずに即答した。

「分かった。ぼくの家に来て。馬なら家にはたくさんいるからね」

 そう言うと、邸宅に連れていってくれた。

 邸宅といっても、広大な敷地には立派なお城に庭園もある。それから馬小屋もあり、放牧地には騎士たちが馬術の稽古をしていた。

「ヒヒヒーン!」

 大柄の黒い暴れ馬が前足をあげて嘶いた。黒い顔に白い流星の形がある。

 暴れ馬はお尻を突き出して背中の兵士を振り飛ばし、ふたりに向かって走ってくる。

「あぶない!」 

 アルベールは腰ベルトからサーベルを引き抜こうとする。

「やめて」

 とっさにセラフィーヌは馬の前に飛び出した。手綱とたてがみをつかみ、軽やかに鞍に飛び乗る。

 田舎では普段から野生の馬と触れ合ってきた。荒れくれの馬の扱いくらいお手の物だった。それに、いくら暴れ馬といっても、所詮は調教馬で、人慣れしている。

 セラフィーヌは、馬の首を優しく撫でながら、

「君はムカムカしてるのよね。気の済むまで走りなさいな。わたしだって、そうしたい気分なんだから」

と、声をかけた。

 馬は敏感に相手を見抜く動物である。黒い馬は、背中に乗っている少女の気持ちに呼応して、思う存分、放牧地を自由気ままに駆け回った。

 まるで、

「分かった。なら、好き勝手にさせてもらう」

と、こたえたように。

 満足げにセラフィーヌは黒い馬との疾走を終えて戻ると、アルベールと、部下の兵士たちから拍手が湧いた。

「すごいな」

 アルベールは、セラフィーヌが馬から降りるのを手伝いながら頬笑んだ。

「この馬の名前はなんていうの?」

 セラフィーヌは、やさしく馬の立派なたてがみを撫でながら、アルベールにきいた。

「たしか、こいつは……」

 彼が口を開く前に、痛そうに片脚を庇いながら、全身砂塵だからけの兵士が代わりにこたえた。
 
「スバルだ。俺を突き飛ばしやがってよ。アルベール様、礼儀知らずのこいつは、即、殺処分しましょう」

 若い兵士は苦々しい顔で、馬を睨み付ける。

「やめて!」

 セラフィーヌは首を振りながら、アルベールに歩み寄って訴えた。

「彼が身勝手な乗り方をしたから腹を立てただけよ。スバルは悪くない。だから、殺すのだけはやめて」

 アルベールは、セラフィーヌの真剣な眼差しに根負けして、頷いた。

「分かったよ、セラフィーヌ」

「ありがとう」

「その代わりといっては何だけど、今晩、オペラでも出かけない?」

「オペラ? え、ええ! よろこんで」 

 セラフィーヌの緊張した顔は一気にほぐれて、彼女にいつもの快活な笑顔が戻った。 
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