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第十一章
第284話 批判と、嵐の前の静けさ
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巧の縦パスから始まった咲麗高校の攻撃は、シュートで終わることはできたが、得点にはつながらなかった。
ゴールキック時、青葉高校の司令塔にしてキャプテンの長谷川が、巧に話しかけてきた。
「やっぱり、君はすごいな」
「……どうも」
巧が訝しげに見返すと、長谷川は意味ありげな笑みを浮かべた。
何か企んでいるな——。
巧のその予感は的中した。
咲麗の攻撃時、なんと青葉は巧にマークをつけなかったのだ。
ほとんどの選手が帰陣をして、彼には自由にボールを持たせる分、真と誠治に二人ずつマークをつけていた。
ダブルエースと称される二人だが、その両方にダブルチームをつけられたのは初めてのことだった。
少数でカウンターを発動できる個の力があり、なおかつ巧をフリーにするという大胆な采配をした青葉だからこそできる戦術だった。
「巧先輩をフリーにするとか、舐めやがって……! あいつら、マジでぶちこ——むぐっ!」
「香奈、ちょっと落ち着こっか。淑女としてあるまじき言葉遣いになってるから」
鬼の形相で悪態を吐こうとする香奈の口を、苦笑を浮かべたあかりがふさいだ。
「んーんー!」
「こら、暴れないの。言いたいことはわかるけど、これは逆にチャンスでもあるんじゃない?」
「んん?」
「舐めてる相手を実力で叩きつぶすのが、一番スカッとするじゃん」
ニヤリと笑いながら、あかりは香奈を解放した。
香奈はルビー色の瞳をキラキラと輝かせ、大きくうなずいた。
「確かに! へへーんだ、巧先輩を舐めたことを後悔して散ってしまえ!」
彼女は得意げに胸を張り、青葉陣地にビシッと指を突きつけた。
(相変わらず扱いやすいな、この子は)
あかりは穏やかな笑みを浮かべた。
他の者たちも、一様に彼女と同じような表情になっていた。
香奈の単純さに癒された、というのもあったが、それ以上に彼らは信じていたのだ。
巧なら、必ず何か打開策を見つけるだろう——と。
奇しくも、似たようなやり取りが観客席で行われていた。
「あいつら試合が終わったらボコりますごめんなさい!」
「神楽、ちょっと落ち着きぃや」
桐海高校キャプテンの今泉は、いきり立つ後輩を必死に宥めていた。
桐海はすでに準決勝へと駒を進めていた。咲麗と青葉の勝者が彼らの相手となるため、観戦しているのだ。
「でも、あいつらは如月さんを馬鹿にしています! 許せませんごめんなさい!」
「まあまあ。巧君なら絶対なんとかするやろ。そのときの青葉のやつらの表情を想像してみぃ。気持ちいいやろ」
「っ……!」
神楽がハッとした表情を浮かべた。
「下に見られてたやつが実力で見返すほど、スカッとするものはない。それを楽しみにしとこうや」
「なるほど。ざまぁってやつですね! そう言われると楽しみになってきましたごめんなさい!」
神楽は実にいい笑みを浮かべた。
教育に悪いことは自覚していたが、とりあえず青葉の選手たちの身の安全は確保できたからよしとしよう、と今泉は自分に言い聞かせた。
彼らはきっと、巧を舐めているわけではないのだから。
「でもこれ、ウチが増渕にやったのと似てるっすね。個人での打開能力がないやつをあえて放っておくっていう」
「……あっ?」
「神楽、怖えって。どうどう」
桐海のエースストライカーである永井は、ドスの利いた声を出した神楽を慌てて宥めた。
「如月に個の能力がないのは事実だし、だからこそお前も憧れてるんだろ?」
「それはっ……そうですけど。永井さんに正論を言われるのはちょっと嫌ですごめんなさい」
「それは本当にごめんなさいだな⁉︎」
「永井、落ち着け」
神楽に馬鹿にされて声を荒げる永井を、今度は浜本が諌めた。
元より永井も本気で怒っていたわけではないため、すぐに矛を収めた。
「でも、これは如月もきついんじゃないか? 使える駒がいないんじゃ、どうしようもないだろ」
「確かに、一見するとそうやな。けど——」
今泉はスッと瞳を細めて、ピッチ上でちょこまかと動き回る紫色に視線を向けた。
「ワシからしたら、下策もいいところやけどな」
「どうしてそう思う?」
「単純や。巧君は増渕なんかとは違って、能動的な選手やからな」
「……今この間にも、罠を張ってるってことか」
「そういうことや。まあ、あの子は伏線回収が得意やから、すぐには動かんかもしれへんけど」
——今泉の予想通り、それから十分間、咲麗は様子を伺うようにずっとボールを回し続けた。
驚くべきことに、彼らはその間、一本もシュートを放っていなかった。
マンツーマンディフェンスに対してポジションチェンジを繰り返し、時には優や誠治、水田が裏に飛び出して巧からボールを受けることもあった。
しかし、彼らは無理に仕掛けようとはせず、そのそぶりだけを見せて、近寄ってきた真に預けるという行為を繰り返した。
当然、青葉はバックパスを狙ったが、キープに徹した真からボールを奪うことはできなかった。
結果として、局所的に高度な駆け引きが見られることはあっても、全体としてはとても静かな時間が流れていた。
「なんだよ、つまんねえ」
「咲麗、攻めあぐねてんなぁ」
「如月ってやつがリズム狂わしてんだよ」
「すごいの最初だけだったな」
「裏へのパスも緩いのばっかだし」
「パス成功率とか気にするタイプなんじゃねえの?」
「あり得るわ~」
消極的とも取れる咲麗のサッカーに、観客たちからも不平不満が漏れ始めた。
特にその矛先は、巧に向いていた。彼が出場してからずっとその調子なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが、
「ちょっとあいつらヤってきますごめんなさい」
「おぉ、神楽。待て待て」
殺気を放ちながら立ちあがろうとする神楽を、今泉は先程以上に必死な形相で制止した。
「それはごめんなさいじゃ済まへんし、巧君と戦えなくなるぞ。それに第一、あの子があんなやつらの意見なんて気にすると思うか?」
「気にしないと思いますごめんなさい!」
神楽はハッとしたような表情を浮かべ、椅子に座り直した。
今泉はホッと息を吐いてから、ピッチに同情的な視線を送った。
「——もしも咲麗が本当に攻めあぐねてるって思えるほど鈍感やったら、青葉の選手たちも楽やったやろな」
ゴールキック時、青葉高校の司令塔にしてキャプテンの長谷川が、巧に話しかけてきた。
「やっぱり、君はすごいな」
「……どうも」
巧が訝しげに見返すと、長谷川は意味ありげな笑みを浮かべた。
何か企んでいるな——。
巧のその予感は的中した。
咲麗の攻撃時、なんと青葉は巧にマークをつけなかったのだ。
ほとんどの選手が帰陣をして、彼には自由にボールを持たせる分、真と誠治に二人ずつマークをつけていた。
ダブルエースと称される二人だが、その両方にダブルチームをつけられたのは初めてのことだった。
少数でカウンターを発動できる個の力があり、なおかつ巧をフリーにするという大胆な采配をした青葉だからこそできる戦術だった。
「巧先輩をフリーにするとか、舐めやがって……! あいつら、マジでぶちこ——むぐっ!」
「香奈、ちょっと落ち着こっか。淑女としてあるまじき言葉遣いになってるから」
鬼の形相で悪態を吐こうとする香奈の口を、苦笑を浮かべたあかりがふさいだ。
「んーんー!」
「こら、暴れないの。言いたいことはわかるけど、これは逆にチャンスでもあるんじゃない?」
「んん?」
「舐めてる相手を実力で叩きつぶすのが、一番スカッとするじゃん」
ニヤリと笑いながら、あかりは香奈を解放した。
香奈はルビー色の瞳をキラキラと輝かせ、大きくうなずいた。
「確かに! へへーんだ、巧先輩を舐めたことを後悔して散ってしまえ!」
彼女は得意げに胸を張り、青葉陣地にビシッと指を突きつけた。
(相変わらず扱いやすいな、この子は)
あかりは穏やかな笑みを浮かべた。
他の者たちも、一様に彼女と同じような表情になっていた。
香奈の単純さに癒された、というのもあったが、それ以上に彼らは信じていたのだ。
巧なら、必ず何か打開策を見つけるだろう——と。
奇しくも、似たようなやり取りが観客席で行われていた。
「あいつら試合が終わったらボコりますごめんなさい!」
「神楽、ちょっと落ち着きぃや」
桐海高校キャプテンの今泉は、いきり立つ後輩を必死に宥めていた。
桐海はすでに準決勝へと駒を進めていた。咲麗と青葉の勝者が彼らの相手となるため、観戦しているのだ。
「でも、あいつらは如月さんを馬鹿にしています! 許せませんごめんなさい!」
「まあまあ。巧君なら絶対なんとかするやろ。そのときの青葉のやつらの表情を想像してみぃ。気持ちいいやろ」
「っ……!」
神楽がハッとした表情を浮かべた。
「下に見られてたやつが実力で見返すほど、スカッとするものはない。それを楽しみにしとこうや」
「なるほど。ざまぁってやつですね! そう言われると楽しみになってきましたごめんなさい!」
神楽は実にいい笑みを浮かべた。
教育に悪いことは自覚していたが、とりあえず青葉の選手たちの身の安全は確保できたからよしとしよう、と今泉は自分に言い聞かせた。
彼らはきっと、巧を舐めているわけではないのだから。
「でもこれ、ウチが増渕にやったのと似てるっすね。個人での打開能力がないやつをあえて放っておくっていう」
「……あっ?」
「神楽、怖えって。どうどう」
桐海のエースストライカーである永井は、ドスの利いた声を出した神楽を慌てて宥めた。
「如月に個の能力がないのは事実だし、だからこそお前も憧れてるんだろ?」
「それはっ……そうですけど。永井さんに正論を言われるのはちょっと嫌ですごめんなさい」
「それは本当にごめんなさいだな⁉︎」
「永井、落ち着け」
神楽に馬鹿にされて声を荒げる永井を、今度は浜本が諌めた。
元より永井も本気で怒っていたわけではないため、すぐに矛を収めた。
「でも、これは如月もきついんじゃないか? 使える駒がいないんじゃ、どうしようもないだろ」
「確かに、一見するとそうやな。けど——」
今泉はスッと瞳を細めて、ピッチ上でちょこまかと動き回る紫色に視線を向けた。
「ワシからしたら、下策もいいところやけどな」
「どうしてそう思う?」
「単純や。巧君は増渕なんかとは違って、能動的な選手やからな」
「……今この間にも、罠を張ってるってことか」
「そういうことや。まあ、あの子は伏線回収が得意やから、すぐには動かんかもしれへんけど」
——今泉の予想通り、それから十分間、咲麗は様子を伺うようにずっとボールを回し続けた。
驚くべきことに、彼らはその間、一本もシュートを放っていなかった。
マンツーマンディフェンスに対してポジションチェンジを繰り返し、時には優や誠治、水田が裏に飛び出して巧からボールを受けることもあった。
しかし、彼らは無理に仕掛けようとはせず、そのそぶりだけを見せて、近寄ってきた真に預けるという行為を繰り返した。
当然、青葉はバックパスを狙ったが、キープに徹した真からボールを奪うことはできなかった。
結果として、局所的に高度な駆け引きが見られることはあっても、全体としてはとても静かな時間が流れていた。
「なんだよ、つまんねえ」
「咲麗、攻めあぐねてんなぁ」
「如月ってやつがリズム狂わしてんだよ」
「すごいの最初だけだったな」
「裏へのパスも緩いのばっかだし」
「パス成功率とか気にするタイプなんじゃねえの?」
「あり得るわ~」
消極的とも取れる咲麗のサッカーに、観客たちからも不平不満が漏れ始めた。
特にその矛先は、巧に向いていた。彼が出場してからずっとその調子なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが、
「ちょっとあいつらヤってきますごめんなさい」
「おぉ、神楽。待て待て」
殺気を放ちながら立ちあがろうとする神楽を、今泉は先程以上に必死な形相で制止した。
「それはごめんなさいじゃ済まへんし、巧君と戦えなくなるぞ。それに第一、あの子があんなやつらの意見なんて気にすると思うか?」
「気にしないと思いますごめんなさい!」
神楽はハッとしたような表情を浮かべ、椅子に座り直した。
今泉はホッと息を吐いてから、ピッチに同情的な視線を送った。
「——もしも咲麗が本当に攻めあぐねてるって思えるほど鈍感やったら、青葉の選手たちも楽やったやろな」
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