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SIDE ジョフリー2
3. 叔父と甥の会話3
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翌日、ジョフリーがエリサのそばにいる間に行われた魔物襲撃に関する報告をハロルドから聞いた。
用意されていた攻撃用魔法陣の魔石は、本当にすべて使い切っていたそうで、エリサに急いで刻んでもらう必要がある。再度襲撃があると、今のままでは剣だけで応戦するしかなくなる。
だが、エリサは寝室に籠ってしまった。
「嬢ちゃんは大丈夫なのか?」
「問題ありません。大事を取って休んでいるだけです」
「一応結婚前だから、あんまり大っぴらに行動するなよ」
「心得ています」
マリーが放っておけばいいと言っているので、平気だろう。我に返って、昨夜の自分の行動にどうしていいか分からなくなって、寝室に籠っているらしい。
なんとなく、ハロルドが誤解している気もするが、わざわざ訂正する内容でもない。
昨夜のあれは、本当に驚いた。
夢にうなされてジョフリーの名を呼んでいると聞いて、本来なら許されないが非常事態だからと寝室に入ると、目が覚めたエリサに誘われたのだ。まだ半分悪夢の中にいるようなエリサを邪険にすることもできず、戸惑ううちにベッドへと引っ張られた。そしてジョフリーの腕に抱き着いたエリサは、安心して眠りに落ちた。
手慣れた娼婦のように抱き着いてくるエリサに混乱しているジョフリーには気づかず、当人は子どものようにスヤスヤと眠ってしまった。
侍女のマリーは「私は何も見ておりません」と言って、ジョフリーがどうしようと何かを言うつもりはないようだ。
内心の葛藤は治めて、エリサが完全に寝入ったら自室に戻ろうと見守っていたが、さすがに戦闘で疲れていたのか、明け方マリーに起こされるまで、ジョフリーもまたぐっすりと眠ってしまった。
早朝に自分に与えられた部屋に戻ったところはほとんど見られていないはずだが、城主であるハロルドには報告が行っているだろう。
「生きて帰れ、か。嬢ちゃんは厳しいな」
「エリサが言ったのですか?」
「ああ。大切な人のために生きて帰れ、と言ったらしい。それで、重臣たちは完全に嬢ちゃんに落ちたよ」
自分なら、命に代えてもハロルドを城に帰せ、と言っただろう。けれど、エリサがそう言っていたら、きっと重臣は反発したはずだ。安全なところにいるお前が何を言うのかと。
だが、生きて帰るということは、救出の失敗は許さないということだ。ハロルドが命を落とし、家臣が生き残ったら、その家臣に待ち構えるのは、辛い人生だ。おそらくエリサはそれを知らないのだ。いや、エリサなら、知っていても言うかもしれない。身分を気にしないエリサにとっては、ハロルドも家臣も同じ命なのだ。いつか、その優しさで傷つかないといいが。
「何をやるのか、予想がつかないな」
「叔父上、エリサを常識で考えてはいけませんよ」
「嬢ちゃんがお前に惚れてくれて、よかった」
「惚れてくれているといいんですが」
「違うのか?」
「望まぬ婚姻を避けるために、偽装結婚を持ち掛けられたんですよ」
「はあ!?」
「父上にも報告していないので、内密にお願いします」
偽装結婚を持ち掛けた相手はミシェルだが、大きく違っていないからいいだろう。令嬢らしからぬ発言を知って、ハロルドの開いた口が塞がらない。
「私がダメなら、国外へ逃亡したかもしれませんね。そうなれば、辺境伯家だけでなく、国の損失だったでしょう」
「普通の令嬢だよな?」
「そうですね。けれど彼女は、目的の場所まで最短距離を進みます。その間にある障害物は自力で排除します」
領主代理夫人として認めさせるのをさっさと諦めて、魔法陣を乱発したように。
それを聞いて、ハロルドが思わぬことを言った。
「魔物の襲撃が堪えているのか、お前が無理をさせたのか知らんが、とにかくご機嫌を取ってこい」
「分かりました」
「できるなら、さっさと子どもを作れ」
「結婚式がまだです」
「バレないさ。枷は多いほうがいい」
結婚式は半年後なのだ。さすがにバレるだろう。
家族思いの愛情深い人だから、子どもの存在は枷にはなるだろうが、そんな打算的な理由で関係を深めたくはない。ハロルドだって無理なことは分かっていて、それでもエリサを逃さないための策が他にないのだ。辺境が差しだせるものは、魔物の素材以外に何もない。
けれど、やはり誤解されているようだ。明日になっても部屋から出てこないようなら、ハロルドが心配していると言ってみよう。きっとエリサならそれで出てきてくれる。
あれだけ振り回されたのだ。恥ずかしいからといって自分だけ引きこもるのは許さない。
翌日、部屋から出てきたエリサは、何ごともなかったフリをしていたが、ジョフリーの顔を見ることができずに、視線をうろうろとさまよわせていた。
明らかに挙動不審な様子にハロルドから白い眼を向けられているが、さすがにエリサの名誉のためにも何があったかまでは言えないので、ジョフリーが汚名を被るしかない。
そして、ジョフリーの話を聞いてやってくれ、というハロルドのとりなしで、逃げ回るエリサと話すことができたが、エリサはやっぱりエリサだった。
辺境に住むのが辛いなら、王都にいて魔法陣技師としての仕事だけしてくれればいい。そう思って、「もし貴女が望むなら王都にいてもいい」と言いかけのを止められた。それまでジョフリーの顔を見るのも避けていたのに、まっすぐにジョフリーを見つめて。
エリサは、本当につかみどころがない不思議な人だ。
ジョフリーに遊んでいるだろうと問いかけたが、それが分かる時点でエリサもそういう経験が豊富ということだ。なのに、ジョフリーをベッドに誘ったくらいで恥じらって寝室に閉じこもる。いろんなことが、ちぐはぐだ。
それでも、そんなところも面白いと思ってしまう。
振り回されていると思うが、それもいいかと思えてしまうのは、恋の病だろうか。
用意されていた攻撃用魔法陣の魔石は、本当にすべて使い切っていたそうで、エリサに急いで刻んでもらう必要がある。再度襲撃があると、今のままでは剣だけで応戦するしかなくなる。
だが、エリサは寝室に籠ってしまった。
「嬢ちゃんは大丈夫なのか?」
「問題ありません。大事を取って休んでいるだけです」
「一応結婚前だから、あんまり大っぴらに行動するなよ」
「心得ています」
マリーが放っておけばいいと言っているので、平気だろう。我に返って、昨夜の自分の行動にどうしていいか分からなくなって、寝室に籠っているらしい。
なんとなく、ハロルドが誤解している気もするが、わざわざ訂正する内容でもない。
昨夜のあれは、本当に驚いた。
夢にうなされてジョフリーの名を呼んでいると聞いて、本来なら許されないが非常事態だからと寝室に入ると、目が覚めたエリサに誘われたのだ。まだ半分悪夢の中にいるようなエリサを邪険にすることもできず、戸惑ううちにベッドへと引っ張られた。そしてジョフリーの腕に抱き着いたエリサは、安心して眠りに落ちた。
手慣れた娼婦のように抱き着いてくるエリサに混乱しているジョフリーには気づかず、当人は子どものようにスヤスヤと眠ってしまった。
侍女のマリーは「私は何も見ておりません」と言って、ジョフリーがどうしようと何かを言うつもりはないようだ。
内心の葛藤は治めて、エリサが完全に寝入ったら自室に戻ろうと見守っていたが、さすがに戦闘で疲れていたのか、明け方マリーに起こされるまで、ジョフリーもまたぐっすりと眠ってしまった。
早朝に自分に与えられた部屋に戻ったところはほとんど見られていないはずだが、城主であるハロルドには報告が行っているだろう。
「生きて帰れ、か。嬢ちゃんは厳しいな」
「エリサが言ったのですか?」
「ああ。大切な人のために生きて帰れ、と言ったらしい。それで、重臣たちは完全に嬢ちゃんに落ちたよ」
自分なら、命に代えてもハロルドを城に帰せ、と言っただろう。けれど、エリサがそう言っていたら、きっと重臣は反発したはずだ。安全なところにいるお前が何を言うのかと。
だが、生きて帰るということは、救出の失敗は許さないということだ。ハロルドが命を落とし、家臣が生き残ったら、その家臣に待ち構えるのは、辛い人生だ。おそらくエリサはそれを知らないのだ。いや、エリサなら、知っていても言うかもしれない。身分を気にしないエリサにとっては、ハロルドも家臣も同じ命なのだ。いつか、その優しさで傷つかないといいが。
「何をやるのか、予想がつかないな」
「叔父上、エリサを常識で考えてはいけませんよ」
「嬢ちゃんがお前に惚れてくれて、よかった」
「惚れてくれているといいんですが」
「違うのか?」
「望まぬ婚姻を避けるために、偽装結婚を持ち掛けられたんですよ」
「はあ!?」
「父上にも報告していないので、内密にお願いします」
偽装結婚を持ち掛けた相手はミシェルだが、大きく違っていないからいいだろう。令嬢らしからぬ発言を知って、ハロルドの開いた口が塞がらない。
「私がダメなら、国外へ逃亡したかもしれませんね。そうなれば、辺境伯家だけでなく、国の損失だったでしょう」
「普通の令嬢だよな?」
「そうですね。けれど彼女は、目的の場所まで最短距離を進みます。その間にある障害物は自力で排除します」
領主代理夫人として認めさせるのをさっさと諦めて、魔法陣を乱発したように。
それを聞いて、ハロルドが思わぬことを言った。
「魔物の襲撃が堪えているのか、お前が無理をさせたのか知らんが、とにかくご機嫌を取ってこい」
「分かりました」
「できるなら、さっさと子どもを作れ」
「結婚式がまだです」
「バレないさ。枷は多いほうがいい」
結婚式は半年後なのだ。さすがにバレるだろう。
家族思いの愛情深い人だから、子どもの存在は枷にはなるだろうが、そんな打算的な理由で関係を深めたくはない。ハロルドだって無理なことは分かっていて、それでもエリサを逃さないための策が他にないのだ。辺境が差しだせるものは、魔物の素材以外に何もない。
けれど、やはり誤解されているようだ。明日になっても部屋から出てこないようなら、ハロルドが心配していると言ってみよう。きっとエリサならそれで出てきてくれる。
あれだけ振り回されたのだ。恥ずかしいからといって自分だけ引きこもるのは許さない。
翌日、部屋から出てきたエリサは、何ごともなかったフリをしていたが、ジョフリーの顔を見ることができずに、視線をうろうろとさまよわせていた。
明らかに挙動不審な様子にハロルドから白い眼を向けられているが、さすがにエリサの名誉のためにも何があったかまでは言えないので、ジョフリーが汚名を被るしかない。
そして、ジョフリーの話を聞いてやってくれ、というハロルドのとりなしで、逃げ回るエリサと話すことができたが、エリサはやっぱりエリサだった。
辺境に住むのが辛いなら、王都にいて魔法陣技師としての仕事だけしてくれればいい。そう思って、「もし貴女が望むなら王都にいてもいい」と言いかけのを止められた。それまでジョフリーの顔を見るのも避けていたのに、まっすぐにジョフリーを見つめて。
エリサは、本当につかみどころがない不思議な人だ。
ジョフリーに遊んでいるだろうと問いかけたが、それが分かる時点でエリサもそういう経験が豊富ということだ。なのに、ジョフリーをベッドに誘ったくらいで恥じらって寝室に閉じこもる。いろんなことが、ちぐはぐだ。
それでも、そんなところも面白いと思ってしまう。
振り回されていると思うが、それもいいかと思えてしまうのは、恋の病だろうか。
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