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十八歳 冬~転機門出
7. 春を待ちわびて
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新年のパーティーやあいさつ回りも落ち着いて、騎士団の任務もほぼ通常に戻ったところで、エリサはジョフリーをお庭デートに誘った。
本当は、春にジョフリーが連れていってくれた植物園デートがしたかった。けれど、警備が強化されている今、二人だけで出かけることはできない。無理を言えばできるが、周りを護衛に囲まれてのデートは遠慮したい。ということで、お庭デートになった。
前々日に雪が降ったため、ところどころ日陰にまだ雪が残っている。
「寒くない?」
「平気です。ジョフリー様は、お仕事は落ち着きましたか?」
「だいぶ。パーティーの警備ばかりで、身体がなまっているよ」
新年の夜会があちこちで開かれ、王族や高官が出席するため毎晩警備にあたっていたが、立っているだけなので退屈だったらしい。騒動は滅多に起きないが、それでも気を抜くことはできない。
やはり警備のための魔法陣の需要は高いだろう。何かいい案はないかと考えだしそうになったところで、それは今やることではないと、思考を切った。
冬とあって緑は少ない。けれど、雪を割って咲く花もある。鮮やかな黄色の水仙のような花が白い雪に映えている。
水仙の花言葉は、ナルシストの語源となった神話にちなんで「うぬぼれ」だったはずだが、ジョフリーから好意を向けられていると感じているのは、うぬぼれではないはずだ。
背後から見守っているジョフリーに、花を見たままエリサは語り掛けた。
「ジョフリー様、以前『私が貴女を幸せにする』とおっしゃってくださったの、覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんだよ。貴女には受け取ってもらえなかったけどね」
ずっと逃げてきたけれど、ジョフリーの気持ちにちゃんと向き合おう。
辺境での魔物襲撃の際、ただ生きていてほしいと願った。何を放り出しても助けに行きたかった。無事に帰ってきたときは力が抜けたし、温もりに安心した。
過去の記憶を打ち明けたときは、おかしなことを言っているとバカにされず、柔軟に受け止めてもらえたことに安堵した。
今なら自由に結婚相手を選べると言われても、ジョフリーがいいと思った。
その想いに名前を付けるのは怖いけれど、未来を共に生きていきたいと思っている。そのことはちゃんと伝えたい。
振り返ると、ジョフリーが優しい目でエリサを見ていた。
「私は貴方にふさわしいのか、自信がありません。私には魔法陣しかないので」
「そんなことはないよ、貴女は……。そうか、王族に求められるほどなのに、と思えないのだね」
きっと王族の側妃にという話が出ただけで令嬢としては自信になるのだろうが、エリサは何の価値も見いだせない。そしてそんなエリサの気持ちを分かってくれるジョフリーだからこそ、釣り合っているのか不安になる。
身分差のある恋愛というのは、読む分には面白い題材だが、当事者になるとできるなら避けたいと思う。その葛藤こそが、面白いのだろうが。
「エリサ、不安にならなくていい。もう一度言うけど、幸せにすると誓う」
「私、幸せって一方通行ではないと思うんです」
口説き文句を一蹴したエリサに、ジョフリーが苦笑いしている。
だけど、幸せなんて曖昧なもの、誰かにもらったところですぐに手を離れてしまいそうだ。そんな儚いものに頼って生きていくなんて、リスクが大きすぎる。
「幸せは自分でつかみ取るものですよ、きっと」
形のないものだから、つかみ取るという言葉は合っていないのかもしれないけど、とにかく努力せずに得たものなどいつかその手からこぼれ落ちていく。だったら、自分から手を伸ばすしかない。
「ジョフリー様、辺境で、一緒に幸せをつかみ取りましょう」
「本当に意表をつくね。貴女は守られていることに満足する人ではないと分かっていたはずだけど」
「私は今後も令嬢らしからぬ部分は消えないと思います。それでも、ジョフリー様、貴方と未来を作っていきたいです。貴方とならできると信じられます」
二人で幸せだと思えるものを手にしたい。ジョフリーとなら、できる気がする。どんな些細なことでも、それが幸せだと思えば幸せなのだ。
ジョフリーをまっすぐに見て告げたエリサの言葉に、ジョフリーは笑っていた表情を改め、エリサの前に膝をつき、真剣な眼差しを向けた。
「エリサ、一緒に幸せを作っていこう。心はいつも貴女とともにあると誓うよ」
「私も誓います」
エリサの手を取って、甲にそっと落とした口づけは、その誓いの証だ。エリサはジョフリーの手を握り返した。
魔法陣がつないだ縁から、幸せの花はすでに芽吹いている。辺境で、その花を大切に育てていこう。
快晴ながらも冷え込んだ冬の日。
両家の家族と親しい人だけを招いた小さな結婚式が、教会の大聖堂で行われた。笑顔と笑い声の絶えない温かい式だったと、後に出席者が語っていた。
参列した騎士が花ではなく魔法陣を飛ばしたフラワーシャワーは話題となり、やがて式典や夜会の演出として広がっていくことになる。
本当は、春にジョフリーが連れていってくれた植物園デートがしたかった。けれど、警備が強化されている今、二人だけで出かけることはできない。無理を言えばできるが、周りを護衛に囲まれてのデートは遠慮したい。ということで、お庭デートになった。
前々日に雪が降ったため、ところどころ日陰にまだ雪が残っている。
「寒くない?」
「平気です。ジョフリー様は、お仕事は落ち着きましたか?」
「だいぶ。パーティーの警備ばかりで、身体がなまっているよ」
新年の夜会があちこちで開かれ、王族や高官が出席するため毎晩警備にあたっていたが、立っているだけなので退屈だったらしい。騒動は滅多に起きないが、それでも気を抜くことはできない。
やはり警備のための魔法陣の需要は高いだろう。何かいい案はないかと考えだしそうになったところで、それは今やることではないと、思考を切った。
冬とあって緑は少ない。けれど、雪を割って咲く花もある。鮮やかな黄色の水仙のような花が白い雪に映えている。
水仙の花言葉は、ナルシストの語源となった神話にちなんで「うぬぼれ」だったはずだが、ジョフリーから好意を向けられていると感じているのは、うぬぼれではないはずだ。
背後から見守っているジョフリーに、花を見たままエリサは語り掛けた。
「ジョフリー様、以前『私が貴女を幸せにする』とおっしゃってくださったの、覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんだよ。貴女には受け取ってもらえなかったけどね」
ずっと逃げてきたけれど、ジョフリーの気持ちにちゃんと向き合おう。
辺境での魔物襲撃の際、ただ生きていてほしいと願った。何を放り出しても助けに行きたかった。無事に帰ってきたときは力が抜けたし、温もりに安心した。
過去の記憶を打ち明けたときは、おかしなことを言っているとバカにされず、柔軟に受け止めてもらえたことに安堵した。
今なら自由に結婚相手を選べると言われても、ジョフリーがいいと思った。
その想いに名前を付けるのは怖いけれど、未来を共に生きていきたいと思っている。そのことはちゃんと伝えたい。
振り返ると、ジョフリーが優しい目でエリサを見ていた。
「私は貴方にふさわしいのか、自信がありません。私には魔法陣しかないので」
「そんなことはないよ、貴女は……。そうか、王族に求められるほどなのに、と思えないのだね」
きっと王族の側妃にという話が出ただけで令嬢としては自信になるのだろうが、エリサは何の価値も見いだせない。そしてそんなエリサの気持ちを分かってくれるジョフリーだからこそ、釣り合っているのか不安になる。
身分差のある恋愛というのは、読む分には面白い題材だが、当事者になるとできるなら避けたいと思う。その葛藤こそが、面白いのだろうが。
「エリサ、不安にならなくていい。もう一度言うけど、幸せにすると誓う」
「私、幸せって一方通行ではないと思うんです」
口説き文句を一蹴したエリサに、ジョフリーが苦笑いしている。
だけど、幸せなんて曖昧なもの、誰かにもらったところですぐに手を離れてしまいそうだ。そんな儚いものに頼って生きていくなんて、リスクが大きすぎる。
「幸せは自分でつかみ取るものですよ、きっと」
形のないものだから、つかみ取るという言葉は合っていないのかもしれないけど、とにかく努力せずに得たものなどいつかその手からこぼれ落ちていく。だったら、自分から手を伸ばすしかない。
「ジョフリー様、辺境で、一緒に幸せをつかみ取りましょう」
「本当に意表をつくね。貴女は守られていることに満足する人ではないと分かっていたはずだけど」
「私は今後も令嬢らしからぬ部分は消えないと思います。それでも、ジョフリー様、貴方と未来を作っていきたいです。貴方とならできると信じられます」
二人で幸せだと思えるものを手にしたい。ジョフリーとなら、できる気がする。どんな些細なことでも、それが幸せだと思えば幸せなのだ。
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「エリサ、一緒に幸せを作っていこう。心はいつも貴女とともにあると誓うよ」
「私も誓います」
エリサの手を取って、甲にそっと落とした口づけは、その誓いの証だ。エリサはジョフリーの手を握り返した。
魔法陣がつないだ縁から、幸せの花はすでに芽吹いている。辺境で、その花を大切に育てていこう。
快晴ながらも冷え込んだ冬の日。
両家の家族と親しい人だけを招いた小さな結婚式が、教会の大聖堂で行われた。笑顔と笑い声の絶えない温かい式だったと、後に出席者が語っていた。
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