魔法陣に浮かぶ恋

戌葉

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十八歳 冬~転機門出

6. 新年

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 新年を迎えた。
 新しい年を祝うために、王宮でも、貴族の家でもたくさんのパーティーが開かれているが、エリサはエスコートするジョフリーが不在のためすべて欠席だ。辺境伯家は、辺境伯オリバーを除いて、すべての新年の行事を喪中で欠席している。
 代理のエスコート役をお願いして出席することもできなくはないが、そもそもパーティーに出たくないエリサに、そういう提案をする人はいない。そして、現状狙われているかもしれないので、わざわざ誰がいるか分からない場所に行くのは無謀だ。
 ということで、エリサは家族公認で引きこもっている。このころになると、外出できないことに不便を感じていないことに家族も気づいて、不憫がらなくなった。

 けれどその状況をかわいそうに思って伯爵家を訪れてくれる人もいる。
 新年のあいさつ回りに紛れれば、そこまで目立たないだろうと、クレッソン家の家族が、新年のあいさつに来てくれた。今回は、アンリの婚約者のミレーユも一緒だ。

「エリサちゃん、その後どう?」
「私はお屋敷からほとんど出てないので、何もありません。お父様や商会は大丈夫ですか?」
「サコーラスの商会からの接触はあったけど、純粋に商売なのか、目的があるのかはよく分からない」
「ご迷惑をおかけします」
「エリサちゃんは悪くないよ。ちょっと優秀すぎただけだよ」
「そうよ、エリサ。貴女のせいじゃないわ」

 クレッソン商会への接触にどういう意図があったのかは分かっていないが、ジャンは他の商会を紹介したそうだ。商売のチャンスを逃す可能性もあるが、それ以上にクレッソン商会を巻き込んでしまえば、従業員たちが路頭に迷う。
 そう考えると、ジャンを餌で釣るのは難しそうだ。商会を大きくする欲はあるが、一か八かの賭けには出ず堅実だ。そして、貴族としての権力には興味がない。娘から見ても、餌となるものが見当たらない。
 ひとまず、ジャンたちに危険はなさそうだ。

「ミレーユ様、巻き込んでしまって申し訳ありません」
「いいえ。エリサ様のご活躍は私にも聞こえてきます。謁見でのことをぜひお聞かせください」
「今までどおり、お姉様と呼んでほしいわ」
「ありがとうございます、エリサお姉様」

 今日も今日とて花の妖精のようなミレーユが可愛い。にこにこと上機嫌でミレーユを見るエリサを、ジャンとナタリーも笑顔で見ている。

「王妃様はどのようなドレスをお召しでしたか?」
「緊張しすぎて何も覚えていなくて」
「姉上でも緊張するんですねえ」
「ちょっと、アンリ。貴方、姉のことをなんだと思っているのよ」
「姉上はいつも堂々としていらっしゃるから」
「そんなの、はったりよ」

 おどおどしていては信用してもらえない。はったりでも強がりでも、堂々としていればそれなりに自信があるように見える。堂々とうそをつかれて、自分が間違っているのかと戸惑ってしまった経験は、大なり小なりみなあるはずだ。
 しかし、やはり令嬢としては、王族のドレスが一番に気になるらしい。王妃のドレスは覚えていないが、そのすぐそばに立っていたセシルの騎士服姿が尊いほどに絵になっていたことだけは覚えている。

 それ以上聞いても無駄だと思ったのか、詳しいことは質問されなかった。今となっては、王宮の内装などをもっとしっかり見たかったと思うが、だからといってもう一度行きたいとは思わない。あんな寿命が縮まりそうな緊張は、一度で十分だ。
 その後はクレッソン家の近況報告を聞いていると、ジョフリーが訪れた。

「クレッソン男爵、この度はこちらの都合で何度も予定が変わって申し訳ない」
「こちらのことはどうぞお気になさらないでください」
「冬の結婚式は、家族だけで行うことになった」
「そうですか……」

 日程だけは決まっていたが、王族や高位貴族の日程調整が難しかったのか、辺境伯家の結婚式にしてはこじんまりとしたものになるようだ。エリサも今初めて知らされた。ジャンはエリサが軽んじられたと思ったのか残念がってくれているが、エリサとしてはうれしい限りだ。

「多くは無理だが、エリサと仲のよかった従業員も呼ぶといい」
「ジョフリー様……」

 その提案に感動から声の出ないエリサに対して、ジョフリーはにっこりと笑みを見せた。
 きっと兄のフィリップが進言してくれたのだろう。エリサは盛大な式よりも、家族や友人に祝われたいと。

「それくらいは花嫁の希望を叶えたっていいだろう」
「ありがとうございます」

 高位貴族たちの誰が出席で誰が欠席でと悩むくらいなら、いっそのこと呼ばないと決めたらしい。今回は王命で急な日程となったため、それでも問題ない。異例尽くしの婚姻なのだから、出席者の有無など今さらだ。大切なのは、教会の許可と貴族籍の登録だ。

「その代わり、春の披露パーティーには隣国の大使もお招きすることになるだろうから、頑張って」
「飴と鞭の使い方が上手ですね」
「貴女の扱い方に、少しは慣れてきたかな」

 お互いに軽口をたたきあう。それだけの時間をともに過ごしてきたのだ。
 二人の始まりを見ているジャンとナタリーは、思っていた以上に打ち解けている二人を見て、きっとエリサは、辺境でも幸せにやっていけるだろうと安心していた。
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