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第8章「神智を超えた回生の夢」
207話 特別な神、特別な想い(1)
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*
ユキアとデルタ、ジュリオがカトラスと対峙している頃、ヴィータはアスタとユーラ、クリスを連れて住宅街に向かった。キャッセリアで一般的な住宅が並ぶ区域ではなく、高級住宅街と呼ばれている場所のとある屋敷を目指した。その屋敷は、春先に起きた事件のせいで屋根が吹き飛んでいて、修理を終えたばかりだった。彼らは、そんな屋敷に住む人物──ミラージュを訪ねたのだ。
「意外と来るのが早かったわねぇ、ヴィータ。もう手詰まり?」
天井は元通りに直されたはずなのに、屋敷全体はボロボロで蜘蛛の巣などが放置されたまま。ほとんどくつろげる状態ではなかった。そんな中、比較的綺麗だった客室に招かれる。
ミラージュ──否、ミラージュの身体に宿るライランはソファに座り、ヴィータを抱きかかえて猫なで声を出す。ヴィータはミラージュに近づいてすぐに『非星幽化』を無効化させ、自身のアストラルを使い眠っていたライランの魂を呼び覚ましたのだ。
「なぜわたしを抱えたまま話すのです? 不愉快なので離れてください」
「そんなことしたらアナタの身体からアストラルがダダ漏れになるでしょ。被害を受ける子がいるんだから我慢なさい」
ヴィータを抱きかかえるライランの隣には、むーっとした顔でライランに目を遣るアスタが座っている。その向かいにはユーラが座り、彼女の隣では未だ眠るクリスがソファにもたれかかっていた。
「それで? たった一日で随分と事態が動き出したようだけど。ワタシのところに来たのはどういう了見かしら?」
「少々どころでなく厄介なことになりまして。アーケンシェンは見ての通り、ほとんど人間と言っても差し支えない状態になってしまいました」
「おまけにヴァニタスが復活しちゃったの! ノーファも殺されるし! 全部ニールがやったんだよ!」
「……観測者が殺された……ね」
深刻な表情で俯くヴィータと怒りながら訴えるアスタの説明を聞いたにもかかわらず、ライランは表情を変えることなく斜め上を見上げた。ユーラは隣で眠る少年を見遣りつつ、目の前に座る三人の見知らぬ面々に向き直った。
「あの……私たち、いつまでここにいたらいいかな? 早く街に帰りたいんだけど……」
「ダメよ。今のアナタたちは、はっきり言って戦力外の一般市民同然なの。下手に動かれて死なれたら困るわ」
ライランが涼しい態度で、されど厳しい声で止める。ユーラはしゅんと肩をすくめて、屋敷の外に通じる窓を振り返った。ひびの入ったガラスを通じて、朝日が僅かに射しこんでいる。
「一体、何が起きてるの? 目が覚めたら知らない場所にいたし、クリスくんは目を覚まさないし。あなたたちのことも、よくわからないし」
「神としての記憶が消えている今、すべてを説明しても理解できないでしょう。今はゆっくり休みなさい。多分、アナタがクリスと呼ぶその子が目を覚まさないのも、疲れが祟ったのが原因でしょう」
「……はい」
ユーラは窓から目を離し、ソファにもたれかかる。崩れそうで崩れない天井を見上げながら、深くため息をついた。その横で眠る小さな頭が、僅かに動いたことにも気づかず。
「う……うーん。よく寝た」
「あっ、クリスくん! 目が覚めたんだね」
「クリム!?」
「クー! 大丈夫!?」
座って眠っていたクリスが、重たい瞼を開けて身体を起こした。アスタとヴィータがはっとして名前を呼ぶも、本人はきょとんとした様子で首を傾げていた。
「あれ、ユーラさん? ここ……家じゃない?」
「うーん、私にもよくわからないんだよね。気づいたらここにいたんだよー」
「ユーラさんもわからないの? それに、そこにいる子たちは誰? 街では見かけたことない子だけど……」
特徴的なオッドアイと白銀の翼が失われた時点で、彼もまたクリムとしての記憶を失っていた。アスタは「やっぱり」とうな垂れて、ヴィータは口を閉ざしてクリスから目を逸らしてしまう。
「そうだ。ユーラさん、姉さんはどこ?」
「あ、ドロテアちゃん? そういえば見てないね。別の場所にいるのかなぁ?」
「────ドロテアですって?」
「ほえ?」
何気ないユーラの答えに真っ先に反応したのは、ライランだった。アスタとヴィータは何のことかわからず、ライランを見遣る。
「ライラン? 何か知っているのですか?」
「ええ、ちょっとね。アスタ、二人の話し相手になりなさい。ワタシはちょっとヴィータと話すから」
「なんでヴィーだけなのさ!?」
「いいから。その子たちを頼むわね」
ライランがヴィータを抱えたまま立ち上がり、納得のいかない様子のアスタと呆然としたユーラを置いて客室を後にする。鏡の欠片が散乱したままのエントランスにやってきたところで、ヴィータを床に下ろして立たせる。
「お兄様をわざわざ除け者にして話すなんて、どういうつもりです?」
「今からする話は、人間に戻ってしまったあの子たちには酷だから聞かせない方がいいかと思って。アスタにはあとでアナタから話しなさい」
話し声が漏れる客室を一瞥した後、ライランはクローバーの宿る赤い瞳をじっと見下ろした。その目には微かな憂いと憐みが宿っている。
「ワタシ、あの断罪神くんと天使ちゃんのことは調べようがないと思っていたけれど……ドロテアという名前で少し思い出したことがあるの」
「クリムとアリアが人間だったときのことがわかったのですか?」
「古代で彼らと話したことがあるわけじゃないから、確証は持てないけどね」
ライランは近くの壁に寄りかかる。ヴィータは彼女の目の前に立ち、話に耳を傾けた。
「ドロテア・ミスティリオ。彼女は、古代末期で少しばかり有名だった人形作家よ。インペリオが随分と気に入っていた子だったのを思い出してね」
「……あの腐れ変態ボンクラ王が、ですか。趣味が良いんだか悪いんだかわかりませんね」
「相変わらず人の息子に対してひどい言い様ね。まあ、それは置いといて。ドロテアは少々特殊な人形を作る技術を持っていてね。少し年の離れた弟と同年代の親友がいて、かなりのド田舎で大人しく暮らしていたみたい。でも、『厄災』はデウスガルテン全土に及んだ。弟と親友と一緒に死んでしまったと考えるのが自然ね」
彼らの過去の最期がどんなものなのか、聞かずともわかることではあった。それでも、ヴィータはなんとも言えない気持ちになりながら、黙ってライランの話を聞いていた。
「ここまで言えばわかるわよね? 今のティアルとカルデルト……ネイアとヴェルダも、同じような末路を辿ったと見ていい。他の幾多もの人間たちも同じだったはずなのに、どうして彼らは特別な神々として生まれ変わることができたのかしら?」
問いを投げかけられ、ヴィータは考えざるを得なくなる。密かに思っていたこととはいえ、ほとんど気に留めてこなかった疑問だった。
現代神は人間の死体から生まれる。しかし、現代神の中でも最初期に生まれたアーケンシェンと、その後の一般神たちでは明確な違いがあった。オッドアイであること、系統魔法をほとんど行使しないこと。そして────
「人間だった頃の記憶が、残っていた……?」
「当たらずとも遠からずね。それじゃ完答とは言えないわ」
唯一わかっている答えを口にしたとき、ライランは目を閉じて笑ってみせた。どこか強気な態度の彼女に対し、ヴィータは僅かに顔をしかめる。
「今生きている現代神のほとんどは、バラバラになった複数の人間の死体を材料に生み出されている。要は不完全かつごちゃ混ぜにされたから、人間だった頃の記憶なんてないも同然なのよ。それに対し、彼らの死体はかなり綺麗に残っていたんじゃないかしら」
「……だから今、残った人間としての魂が表出している、ということでしょうか?」
「そう。一般神たちもアーケンシェンも、現代の最高神の血肉を与えられて生まれたけれど、アーケンシェンへの贈り物はそれだけじゃなかった。それこそが、彼らの『右目』だったのよ」
ライランの話は、異変が起きた今は失われてしまった、アーケンシェンの異色の瞳についての言及へ移る。彼女は何もないところから青色の鏡片を召喚し、鏡面を眺めながら口を動かした。
「アーケンシェンの右目には『権能』が宿る。その性質は各々によって異なるけれど、一般神にはない特殊な力を持っている。アストラルみたいな超常的な力は含まれていないけれど、これらの保持を担っていたのが現代の最高神だったのでしょう。それが失われたせいで、均衡が崩れた……ってところかしら」
「相変わらずの情報収集能力ですね。元の肉体を失っていながら、どうやって調べたのです?」
「『神兵』を使ったのよ。この肉体の固有魔法で複製された使い捨ての兵士たち。アナタと再会する前に自由行動できる時間があったからね」
青い鏡の欠片を消し去ってすぐに、ライランの身の丈よりも頭一つ分大きい鏡を召喚した。今、ライランの魂が宿っているミラージュの武器だ。
「とはいえ、今のワタシが使えるものは限られているわ。この肉体の固有魔法や神幻術は問題なく使えるけれど、原初神としての能力は『水鏡』しか残っていない。昔みたいに動けなくてつまらないわね」
「……アーケンシェンたちを元に戻す方法はあるのでしょうか」
「そんなの、右目の『権能』を復活させればいい話よ。とはいえ、方法がわからないわね……」
言葉を一度切り、鏡を魔力に変換して消し去る。そして深くため息をついてから、うんざりとしたような顔をヴィータに向けた。
「アナタにはわかるかしら、ヴィータ。人間の精神性で、この世界の過酷な現実に耐えることの難しさが」
「人間の精神性……?」
「生命によって、寿命とか特徴が変わってくるでしょ? 大抵の生命には、それに適した生き方が備わっている。神は不老長寿であることが前提だから、長い時を生きても何とも思わないし、観測者は不老不死が当たり前だから、致命傷なんてへっちゃら。でも、人間は違う。死を恐れるのは当たり前だし、孤独に耐えられない。ましてや、一緒に生きていた肉親はすでに死んでいて、それから長い時を経て自分だけ生き返ったと知ったら」
ライランはすべてを語らず、答えの直前で口を閉ざす。話を聞いている目の前の子供が、皆まで言わなくとも結論がわかる賢い娘だとわかっていたからだ。実際、ヴィータはライランの言わんとしていることを理解し、俯きながら唇を噛み締めている。
そんなヴィータを見かねたライランは、皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「昔とは変わったわね、ヴィータ。アスタの他にも大切なものができるなんて」
「……何を言っているんです。お兄様より大切なものなんて、わたしには」
「そりゃそうよ、アナタにとってアスタは唯一無二の存在でしょうし。だけど、本当にアスタだけが大事なら、今の話を聞いてそんな顔はしないでしょ?」
ヴィータは何も答えず、ライランに顔を見られぬよう目を逸らす。再びため息をついたライランが、客室に戻ろうと壁から身を離した。屋敷の扉が乱暴な音とともに開け放たれたのは、そのときだった。
ユキアとデルタ、ジュリオがカトラスと対峙している頃、ヴィータはアスタとユーラ、クリスを連れて住宅街に向かった。キャッセリアで一般的な住宅が並ぶ区域ではなく、高級住宅街と呼ばれている場所のとある屋敷を目指した。その屋敷は、春先に起きた事件のせいで屋根が吹き飛んでいて、修理を終えたばかりだった。彼らは、そんな屋敷に住む人物──ミラージュを訪ねたのだ。
「意外と来るのが早かったわねぇ、ヴィータ。もう手詰まり?」
天井は元通りに直されたはずなのに、屋敷全体はボロボロで蜘蛛の巣などが放置されたまま。ほとんどくつろげる状態ではなかった。そんな中、比較的綺麗だった客室に招かれる。
ミラージュ──否、ミラージュの身体に宿るライランはソファに座り、ヴィータを抱きかかえて猫なで声を出す。ヴィータはミラージュに近づいてすぐに『非星幽化』を無効化させ、自身のアストラルを使い眠っていたライランの魂を呼び覚ましたのだ。
「なぜわたしを抱えたまま話すのです? 不愉快なので離れてください」
「そんなことしたらアナタの身体からアストラルがダダ漏れになるでしょ。被害を受ける子がいるんだから我慢なさい」
ヴィータを抱きかかえるライランの隣には、むーっとした顔でライランに目を遣るアスタが座っている。その向かいにはユーラが座り、彼女の隣では未だ眠るクリスがソファにもたれかかっていた。
「それで? たった一日で随分と事態が動き出したようだけど。ワタシのところに来たのはどういう了見かしら?」
「少々どころでなく厄介なことになりまして。アーケンシェンは見ての通り、ほとんど人間と言っても差し支えない状態になってしまいました」
「おまけにヴァニタスが復活しちゃったの! ノーファも殺されるし! 全部ニールがやったんだよ!」
「……観測者が殺された……ね」
深刻な表情で俯くヴィータと怒りながら訴えるアスタの説明を聞いたにもかかわらず、ライランは表情を変えることなく斜め上を見上げた。ユーラは隣で眠る少年を見遣りつつ、目の前に座る三人の見知らぬ面々に向き直った。
「あの……私たち、いつまでここにいたらいいかな? 早く街に帰りたいんだけど……」
「ダメよ。今のアナタたちは、はっきり言って戦力外の一般市民同然なの。下手に動かれて死なれたら困るわ」
ライランが涼しい態度で、されど厳しい声で止める。ユーラはしゅんと肩をすくめて、屋敷の外に通じる窓を振り返った。ひびの入ったガラスを通じて、朝日が僅かに射しこんでいる。
「一体、何が起きてるの? 目が覚めたら知らない場所にいたし、クリスくんは目を覚まさないし。あなたたちのことも、よくわからないし」
「神としての記憶が消えている今、すべてを説明しても理解できないでしょう。今はゆっくり休みなさい。多分、アナタがクリスと呼ぶその子が目を覚まさないのも、疲れが祟ったのが原因でしょう」
「……はい」
ユーラは窓から目を離し、ソファにもたれかかる。崩れそうで崩れない天井を見上げながら、深くため息をついた。その横で眠る小さな頭が、僅かに動いたことにも気づかず。
「う……うーん。よく寝た」
「あっ、クリスくん! 目が覚めたんだね」
「クリム!?」
「クー! 大丈夫!?」
座って眠っていたクリスが、重たい瞼を開けて身体を起こした。アスタとヴィータがはっとして名前を呼ぶも、本人はきょとんとした様子で首を傾げていた。
「あれ、ユーラさん? ここ……家じゃない?」
「うーん、私にもよくわからないんだよね。気づいたらここにいたんだよー」
「ユーラさんもわからないの? それに、そこにいる子たちは誰? 街では見かけたことない子だけど……」
特徴的なオッドアイと白銀の翼が失われた時点で、彼もまたクリムとしての記憶を失っていた。アスタは「やっぱり」とうな垂れて、ヴィータは口を閉ざしてクリスから目を逸らしてしまう。
「そうだ。ユーラさん、姉さんはどこ?」
「あ、ドロテアちゃん? そういえば見てないね。別の場所にいるのかなぁ?」
「────ドロテアですって?」
「ほえ?」
何気ないユーラの答えに真っ先に反応したのは、ライランだった。アスタとヴィータは何のことかわからず、ライランを見遣る。
「ライラン? 何か知っているのですか?」
「ええ、ちょっとね。アスタ、二人の話し相手になりなさい。ワタシはちょっとヴィータと話すから」
「なんでヴィーだけなのさ!?」
「いいから。その子たちを頼むわね」
ライランがヴィータを抱えたまま立ち上がり、納得のいかない様子のアスタと呆然としたユーラを置いて客室を後にする。鏡の欠片が散乱したままのエントランスにやってきたところで、ヴィータを床に下ろして立たせる。
「お兄様をわざわざ除け者にして話すなんて、どういうつもりです?」
「今からする話は、人間に戻ってしまったあの子たちには酷だから聞かせない方がいいかと思って。アスタにはあとでアナタから話しなさい」
話し声が漏れる客室を一瞥した後、ライランはクローバーの宿る赤い瞳をじっと見下ろした。その目には微かな憂いと憐みが宿っている。
「ワタシ、あの断罪神くんと天使ちゃんのことは調べようがないと思っていたけれど……ドロテアという名前で少し思い出したことがあるの」
「クリムとアリアが人間だったときのことがわかったのですか?」
「古代で彼らと話したことがあるわけじゃないから、確証は持てないけどね」
ライランは近くの壁に寄りかかる。ヴィータは彼女の目の前に立ち、話に耳を傾けた。
「ドロテア・ミスティリオ。彼女は、古代末期で少しばかり有名だった人形作家よ。インペリオが随分と気に入っていた子だったのを思い出してね」
「……あの腐れ変態ボンクラ王が、ですか。趣味が良いんだか悪いんだかわかりませんね」
「相変わらず人の息子に対してひどい言い様ね。まあ、それは置いといて。ドロテアは少々特殊な人形を作る技術を持っていてね。少し年の離れた弟と同年代の親友がいて、かなりのド田舎で大人しく暮らしていたみたい。でも、『厄災』はデウスガルテン全土に及んだ。弟と親友と一緒に死んでしまったと考えるのが自然ね」
彼らの過去の最期がどんなものなのか、聞かずともわかることではあった。それでも、ヴィータはなんとも言えない気持ちになりながら、黙ってライランの話を聞いていた。
「ここまで言えばわかるわよね? 今のティアルとカルデルト……ネイアとヴェルダも、同じような末路を辿ったと見ていい。他の幾多もの人間たちも同じだったはずなのに、どうして彼らは特別な神々として生まれ変わることができたのかしら?」
問いを投げかけられ、ヴィータは考えざるを得なくなる。密かに思っていたこととはいえ、ほとんど気に留めてこなかった疑問だった。
現代神は人間の死体から生まれる。しかし、現代神の中でも最初期に生まれたアーケンシェンと、その後の一般神たちでは明確な違いがあった。オッドアイであること、系統魔法をほとんど行使しないこと。そして────
「人間だった頃の記憶が、残っていた……?」
「当たらずとも遠からずね。それじゃ完答とは言えないわ」
唯一わかっている答えを口にしたとき、ライランは目を閉じて笑ってみせた。どこか強気な態度の彼女に対し、ヴィータは僅かに顔をしかめる。
「今生きている現代神のほとんどは、バラバラになった複数の人間の死体を材料に生み出されている。要は不完全かつごちゃ混ぜにされたから、人間だった頃の記憶なんてないも同然なのよ。それに対し、彼らの死体はかなり綺麗に残っていたんじゃないかしら」
「……だから今、残った人間としての魂が表出している、ということでしょうか?」
「そう。一般神たちもアーケンシェンも、現代の最高神の血肉を与えられて生まれたけれど、アーケンシェンへの贈り物はそれだけじゃなかった。それこそが、彼らの『右目』だったのよ」
ライランの話は、異変が起きた今は失われてしまった、アーケンシェンの異色の瞳についての言及へ移る。彼女は何もないところから青色の鏡片を召喚し、鏡面を眺めながら口を動かした。
「アーケンシェンの右目には『権能』が宿る。その性質は各々によって異なるけれど、一般神にはない特殊な力を持っている。アストラルみたいな超常的な力は含まれていないけれど、これらの保持を担っていたのが現代の最高神だったのでしょう。それが失われたせいで、均衡が崩れた……ってところかしら」
「相変わらずの情報収集能力ですね。元の肉体を失っていながら、どうやって調べたのです?」
「『神兵』を使ったのよ。この肉体の固有魔法で複製された使い捨ての兵士たち。アナタと再会する前に自由行動できる時間があったからね」
青い鏡の欠片を消し去ってすぐに、ライランの身の丈よりも頭一つ分大きい鏡を召喚した。今、ライランの魂が宿っているミラージュの武器だ。
「とはいえ、今のワタシが使えるものは限られているわ。この肉体の固有魔法や神幻術は問題なく使えるけれど、原初神としての能力は『水鏡』しか残っていない。昔みたいに動けなくてつまらないわね」
「……アーケンシェンたちを元に戻す方法はあるのでしょうか」
「そんなの、右目の『権能』を復活させればいい話よ。とはいえ、方法がわからないわね……」
言葉を一度切り、鏡を魔力に変換して消し去る。そして深くため息をついてから、うんざりとしたような顔をヴィータに向けた。
「アナタにはわかるかしら、ヴィータ。人間の精神性で、この世界の過酷な現実に耐えることの難しさが」
「人間の精神性……?」
「生命によって、寿命とか特徴が変わってくるでしょ? 大抵の生命には、それに適した生き方が備わっている。神は不老長寿であることが前提だから、長い時を生きても何とも思わないし、観測者は不老不死が当たり前だから、致命傷なんてへっちゃら。でも、人間は違う。死を恐れるのは当たり前だし、孤独に耐えられない。ましてや、一緒に生きていた肉親はすでに死んでいて、それから長い時を経て自分だけ生き返ったと知ったら」
ライランはすべてを語らず、答えの直前で口を閉ざす。話を聞いている目の前の子供が、皆まで言わなくとも結論がわかる賢い娘だとわかっていたからだ。実際、ヴィータはライランの言わんとしていることを理解し、俯きながら唇を噛み締めている。
そんなヴィータを見かねたライランは、皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「昔とは変わったわね、ヴィータ。アスタの他にも大切なものができるなんて」
「……何を言っているんです。お兄様より大切なものなんて、わたしには」
「そりゃそうよ、アナタにとってアスタは唯一無二の存在でしょうし。だけど、本当にアスタだけが大事なら、今の話を聞いてそんな顔はしないでしょ?」
ヴィータは何も答えず、ライランに顔を見られぬよう目を逸らす。再びため息をついたライランが、客室に戻ろうと壁から身を離した。屋敷の扉が乱暴な音とともに開け放たれたのは、そのときだった。
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