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第8章「神智を超えた回生の夢」
206話 罪と試練(2)
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「さっきまでお前たちが話していたことは大体聞いていた。子は親を映す鏡と言うが、その通りだと思う」
ジュリオがカトラスさんを睨みつけながら、私とデルタさんの前に歩み出る。カトラスさんもまた、陰が落ちた状態でしわまみれの顔を向ける。
「そもそも、生みの親とその育て親が不完全であるから、おれたちもそう生まれざるを得なかった。それはカトラス……アイリスの養父であるお前が一番自覚していたことじゃないのか」
「何をぬかすかと思えば。アイリスを殺そうとした裏切り者に言えることではないわ。ただの失敗作でしかないお主にわしの何がわかる?」
失敗作、という言葉にほんの少しだけ胸が痛んだ私に対し、ジュリオは嘲るようにふっと笑う声を漏らし、左手に白い狙撃銃を召喚した。かつて、神隠し事件のときにアスタの頭を撃ち抜いた銃身が、丸腰のカトラスさんへと向けられる。
「何もわかりはしないさ。だが、お前は他人を失敗作と呼べるほど偉いのか? 足掻いても無意味と嘆いても許されるほど完璧な神なのか? おれにはお前が矮小な人間にしか見えない。人の形をした化け物にいとも簡単に蹴り飛ばされるくらい、弱い人間にな」
カトラスさんは何も答えない。自分の武器を構えたりすることもなく、ジュリオと私たちをじっと見つめるばかりだった。
少し待っても返事が返ってこないことに苛立ったのか、ジュリオが小さな舌打ちとともに銃を操作した。安全装置を解除した音だとわかり、私は慌てて声を上げた。
「ち、ちょっと待ってジュリオ! カトラスさんを殺す気!?」
「逆になんで殺さないと思った? おれはアイリスを優先していただけで、いずれはカトラスのことも殺るつもりだった。失敗作と呼ばれて傷ついたのはお前だって同じだろ」
「それはそうだけど……カトラスさんは数少ない古代神の生き残りなのよ!? 殺したら意味がないじゃない!!」
「そんなの知るか。いくら組織から解放されたとはいえ、おれの中の憎しみは完全に消えちゃいないんだよ」
引き金にかけられた指の力が強まった。私はジュリオを止めなければと、無意識のうちに抱き着いていた。
当然、彼は「離せ」と怒鳴りながら、心底鬱陶しそうに私を振りほどこうとする。たとえ銃口が私に向けられようと、心変わりするまで離れるつもりはなかった。
「わしを殺したいのなら殺せばいい。だが、何を以てしても、わしは死ねん」
カトラスさんは諦めたような目つきで、もみくちゃになる私たちを見て言った。ジュリオが唖然とした顔で動きを止めたものの、私までジュリオと一緒に固まってしまった。彼の言った言葉の意味をすぐには飲み込めなかったのだ。
「それって、どういうことですか? 死ねないだなんて、アスタたちみたい」
「あやつらとは違う。わしには使命があった。それを果たさぬ限り死を許されない、そんな呪いをかけられているだけじゃよ」
「……不老不死の呪い、か」
デルタさんが私とジュリオの前に歩み出て呟く。人間である彼の口から不老不死という言葉が飛び出すなんて思わなかった。
「俺も生前、似たようなものを持ち合わせていた。もっとも、俺にもたらされたそれはあまりにも不完全なものだったが」
「わしがお主を最初の神の礎に選んだのは、それが理由じゃ。何より、デルタ……お主は我が盟友を誰よりも慕っておった。お主ならきっと、彼の魂を受け入れてくれると思ったのじゃ」
古代神であるカトラスさんと、古代に生きていたデルタさん……二人の間には何かしらの関係があったみたいだが、親密な仲だったわけではなさそうだ。
デルタさんは赤い目を鋭くさせて、僅かに顔をしかめる。
「俺はあのお方の元を離れたときから、死に場所を探していた。やっと生を終えられたと思ったのに、死者蘇生の真似事に巻き込まれるとは。堕ちたものだな、カトラス卿」
「なんとでも言うがよい。わしにはもう、失うものなどないからな」
カトラスさんは私たちに背を向けて、繁華街のある道へと歩いていく。私はジュリオから離れて、カトラスさんを呼び止めようと追いかけた。
「待ってください! カトラスさん、クリムたちを元に戻すにはどうしたら────」
「ユキア。お主が本当に『厄災』を阻止するつもりなら、その覚悟を証明してみせよ。わし一人では『厄災』に対抗することはできんが、お主にアーケンシェンたちをあるべき姿に戻すほどの力があるなら、それも叶えられよう」
私がカトラスさんに追いつく前に、向こうが振り返ってそう告げ、今度こそ立ち去っていってしまった。
これ以上話を聞きだすのは無理なので、もう追わない。今は古代の話を詳しく聞くよりも、クリムたちに起きた異変を解決する方が先だろう。あれだけ豪語するくらいだ、カトラスさんの力を借りなくたって、クリムたちを元に戻す方法はきっとあるはずだ。
「で。これからどうするんだ。正直、おれはセルジュのところに行きたい」
「あのねぇ……ここまで来てそれはないでしょ! クリムを元に戻さなきゃいけないのよ!? あんたは一応罪人なんだから、私と一緒に行動しなさい!」
「お前に命令される筋合いはないんだが。まあ、同じ元候補者同士だし、付き合ってやらんでもない」
渋々とした態度ではあったが、ジュリオも一応ついてきてくれるみたいだ。
アスタたちとユーラさんたちが向かった方向はわかっているから、うまくいけば合流できるだろう。とはいえ、ヴィータが頼ると言った「あいつ」が誰なのか、私には見当もつかないので困った。
(ユキア。俺に少しだけ身体を貸してくれ)
「ええっ!? なに!? カイザー!?」
悩んでいたとき、脳内でカイザーの声が響いた。驚きのあまり声が出てしまい、それにジュリオとデルタさんが気づいて、訝しげな目を向けてきた。
「なんだよ、いきなり大声出すな」
「あっごめん、ちょっと待って」
ジュリオにまで頭がおかしい人認定されたくないので、とりあえずなんでもないことを装った。二人の意識が逸れたのを確認したとき、頭の中でまた声が聞こえ始める。
(すまんすまん。他の奴に俺の声は聞こえないんだ。あー、俺に話しかける感じで念じてみてくれねーか?)
言われた通り、とりあえずカイザーへの返事を考えてみる。そして、彼に伝えられるよう、頭の中で問いかけた。
(えっと、これでいいの?)
(そうそう。俺と会話するときはそうやって念じてくれ。いやー、お袋のおかげで夢の中以外でも話せるようになってよかったぜ。便利だろ?)
(話せるなら最初から教えてよね。こんなことができるなんて、ローゼマリーさん言ってなかったわ)
(あんまり出しゃばっても仕方ないだろ。俺、もうとっくに死んでるし)
以前も行動していたとき声が聞こえたことがあったけれど、まさか現実でこうして話せるようになっていたとは思わなかった。これも、前の事件でローゼマリーさんから力をもらった恩恵の一つと考えると、彼女は本当にたくさんのものを私に残してくれたのだと実感する。
(それより、身体を貸してってどういうこと? いきなりなんなの?)
(理由は色々あるんだけどよ。とりあえず、そこにいるデルタって奴と話してみたいんだ)
(デルタさんのこと、知ってるの?)
(俺自身は会ったことないんだけどな。俺の親父と深い付き合いがあったんだ。親父がまだ現役だった頃の騎士団長だったんだぜ)
(騎士団って……カイザーの仲間の人間たちのこと? ユリウスさんの時代にもあったのね)
永世翔華神物語にも騎士団という言葉が出てきていたので、私もある程度は知っている。王となったカイザーは、神でありながら人間の騎士団を統率していて、部下ではなく、同じ国を守る対等な仲間として接していた。騎士団に所属する人間たちはとても優秀で、個性的な人々の集まりだったと、物語には書かれていた。
彼による、神と人間の共存する世界の実現は、まさにその騎士団との繋がりから始まったようなものだと思っていた。カイザーの父親であるユリウスさんの時代から騎士団が存在していたなら、彼も同じ志を持っていたことは火を見るよりも明らかだ。
(デルタは、親父の時代では最も優秀な騎士団長だったらしい。俺も親父から話を聞いたことがあるんだ)
(え、そんなに優秀だった人なの?)
(周りからカタブツって言われてた親父が絶賛するくらいにはな。俺から事情を話しておきたいんだ。それだけじゃない。そこにいる現代神にも、お前の大事な仲間たちにも、古代で起きたことを知らせたいんだ)
私も、古代のことをもっとよく知りたい。私が望んでいるかつての世界は、どんな形だったのか。そこで生きる人々はどんな願いを持っていたのか。
どうして、今よりも平和に思えた時代が終わってしまったのか────今の私たちにとって大事なことは、一度世界が終わりかけた原因を知ることだと思う。
(いいよ。その代わり、私にもあとで話したことを聞かせてね)
(もちろんだ。ああそうだ、俺がお前の身体を借りるにはアストラルが必要なんだ。何かしらの方法でアストラルを自分の身体に流し込め)
(え、それ大丈夫? 私死なない?)
(ちょっと前に同じ方法を使って、お前のピンチを回避したんだ。安心しろ)
カイザーの言葉とはいえ、正直不安は治まらない。星幽術をもろに受けて死にかけたことがあるゆえだったが、彼の意志は固そうだった。
話も一段落したので、とりあえずアストラルを得る方法を考える。真っ先に思いついたのは、訝しげに私を見ているジュリオだ。
「ジュリオ。私の身体にアストラルを流し込んでくれない?」
「いきなり何を言いだすかと思えば、自殺行為か? 嫌だ。あまり星幽術は使いたくない」
「私はそんな簡単に死なないから、そこをなんとか!」
断られても、私は両手を合わせて懇願した。だが、そっぽを向かれてしまい取り付く島もなかった。
よく考えたら、ジュリオにアストラルを使わせるのはあまりよくないことかもしれない。長い間ミストリューダにいたこともあって、彼は黒幽病に罹患し続けている状態だ。アストラルを使わせたら、彼の病状が悪化する可能性もある。
セルジュさんに余計な心配をかけさせたくないし、別の方法を考えよう。
「……二人とも。こんなものが落ちていたのだが」
少し気まずい雰囲気になっていたところで、デルタさんが広げた手のひらを見せてきた。その上には、中身が深い紺色のどろっとした液体で満たされた小瓶が乗っていた。
私はこれが何なのかすぐには思い当たらなかったが、一緒に手のひらを覗き込んだジュリオははっと息を飲んだ。
「ノーファ様の薬だ。なんでこんなところに……?」
「ヴィータという者だったか? 彼女が去り際に落としていった。相当慌てていたのだな」
「薬って、飲んだらアストラルに適応できるっていう、あれ?」
「ああ。というかユキア、アストラルがいるんだろ? おれがわざわざ星幽術を使わなくても、お前がそれを飲めば解決するんじゃないか?」
────私が、この薬を? そんな方法は思いつかなかったというのもあり、硬直してしまう。
私にとって、ノーファの薬は忌々しいものでしかない。超常的な力をもたらすのと引き換えに使用者の命を奪ってきた代物であり、神々の裏切り者を何人も生み出した悲劇の種でもある。本音を言えば、こんなものは使いたくない。
だけど、方法を選んでる時間はないのも確かだ。まるで、試練に立ち向かうかのような気分だ。
(カイザー。これ、私が飲んでも平気?)
(……確かにアストラルは得られる。俺はあんまり飲んでほしくねぇんだけど。いいのか、ユキア)
(構わないわ。私が覚悟を決めなきゃ、何も始まらない)
私は小瓶の蓋をこじ開け、中身をぐいっと飲み干した。すごく苦くて、どろどろしていて、気持ち悪い味としか形容できない。吐き出したくなるのをこらえて、飲み込んだ。
その瞬間、意識がぐらりと揺れる感覚に襲われる。どうにも逆らうことはできず、意識の海に身を沈める他なかった。
*
ユキアが紺色の液体を口に流し込んだ直後、突然その場に倒れ込んでしまう。当然、ジュリオとデルタは異変に動揺しそうになった。
しかし、気を失ったかと思った彼女は、すぐに身体を起こして憤慨し始める。
「ったく、ユキアの奴! また無茶なことしやがって! さすがに『薬』を自分から飲むなんて思わなかったぞ!」
声自体は変わらぬものの、少女らしさが消えた挙句に少年のような喋り方になっていた。何も事情を知らないジュリオたちからすれば、唖然とする以外の反応はできなかった。
「……は? ユキア、なのか?」
「いきなり人が変わったな。というより……何か別の魂が宿ったように思える。お前は何者だ?」
デルタが慎重に尋ねたとき、少女ははっとして立ち上がる。身体には何も異常はないが、いつものユキアよりも勇ましい佇まいで二人に向き直った。
「俺は第二代永世翔華神、カイザー・グランデ。デルタ、あんたの主君の息子だ。親父と話してたときみたいに、気楽に話してくれよ」
少女──否、少女の身体に憑依しているカイザーがにこやかに挨拶を述べる。デルタは赤い瞳を見開くとともに息を飲み、軽く頭を下げる。
「ということは、ユリウス様のご子息……? 実際に話すのは初めてか。失礼な物言いだった、すまない」
「いいっていいって。あんたは親父が退位する前に失踪しちまったらしいし、俺を知らなくたって無理もねぇ。それより、親父はあんたの帰還をずっと待ってたんだぜ? 生きてたなら一回くらい顔見せてくれたってよかったじゃねぇか」
デルタは返す言葉を見つけられず、黙り込んでしまう。それはカイザーからすれば予想の範囲内だったようで、あまり時を待たずに「まあ、今更細かいことはいいけどな」と口にした。
「あんたが親父の前から消えた理由はなんとなく察してる。問い詰めるほどのことでもないし、俺からはもう何も聞かないよ」
「なら、どうして俺の前に現れた? ユキアの身体を使ってまで」
「お前ら、仲間と合流するつもりなんだろ? 今まで明かせなかったこと、色々話そうと思ってさ。とりあえず、ついてこいよ」
カイザーはくるりと身を翻して歩き出す。その方向は、ヴィータたちが走り去っていった道だった。ジュリオは信用しきれない上に不安が募るばかりだったゆえ、カイザーの後を追うのをためらっていた。
「……おい、デルタ。こいつ、信用していいのか?」
「多分、大丈夫だ。あのお方のご子息だからな、少なくとも根は良い男だろう」
デルタは何気なくカイザーについていく。ジュリオはため息をつきつつも、ノーファの薬を飲んだユキアの身を若干案じながら彼らを追いかけた。
ジュリオがカトラスさんを睨みつけながら、私とデルタさんの前に歩み出る。カトラスさんもまた、陰が落ちた状態でしわまみれの顔を向ける。
「そもそも、生みの親とその育て親が不完全であるから、おれたちもそう生まれざるを得なかった。それはカトラス……アイリスの養父であるお前が一番自覚していたことじゃないのか」
「何をぬかすかと思えば。アイリスを殺そうとした裏切り者に言えることではないわ。ただの失敗作でしかないお主にわしの何がわかる?」
失敗作、という言葉にほんの少しだけ胸が痛んだ私に対し、ジュリオは嘲るようにふっと笑う声を漏らし、左手に白い狙撃銃を召喚した。かつて、神隠し事件のときにアスタの頭を撃ち抜いた銃身が、丸腰のカトラスさんへと向けられる。
「何もわかりはしないさ。だが、お前は他人を失敗作と呼べるほど偉いのか? 足掻いても無意味と嘆いても許されるほど完璧な神なのか? おれにはお前が矮小な人間にしか見えない。人の形をした化け物にいとも簡単に蹴り飛ばされるくらい、弱い人間にな」
カトラスさんは何も答えない。自分の武器を構えたりすることもなく、ジュリオと私たちをじっと見つめるばかりだった。
少し待っても返事が返ってこないことに苛立ったのか、ジュリオが小さな舌打ちとともに銃を操作した。安全装置を解除した音だとわかり、私は慌てて声を上げた。
「ち、ちょっと待ってジュリオ! カトラスさんを殺す気!?」
「逆になんで殺さないと思った? おれはアイリスを優先していただけで、いずれはカトラスのことも殺るつもりだった。失敗作と呼ばれて傷ついたのはお前だって同じだろ」
「それはそうだけど……カトラスさんは数少ない古代神の生き残りなのよ!? 殺したら意味がないじゃない!!」
「そんなの知るか。いくら組織から解放されたとはいえ、おれの中の憎しみは完全に消えちゃいないんだよ」
引き金にかけられた指の力が強まった。私はジュリオを止めなければと、無意識のうちに抱き着いていた。
当然、彼は「離せ」と怒鳴りながら、心底鬱陶しそうに私を振りほどこうとする。たとえ銃口が私に向けられようと、心変わりするまで離れるつもりはなかった。
「わしを殺したいのなら殺せばいい。だが、何を以てしても、わしは死ねん」
カトラスさんは諦めたような目つきで、もみくちゃになる私たちを見て言った。ジュリオが唖然とした顔で動きを止めたものの、私までジュリオと一緒に固まってしまった。彼の言った言葉の意味をすぐには飲み込めなかったのだ。
「それって、どういうことですか? 死ねないだなんて、アスタたちみたい」
「あやつらとは違う。わしには使命があった。それを果たさぬ限り死を許されない、そんな呪いをかけられているだけじゃよ」
「……不老不死の呪い、か」
デルタさんが私とジュリオの前に歩み出て呟く。人間である彼の口から不老不死という言葉が飛び出すなんて思わなかった。
「俺も生前、似たようなものを持ち合わせていた。もっとも、俺にもたらされたそれはあまりにも不完全なものだったが」
「わしがお主を最初の神の礎に選んだのは、それが理由じゃ。何より、デルタ……お主は我が盟友を誰よりも慕っておった。お主ならきっと、彼の魂を受け入れてくれると思ったのじゃ」
古代神であるカトラスさんと、古代に生きていたデルタさん……二人の間には何かしらの関係があったみたいだが、親密な仲だったわけではなさそうだ。
デルタさんは赤い目を鋭くさせて、僅かに顔をしかめる。
「俺はあのお方の元を離れたときから、死に場所を探していた。やっと生を終えられたと思ったのに、死者蘇生の真似事に巻き込まれるとは。堕ちたものだな、カトラス卿」
「なんとでも言うがよい。わしにはもう、失うものなどないからな」
カトラスさんは私たちに背を向けて、繁華街のある道へと歩いていく。私はジュリオから離れて、カトラスさんを呼び止めようと追いかけた。
「待ってください! カトラスさん、クリムたちを元に戻すにはどうしたら────」
「ユキア。お主が本当に『厄災』を阻止するつもりなら、その覚悟を証明してみせよ。わし一人では『厄災』に対抗することはできんが、お主にアーケンシェンたちをあるべき姿に戻すほどの力があるなら、それも叶えられよう」
私がカトラスさんに追いつく前に、向こうが振り返ってそう告げ、今度こそ立ち去っていってしまった。
これ以上話を聞きだすのは無理なので、もう追わない。今は古代の話を詳しく聞くよりも、クリムたちに起きた異変を解決する方が先だろう。あれだけ豪語するくらいだ、カトラスさんの力を借りなくたって、クリムたちを元に戻す方法はきっとあるはずだ。
「で。これからどうするんだ。正直、おれはセルジュのところに行きたい」
「あのねぇ……ここまで来てそれはないでしょ! クリムを元に戻さなきゃいけないのよ!? あんたは一応罪人なんだから、私と一緒に行動しなさい!」
「お前に命令される筋合いはないんだが。まあ、同じ元候補者同士だし、付き合ってやらんでもない」
渋々とした態度ではあったが、ジュリオも一応ついてきてくれるみたいだ。
アスタたちとユーラさんたちが向かった方向はわかっているから、うまくいけば合流できるだろう。とはいえ、ヴィータが頼ると言った「あいつ」が誰なのか、私には見当もつかないので困った。
(ユキア。俺に少しだけ身体を貸してくれ)
「ええっ!? なに!? カイザー!?」
悩んでいたとき、脳内でカイザーの声が響いた。驚きのあまり声が出てしまい、それにジュリオとデルタさんが気づいて、訝しげな目を向けてきた。
「なんだよ、いきなり大声出すな」
「あっごめん、ちょっと待って」
ジュリオにまで頭がおかしい人認定されたくないので、とりあえずなんでもないことを装った。二人の意識が逸れたのを確認したとき、頭の中でまた声が聞こえ始める。
(すまんすまん。他の奴に俺の声は聞こえないんだ。あー、俺に話しかける感じで念じてみてくれねーか?)
言われた通り、とりあえずカイザーへの返事を考えてみる。そして、彼に伝えられるよう、頭の中で問いかけた。
(えっと、これでいいの?)
(そうそう。俺と会話するときはそうやって念じてくれ。いやー、お袋のおかげで夢の中以外でも話せるようになってよかったぜ。便利だろ?)
(話せるなら最初から教えてよね。こんなことができるなんて、ローゼマリーさん言ってなかったわ)
(あんまり出しゃばっても仕方ないだろ。俺、もうとっくに死んでるし)
以前も行動していたとき声が聞こえたことがあったけれど、まさか現実でこうして話せるようになっていたとは思わなかった。これも、前の事件でローゼマリーさんから力をもらった恩恵の一つと考えると、彼女は本当にたくさんのものを私に残してくれたのだと実感する。
(それより、身体を貸してってどういうこと? いきなりなんなの?)
(理由は色々あるんだけどよ。とりあえず、そこにいるデルタって奴と話してみたいんだ)
(デルタさんのこと、知ってるの?)
(俺自身は会ったことないんだけどな。俺の親父と深い付き合いがあったんだ。親父がまだ現役だった頃の騎士団長だったんだぜ)
(騎士団って……カイザーの仲間の人間たちのこと? ユリウスさんの時代にもあったのね)
永世翔華神物語にも騎士団という言葉が出てきていたので、私もある程度は知っている。王となったカイザーは、神でありながら人間の騎士団を統率していて、部下ではなく、同じ国を守る対等な仲間として接していた。騎士団に所属する人間たちはとても優秀で、個性的な人々の集まりだったと、物語には書かれていた。
彼による、神と人間の共存する世界の実現は、まさにその騎士団との繋がりから始まったようなものだと思っていた。カイザーの父親であるユリウスさんの時代から騎士団が存在していたなら、彼も同じ志を持っていたことは火を見るよりも明らかだ。
(デルタは、親父の時代では最も優秀な騎士団長だったらしい。俺も親父から話を聞いたことがあるんだ)
(え、そんなに優秀だった人なの?)
(周りからカタブツって言われてた親父が絶賛するくらいにはな。俺から事情を話しておきたいんだ。それだけじゃない。そこにいる現代神にも、お前の大事な仲間たちにも、古代で起きたことを知らせたいんだ)
私も、古代のことをもっとよく知りたい。私が望んでいるかつての世界は、どんな形だったのか。そこで生きる人々はどんな願いを持っていたのか。
どうして、今よりも平和に思えた時代が終わってしまったのか────今の私たちにとって大事なことは、一度世界が終わりかけた原因を知ることだと思う。
(いいよ。その代わり、私にもあとで話したことを聞かせてね)
(もちろんだ。ああそうだ、俺がお前の身体を借りるにはアストラルが必要なんだ。何かしらの方法でアストラルを自分の身体に流し込め)
(え、それ大丈夫? 私死なない?)
(ちょっと前に同じ方法を使って、お前のピンチを回避したんだ。安心しろ)
カイザーの言葉とはいえ、正直不安は治まらない。星幽術をもろに受けて死にかけたことがあるゆえだったが、彼の意志は固そうだった。
話も一段落したので、とりあえずアストラルを得る方法を考える。真っ先に思いついたのは、訝しげに私を見ているジュリオだ。
「ジュリオ。私の身体にアストラルを流し込んでくれない?」
「いきなり何を言いだすかと思えば、自殺行為か? 嫌だ。あまり星幽術は使いたくない」
「私はそんな簡単に死なないから、そこをなんとか!」
断られても、私は両手を合わせて懇願した。だが、そっぽを向かれてしまい取り付く島もなかった。
よく考えたら、ジュリオにアストラルを使わせるのはあまりよくないことかもしれない。長い間ミストリューダにいたこともあって、彼は黒幽病に罹患し続けている状態だ。アストラルを使わせたら、彼の病状が悪化する可能性もある。
セルジュさんに余計な心配をかけさせたくないし、別の方法を考えよう。
「……二人とも。こんなものが落ちていたのだが」
少し気まずい雰囲気になっていたところで、デルタさんが広げた手のひらを見せてきた。その上には、中身が深い紺色のどろっとした液体で満たされた小瓶が乗っていた。
私はこれが何なのかすぐには思い当たらなかったが、一緒に手のひらを覗き込んだジュリオははっと息を飲んだ。
「ノーファ様の薬だ。なんでこんなところに……?」
「ヴィータという者だったか? 彼女が去り際に落としていった。相当慌てていたのだな」
「薬って、飲んだらアストラルに適応できるっていう、あれ?」
「ああ。というかユキア、アストラルがいるんだろ? おれがわざわざ星幽術を使わなくても、お前がそれを飲めば解決するんじゃないか?」
────私が、この薬を? そんな方法は思いつかなかったというのもあり、硬直してしまう。
私にとって、ノーファの薬は忌々しいものでしかない。超常的な力をもたらすのと引き換えに使用者の命を奪ってきた代物であり、神々の裏切り者を何人も生み出した悲劇の種でもある。本音を言えば、こんなものは使いたくない。
だけど、方法を選んでる時間はないのも確かだ。まるで、試練に立ち向かうかのような気分だ。
(カイザー。これ、私が飲んでも平気?)
(……確かにアストラルは得られる。俺はあんまり飲んでほしくねぇんだけど。いいのか、ユキア)
(構わないわ。私が覚悟を決めなきゃ、何も始まらない)
私は小瓶の蓋をこじ開け、中身をぐいっと飲み干した。すごく苦くて、どろどろしていて、気持ち悪い味としか形容できない。吐き出したくなるのをこらえて、飲み込んだ。
その瞬間、意識がぐらりと揺れる感覚に襲われる。どうにも逆らうことはできず、意識の海に身を沈める他なかった。
*
ユキアが紺色の液体を口に流し込んだ直後、突然その場に倒れ込んでしまう。当然、ジュリオとデルタは異変に動揺しそうになった。
しかし、気を失ったかと思った彼女は、すぐに身体を起こして憤慨し始める。
「ったく、ユキアの奴! また無茶なことしやがって! さすがに『薬』を自分から飲むなんて思わなかったぞ!」
声自体は変わらぬものの、少女らしさが消えた挙句に少年のような喋り方になっていた。何も事情を知らないジュリオたちからすれば、唖然とする以外の反応はできなかった。
「……は? ユキア、なのか?」
「いきなり人が変わったな。というより……何か別の魂が宿ったように思える。お前は何者だ?」
デルタが慎重に尋ねたとき、少女ははっとして立ち上がる。身体には何も異常はないが、いつものユキアよりも勇ましい佇まいで二人に向き直った。
「俺は第二代永世翔華神、カイザー・グランデ。デルタ、あんたの主君の息子だ。親父と話してたときみたいに、気楽に話してくれよ」
少女──否、少女の身体に憑依しているカイザーがにこやかに挨拶を述べる。デルタは赤い瞳を見開くとともに息を飲み、軽く頭を下げる。
「ということは、ユリウス様のご子息……? 実際に話すのは初めてか。失礼な物言いだった、すまない」
「いいっていいって。あんたは親父が退位する前に失踪しちまったらしいし、俺を知らなくたって無理もねぇ。それより、親父はあんたの帰還をずっと待ってたんだぜ? 生きてたなら一回くらい顔見せてくれたってよかったじゃねぇか」
デルタは返す言葉を見つけられず、黙り込んでしまう。それはカイザーからすれば予想の範囲内だったようで、あまり時を待たずに「まあ、今更細かいことはいいけどな」と口にした。
「あんたが親父の前から消えた理由はなんとなく察してる。問い詰めるほどのことでもないし、俺からはもう何も聞かないよ」
「なら、どうして俺の前に現れた? ユキアの身体を使ってまで」
「お前ら、仲間と合流するつもりなんだろ? 今まで明かせなかったこと、色々話そうと思ってさ。とりあえず、ついてこいよ」
カイザーはくるりと身を翻して歩き出す。その方向は、ヴィータたちが走り去っていった道だった。ジュリオは信用しきれない上に不安が募るばかりだったゆえ、カイザーの後を追うのをためらっていた。
「……おい、デルタ。こいつ、信用していいのか?」
「多分、大丈夫だ。あのお方のご子息だからな、少なくとも根は良い男だろう」
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聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
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異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
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