ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」

176話 自覚のない感情

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 *

 ────事件の終結から、早いことに三日が経過していた。キャッセリアでは未だに警戒態勢が続いているけれど、避難所にしていた宮殿は使えなくなってしまった。他のひとと同じようにグレイスガーデンに身を寄せてもよかったのだけど、私は自分の家に帰ってきていた。
 私は、自分の部屋で黒い服に着替えていた。一人暮らしを始める前、ノインに「一応持っとくといいよ」と言われて預けられた礼服のワンピースだ。いつも紺色のリボンで結んでいる髪を、今日は黒いリボンで結ぶ。
 人間も、誰かが死んだときは真っ黒な服を身にまとって死者を悼むのだそうだ。姿見の前に立つ私はどことなく悲しい顔をしていて、いつも以上に普通の人間に見える。
 皮肉なものだ。神ですら、死者はどうにもできないなんて。

「人形、どこにやっちゃったんだろう」

 ベッドに近づき、見回した。ここには、レイチェルさんからもらった魔力封じのピエロ人形を置いてあったのだ。人間の箱庭での戦いの後から、人形がどこにも見当たらない。
 ……理由はわかっている。魔力の主がもうこの世にいないから。それだけで、そのひとの魔法は跡形もなく霧散してしまうから。
 頭では理解していても、探してしまう。死んだ者たちのことが忘れられない。

「ユキ、玄関にお客さんがいるよ」

 部屋の外から、アスタの声が聞こえてきた。ドアを開けて玄関へ行くと、ノインから借りたらしい子供用の礼服に着替えているアスタの姿があった。
 そして、もう一人。家の外に、ちょっと崩したスーツ姿の茶髪の少年が立っている。

「よぉ。ちゃんと起きてたのか」
「し、シオン!? なんで!?」
「なんでって、今日はアイリス様の葬儀だろうが。心配だから起こしにきてやったんだ」

 あんたに心配される筋合いなんかない、と言いたかったが、キリがないのでため息だけついた。

「……最高神生誕祭のときのこと、すまん」

 私の顔を見たと思ったら軽く頭を下げて、かなりしょんぼりとした声でそう言った。

「え。なんでシオンが謝るの」
「お前がオレたちに全然会いに来なかったの、それが原因だろ。オレもソルも、あのときのこと覚えてなくて……」

 私自身、生誕祭のときの言葉と光景が、未だに脳裏に焼き付いている。本人の意思ではないとはいえ、大事な仲間から「失敗作」なんて呼ばれたことは、過去も相まってどうしても忘れられない記憶になってしまっている。
 気まずい雰囲気になりそうだったので、私は無理やり頭をぶんぶん振って笑顔を作った。

「それにしても、あんたって全然スーツが似合わないわね」
「ばっ!? それ言い始めたら、ユキアだってスカートほとんど着ねぇじゃねーか!」
「だって動きにくいんだもん」

 私は女の子全開な可愛らしい服は好みじゃない。ドレスコードが決まっているならそれに従っておくけど、できることなら派手だったり露出が多い服は着たくない。大体動きにくいし、大人しくしているのは性に合わないのだ。

「それに私、今回は寝たきりになってないわよ。箱庭の端も気を失わずに通れるようになったし、こうしてあんたと話せてるんだからよしとしてよね」
「……そ、そうだな! 終わりよければすべてよしだ!」

 昔から変わることのない、屈託のない笑顔だった。少しだけ昔に戻れた気がして、私も安堵した。

「とりあえず、私とアスタもちゃんと行くから、あんたはメアとソルと合流してて」
「おう! あんま遅れんなよー」

 軽い調子で答えたシオンは、手持ちの橙色の傘を差して玄関から立ち去っていく。
 メアとは事件の後に話したけれど、まだソルに会えていない。葬儀会場に行ったら、少しでいいから話せたらいいな。

「やっぱり、ユキはすごいよ」

 壁に寄りかかりながら、アスタが儚い笑みを浮かべて言う。私は首を傾げることしかできなかった。

「何よ、いきなり。箱庭の端のこと?」
「ううん。それはカイのおかげだと思うから、不思議に思ってるわけじゃないよ」
「……そういえば、最近よくカイザーの声を聞いているような気がするのよね」

 ナターシャ先生に殺されそうになった直前、カイザーの声が聞こえたと思ったら気を失っていた。気づけば事が済んでいて不思議に思ったけれど、今思えば不自然すぎる。
 それとは別に、生誕祭の前に夢の中でカイザーと会った記憶がある。神隠し事件のときに宿った力を受け取ってから、私の心の中に別の誰かが住み着いている気がしてならない。

「ユキはどんどん強くなっていくね。だんだん、あのひとに似てきた気がする」

 あの事件の後からか、アスタが暗い顔をすることが多くなった。表面上は笑っているけれど、雰囲気がとても物悲しく見えてしまう。

「カイザーって、初代最高神の息子なんだってね。永世翔華神物語にも書いてなかったことだったから、驚いちゃったよ」
「だ、誰から聞いたのっ!?」

 何気なく聞いたら、急に大声を出したのでドキリとした。さっきまでとは明らかにテンションが違う。

「アイリスの持っていた杖があったでしょ。あれをステラと握ったとき、初代最高神のローゼマリーさんに会ったのよ」
「……えっ?」

 今度はアスタの動きが止まった。話を進めるにつれて、アスタの様子が挙動不審になっていく。

「アスタの一番大切なひとって、ローゼマリーさんのことでしょ。びっくりするぐらいアイリスに似てた。アイリスもローゼマリーさんの娘だったんでしょ?」
「……何、その話」

 声も、身体も震えている。夜空色の目を見開いて、ひどく混乱した様子で私を見ていた。

「そんなわけない! それが本当なら色々おかしいよ! 第一、ロミーはもう死んじゃったのに会話なんてできるはずないよ!!」

 心配になるくらい動揺したと思ったら、今度は食ってかかられる。普段から落ち着きがない奴だと思っていたけれど、ここまで平静を失うなんて思わなかった。

「私を疑ってるの? あんたは散々自分を信じろって言ったくせに」
「ご……ごめん。ユキはボクの大切な友達なんだから、ちゃんと信じてるよ。だからそんな怒らないで……」

 少し語気を強めただけで、別に怒ってるわけではないのだが。未だに声が震えているし、落ち着くには時間がかかりそうだ。
 永世翔華神物語にカイザーの魂が宿ってたくらいだし、ローゼマリーさんが使っていた杖に魂が宿っていても不思議じゃないと思う。ローゼマリーさんがどのような最期を遂げたかは知らないが、それはカイザーにも言えることだ。
 そのようなことも、アスタなら知っているのだろうか。聞きたいけれど、怖くて聞けなかった。

「カトラスに問い詰めないと……アイツ、また肝心なことを……」
「さすがに葬儀が終わってからにしなさいよ。というか、またって……」
「ごめん、ユキ! ボク先に行く!」

 反射的に玄関から飛び出し、傘も持たずに駆け出してしまった。私も慌てて水色の傘を持って家を出たが、すでに住宅街からアスタの姿が消えていた。
 外の空気は、春とは思えないくらい冷たかった。まだ早朝というのもあるけれど、降りしきる雨の温度がいつもより低く感じたのだ。

「……変だな。なんで私の方がざわざわするんだろう」

 取り乱したアスタを見ていたら、彼がどれだけローゼマリーさんを想っているのかがわかってしまった。気づけば、私は自分の胸を押さえたまま、石レンガの道路を走り出していた。



 繁華街付近に辿り着くと、喪服に身を包んだ神たちが住宅街とは別の郊外へ向かっているところに出くわす。葬儀会場である墓地に続く道を歩いている彼らに混ざれば、自ずとキャッセリアの東端に辿り着く。
 辺りは草原ばかりが広がっているが、墓地が位置する場所には黒い人影がたくさん集っている。その中で、さっき家を訪れたシオンと、黒いワンピース姿のメアとスーツ姿のソルが話しているのを見つけた。

「遅かったな、ユキア。ソルがお前と話をしたいみたいだぞ」

 私が三人に近づくと、メアがそう言ってきた。なんだろうと思いソルを見ると、申し訳なさそうに青翠の目を伏せていた。

「ごめん、ユキア。最高神生誕祭のときのことを謝りたくて」
「さっきシオンに謝られたからもういいって」
「そういや、一人で来たんだな。アスタも一緒じゃないのかよ」
「なんかあいつ、一人で突っ走っちゃったんだもん。困るよね、ほんと」

 ここで今までのことも一気に思い出したせいで、ため息が出た。
 神隠し事件のときもそうだったが、アスタはこちらに何の説明をするでもなく一人で行動するときがある。今回もそれと似たようなものだが、私はとてつもない寂しさを覚えていた。いきなり置いていかれて、望んでもいないのに一人にさせられたような気持ちだ。
 ソルが私をじっと見ているのに気づいたので、「何よ」と唇を尖らせた。

「前々から思ってたけど……ユキアって、アスタのこと好きなの?」
「────は?」

 斜め上からぶん殴られたような感じがした。顔が熱くなるのを感じ、慌ててソルに詰め寄った。

「ん、んなわけないでしょ! ストーカーを好きになるバカがどこにいるのよ!」
「本で似たようなシチュエーションを読んだんだけど」
「私を小説の登場人物に見立てるな!」

 相変わらず人の気持ちを理解するのに手間取るところがあるようだ。いや、それよりもソルの言葉が脳内で反芻している方が気がかりだ。

「いや、ほんと、冗談抜きでそういうわけじゃないから。多く見積もって友達ってところだから」
「そうだぞ。ユキアには私という親友がいるんだ。それに私の方が圧倒的に付き合いは長い」
「お前まだアスタと張り合ってんのかよ」

 真剣な顔のメアに呆れた突っ込みを入れるシオン。
 メアは私のことを昔から大事にしてくれるけれど、私は彼女を大切な親友だと思っているだけだ。シオンは昔一緒に暮らしていたけれど世話神が同じだったからであって、異性として見たことはない。ソルも幼なじみだから同様。
 そもそも、私は今まで特定の誰かに恋愛感情を向けたことなどなかった。強いて言えばカイザーが一番近いけれど、あくまで尊敬の念を向けているだけだ。
 何より、私は恋愛にはこれっぽっちも関心がない。

「でも……ユキアがアスタを選ぶとなったら、私は潔く身を引くよ」
「選ぶって何を?」
「人間は複数の相手を同時に愛せないだろう? それと同じことだ」
「だーかーらー、私はそういうのじゃないってば!」

 否定すればするほど、顔が熱くなっていく。大体、アスタにはローゼマリーさんという大切なひとがいる。私があのひと以上の存在になれるはずがない。実際に会った私だからわかる。
 今日の私はどう考えても変だ。私がアスタを特別視しているのは、尊敬しているカイザーと繋がりがあったからだ。この感情もきっと、そこから影響して生まれたものに過ぎない。そうに違いない。
 ローゼマリーさんはどんな思いであんなことを言ったんだ。叶うことならもう一度会って聞いてみたいよ。

「……そろそろ葬儀が始まる頃じゃないかな。行こう」
「そうだな。ユキアー、顔赤くしたまんま葬儀に出るなよー」
「う、うるっさい!!」

 遠くで墓地に設置されたベルが鳴った。ソルが先んじて気づいたので、私たちも墓地へ歩くことにした。
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