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第5章「神々集いし夢牢獄」
113話 安息はままならない
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*
────ラケルが起こした「夢牢獄事件」が解決し、キャッセリアには元通りの平和な日々が戻ってきていた。私はメアとともに疲れを癒すべく、カフェに来ていた。メアの退院を祝った、トルテさんのカフェだ。今日はテーブルではなく、カウンター席に座ってジュースとケーキを食べている。
しかし、正直約一日で終結したとは思えないくらい、どっと疲れが溜まっていた。もう既に事件の終結から三日が経っており、私は少しも気が休まらなかった。
クリムを突然燃やした炎……あれはヴィータによるものだとあとで教えられたけれど、あれのおかげで途中離脱できたひとはそこまで疲れていないようだ。今目の前にいるメアも、そこまで疲れているように見えない。逆に、最後まで残っていた者は非常に疲れてしまっている。
結局、あの事件はラケルの個人的な思惑が原因で起きてしまったようなものだった。その犯人に直接事情聴取しようにも、今はできない状態だとクリムは言っていた。まあ、なんだかんだ簡単に口を割らなさそうな奴だから、仕方ないかもしれないけれど。
「……ユキア、どうしたんだ? ぼうっとして」
考え事に耽っていた私は、ケーキを食べる手すら止まったままになっていた。メアは私の顔を覗き込んでいたが、私は力なく笑う。
「え? ごめん。何の話だっけ?」
「いや、特に話題はないが……」
今日はやけに客が少ない日だ。退院したときは貸し切りだったが、普段のカフェは基本的に半分以上の席が埋まっているのが常だ。それが今日は三分の一程度、下手したらそれよりも少ないだろう。
それに加え、珍しくアスタの気配を感じない。多分、ヴィータと一緒にいるのだろう。その他の可能性はあまり考えられない。
それよりも私は、メアに話したいことがあったのだ。心臓がドキドキ痛むけれど、話すと決めてここに来た。
「あのさ……メア。聞きたいことがあるんだ」
「何だ? 改まって」
「その。メアが昔、神を殺したって……本当?」
無言のまま、ガチャンと何かが割れる音がカフェに響き渡った。メアが紅茶を飲もうとした瞬間、床にティーカップを落としてしまったのだ。
一瞬何が起こったのか、私もメアもわからなかった。
「あら、大丈夫かしら? よかったら、これ使ってくださいな」
「あ……ああ……すまない」
「返さなくて結構ですからね。わたくしは店員さんを呼んできますわ」
隣の隣、メアの一つ向こうの席に座っていた少女が、白いハンカチをメアに差し出して席を立った。顔はよく見えなかったが、白く長い髪に、白いドレスと紺色のマントをまとっている、やけに小さい子供だ。……って、今はどうでもいいよ、そんなの。
メアがもらったハンカチで床を拭くので、私も自分のハンカチで一緒に床を拭いて欠片も片づけた。
「……誰から聞いたんだ」
誰にも聞こえないような小さい声で尋ねられた。心なしか声も身体も震えている。
「夢牢獄で最後まで戦ったあとに、ラケルから散々言われた。そこで知ったんだ。私の昔の記憶が、一部なくなってるってこと」
「…………そうか」
欠片を片付け終えたところで、カフェの店員の女性が走り寄って来た。トルテさんじゃない。こういうときもある。
その後、諸々の後処理をしてからカフェを去った。繁華街は相変わらず賑やかだ。そんな中、私たちはお互いに言葉を失っている。
「軽蔑するのか。私のことを」
メアは立ち止まり、苦々しい顔で私を見る。私の奥深くに根付いた考えを知っているからこそ、あんな顔になってしまうのだろう。それほどにまで、私という存在はメアにとって重いものだ。先の事件で、私はよくわかっている。
その上で、私は首を横に振った。
「メア、一つ勘違いしないでほしいことがあるの。私が嫌いなのは、面白半分に命を弄んだり、個人的な目的で多くの命を危険に晒すようなバカだよ。私は、メアがそうだとは思っていない」
「……そうか?」
「私を守るためだったんでしょ? そりゃあ、殺さないで済めば一番よかったとは思うけどね。過去はどうしたって変えられないし、相手の事情を考えずに自分の信念を押し通すのは、あまりよくないって今は思えるから」
最初に人間の箱庭を訪れたとき、私は初めて敵となる人間に出くわした。その男に向かっていた率直な感情を、私は今でも覚えている。
死ねばそれで終わり、すべて解決するだなんて思うな────命を軽々しく見る奴は、今でも大嫌いだ。正直、メアが親友でなかったら軽蔑していたかもしれない。
色々複雑ではあるけれど、私を守るためにやったのは紛れもない真実だろう。私にその時の記憶がないのは、その証明にならないだろうか。
「……ユキア、少し変わったな」
「そうかな。なんでだろうね」
「きっと、アスタやシュノーたちと出会ったからかもな。私も、ここ数か月で心持ちが少し楽になった」
親友同士で微笑み合えるこの時間が、とても大切に思えた。こんな平和がいつまでも続けばいいのにと、心の底から願っていた。
「そういや、さっきの子って見たことないよね。あの事件のときも、あんなドレス着た子いなかったよ」
「言われてみれば、そうだな……ハンカチ、返さなくていいとは言っていたが、いいのだろうか」
「本人がいいって言ってたし、いいんじゃない? ……あ、子供で思い出した。クリムから聞きたいことあるんだった!」
「そうか。じゃあ、私は図書館にでも行って暇を潰してくるよ」
繁華街から離れる道を辿り、分かれ道で別行動を始めた。私はデウスプリズンへと向かう。
*
事件が終結し、三日ほどが経過した。僕は早速仕事に取り掛かるため、事情聴取室に入ってある人物から話を聞くことにした。
テーブルを挟んで向かい側に僕が座り、カルデルトはその人物のそばの壁に腕を組みながら寄りかかっている。彼は退屈そうに、時折あくびをしてみせた。
「……で、クリム。ラケルを連れてきたはいいが、この状態で話を聞き出すのはさすがに無理があるんじゃねぇのか」
僕の頼みを受けたカルデルトの横には、ラケルが呆然とした様子で事情聴取室の椅子に座っている。暴れるようなら魔力の流れを封じる手錠でもかけておくかと思っていたのだが、まるで魂が抜けたように大人しくなっていた。
ラケルは事件直後、意識を失った状態であり、今日になるまで目を覚まさなかったそうだ。目を覚ますまでカルデルトが身柄を預かっていたが、アリアが一時的にアイリス様の元へ運んだりと、妙な行動をとっていたせいもある。
「アリアの奴、どうして急にラケルを拉致したんだろうな。クリムは何か知ってるのか?」
「さあ……僕は最後まで残っていたわけじゃないから、なんとも」
アリアやアイリス様に問い詰めたけど、適当にはぐらかされてしまった。アリアが側近ということもあり二人は非常に距離が近いけれど、それゆえにこうして変な行動をとられると一気に謎めいたものになってしまう。
まあ、その部分は後回しにするとして。問題は、どうやってラケルから話を聞き出すかだが……。
切り出しに困っていると、突然事情聴取室の扉が勢いよく開け放たれた。入って来たのは、金髪碧眼の若い女神。
「クリム! 聞きたいことがあるんだけど!」
「ちょっと、ユキア。今は仕事中────」
「……ユキア?」
ラケルが小さく繰り返す。僕とカルデルトは息を飲んだが、事態を知らないユキアは「あっ、やばい」という顔になって言葉を詰まらせる。
「え? もしかして事情聴取の真っ最中?」
「あ、えっと…………また会いましたね」
首を傾げるユキアに振り返り、ぺこりと頭を下げる。最初はどこか訝しげな目をしたユキアだったが、何かに気づいたのかはっと目を見張った。
「えっ……えええぇ!? なんでレイチェルさん!?」
「なんだなんだ? レイチェルって誰だよ。こいつはラケルだろうが」
「そうだけど、そうじゃないの!」
僕が思ったのと同じ言葉を投げかけるカルデルトに向かって、ユキアは意味のわからない返事をする。ラケルはどういうわけか、ユキアの登場により口を開いてくれたので、僕も試しに聞いてみたいことを聞くことにする。
「とりあえず、君のことについて聞きたいんだけど、いいかな」
「あ、あの……それなんですけど。実は、目を覚ましてから一度もラケルが応答してくれなくて……」
またもや意味のわからない発言が増えた。ユキアはずっと驚きっぱなしで、カルデルトに関しては頭を抱えて虚空を仰ぎ始める。
混乱する僕に、ユキアが「そうだ、クリムは知らないんだよね」と言って説明を始めた。
「ラケルは二重人格者だったの。それで、このレイチェルさんはラケルのもう一人の人格で、いつもは滅多に表に出てこないんだけど……」
「……カルデルト、知ってるかい?」
「いや知らん。昔からちょっと変わった奴ではあったが、そんなの初耳だ」
まあ、隠し事が上手かっただけだと思えば、そこまでおかしなことではないだろう。問題は、どうしてほとんど表に出てこなかった裏の人格──レイチェルが、急に表に出てきたかだ。
僕相手だと、どうやら尻込みしてしまうらしいので、ユキアに話を聞いてもらうことにした。僕は手元に置いてある紙に、二人の会話を記録する。
「レイはみんなが元の世界に戻ったあと……ラケルとちょっと話をしたの。いつもより元気がなかったし、いつも以上の悲しみを感じて……」
「うんうん。それで?」
「えっと……目が覚めたら、レイは元いた心の世界じゃなくて、現実世界のベッドの上にいたの。昔からあった診療所で、どういうわけかわからなかったから、ラケルに聞こうと思ったんだけど……心の中で呼びかけても、全然声が聞こえなくって……」
「それって……ラケルがいなくなったってこと?」
「そ、そんなはずないっ! ラケルはレイとずっと一緒にいるって言ってくれたもの! レイに嘘なんて、吐くはずないのに……」
会話が続くうちに、レイチェルの感情が昂ったあまり泣き出してしまう。ユキアは申し訳なさそうに顔を俯けて、言葉を失っていた。
自身の中に住まう、もう一人の自分にさえ本当のことを言わなかったのか。あのピエロはどこまでも嘘吐きだ。少し、彼女が気の毒に思えてきてしまう。
「……やっぱり、今日の事情聴取はやめておいた方がいいんじゃないのか、クリム」
「そうだね……ごめん。目が覚めたばかりなのに、落ち着かないよね。続きはまた今度にしよう」
「……そ、そうですか……ごめんなさい……」
本当に、あのふざけたラケルなのかと思うくらい、性格が真逆だ。まあ、こちらの方が明らかに正直者のようだから、その点は助かるのだけど。
事件を起こした本人は消滅したと判断すればいいのだろうが、ラケルの身体とほとんど表に出なかった人格は残っている。
「とりあえず、君の処遇ね。今は判断できる材料が未確定だから仮だけど、一応死人は出ていないから、そこまで罪は重くはならない。しばらくデウスプリズンにいてもらうけどね」
「あっ……はい。もっとひどいことされると思ってました……」
「……僕ってそんなに冷酷な奴に見えるのかい?」
「い、いえいえ違います!! ラケルが『処分されるかも』とか言ってたので、もしかしたらって思っただけで……!!」
────処分、か。一度やったことがあるだけなんだけどな。
「デウスプリズンにいるって、牢屋に閉じ込めるってこと?」
「って言っても、しばらくの間だよ。別に拷問とかするわけじゃないし、要望を言ってくれれば普通の部屋を用意するよ」
「あ……いえ。普通の牢屋でいいです。暗いところの方が落ち着くので」
あまりに陰気さに、ユキアの顔に呆れが表れている。逆に、カルデルトは「いいキャラしてんじゃねぇか」とせせら笑っている。
とりあえず、レイチェルの入る牢屋を決めておくかと立ち上がったとき、ユキアが「ねぇ」と話しかけてきた。
「アスタがどこに行ったかわかる?」
「ああ、ヴィータと一緒にいるはずだよ。なんか、自分の部屋で色々話してるみたい」
やっぱりね、と答えるユキア。逆に彼がいないと落ち着かないように見えるのは、僕の気のせいだろうか。
────ラケルが起こした「夢牢獄事件」が解決し、キャッセリアには元通りの平和な日々が戻ってきていた。私はメアとともに疲れを癒すべく、カフェに来ていた。メアの退院を祝った、トルテさんのカフェだ。今日はテーブルではなく、カウンター席に座ってジュースとケーキを食べている。
しかし、正直約一日で終結したとは思えないくらい、どっと疲れが溜まっていた。もう既に事件の終結から三日が経っており、私は少しも気が休まらなかった。
クリムを突然燃やした炎……あれはヴィータによるものだとあとで教えられたけれど、あれのおかげで途中離脱できたひとはそこまで疲れていないようだ。今目の前にいるメアも、そこまで疲れているように見えない。逆に、最後まで残っていた者は非常に疲れてしまっている。
結局、あの事件はラケルの個人的な思惑が原因で起きてしまったようなものだった。その犯人に直接事情聴取しようにも、今はできない状態だとクリムは言っていた。まあ、なんだかんだ簡単に口を割らなさそうな奴だから、仕方ないかもしれないけれど。
「……ユキア、どうしたんだ? ぼうっとして」
考え事に耽っていた私は、ケーキを食べる手すら止まったままになっていた。メアは私の顔を覗き込んでいたが、私は力なく笑う。
「え? ごめん。何の話だっけ?」
「いや、特に話題はないが……」
今日はやけに客が少ない日だ。退院したときは貸し切りだったが、普段のカフェは基本的に半分以上の席が埋まっているのが常だ。それが今日は三分の一程度、下手したらそれよりも少ないだろう。
それに加え、珍しくアスタの気配を感じない。多分、ヴィータと一緒にいるのだろう。その他の可能性はあまり考えられない。
それよりも私は、メアに話したいことがあったのだ。心臓がドキドキ痛むけれど、話すと決めてここに来た。
「あのさ……メア。聞きたいことがあるんだ」
「何だ? 改まって」
「その。メアが昔、神を殺したって……本当?」
無言のまま、ガチャンと何かが割れる音がカフェに響き渡った。メアが紅茶を飲もうとした瞬間、床にティーカップを落としてしまったのだ。
一瞬何が起こったのか、私もメアもわからなかった。
「あら、大丈夫かしら? よかったら、これ使ってくださいな」
「あ……ああ……すまない」
「返さなくて結構ですからね。わたくしは店員さんを呼んできますわ」
隣の隣、メアの一つ向こうの席に座っていた少女が、白いハンカチをメアに差し出して席を立った。顔はよく見えなかったが、白く長い髪に、白いドレスと紺色のマントをまとっている、やけに小さい子供だ。……って、今はどうでもいいよ、そんなの。
メアがもらったハンカチで床を拭くので、私も自分のハンカチで一緒に床を拭いて欠片も片づけた。
「……誰から聞いたんだ」
誰にも聞こえないような小さい声で尋ねられた。心なしか声も身体も震えている。
「夢牢獄で最後まで戦ったあとに、ラケルから散々言われた。そこで知ったんだ。私の昔の記憶が、一部なくなってるってこと」
「…………そうか」
欠片を片付け終えたところで、カフェの店員の女性が走り寄って来た。トルテさんじゃない。こういうときもある。
その後、諸々の後処理をしてからカフェを去った。繁華街は相変わらず賑やかだ。そんな中、私たちはお互いに言葉を失っている。
「軽蔑するのか。私のことを」
メアは立ち止まり、苦々しい顔で私を見る。私の奥深くに根付いた考えを知っているからこそ、あんな顔になってしまうのだろう。それほどにまで、私という存在はメアにとって重いものだ。先の事件で、私はよくわかっている。
その上で、私は首を横に振った。
「メア、一つ勘違いしないでほしいことがあるの。私が嫌いなのは、面白半分に命を弄んだり、個人的な目的で多くの命を危険に晒すようなバカだよ。私は、メアがそうだとは思っていない」
「……そうか?」
「私を守るためだったんでしょ? そりゃあ、殺さないで済めば一番よかったとは思うけどね。過去はどうしたって変えられないし、相手の事情を考えずに自分の信念を押し通すのは、あまりよくないって今は思えるから」
最初に人間の箱庭を訪れたとき、私は初めて敵となる人間に出くわした。その男に向かっていた率直な感情を、私は今でも覚えている。
死ねばそれで終わり、すべて解決するだなんて思うな────命を軽々しく見る奴は、今でも大嫌いだ。正直、メアが親友でなかったら軽蔑していたかもしれない。
色々複雑ではあるけれど、私を守るためにやったのは紛れもない真実だろう。私にその時の記憶がないのは、その証明にならないだろうか。
「……ユキア、少し変わったな」
「そうかな。なんでだろうね」
「きっと、アスタやシュノーたちと出会ったからかもな。私も、ここ数か月で心持ちが少し楽になった」
親友同士で微笑み合えるこの時間が、とても大切に思えた。こんな平和がいつまでも続けばいいのにと、心の底から願っていた。
「そういや、さっきの子って見たことないよね。あの事件のときも、あんなドレス着た子いなかったよ」
「言われてみれば、そうだな……ハンカチ、返さなくていいとは言っていたが、いいのだろうか」
「本人がいいって言ってたし、いいんじゃない? ……あ、子供で思い出した。クリムから聞きたいことあるんだった!」
「そうか。じゃあ、私は図書館にでも行って暇を潰してくるよ」
繁華街から離れる道を辿り、分かれ道で別行動を始めた。私はデウスプリズンへと向かう。
*
事件が終結し、三日ほどが経過した。僕は早速仕事に取り掛かるため、事情聴取室に入ってある人物から話を聞くことにした。
テーブルを挟んで向かい側に僕が座り、カルデルトはその人物のそばの壁に腕を組みながら寄りかかっている。彼は退屈そうに、時折あくびをしてみせた。
「……で、クリム。ラケルを連れてきたはいいが、この状態で話を聞き出すのはさすがに無理があるんじゃねぇのか」
僕の頼みを受けたカルデルトの横には、ラケルが呆然とした様子で事情聴取室の椅子に座っている。暴れるようなら魔力の流れを封じる手錠でもかけておくかと思っていたのだが、まるで魂が抜けたように大人しくなっていた。
ラケルは事件直後、意識を失った状態であり、今日になるまで目を覚まさなかったそうだ。目を覚ますまでカルデルトが身柄を預かっていたが、アリアが一時的にアイリス様の元へ運んだりと、妙な行動をとっていたせいもある。
「アリアの奴、どうして急にラケルを拉致したんだろうな。クリムは何か知ってるのか?」
「さあ……僕は最後まで残っていたわけじゃないから、なんとも」
アリアやアイリス様に問い詰めたけど、適当にはぐらかされてしまった。アリアが側近ということもあり二人は非常に距離が近いけれど、それゆえにこうして変な行動をとられると一気に謎めいたものになってしまう。
まあ、その部分は後回しにするとして。問題は、どうやってラケルから話を聞き出すかだが……。
切り出しに困っていると、突然事情聴取室の扉が勢いよく開け放たれた。入って来たのは、金髪碧眼の若い女神。
「クリム! 聞きたいことがあるんだけど!」
「ちょっと、ユキア。今は仕事中────」
「……ユキア?」
ラケルが小さく繰り返す。僕とカルデルトは息を飲んだが、事態を知らないユキアは「あっ、やばい」という顔になって言葉を詰まらせる。
「え? もしかして事情聴取の真っ最中?」
「あ、えっと…………また会いましたね」
首を傾げるユキアに振り返り、ぺこりと頭を下げる。最初はどこか訝しげな目をしたユキアだったが、何かに気づいたのかはっと目を見張った。
「えっ……えええぇ!? なんでレイチェルさん!?」
「なんだなんだ? レイチェルって誰だよ。こいつはラケルだろうが」
「そうだけど、そうじゃないの!」
僕が思ったのと同じ言葉を投げかけるカルデルトに向かって、ユキアは意味のわからない返事をする。ラケルはどういうわけか、ユキアの登場により口を開いてくれたので、僕も試しに聞いてみたいことを聞くことにする。
「とりあえず、君のことについて聞きたいんだけど、いいかな」
「あ、あの……それなんですけど。実は、目を覚ましてから一度もラケルが応答してくれなくて……」
またもや意味のわからない発言が増えた。ユキアはずっと驚きっぱなしで、カルデルトに関しては頭を抱えて虚空を仰ぎ始める。
混乱する僕に、ユキアが「そうだ、クリムは知らないんだよね」と言って説明を始めた。
「ラケルは二重人格者だったの。それで、このレイチェルさんはラケルのもう一人の人格で、いつもは滅多に表に出てこないんだけど……」
「……カルデルト、知ってるかい?」
「いや知らん。昔からちょっと変わった奴ではあったが、そんなの初耳だ」
まあ、隠し事が上手かっただけだと思えば、そこまでおかしなことではないだろう。問題は、どうしてほとんど表に出てこなかった裏の人格──レイチェルが、急に表に出てきたかだ。
僕相手だと、どうやら尻込みしてしまうらしいので、ユキアに話を聞いてもらうことにした。僕は手元に置いてある紙に、二人の会話を記録する。
「レイはみんなが元の世界に戻ったあと……ラケルとちょっと話をしたの。いつもより元気がなかったし、いつも以上の悲しみを感じて……」
「うんうん。それで?」
「えっと……目が覚めたら、レイは元いた心の世界じゃなくて、現実世界のベッドの上にいたの。昔からあった診療所で、どういうわけかわからなかったから、ラケルに聞こうと思ったんだけど……心の中で呼びかけても、全然声が聞こえなくって……」
「それって……ラケルがいなくなったってこと?」
「そ、そんなはずないっ! ラケルはレイとずっと一緒にいるって言ってくれたもの! レイに嘘なんて、吐くはずないのに……」
会話が続くうちに、レイチェルの感情が昂ったあまり泣き出してしまう。ユキアは申し訳なさそうに顔を俯けて、言葉を失っていた。
自身の中に住まう、もう一人の自分にさえ本当のことを言わなかったのか。あのピエロはどこまでも嘘吐きだ。少し、彼女が気の毒に思えてきてしまう。
「……やっぱり、今日の事情聴取はやめておいた方がいいんじゃないのか、クリム」
「そうだね……ごめん。目が覚めたばかりなのに、落ち着かないよね。続きはまた今度にしよう」
「……そ、そうですか……ごめんなさい……」
本当に、あのふざけたラケルなのかと思うくらい、性格が真逆だ。まあ、こちらの方が明らかに正直者のようだから、その点は助かるのだけど。
事件を起こした本人は消滅したと判断すればいいのだろうが、ラケルの身体とほとんど表に出なかった人格は残っている。
「とりあえず、君の処遇ね。今は判断できる材料が未確定だから仮だけど、一応死人は出ていないから、そこまで罪は重くはならない。しばらくデウスプリズンにいてもらうけどね」
「あっ……はい。もっとひどいことされると思ってました……」
「……僕ってそんなに冷酷な奴に見えるのかい?」
「い、いえいえ違います!! ラケルが『処分されるかも』とか言ってたので、もしかしたらって思っただけで……!!」
────処分、か。一度やったことがあるだけなんだけどな。
「デウスプリズンにいるって、牢屋に閉じ込めるってこと?」
「って言っても、しばらくの間だよ。別に拷問とかするわけじゃないし、要望を言ってくれれば普通の部屋を用意するよ」
「あ……いえ。普通の牢屋でいいです。暗いところの方が落ち着くので」
あまりに陰気さに、ユキアの顔に呆れが表れている。逆に、カルデルトは「いいキャラしてんじゃねぇか」とせせら笑っている。
とりあえず、レイチェルの入る牢屋を決めておくかと立ち上がったとき、ユキアが「ねぇ」と話しかけてきた。
「アスタがどこに行ったかわかる?」
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