ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第3章「海と大地の箱庭」

62話 反撃

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「っ、『イロウシェン・エングレイバー』!!」
「クレー!?」

 しまった、魔法を使われた!? 慌ててレノの方を見る。
 しかし、レノは穏やかな表情でシュノーに抱き着いたまま動かない。シュノーは驚いた様子で、こっちを見た。

「……レノに刻まれていた『呪い』が、消えてる」
「えぇ!?」
「どういうこと? 事件に巻き込まれた最初の段階で、クレーがレノに……」

 レノにクレーの魔力が残っていたことは知っていたが、それどころかシュノーも正気に戻っている。全部、レノを包んでいる炎によるものなのか?
 でも……これでわかった。
 改めてクレーに目を向ける。奴は口をあんぐりと開けていたが、すぐにレノに向かって怒号を飛ばす。

「テメェ、さっさとシュノーを殺せよ!! オレの言う通りに動け!!」
「諦めなさい! レノの中にあったあんたの魔力、全部消えたんじゃないの!?」

 黒々とした魔力に包まれた鎌を、光をまとったままの剣で受け止める。ギリギリと刃が軋み合い、力が相殺されたことで光も闇も弱まっていく。
 事件に巻き込まれ、箱庭を渡り歩く中で何度も対峙してきた。仲間たちのおかげもあって、ようやく色々なことがわかってきた。

「あんたたちが私たちの居場所を何回も突き止められた理由、わかったわ」
「なんだと?」
「こうしてレノの近くに来れば、距離が近くなって干渉しやすくなる。だからああやってレノを操った。けれど、遠くにいるときは干渉しづらくなって好き勝手には操れない。せいぜい、レノの視界に干渉して私たちの動向を探るのが精一杯だったんじゃないの?」

 恐らく、レノは私たちに出会う前からクレーに身体を支配されていたのだろう。普段は自由に泳がせておきながら、使いたいときには好き勝手に動かす人形扱い。ある意味、レノはシュノーにとっての人質だったのだろう。最低にも程がある。
 ぎり、と奥歯が軋む音が聞こえた。なんだか様子がいつもと違う。手の内がバレて焦っているのかもしれない。
 油断するつもりはないけれど、口元の力が緩むのを感じた。最初はただ殺されることに怯えるしかなかったのに、随分と余裕ができたものだ。

「あんたの魔法、案外大したことないのね。見たところ複数を一斉に操ることはできない。そもそも、最初に当たりさえしなければどうってことないんだから」
「ちっ……うっぜぇんだよ!! 若造が!!」

 剣ごと身体を吹き飛ばされるが、もう怖くはなかった。相手は焦っているのに、私は妙に安心しているのだ。
 地面にしっかりと足をつき、姿勢を低くして剣を構える。クレーも大きく鎌を振りかざし、首を刈り取ろうとしてくる。

「────ユキアを守るのは、私の役目だ」

 背後から、頭上を光線が放たれる。クレーのローブのフードを、僅かに掠った。
 それから間もなく、ガチャリと武器を構える音が響く。

「魔特隊の恨み、受け止めやがれです!!」

 電撃をまとった矢が、クレーの仮面に突き刺さり、ひび割れる。今まで聞いたこともないくらいの絶叫が、洞窟中に響き渡る。
 ビリビリとした電撃で、奴は動けない。仕掛けるなら今だ。

「ユキ、あとはレノに任せるのだ!」

 仕留めようとした私の前を、レノが走り抜けていく。彼女の周囲が、あまりにも熱い。炎に身体が包まれているのに、焼けていない。むしろ、滾る熱は彼女の糧となっているように思えた。
 そして、いつの間にか洞窟の中がかなり蒸し暑くなっていた。こちらが蒸し焼きになりそうだが、レノにとって力を発揮しやすい環境がこれなのかもしれない。
 炎が噴き出す刀を握りしめ、クレーへ一直線に駆けていき、足先に魔力を込めて洞窟の天井近くまで飛び上がった。

「秘めし花よ、心を震わし好天に染まれ!」

 いつもより少し大人びた声による詠唱が響く。炎をまとった刀が奇跡を描き、地に着いた瞬間に再び飛び上がりつつ、クレーに何度も斬撃を入れる。

「なんだか、シュノーの神幻術とちょっと似てる……」
「シュノー、大丈夫なの?」
「うん。レノと、ユキアたちのおかげ。それより、レノのあれ……見ててほしい」

 シュノーがこちらに近寄ってきて、彼女を指し示す。

「熱望の時は起源、憂心は閃光となり爆ぜよ!!」

 やがて、炎で空中に刻まれた軌跡は、星のような形になっていく。より勢いよく飛び上がったのと同時に、桃色の魔力で描かれた魔法陣がクレーの足元に現れた。
 両手で刀を握りしめ、最後の一太刀と言わんばかりに大きく振りかざす。

「『禁秘不知火レシュノルティア・インフェルノ』!!!」

 これ以上は跡を残さず、星型の軌跡に向かって刀身をぶつけるように斬りつけた。すると、星型の軌跡は五枚の花びらでできた花へと変わり、ふわりと舞い散った。
 同時に、洞窟全体が吹き飛ばされそうなほどの爆発が起こる。粉塵や岩、熱風が全部吹き飛んでくる。シュノーが〈スティーリア・ガードサークル〉を唱えて私たちを守ってくれたので、難は逃れた。

「ぐああああぁぁぁ!!!」

 爆音の中で断末魔が響きわたりしばらくすると、粉塵が落ち着いて辺りの様子がはっきりしてくる。岩肌が若干燃え、魔法陣は消えている。
 レノは目を閉じて、クレーのそばに立ち尽くしたまま、固まっていた。

「つ、疲れたのだぁ~……」

 刀を鞘に納める前に、その場にへたりと座り込んで寝っ転がってしまった。

「レノ! 大丈夫!?」
「シュノー、ユキ! メアもセルも! レノ、頑張ったのだ~!」
「うん……レノ、本当によく頑張ったね」

 優しく微笑みながらレノを抱き起こして、そのまま強く抱きしめる。
 どうやら、一気に魔力を消費したことによる疲労が原因らしい。疲れて休むのはいいのだが、周囲が燃えているのに気にも留めないのは怖い。

「……不幸中の幸いだったな。こんなタイミングで神幻術が発現するものなのか?」
「いや、ぼくはよく知らないです。レノは色々とイレギュラーですし……というかぼく、レノにひどいこと言っちゃいましたし……」
「シュノーを助けられたし、レノはなんでもいいのだ! セルもあんまり気にしないで、勝利を喜ぶのだ!」
「うぅ……レノぉ~……!!」

 セルジュさんも目を潤ませて、レノとシュノーに思い切り抱き着いた。
 確かに、あのタイミングでレノが神幻術を発現させなければ、シュノーは元に戻らなかったしクレーに攻撃されるところだった。クレーを倒せたかどうだって怪しい。何はともあれ、レノには大いに助けられた。

「おーい、大丈夫かー……ってあっつ!?」
「ユキ、みんな! 無事みたいでよかった!」

 やがて、洞窟の中にシオン、ソル、アスタもやってきた。ようやく全員揃った……!

「あっ、チビ女! テメェ、よくも無茶ばかりしやがって!」
「だからシュノーはチビじゃない。やっぱりオマエムカつく、寝ぐせ男」
「なーんーだーとーぉ!?」
「あーもう、こんなところで喧嘩しないで」

 ようやくいつも通りの空気が戻ってきた。一時はどうなるかと思ったが、これで一件落着だ。
 しかし……何か、ゴゴゴゴゴと地面が唸り始めた。上から岩がぱらぱら落ちてきているが、一つ一つが大きくなってきているような……?

「ま、まずいです! 洞窟が崩れちゃいますよ!? 早く逃げましょう!!」

 私たちは洞窟の出口へと急ぐ。誰も崩落に巻き込まれぬように。
 外へ走り出ると、すぐに涼しい空気が肺に染み渡ってくる。既に辺りは暗く、夜になっていた。
 一番後ろを走っていたセルジュさんが脱出したタイミングで、洞窟の入口がガラガラと音を立てて崩れていった。空洞もすべて岩で埋められ、もう戻れなくなってしまった。

「危なかったなー……お前ら、一体どういう戦い方したんだよ?」
「レノが神幻術をぶっ放したのだ! 死ぬかと思ったのだ!」
「いや、洞窟の中で爆破なんてしたらダメだろ!? どういう神経してんだテメェ!?」
「というか、神幻術は使えないって話じゃなかったの?」

 あー、分断されていたせいで話がややこしいことになってる。シオンとソルとアスタには、あとでちゃんと事情を説明しておく必要があるな。

「そういやアスタ、エンゲルはどうしたの?」
「ん? なんか逃げてったよ。倒せてない」
「はぁ……?」

 アスタ曰く、自分から逃げたというよりは姿を消したらしい。
 最初だけは好印象だっただけに、敵とはいえ少し気になる。まだどこかに潜伏しているとしたら、警戒するに越したことはないし。

「なんてこと……してくれたんだよ、テメェら……」

 虫の息同然の声が、岩の中から聞こえてきた。つかの間の和みムードが、一気に張り詰めた空気へ変わる。
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