ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第2章「月下に煌めく箱庭」

35話 ルルカの覚悟

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 やがて、庭園内の夏と秋の区画の間にやってくる。昨日、シュノーが見せてくれた封印の魔法陣がある場所だ。
 ルルカさんの話の雰囲気が、ここで少し変わった。彼女は私たちに背を向けて、遠い青空を眺めていた。

「私はかつて、行き場もなく弱い子供でしたが、お嬢様のご両親に拾われ今に至っています。『怪物』の存在と、リュファス家の者を縛る因習を知ってからは、ご恩に報いるべく『怪物』をこの手で殺すため、魔術師になると決意しました」

 広い庭園を見渡すルルカさんの声と肩が震えていた。
 この頃になると、魔物はほとんど現れなくなっていた。話を聞き入っているうちに、こちらが底知れぬ悲しみに飲み込まれてしまいそうだった。

「お嬢様にはかつて、弟様がいました」
「弟?」
「はい。私は、お嬢様と弟様を生まれた頃から知っています。弟様が生まれたときにお母様は亡くなられてしまいましたが、一緒に遊んだり、勉強を教えたり、庭園でお茶をしたりと、楽しい日々を過ごしていました」

 今思えば、フローリアさんには年の割に面倒見がいい人だった。客人であり、他人でしかないはずのレノを、本当の妹のように可愛がっていた。
 あの面倒見の良さは、かつて弟がいたことに由来するのだろう。

「領主であったお父様が亡くなってからは、お嬢様が史上最年少の領主となりました。しかし……最後の血縁者であった弟様は、封印とは関係のない別の病気で亡くなられてしまいました。それも、彼がこの世を去ったのは、シュノー様とレノ様が館を訪れる数日前のことです」

 私たち四人、驚かないわけがなかった。悲しくつらい出来事に襲われていた、そんな節すら私たちは気づけなかった。
 正直、信じることができなかった。だって、私たちの前ではずっと、あの子は笑っていたじゃないか────

「本当は、私の手で『怪物』を殺そうとしていました。しかし、私一人ではどうにもならなかった。そのとき、シュノー様とレノ様がこの庭園へ訪れた目的を知り、シュノー様にこのことをお話したのです」
「……レノは何も知らないということか?」
「はい。シュノー様からのご要望でしたから。あなた方も同じ目的で訪れたことを確信するまでは、お話しすることができませんでした。申し訳ございません」

 そんなこと、今となってはどうでもいいことだった。この場にいる全員、フローリアさんを助けたいという気持ちは、きっと同じだ。

「ルルカさん、私たちも協力します。『怪物』からフローリアさんを助け出しましょう」
「……ありがとうございます、皆さん」

 安心感からなのか、ルルカさんはほんの少しだけ表情を緩ませた。しかし、すぐにまた張り詰めた顔に戻ってしまう。

「『怪物』を討伐するには封印を解除しなければなりません。それには、お嬢様と庭園の封印のリンクを断ち切る必要があります」
「じゃあどうするんだよ?」
「それは……」

 ルルカさんが答えようとしたところ、背後に気配を感じた。ここにいないはずのシュノーたちが後ろに立っていた。
 車椅子に力なく座るフローリアさんは、つらそうな顔で眠っていた。シュノーが車椅子を押してきたみたいだが、レノの姿はどこにも見当たらなかった。

「シュノー! レノはどうしたの?」
「……使用人全員と一緒に、フローリアの部屋に眠らせてきた」

 眠らせたって……まさか、魔法で?
 シュノーは車椅子から離れ、焦った様子でルルカに詰め寄る。

「フローリアはもう長くない。ルルカ、早く……!」
「わかっています。シュノー様、お下がりください」

 ルルカさんがフローリアさんに近づき、シュノーがこちらに駆け寄ってきた。

「……ユキア。耐えられないなら目をつぶってもいい」
「なんで?」

 問いには答えてくれない。これから何が起きるのか予想がつかなかった。
 眠るフローリアさんの前に立ったルルカさんは、懐から鈍色に光るものを取り出した。彼女がそれを主人に向ける場面を目にした瞬間、私たちの胸はどくんと跳ね上がるように痛んだ。

「ルルカさんっ、何を────」
「お許しください、お嬢様」

 言い切る前に、ドスッと鈍い音がした。声もなく痙攣した細い肢体が、一瞬で力なく落ちる。
 何が起きたのか、受け入れるのをためらった。しかし紛れもない現実だった。

 ────フローリアさんの胸に、煌めくナイフが突き立てられていた。
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