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第五章 不穏と波乱

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遅刻ギリギリで席に着いた彼女のあとを追う。

「おはよう」
「あっ……白鳥さん、おはようございます」

私が背後から声をかけると、彼女はギョッとしたように大きな目を見開いた。
寝坊でもしたのか、普段は完璧な彼女のメイクはよれ、目じりのアイラインはガタガタだった。

「えっ……朝から何ですか?あたし、なんかやらかしました?」

彼女の顔がわかりやすく引きつる。彼女がミスをしたとき、それに気づくのは大体私で、それを指摘するのもまた私の仕事だった。

「ちょっと聞きたいことがあるの。黒川さんって、ショート動画って見る?アプリとかの」
「えっ……見ますよ。むしろ見ない日なんてありませんよ!」
「じゃあ、動画アプリのインフルエンサーに詳しい?例えば、苺とかみかんとか桃とか美味しそうな名前の子なんだけど……」
「ああ、それってミルキー桃ちゃんじゃないですか?今、超バズってるんですよ!!」

黒川さんはそう言うと、スマホを取り出してミルキー桃ちゃんとやらの動画を私に見せた。

「ていうか、この子がどうしたんです?」
「実は、JJTの宣伝部長の小学生の娘さんの推しだって聞いて、ちょっと気になったの」
「え!そうなんですかぁ~!この子、めっちゃ可愛いですよね。あたしも超好きなんですよぉ」

二十代前半ほどの可愛らしい女の子が音楽に合わせてダンスを披露している動画の再生数は異常な伸びを見せている。
彼女は他にも歌ってみた動画やメイク動画など美容系動画を中心に様々なジャンルの動画を投稿しているらしい。
黒川さん曰く、彼女は事務所に所属せず個人で活動しているらしい。
それでいて他のインフルエンサーとも仲が良く、たくさんのコラボ動画をアップしているんだと教えてくれた。

「動きだけじゃなくて、声もいいんですよ。それに、あの子のすごいところはそれだけじゃなくて――」

よっぽど熱烈なファンなのか、黒川さんはミルキー桃ちゃんのことについて熱く語り始めた。
彼女がこんなにも真剣な表情で話すのを初めて見た。
これぐらいの熱量を持って仕事に取り組んでくれたらいいのにと、心の中でぼやく。

「なるほど。よくわかったわ。それで、そのミルキー桃ちゃんって認知度は高いの?」
「若い人はみんな知ってますよ。小学生からも推されてるし、知らないほうが珍しいんじゃないですかぁ」
「悪かったわね、知らなくて」

にっこりと笑顔を浮かべる私にわかりやすくヤバッという表情を浮かべる黒川さん。

「ていうか、ここだけの話なんですけど、この子うちの妹の高校の同級生で、あたしも何回か会ったことあるんですよ」
「え、そうなの?すごいね」

黒川さんにそんな繋がりがあったとは……。
私が食いつくと、彼女は勝ち誇ったかのように鼻を鳴らす。

「あたし、他にもインフルエンサーって呼ばれる子に友達多いんですよ。自分でいうのもあれですけど、顔広いんで」
「確かに仕事中もパソコンよりスマホに向かってる時間のほうが長いしね」
「なっ、ちゃんと仕事もやってますよ!」
「まあ、いいわ。ありがとう」

ひとまず宣伝部長の娘の推しがミルキー桃ちゃんだろうということは分かった。
クライアントとはできる限り多くのコミュニケーションをとるほうがいい。
今度会う機会に、これで話を広げてみようと決めた。


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