54 / 100
第五章 不穏と波乱
2
しおりを挟む遅刻ギリギリで席に着いた彼女のあとを追う。
「おはよう」
「あっ……白鳥さん、おはようございます」
私が背後から声をかけると、彼女はギョッとしたように大きな目を見開いた。
寝坊でもしたのか、普段は完璧な彼女のメイクはよれ、目じりのアイラインはガタガタだった。
「えっ……朝から何ですか?あたし、なんかやらかしました?」
彼女の顔がわかりやすく引きつる。彼女がミスをしたとき、それに気づくのは大体私で、それを指摘するのもまた私の仕事だった。
「ちょっと聞きたいことがあるの。黒川さんって、ショート動画って見る?アプリとかの」
「えっ……見ますよ。むしろ見ない日なんてありませんよ!」
「じゃあ、動画アプリのインフルエンサーに詳しい?例えば、苺とかみかんとか桃とか美味しそうな名前の子なんだけど……」
「ああ、それってミルキー桃ちゃんじゃないですか?今、超バズってるんですよ!!」
黒川さんはそう言うと、スマホを取り出してミルキー桃ちゃんとやらの動画を私に見せた。
「ていうか、この子がどうしたんです?」
「実は、JJTの宣伝部長の小学生の娘さんの推しだって聞いて、ちょっと気になったの」
「え!そうなんですかぁ~!この子、めっちゃ可愛いですよね。あたしも超好きなんですよぉ」
二十代前半ほどの可愛らしい女の子が音楽に合わせてダンスを披露している動画の再生数は異常な伸びを見せている。
彼女は他にも歌ってみた動画やメイク動画など美容系動画を中心に様々なジャンルの動画を投稿しているらしい。
黒川さん曰く、彼女は事務所に所属せず個人で活動しているらしい。
それでいて他のインフルエンサーとも仲が良く、たくさんのコラボ動画をアップしているんだと教えてくれた。
「動きだけじゃなくて、声もいいんですよ。それに、あの子のすごいところはそれだけじゃなくて――」
よっぽど熱烈なファンなのか、黒川さんはミルキー桃ちゃんのことについて熱く語り始めた。
彼女がこんなにも真剣な表情で話すのを初めて見た。
これぐらいの熱量を持って仕事に取り組んでくれたらいいのにと、心の中でぼやく。
「なるほど。よくわかったわ。それで、そのミルキー桃ちゃんって認知度は高いの?」
「若い人はみんな知ってますよ。小学生からも推されてるし、知らないほうが珍しいんじゃないですかぁ」
「悪かったわね、知らなくて」
にっこりと笑顔を浮かべる私にわかりやすくヤバッという表情を浮かべる黒川さん。
「ていうか、ここだけの話なんですけど、この子うちの妹の高校の同級生で、あたしも何回か会ったことあるんですよ」
「え、そうなの?すごいね」
黒川さんにそんな繋がりがあったとは……。
私が食いつくと、彼女は勝ち誇ったかのように鼻を鳴らす。
「あたし、他にもインフルエンサーって呼ばれる子に友達多いんですよ。自分でいうのもあれですけど、顔広いんで」
「確かに仕事中もパソコンよりスマホに向かってる時間のほうが長いしね」
「なっ、ちゃんと仕事もやってますよ!」
「まあ、いいわ。ありがとう」
ひとまず宣伝部長の娘の推しがミルキー桃ちゃんだろうということは分かった。
クライアントとはできる限り多くのコミュニケーションをとるほうがいい。
今度会う機会に、これで話を広げてみようと決めた。
0
お気に入りに追加
398
あなたにおすすめの小説
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》
【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。
花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞
皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。
ありがとうございます。
今好きな人がいます。
相手は殿上人の千秋柾哉先生。
仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。
それなのに千秋先生からまさかの告白…?!
「俺と付き合ってくれませんか」
どうしよう。うそ。え?本当に?
「結構はじめから可愛いなあって思ってた」
「なんとか自分のものにできないかなって」
「果穂。名前で呼んで」
「今日から俺のもの、ね?」
福原果穂26歳:OL:人事労務部
×
千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
森でオッサンに拾って貰いました。
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。
ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる