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第二章 真琴の寝室
四
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若月は暗闇の中、一人息を整えていた。
危なかった。あの時、志織の部屋の扉をノックしていなければ、どうなっていたか。彼女がすぐに扉を開けてくれなければ、若月は清河に見つかっていただろう。
志織が扉を開けると同時に、咄嗟に腰をかがめたことで、若月の体は扉の陰にすっぽりと隠れた。そのまま忍び足で、隣の真琴の部屋まで引き返す。足音は聞こえない。廊下にカーペットが敷かれていることが幸いした。
志織は言っていた。真琴の部屋は、普段から鍵がかけられているという。今日もそうならそれまでだったが、若月は藁にもすがる思いで、ドアノブに手を伸ばし、捻った。
扉が開いたその瞬間、喜びと焦りで心臓が大きく高鳴った。今でもその余韻が残っている。危機は去ったというのにだ。
室内は真っ暗闇だった。何も見えない。物音は聞こえない。人気もない。
電気を点けたい。これでは何も見えない。勝治の部屋の構造から考えると、ベッドの読書灯のスイッチが、入り口横付近にあったはずである。手探りで壁伝いに探すと、数分後にそれらしき突起が手に当たった。若月はそれを押した。
途端に視界が白く、明るくなる。目が眩んだが、徐々に慣れてくると、室内の状況を知ることができた。勝治の部屋同様、ベッドが二つに大きなクローゼット。幅二、三メートルはある本棚が二列。棚には端から端まで、みっちりと本が敷き詰められている。
入り口から真っ直ぐ進んだ先には窓があった。今は夜のためか、厚手のカーテンと薄いレースのカーテンが、きちんと閉め切られている。完璧ではないが、室内の灯りが外に漏れることを防いでくれている。窓付近には木のデスク。机上には何も無い。
ひょんなことから、この部屋に入ることになってしまった。今、ここには用が無い。寄り道している場合では無い…のだが。
——彼の部屋に入ると、誰かに見られている気がするのよね。
志織の言葉が頭の中で蘇る。何者かの視線。それを感じるのはこの場所だという。若月は室内を見回すも、一見して怪しい所は見当たらない。もちろん、視線も感じない。
志織の勘違いということも考えられる。しかし、若月は何故か心に引っかかっていた。
少し、調べてみようか。
ただ、件の視線を確認するため、ここに志織と遠藤がやってくるかもしれない。清河が一階に戻るまでの数分の間だけと、若月は己の中で決め込んだ。
部屋の中央まで歩く。改めて見ると、部屋の様相はなんと豪華なものだろうか。家具や灯りの装飾は、素人の若月でも高級と分かるくらいに質が良かった。
痕跡が残らないよう、抜かりのないよう丁寧に調べる。デスクには、本も何もない。引き出しの中も不自然なくらいに空だ。寝室で腰を据えて何か作業をすることはないのだろうか。ベッドは勝治と雛子の部屋にあったものと同じもののようである。隣の部屋に今も横たわっているであろう、彼の無残な遺体を思い出し、背筋がひやりと冷たくなる。
それから室内をひとしきり調べたが、有紗に関わるものは見当たらなかった。若月はベッドに腰掛ける。思ったよりもふんわりとした感触。それまで張っていた気が抜ける。
何気なく、目の前の本棚に目を向けた。経営学や経済学…背表紙のタイトルから、どの本も難解な内容だろうものばかり。並んでいるだけで辟易する。仕事で読め、と言われたら読むが、そうじゃないなら到底読む気はしない。
こんなものを、この部屋の主は読むのか。帝王学というのだったか。やはり、一般人とは違う生活というか、自分とは違う感覚の持ち主なのだろう。
そのまま、本棚をつらつらと見ていく。そこでふと、ある一冊に目が留まった。紺色で背表紙がなく、やたら厚みがある。それこそ週刊誌といっていいくらいに。他の本よりも大きくて、それは明らかに目立っていた。
立ち上がり、若月はそれを手に取る。A4サイズ。両手に抱え、またもベッドに座り込んだ。表紙、裏表紙共に何も書かれていない。
ボール紙程度の厚さはありそうな厚い表紙をめくると、そこには二人の男女の写真が貼られていた。どうやらこれはアルバムのようである。男はパリッとしたスーツ、女は黒のワンピースで、両者ともに正装だった。
男の方は…この二枚目具合から、藍田真琴に違いない。が、もう一人の美人な女性を見て、若月は思わず本を落としそうになった。髪はショートで、顔が小さくすっきりとした顔立ち。雪のように色白な体は華奢で、隣の真琴と比べると、頭一つ分以上背が低い。
その女性は、若月が今晩探し求めている有紗だった。
危なかった。あの時、志織の部屋の扉をノックしていなければ、どうなっていたか。彼女がすぐに扉を開けてくれなければ、若月は清河に見つかっていただろう。
志織が扉を開けると同時に、咄嗟に腰をかがめたことで、若月の体は扉の陰にすっぽりと隠れた。そのまま忍び足で、隣の真琴の部屋まで引き返す。足音は聞こえない。廊下にカーペットが敷かれていることが幸いした。
志織は言っていた。真琴の部屋は、普段から鍵がかけられているという。今日もそうならそれまでだったが、若月は藁にもすがる思いで、ドアノブに手を伸ばし、捻った。
扉が開いたその瞬間、喜びと焦りで心臓が大きく高鳴った。今でもその余韻が残っている。危機は去ったというのにだ。
室内は真っ暗闇だった。何も見えない。物音は聞こえない。人気もない。
電気を点けたい。これでは何も見えない。勝治の部屋の構造から考えると、ベッドの読書灯のスイッチが、入り口横付近にあったはずである。手探りで壁伝いに探すと、数分後にそれらしき突起が手に当たった。若月はそれを押した。
途端に視界が白く、明るくなる。目が眩んだが、徐々に慣れてくると、室内の状況を知ることができた。勝治の部屋同様、ベッドが二つに大きなクローゼット。幅二、三メートルはある本棚が二列。棚には端から端まで、みっちりと本が敷き詰められている。
入り口から真っ直ぐ進んだ先には窓があった。今は夜のためか、厚手のカーテンと薄いレースのカーテンが、きちんと閉め切られている。完璧ではないが、室内の灯りが外に漏れることを防いでくれている。窓付近には木のデスク。机上には何も無い。
ひょんなことから、この部屋に入ることになってしまった。今、ここには用が無い。寄り道している場合では無い…のだが。
——彼の部屋に入ると、誰かに見られている気がするのよね。
志織の言葉が頭の中で蘇る。何者かの視線。それを感じるのはこの場所だという。若月は室内を見回すも、一見して怪しい所は見当たらない。もちろん、視線も感じない。
志織の勘違いということも考えられる。しかし、若月は何故か心に引っかかっていた。
少し、調べてみようか。
ただ、件の視線を確認するため、ここに志織と遠藤がやってくるかもしれない。清河が一階に戻るまでの数分の間だけと、若月は己の中で決め込んだ。
部屋の中央まで歩く。改めて見ると、部屋の様相はなんと豪華なものだろうか。家具や灯りの装飾は、素人の若月でも高級と分かるくらいに質が良かった。
痕跡が残らないよう、抜かりのないよう丁寧に調べる。デスクには、本も何もない。引き出しの中も不自然なくらいに空だ。寝室で腰を据えて何か作業をすることはないのだろうか。ベッドは勝治と雛子の部屋にあったものと同じもののようである。隣の部屋に今も横たわっているであろう、彼の無残な遺体を思い出し、背筋がひやりと冷たくなる。
それから室内をひとしきり調べたが、有紗に関わるものは見当たらなかった。若月はベッドに腰掛ける。思ったよりもふんわりとした感触。それまで張っていた気が抜ける。
何気なく、目の前の本棚に目を向けた。経営学や経済学…背表紙のタイトルから、どの本も難解な内容だろうものばかり。並んでいるだけで辟易する。仕事で読め、と言われたら読むが、そうじゃないなら到底読む気はしない。
こんなものを、この部屋の主は読むのか。帝王学というのだったか。やはり、一般人とは違う生活というか、自分とは違う感覚の持ち主なのだろう。
そのまま、本棚をつらつらと見ていく。そこでふと、ある一冊に目が留まった。紺色で背表紙がなく、やたら厚みがある。それこそ週刊誌といっていいくらいに。他の本よりも大きくて、それは明らかに目立っていた。
立ち上がり、若月はそれを手に取る。A4サイズ。両手に抱え、またもベッドに座り込んだ。表紙、裏表紙共に何も書かれていない。
ボール紙程度の厚さはありそうな厚い表紙をめくると、そこには二人の男女の写真が貼られていた。どうやらこれはアルバムのようである。男はパリッとしたスーツ、女は黒のワンピースで、両者ともに正装だった。
男の方は…この二枚目具合から、藍田真琴に違いない。が、もう一人の美人な女性を見て、若月は思わず本を落としそうになった。髪はショートで、顔が小さくすっきりとした顔立ち。雪のように色白な体は華奢で、隣の真琴と比べると、頭一つ分以上背が低い。
その女性は、若月が今晩探し求めている有紗だった。
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