16 / 27
15.金色
しおりを挟む
昔は走るのが好きだった。
外を駆け回って、友だちと笑いあって。
その延長線上で、中学で陸上部にも入った。毎日がキラキラと輝く様な日々。
けれど、いつの間にかその景色が色を失くし。
いつからだろう?
ごく当たり前の日々が、とても息苦しく退屈なものに思えて来たのは。
大なり小なり、自分で決めているはずなのに、それは自分で引いたレールではなく。
いつの間にかすりこまれた、そうすべきと言う決まり事。
取り敢えず学力に見合った高校にはいって、部活動でそれなりに汗を流し、可愛い彼女を作ってデートして。
無難に進学して就職して。合コンまたは社内で見つけた『かわいい彼女』と付き合って結婚して。
ぶつかり合いながらも家庭を築き、子どもが生まれ、嵐の様な子育てが始まり、やっと旅立たせてからは、奥さんとともに、孫の世話に明け暮れながら老後まで過ごす──。
それが、誰もが選ぶ選択、当たり前の人生。
でも、そのレールに乗らなければいけないのか? そう思うようになって。
特にうちの家庭環境は、自由だったせいがあるのかもしれない。
父は幼くして亡くなったけれど、母が頑張って育ててくれ。
母奏子は一度もこうしろとは言わなかった。貴方の人生なのだから、責任を持てるなら好きにしなさい、と。
兄はそれを受けて、高校を卒業すると、好きだった飲食業の仕事に就いた。
料理も好きだけれど、なにより、自分の作ったもので人が幸せになってくれるのがいいのだと。
律は律なりの、俺は俺なりの人生を生きればいい。そう思う様になっていた。
けれど、そうは思っても、なかなか俺の景色は色を持たなかった。
凄くやりたいこと、なりたいものがある訳じゃなく。
ただ、皆と同じように何も疑問に持たず、流れに任せて生きることができなくなったのだ。
そこへ千尋が現れた。
『拓人。俺ともっと楽しいこと、しよ?』
金色の塊みたいだった。
金髪だったからというわけじゃない。なにか分からないけれど、キラキラと輝いて見えたのだ。
この人はきっと目一杯人生を楽しんでいる。
感覚的に感じ取っていたのだと思う。
それは辛い経験を経て得たものだったのだけれど。
自分の世界を変えてくれる人。
千尋の言う、本能でそれを感じていたのだ。
だから──。
「千尋!」
いつの間にか、人通りの少ない、公園沿いの道を走っていた。
流石に毎日十キロは走っている人間にはなかなか追い付けない。息が切れて、そこに立ち止まった。
心臓がバクバク言っている。汗が止まらない。それでも、追い付こうと一歩踏み出した所で、足がもつれた。
「!?」
あっと、思った時には視界がグレーアウトし、その場に倒れこむ。
なんとか手を付いて、額をぶつけるのは避けられたけれど、アスファルトの地面がすぐ目の前だ。ぽたり、ぽたりと、落ちた汗が黒いシミを幾つも作っていく。
息が苦しい。貧血?
──千尋。
その背が小さくなっていくのを確認した後、ゴロンとそこへ横になった。
もう、追いつけない。
空を見上げると星が浮かんでいた。ひゅうひゅうと苦しげな呼吸音。
これって、本当に貧血?
息が吸えない。苦しい。きゅっと胸が痛くなる。
千尋を呼びたくても、呼吸もままならなくて、熱くてかいていた汗が、今度は冷や汗に変わって。苦しくて胸を掴んだ。
運動不足が、祟ったのかな? はは、こんな所でしっぺ返しがくるなんて。
千尋が──行ってしまう。
周囲に通りかかる人はない。だいたい、誰か助けを呼ぼうにも、声がでなかった。
せっかく千尋が助かったのに。もっと沢山、いろんな景色を一緒に見たかったのに。
俺がこんなところでへばるってないだろ?
千尋は俺の事、ちっとも見てなかった。
もし、これが最後だったなら、そんな、悲しいお別れなんてない。
「──っ…」
俺は腕で顔を覆う。涙が止まらなかった。
息ができないのに涙が零れ、余計に苦しくなる。自分でも耳にしたことのない呼吸音が続く。
なんで、千尋は逃げたんだ?
俺が──何か余計な事をした? 差し入れの写真が気に入らなかった? 一緒に行こうって、本当は迷惑だった?
巻き込まれたなんて思っていないのに。
俺はちゃんと自分で選択したんだ。千尋と一緒にいたいって。
それは何があっても変わらない。千尋が俺の景色に色を付けてくれたんだ。
千尋。──俺…。千尋が大好きなんだ。これで最後なんて、言わないで…。
意識が飛ぶ瞬間、耳元でざりと砂を踏むような音を聞いた気がした。
外を駆け回って、友だちと笑いあって。
その延長線上で、中学で陸上部にも入った。毎日がキラキラと輝く様な日々。
けれど、いつの間にかその景色が色を失くし。
いつからだろう?
ごく当たり前の日々が、とても息苦しく退屈なものに思えて来たのは。
大なり小なり、自分で決めているはずなのに、それは自分で引いたレールではなく。
いつの間にかすりこまれた、そうすべきと言う決まり事。
取り敢えず学力に見合った高校にはいって、部活動でそれなりに汗を流し、可愛い彼女を作ってデートして。
無難に進学して就職して。合コンまたは社内で見つけた『かわいい彼女』と付き合って結婚して。
ぶつかり合いながらも家庭を築き、子どもが生まれ、嵐の様な子育てが始まり、やっと旅立たせてからは、奥さんとともに、孫の世話に明け暮れながら老後まで過ごす──。
それが、誰もが選ぶ選択、当たり前の人生。
でも、そのレールに乗らなければいけないのか? そう思うようになって。
特にうちの家庭環境は、自由だったせいがあるのかもしれない。
父は幼くして亡くなったけれど、母が頑張って育ててくれ。
母奏子は一度もこうしろとは言わなかった。貴方の人生なのだから、責任を持てるなら好きにしなさい、と。
兄はそれを受けて、高校を卒業すると、好きだった飲食業の仕事に就いた。
料理も好きだけれど、なにより、自分の作ったもので人が幸せになってくれるのがいいのだと。
律は律なりの、俺は俺なりの人生を生きればいい。そう思う様になっていた。
けれど、そうは思っても、なかなか俺の景色は色を持たなかった。
凄くやりたいこと、なりたいものがある訳じゃなく。
ただ、皆と同じように何も疑問に持たず、流れに任せて生きることができなくなったのだ。
そこへ千尋が現れた。
『拓人。俺ともっと楽しいこと、しよ?』
金色の塊みたいだった。
金髪だったからというわけじゃない。なにか分からないけれど、キラキラと輝いて見えたのだ。
この人はきっと目一杯人生を楽しんでいる。
感覚的に感じ取っていたのだと思う。
それは辛い経験を経て得たものだったのだけれど。
自分の世界を変えてくれる人。
千尋の言う、本能でそれを感じていたのだ。
だから──。
「千尋!」
いつの間にか、人通りの少ない、公園沿いの道を走っていた。
流石に毎日十キロは走っている人間にはなかなか追い付けない。息が切れて、そこに立ち止まった。
心臓がバクバク言っている。汗が止まらない。それでも、追い付こうと一歩踏み出した所で、足がもつれた。
「!?」
あっと、思った時には視界がグレーアウトし、その場に倒れこむ。
なんとか手を付いて、額をぶつけるのは避けられたけれど、アスファルトの地面がすぐ目の前だ。ぽたり、ぽたりと、落ちた汗が黒いシミを幾つも作っていく。
息が苦しい。貧血?
──千尋。
その背が小さくなっていくのを確認した後、ゴロンとそこへ横になった。
もう、追いつけない。
空を見上げると星が浮かんでいた。ひゅうひゅうと苦しげな呼吸音。
これって、本当に貧血?
息が吸えない。苦しい。きゅっと胸が痛くなる。
千尋を呼びたくても、呼吸もままならなくて、熱くてかいていた汗が、今度は冷や汗に変わって。苦しくて胸を掴んだ。
運動不足が、祟ったのかな? はは、こんな所でしっぺ返しがくるなんて。
千尋が──行ってしまう。
周囲に通りかかる人はない。だいたい、誰か助けを呼ぼうにも、声がでなかった。
せっかく千尋が助かったのに。もっと沢山、いろんな景色を一緒に見たかったのに。
俺がこんなところでへばるってないだろ?
千尋は俺の事、ちっとも見てなかった。
もし、これが最後だったなら、そんな、悲しいお別れなんてない。
「──っ…」
俺は腕で顔を覆う。涙が止まらなかった。
息ができないのに涙が零れ、余計に苦しくなる。自分でも耳にしたことのない呼吸音が続く。
なんで、千尋は逃げたんだ?
俺が──何か余計な事をした? 差し入れの写真が気に入らなかった? 一緒に行こうって、本当は迷惑だった?
巻き込まれたなんて思っていないのに。
俺はちゃんと自分で選択したんだ。千尋と一緒にいたいって。
それは何があっても変わらない。千尋が俺の景色に色を付けてくれたんだ。
千尋。──俺…。千尋が大好きなんだ。これで最後なんて、言わないで…。
意識が飛ぶ瞬間、耳元でざりと砂を踏むような音を聞いた気がした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる