その先の景色を僕は知らない

マン太

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15.金色

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 昔は走るのが好きだった。
 外を駆け回って、友だちと笑いあって。
 その延長線上で、中学で陸上部にも入った。毎日がキラキラと輝く様な日々。
 けれど、いつの間にかその景色が色を失くし。

 いつからだろう? 

 ごく当たり前の日々が、とても息苦しく退屈なものに思えて来たのは。
 大なり小なり、自分で決めているはずなのに、それは自分で引いたレールではなく。
 いつの間にかすりこまれた、そうすべきと言う決まり事。
 取り敢えず学力に見合った高校にはいって、部活動でそれなりに汗を流し、可愛い彼女を作ってデートして。
 無難に進学して就職して。合コンまたは社内で見つけた『かわいい彼女』と付き合って結婚して。
 ぶつかり合いながらも家庭を築き、子どもが生まれ、嵐の様な子育てが始まり、やっと旅立たせてからは、奥さんとともに、孫の世話に明け暮れながら老後まで過ごす──。
 それが、誰もが選ぶ選択、当たり前の人生。
 でも、そのレールに乗らなければいけないのか? そう思うようになって。
 特にうちの家庭環境は、自由だったせいがあるのかもしれない。
 父は幼くして亡くなったけれど、母が頑張って育ててくれ。
 母奏子は一度もこうしろとは言わなかった。貴方の人生なのだから、責任を持てるなら好きにしなさい、と。
 兄はそれを受けて、高校を卒業すると、好きだった飲食業の仕事に就いた。
 料理も好きだけれど、なにより、自分の作ったもので人が幸せになってくれるのがいいのだと。
 律は律なりの、俺は俺なりの人生を生きればいい。そう思う様になっていた。
 けれど、そうは思っても、なかなか俺の景色は色を持たなかった。
 凄くやりたいこと、なりたいものがある訳じゃなく。
 ただ、皆と同じように何も疑問に持たず、流れに任せて生きることができなくなったのだ。
 そこへ千尋が現れた。

『拓人。俺ともっと楽しいこと、しよ?』

 金色の塊みたいだった。
 金髪だったからというわけじゃない。なにか分からないけれど、キラキラと輝いて見えたのだ。

 この人はきっと目一杯人生を楽しんでいる。

 感覚的に感じ取っていたのだと思う。
 それは辛い経験を経て得たものだったのだけれど。

 自分の世界を変えてくれる人。

 千尋の言う、本能でそれを感じていたのだ。

 だから──。

「千尋!」
 いつの間にか、人通りの少ない、公園沿いの道を走っていた。
 流石に毎日十キロは走っている人間にはなかなか追い付けない。息が切れて、そこに立ち止まった。
 心臓がバクバク言っている。汗が止まらない。それでも、追い付こうと一歩踏み出した所で、足がもつれた。
「!?」
 あっと、思った時には視界がグレーアウトし、その場に倒れこむ。
 なんとか手を付いて、額をぶつけるのは避けられたけれど、アスファルトの地面がすぐ目の前だ。ぽたり、ぽたりと、落ちた汗が黒いシミを幾つも作っていく。

 息が苦しい。貧血? 

 ──千尋。

 その背が小さくなっていくのを確認した後、ゴロンとそこへ横になった。

 もう、追いつけない。

 空を見上げると星が浮かんでいた。ひゅうひゅうと苦しげな呼吸音。

 これって、本当に貧血? 

 息が吸えない。苦しい。きゅっと胸が痛くなる。
 千尋を呼びたくても、呼吸もままならなくて、熱くてかいていた汗が、今度は冷や汗に変わって。苦しくて胸を掴んだ。

 運動不足が、祟ったのかな? はは、こんな所でしっぺ返しがくるなんて。

 千尋が──行ってしまう。

 周囲に通りかかる人はない。だいたい、誰か助けを呼ぼうにも、声がでなかった。
 せっかく千尋が助かったのに。もっと沢山、いろんな景色を一緒に見たかったのに。

 俺がこんなところでへばるってないだろ?
 
 千尋は俺の事、ちっとも見てなかった。
 もし、これが最後だったなら、そんな、悲しいお別れなんてない。
「──っ…」
 俺は腕で顔を覆う。涙が止まらなかった。
 息ができないのに涙が零れ、余計に苦しくなる。自分でも耳にしたことのない呼吸音が続く。

 なんで、千尋は逃げたんだ? 
 俺が──何か余計な事をした? 差し入れの写真が気に入らなかった? 一緒に行こうって、本当は迷惑だった?

 巻き込まれたなんて思っていないのに。
 俺はちゃんと自分で選択したんだ。千尋と一緒にいたいって。
 それは何があっても変わらない。千尋が俺の景色に色を付けてくれたんだ。

 千尋。──俺…。千尋が大好きなんだ。これで最後なんて、言わないで…。

 意識が飛ぶ瞬間、耳元でざりと砂を踏むような音を聞いた気がした。

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