その先の景色を僕は知らない

マン太

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6.告白

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 千尋はソファの上で膝を抱えると、訥々とつとつと話し始めた。
「俺、中学の時、ろくに学校行かないで友達って──その時は思ってた奴らと、ずっとつるんでた。それがさっきの奴ら。今じゃ絶対、友達じゃないって断言出来る」
 鼻にシワを寄せ心底嫌そうな顔をして見せた。
「あんまり、柄良さそうじゃなかったね。千尋と大違いだ」
「昔は、俺もあんな感じ。ガラワルワル」
「ん。想像つく」
「あぁ? ンだと」
 急にわざとらしくガラの悪い口調になって飛びかかって来た。俺は笑いながらそれを避ける。
「だって、千尋。今も名残りあるもん。着てるパーカーとか、ダメージジーンズとかピアスとか?」

 キラキラの金髪とか。

 でも、これは結構、気に入っているから、柄が悪い部類には入れないでおく。
「このっ」
 脇を擽られ、笑い転げながらソファからずり落ちた。
「おわっ」
 けれど、すぐに千尋が腕を引っ張って引き上げてくれたお陰で、床と仲良くなるのは避けられる。
 ふうふうと荒くなった息を整えていれば、千尋がぽつりと続きを口にした。
「あいつら…。始めはいい奴らだって、思った。同じ様な境遇の奴らばっかで」
「同じ?」
「そう。家庭環境の悪さとか、とか」
「千尋のお父さんは写真家だったんだよね? お母さんは?」
 千尋は再び、ソファの上で片膝を抱えると。
「俺の母さんは、俺が中学生になる頃にはとっくに蒸発しててさ。父さんは四六時中、外国やらに行ってて家空けてて、俺が何してても気にしなかった。母さんが家を出ても、ああそう、くらいで。俺も馬鹿だったから、それでもそんな親の気を引きたいのもあって、あいつらがどっかから手に入れてきた薬に手出した」
「薬?」
「そ、エクスタシー。別名MDMA。とっても幸せになれる──と、思わせる薬」
 違法ドラッグだ。
「興味本位といきがりと寂しさと。その他諸々、むしゃくしゃや投げやりになった自分をそこに全部押し付けた。…で、捕まった」
 千尋は手首をふざけて合わせて見せる。その表情は笑っているけど、悲しげで。
「今は──凄く、後悔してる…」
「……」
 俺はただ無言になって継ぐ言葉を探したけれど、結局出た言葉は。
「そっか…」
 他に言いようがない。
 大変だったね、とか、苦しかったの? とか。どうして薬なんかに手を出しちゃったの、とか。
 かけるべき言葉はたくさん有ったのだろうけど、千尋の苦しみを思うと、ありきたりの言葉はかけられなくて。
 千尋は先を続けた。
「結局、海外にいた父親ともろくに連絡とれなくてさ。母親はもう離婚してたし。眞砂さんには親代わりにずいぶん世話になったんだ」
 そこまで話すと千尋はこちらを覗き込む様にして。
「俺のこと、軽蔑する? とも、危ない奴って思う? …思ったこと言ってくれていい」
 言いながら、切なそうな顔をして見せた。
「俺は…」

 軽蔑、はない。

 俺はそんな潔癖でもないし、そういう事もあるだろうとは思える。ただ、手を出したのがドラッグだったのは──正直、悲しい。
 けど、立ち向かえない時、逃げるのはありだと思ってる。
 と言うか、今、俺は絶賛逃げ中だ。千尋と違って、何処にもぶつけられなくて、どうしていいのか分からず、狼狽えている。

 それを救ってくれたのが千尋なんだけど。

 俺はチラと千尋を見る。

 危ない奴、もない。

 ちょっと風変わりとは思うけど、それは千尋の個性で。薬に手を出したから、その後も全否定はない。
 だいたい、今は立ち直っているのだ。俺の知る千尋は全然、危なくなんかない。とても面白く興味を引く存在で。

 魅力的だと──思う。

「軽蔑もしないし、危ない奴って思ってないよ? ただ、次に逃げたくなった時は、俺に言ってよ。一番最初。何かに頼る前に。って、何も役に立たないかもだけど、健康には悪くない。な?」
 俺は千尋に救われた。なら、今度千尋が行き詰まったら、手を差し伸べるのが筋だろう。
 千尋は目をぱちくりして俺を見ていたが、不意に声を立てて笑い出した。
「…拓人、お前っ、やばっ! 面白すぎ! てか、好き! やっぱ、好き。大好き!」
「…へ?」
 突然の告白に、事態を理解出来ずにいた。けれど千尋は構わずに。
「うん。俺は、拓人が好きだ。好きです。付き合って下さい」
 そう言ってソファの上、俺と向き合う様に正座する。

 イヤイヤ。だって。どうしてそうなる?

「ンな、急にそんな──、てか、本気で?」
 まともに取り合って冗談だったら馬鹿らしい。すると、千尋は首を横に振って。
「冗談じゃないよ。でも…拓人が冗談にして、このまま、友達でいたいなら──辛いけど、そうする。拓人と別れるのは嫌だ」
「千尋…」
 俺は言葉を無くす。
 それはそうだろう。だって、俺の中で千尋はかわいい女の子と仲良く過ごしていたわけで。

 それが──俺って。

 何かの冗談、だろうか。けれど、千尋は必死に言いつのる。
「俺は拓人が好きだ。別れたあと、寂しいって思うのは、拓人のことだ。もっとずっと一緒にいたいし、色々楽しいこと、もっとしたい」
 ここでようやく、眞砂や兄律の言っていた言葉の意味を理解する。
 千尋が俺を好きと知って、俺の気持ちを確認したり、ちゃんと考えろと言ったりしたのだ

 そう言うことか。

 全く思いつかなかった。そんな訳ないと思っていたのだから。
 でも、どうして二人は分かったのだろう。千尋が自分から報告した様には思えない。ただ、知っていたのは確かだ。
「拓人は、無理? 同性って気になる? でも、手は繋いだしキスも出来た」
 そう言って、俺の手を取りしっかりと合わせてくる。千尋の長い骨ばった指と俺の頼りなげな細い指が絡まった。その指をじっと見つめる。
 確かにそうだ。嫌な相手なら、突っぱねていただろう。しかも同性なのだ。
 万が一、クラスメートにの男子に同じ事をされたら、普通なら突き飛ばすし、手なんか繋がない。
「千尋は…同性が好きなの?」
「違う。拓人が好きだ。昔から好きになったら、そう言うの関係なかった。でも、ここまでちゃんと好きになったのは拓人だけだ」
 握られた手が熱い。こうしているのは嫌じゃない。振り払おうとは思わない。

 それって、どう言うことだろう。

 胸がドキドキしてくる。心臓の音が千尋まで聞こえるんじゃないかと思うほど。さっきは一時体温が低下したというのに。
 俺はひと呼吸置いたあと、素直に思っている事を口にした。
「…千尋に触られても、嫌な気持ちにならない。さっき、千尋が気になる奴がいるって言った時、苦しかった…。悲しいって思った」
「拓人」
 握られた手を千尋が自分の方へと引き寄せる。額と額がつきそうなくらい距離が縮まった。
「千尋…。俺─…」
 間近に千尋の瞳を見つめる。
 いつもと違う色が、千尋の瞳に映った気がした。熱っぽい奴だ。
「拓人…。嫌だったら、嫌って突き飛ばしていい」
 なにが──そう、問おうとした唇に千尋の唇が触れる。
 そっと触れてきたから柔らかい。
 少し濡れているのは麦茶の所為だろうか。軽く上唇に触れるようなキスを繰り返す。それが下唇に降りてきて同じことを繰り返して。
 なんだろう、ドキドキが止まらないし、身体が熱くなる。くすぐったい心地に、笑い出したくなるような。
 手を握り合ったままそれを繰り返す。
 次にその手を離すと、今度は指先で手のひらに優しく触れて来た。くすぐったくて思わず千尋の手を握り締める。
「…拓人」
 熱っぽい声に呼ばれ、恥ずかしくて閉じていた目を開けた。
 間近に覗く千尋の瞳。やはりそこには熱が多分に含まれていて。
 色素が薄くどこかグリーンがかって見える、その瞳の色に見惚れていると、身体がソファに押し倒された。
「な。今の、嫌?」
 俺は覆いかぶさる千尋を見上げながら、間を置かず。
「…じゃない」
 千尋は笑う。俺は照れて真っ赤だ。
「じゃ、もう少しだけ──」
 そうして耳元でささやいた声は『先に』と告げた。

 先に──?

 あっと、思う間もなく、もう一度千尋の唇が重なる。今度は先ほどとは違い、重なるのに角度が付いた。
 息が吸いたくて開いた口に、それが再び重なったため、一瞬、呼吸困難に陥る。
「拓人。空気、ここで吸って…」
 笑った声のあと、鼻先にキスが落とされた。

 うっ…、恥ずかしい。

 なんだか、とてつもなく、恥ずかしい。
 けれど嫌ではないのだ。
 もう一度、千尋の唇が触れた時にはきちんと鼻で息をする。千尋の口元が笑みに象られた。
 舌先が自分のそれに触れて思わず肩が揺れる。

 先に。

 それはどうやら大人のキスを意味していたらしい。想像もつかない千尋の行為に思考が停止する。
 恥ずかしいのと初めてびっくりしたのと、どうしていいのかわからないのと。全てがごちゃまぜになって。
 けれど、何度も言うが、嫌じゃないのだ。
 いつの間にか千尋の背に腕を回し、着ていたTシャツを握り締めていた。
「拓人…。これ以上はしないから、ぎゅってしていい?」
「う…ん…?」
 俺の返事が終わらないうちに、急に身体を抱き起され、あっという間に腕に抱えられてしまった。
 これには驚いた。千尋は前にも言ったように、俺と体格にそう大差はない。だからとてもお姫様抱っこなんて、出来る様には見えなかったのだが。
 千尋は俺をいとも簡単に抱き上げると、足で隣の部屋の引き戸を器用に開け、ベッドの上に俺を放るとすぐに覆いかぶさってきた。
 そのまま腕が背と腰に回り、まさにぎゅっと抱きしめられる。
「すご──気持ちいい…」
 薄い Tシャツ越しに千尋の鼓動が響く。
 体温は確かに心地よく。他人にこんな風に抱きしめられたのは、正直初めてだ。
「横で笑う拓人見て、ずっと、こうやって抱きしめたいって思ってた…。拓人。好きだ…」
「──!」
 耳元でささやかれたそれの効果は絶大で。
 女子が言うキュン死というのが分かった気がする。
「ふ、どくってなった。拓人も、ドキドキしてる…。ね、俺の事、好き?」
 少し顔を起こして、見下ろしてくる。頬が赤らんでいるのが分かった。千尋も照れているのだ。

 かわいい。

 思わずそう思ってしまった。
「うん。…好きだ」
 それ以外に、俺のこの感情につける言葉は無かった。
 人に告白したのはこれが初めてで。心はとても晴れやかだ。
 それでも言ったそばから急激に恥ずかしくなり、腕を伸ばして千尋に抱きつく。
「っ…。てか、本人前にして、恥ずかしいっ…」
「ふ、可愛い、拓人。…でも、嬉しい。拓人が好きになってくれて」
 再び俺を抱きしめると、首筋に顔を埋めてくる。髪が頬に触れてくすぐったかった。俺は天井の木目に目を向けながら。
「…最初から、嫌じゃなかった」
「拓人?」
 千尋が顔を起こす。
「知らない人にキス、されたのに、ちっとも。俺、そんな軽い奴でも、そこまで理解があるわけでもないのに。千尋のキスは…嫌じゃなかった。なんでか、分かんないけど…」
「じゃあ、ホンノーで俺のこと、気に入ってくれたんだ」
「本能…」
「第一印象。感覚って大事だ。後から来る情報よりも」
「そうだね…」
 確かに、最初に嫌な奴、と思った奴は結局知り合っても嫌なやつだったり、逆にどんなに後付でマイナスな情報を知っても、いい奴はいい奴のままだったりする。
 千尋は怖いとも、気持ち悪いとも思わなかった。なんだろう、こう、初めて見たとき、パッと光が差した気がした。

 救いの神だって、本能的に分かってたのかな?

 そうこうしていれば、欠伸が漏れ出した。
 時刻はそろそろ十二時を差す。千尋の腕の中は温かく心地良い。眠気を催すのは仕方のない事だった。
「なんか眠い…」
 すると、ぴょんと俺の上で上体を起こした千尋は。
「な、一緒にシャワー浴びる? その方が早く済む」
「…ちょっと、無理。好きだって意識したあと、それは無理。早い」
 意識する前なら、男同士気にする事もなかったのだが、如何せん、好きと思ってしまうと、妙に意識してしまう。
「何にもしないって。それぞれ入ってたらどっちかが寝落ちするだろ? 着替えは新品のパンツあるし、パジャマは俺の着ればいいし。な、入ろっ」
 子どもの様にはしゃぐ千尋に俺は押し切られ。
「うーん…。分かった。けど、何も無しだからな? 俺も、しないし…」
 と言うか、出来ない。何をどうしていいのか、情報が少な過ぎて先の行動が思い浮かばないのだ。
 さっきのキスといい、きっと千尋は何をどうすればいいのか、分かっているのだろうけど。
「あんまり言うと、フリだと思っちゃうけど?」
「フリじゃないっ」 
「分かってる…。未成年には、手は出さない。──はず」

 はずって。キスはしちゃったけど、さ。

 そのまま、千尋に押される様にして浴室に向かった。
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