不運な令嬢は伯爵家次男に溺愛される。

ユナタカ

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変わった人

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小さく息をついて、足を布団から出すとゆっくりと立ち上がる。
養父母の心配もあって、療養のためと布団生活を二週間もしていたせいか、だいぶ筋力がおちている。
散歩でもしようかと考えながら、グッと伸びをしていた私はノックの音に驚いた拍子にその体勢を崩した。


「大丈夫か!?」

「…アラン兄さまでしたか。」


慌てた様子で入ってきたアランを下から見上げる。
倒れた椅子とキャロラインを交互に見ては、怪我はないかと痛いところはないかと問われる。
バランスを崩したとき、咄嗟に伸ばした手が触れた椅子が倒れてしまったのか。
きっとその音が聞こえて…むだに心配させてしまった。

ーーー優しい人。



目覚めてすぐの頃も、筋力が落ちているだろうから慣れた動作も気をつけてという医師の忠告を忘れて、ついつい普段の感覚で起き上がろうとしては、失態をくり返す私を心配してかよく見にきてくれていた。

「今日はどうされたのですか?」

「あ、いや…それより大丈夫か。ほら、こっちの椅子に座って。それから話そう。」

首を傾げる私に、まだ少し高い少年の声が優しくかけられる。
変化したといえば、彼の態度もだ。


叔父夫妻に引き取られてから、優しい彼らに対して随分と他人行儀な振る舞いを返した。
そのことに憤りを感じていた彼から、あの日ついに自分の非道さをつきつけられた。
嫌われてしまったと思っていたのに、どうしてなのかはわからないがあの日怒っていたアランは次に会った時には、その怒りをおさめてしまった後で。
以前のように距離を置かれるでもなく、むしろ過保護に感じるほどに親切にしてもらっている。
きっと、罪悪感からくる行動なのだろう。
そう理解はできても、こうして態度の端々にこちらへの気遣いが見えるたび、なんだか申し訳なく思ってしまう。

ーーー倒れたのだって、彼のせいではないし。それに言われた言葉も事実その通りだったもの。



引かれるままに椅子に腰掛けた私へと、アランが傍にあった膝掛けをかけた。

「ありがとうございます。」

「いや。」

優しさに、素直にありがたいと心が喜ぶ。
私はその柔らかな気持ちのままに、緩く笑んで感謝を口にする。
大切な人たちの好意や親切を受け止めることは、こんなにも簡単で心地よい事だったのだ。


「体調は、もう大丈夫なのか。」

「アラン兄さま、私は健康です。お医者も仰っていました。」

昨日も…いや目覚めてからこの会話をするのは何度目になるだろう。
会うたびに必ずといっていいほど、同じ質問を繰り返しされている気がする。


「その、だな。あの時は、本当に申し訳ないことをした。すまなかった。」

「いえ、アラン兄さまの言葉もまた事実でしたから気にしていません。」

「だが…。」

「…謝罪も、もう何度も聞きましたわ。私、傷ついても、怒ってもいません。大丈夫ですから、もう気にならさないで。」

---しつこい。

受けるべきでない謝罪をされるたびに、自己憐憫に浸っていたことへの羞恥がふつふつと湧き上がる。
愉快な思い出とは言い難いそれらを思い起こすきっかけを毎度毎度与えてくるアランに、いい加減にしろと思ってしまう私は悪くないと思いたい。



「それに私も…これからは兄さまたち家族と仲良くいられるように変わっていきたいと思っています。だから、あの日までの私のことはどうかもう忘れてくださいませんか。」

「私、出来ることをしようと思うんです。アラン兄さまにはそのことがどれだけ大切か教えていただきましたから、感謝こそすれ、悪感情を抱くことはありません。」

ですから、これ以上は気に病まないでください。とそう告げて笑みを浮かべる。
本音は、これ以上黒歴史を掘り返すな、忘れろ。だ。


「無理はしないでくれ。…その、俺たちは家族だから。」

「…はい。ありがとうございます。」


ため息をなんとか返答にかえて、微笑む。
しつこさに対する苛立ちを顔に出さないように努力しているのだから、多少笑みがぎこちなくなったとしても許してほしいものだ。

どうかこれが最後であれと心から願う。
次言われたら、はっきりと告げてしまおうか。
アランにはその方がいい気がする、けれどそれをしていいのだろうかと考える私の手をアランが取る。


「その、それで今は何をしていたんだ?」

「あぁ、散歩に出ようかと思っていたんです。」


なぜ手を取られたのか。
混乱のままに手を引き抜けば、それを追いかけるようにとられた。

「一緒に、散歩しても構わないだろうか。」

「…お兄さまがお花に興味がおありだったなんて、私知りませんでしたわ。」

「うん。…今はそれでいいから。」

散歩は、いつもよりゆっくりで、少し長く。
穏やかな日差しの中、エスコートをするアランの腕に添えたキャロラインの手にはいつまでもあたたかさが共にあった。






*****





「キャロライン、こっちの資料も頼んでいい?」

「はーい。今行きます。」

早いもので私も今年18歳を迎えた。
あれからたくさん勉強して、今は王宮の事務官になった。
貴族子女が世間体を悪くせず働く先なんてあるのかと、不安を抱えながらたどり着いたこの場所は、平民から貴族まで様々な立場の人がいる。
ここでは平等で、働きやすく、場所が王宮ということもあって外聞も悪くない。
女性は少なくはないし、給金も待遇もとてもいい。
困ることなんて一つもない。




ーーいえ、ひとつだけあるわ。



「キャロライン。迎えに来た。」

キャロラインにとって、目下一番の問題が今日も今日とてやってきた。

「アラン兄様、お迎えはもういいのよ?私もう18歳になって大人の仲間入りをしましたし、こちらの職場の方達はとても親切な方ばかりですから。」

やんわりと、来るな。と何度も何度も伝えてはいるのだが、なぜか通じない。
ほぼ毎日、アランが迎えにくるのだ。

「俺がしたいんだよ。さぁ、俺たちの家に帰ろう。」


ーー語弊がある言い方だわ。イケメンで注目度が高いからなお悪いのよ。

トクンと大きく鳴った胸に、じんわりと熱を集めて染まる頬に、期待してはダメと釘を刺してキャロラインはため息をつく。
差し出される手をとることを躊躇って、それでもこの手をとらないなんてできないと手を伸ばす。
会釈をしてその場をさる間も、帰りの道も、もう随分と前からずっと鼓動がうるさい。

街にでるとあからさまに増える羨望と嫉妬のまなざしに無視を決め込んだ。
私が困っていることも、彼女たちの視線も、すべては兄様のせいだと責任を押し付けて。



仲のいい家族の一員になるという私の決意は達成された。
養父母とも兄さまたちとも仲良くやれていると思う。
お互いに思いやりをもって、好意を示しているし、離れていても定期的に手紙もやりとりしている。

けれど、なぜかアランとだけ距離が離れない。
どころかもはや恋人ではないのかと、自他ともに勘違いするほどに近い。

領地からでて、王宮で働くことにしたときに入る寮をあてがあるからといったアランに任せたのが間違っていたのか。
それとも新しい生活に慣れるまでは危険だからと、送り迎えをしてくれるというアランの善意を断りきれなかったあの時の自分がいけなかったのか。



まさか用意された女性寮の隣に騎士寮があるなんて知らなかったし、王都がこんなにも安全に出歩ける場所だとも知らなかったのだ。

「ねぇ、アラン兄さま…私お買い物くらいは一人で行けるわ。」

「俺がいる方が荷物ももてるし、楽だと思うよ。帰る方向も同じだから少し寄り道するくらい気にしなくていい。一緒にいくよ。」


「…そう。そうよね、ありがとう。」


ーーアランを好きになって、一緒にいられることが嬉しいからって強く断りきれない私が、一番ダメなのよね。


優しくされて、期待している。
勝手に生まれて、消そうとしても居座るこの恋心に今私は毎日困っている。
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