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そのあとのいくつかのこと。
5月10日
しおりを挟む「……なんか、落ち込んでる?」
ユウリはすぐに違うと言われるだろうと思っていた。
ディレイはちょっとばかり雰囲気暗く食堂の隅で魔銃の調整をしていた。いつも通りともいえるが何か気にかかって声をかけただけだった。
ユウリが近づいてきたことすら気がついていなかったようで、少し驚いたように見上げてきた。
「え、ほんとに落ち込んでんの?」
「ああ。少しだけな」
ディレイの棘のない、途方に暮れたような言い方にユウリの方がびびった。い、異常事態とユウリは向かい側に座ることにした。
「なにかあった? アーテルちゃんに会えなくてとかじゃないよね?」
「昨夜、会った」
「あっさりと約束事破ったこと白状しないでよ。で?」
「で? と言われてもな。伝えてるつもりが全く伝わってなかったので、少し反省している」
「なにを?」
ユウリには全く話が見えない。ディレイは少し言葉を選ぶように黙る。
「傷つくのを見たくないとか、だいじなのだとかそういうこと」
「……はい?」
「というか、自分がいなくなっても俺は平気だと思われていたようなのでさすがに……」
「あぁ」
ユウリはフォローの言葉がなかった。
アーテル、そういうとこある。推しの幸せ至上主義。幸せに自分が邪魔なら泣きながら立ち去る系。そして、遠くから見守るというストーカー気質。
災厄を封じる気になったのもディレイが関わっているに決まっている。
そうと伝えたことはなかったと思うが、ディレイが狙われていることを知っていたようだし。
「そのうち、わかってくれるんじゃないかな」
と言いながら、ユウリは全く分かりそうにないなと頭を抱える。
アーテルも愛されているとか好かれているとかはきちんと認識している。ローゼに惚気ているのを伝聞で聞いていた。それ、ほんとにディレイ? と思うような甘さだった。
だが、それとこれとは別と割り切りが過ぎる。それにやはり異界からやってきたということが響いてるようだった。
あたし以外の誰かがその隣にいるべきではないかと考えているところもあるようだ。そういう不安定さを隠し通してしまえるのが問題だろう。
「とりあえずは、わかったとは言わせた」
「……なにしたわけ?」
聞きたいような聞きたくないようなとユウリが尋ねるとディレイはごとりと魔銃を机に置いた。
「普通に、話をしただけだ」
いやいや、絶対違うでしょとはユウリは突っ込めなかった。
アーテルちゃん無事かなとちらり天井を見上げた。
「ユウリもローゼにちゃんと伝えたほうがいいぞ。
ある日突然、家を出ていかれてからでは遅い」
「え、なにその怖い例え」
「他の権力者の娘なんかに相応しくないと言われて真に受ける可能性もあるだろ」
「そ、そんなのないっ!」
「とローゼがちゃんと信じるかはユウリ次第」
「……ああ、なんかすごい心配になってきた。ちょっと行ってくる」
ユウリは立ち上がり、ふと不思議に思った。
今までディレイがユウリにこんな話をしてくることはなかった。面倒そうでも追い払われもしなかった。そのうえ、相談らしきものもされた。
あれ? なんか、優しくなった?
「魔弾作るから、さっさと行ったら?」
気のせいかとユウリは軽く礼を言ってその場を立ち去った。
この結果、あとでディレイはローゼより苦情を受けることになる。
ユウリを見送ってエリックはため息をついた。
人の心配をしている場合でもない。
アリカがいなくては生きていたくもないと告げたときに本当に驚いたように見返された。次いでアリカが青ざめて、どうしようと呟いた。
そこまで思い出して、なんだか無性に魔銃の試し打ちがしたくなってきた。
ぽろりと涙がこぼれて、ごめんなさい、そんなつもりはなかったと。
そのうえ、あたしはエリックのものでいいんですけど、エリックはあたしものじゃないじゃないのでと謎の主張もされた。
アリカにはエリックからの好意は理解していても、それ以上は全く、少しも、伝わっていなかった。
それで結婚もするのかと問いただしたいが、強引に迫った経緯もあるため指摘しずらい。
結局、どういうところが好ましくて惹かれたのかという話を延々とする羽目になった。途中からアリカは唸るだけの生き物になっていたようだが、少しぐらい思い知ればいいのだ。
それを覚えている間は少なくともなにかやらかす前に立ち止まってくれるだろう。
「……難しい顔」
そう声をかけてきたのはフラウだった。
彼女は断りなく向かいの椅子に座った。頬杖をついて魔弾の一つを手に取る。
「勝手に触るな」
「呪式、盛大に間違ってる」
ここと指摘された部分は、確かに綴りを間違えていた。圧縮するにしてもその書き方はしない。
フラウが心配そうな表情に変わったのはいつもはしない失態だからだろう。
「アーテルと喧嘩した?」
「してない」
「でも、会った。部屋に煙草の匂いが残ってたから嘘はなし」
「少しだけ」
「よくわからないけど、朝からアーテルが、いもむし」
「いもむし」
そう繰り返したエリックにフラウは重々しく頷いた。
想像できない、ではない。ああ、あれと思うくらいには見ている。羞恥の限界を超えたらそうなるらしい。
見ないでくださいと半泣きで布団の中で丸まっている姿はかわいかった。
エリックは気が済むまで放置することにしている。時々、様子を窺うように布団の中から頭を出してはひっこめるというのも可愛かった。
亀みたいで。
「なんか面白謎生物だった」
フラウも思い返していたのか小さく笑っていた。昔は少しどきりとしたそれも今は何とも思わない。
エリックはそれにほっとした。もう、あれは過去のことで思い出の中に残っているだけのこと。そういうこともあったと記憶に残るだけ。
「それでディレイ、なにをしたの?」
「普通に話をしただけだ。何か言ってたか?」
「もう無理とか、死んじゃうとか。だから喧嘩したのかと思った」
「喧嘩はしてない」
エリックを疑わし気に見てからフラウはわかりやすくため息をついた。仕方ないなぁと言いたげな態度はよくエリックがとっていた態度だ。
それは元々師匠がしていた癖だから。最近一緒に行動していたようだからフラウにもうつったようだった。
その意図も真似ているかはわからない。師匠のそれは見透かしたあとのそういうことにしておいてあげるという趣旨だ。
「とにかく、仲直りするといい。
あーちゃんは元気な方がいい。そうじゃないと小姑できない」
「……小姑」
「大事な兄を任せるのだから、小姑くらい倒していってほしい」
「なんだそれ」
エリックの言葉には答えず、フラウは楽しみと機嫌良さそうに立ち上がった。
「私は小姑の中では最弱。でも、やる気はある」
「だから、なんでいびる方から始めるんだ」
「なんででしょうね?」
ふふっとフラウは笑って立ち去った。
「魔弾、持っていきやがった」
テーブルの上に残ったのは間違えた魔弾だけだった。
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