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温泉と故郷と泣き叫ぶ豆

ある意味自業自得

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「暇……」

 現在、隔離されて三日目の真夜中です。さすがに寝ているの飽きました。
 今日は推定5月9日です。実は翌日目が覚めたつもりで丸一日爆睡していたらしいですよ。そろそろ起きるかなと様子を見に来たエリックを捕獲してしまったのがあの日の顛末のようです。

 さて、お見舞いという名の監視が昼間は来るんですが、夜はいないんです。そして、昼間は寝かしつけられているので夜は目がさえてしまっているんですよ……。
 さらにあーちゃんもツイ様に新しい体の打ち合わせとお出かけして既に二日。帰ってくる気配がありません。エリックの弟の魂も連れて行くというので一緒にお出かけしてるはずです。強制連行と言ってはいけません。

 ものすごい暇なので、どこか、外に行こうかしらとちょっといたずら心がっ! まあ、実際外に行く元気はあるかというと微妙ですが。
 滞在先は二階なのでそのまま外に出れないんですよね。と思いつつ窓から外に顔を出してみるとなにかの知っている匂いが漂ってきます。んん!? と思って下を確認しますが、誰もいません。気のせいとも思えない匂いなんですけど。
 上かな? 身を乗り出して上を見上げます。
 うーん。見えな……。

「うひゃっ」

 身を乗り出しすぎて落ちそうになります。び、びっくりした。

「な、なに?」

 情けない声に気がついたのか上から覗き込まれました。

「……あの、なにしてるんです?」

「暇」

 同じく暇をしているエリックを見つけてしまいました。屋根の上でなにしてんですかね? って煙草吸ってたんでしょうね。

「上がっていいですか?」

「いや、そっちに行く」

 あっさりとそう言うとエリックは煙草を消失させて、窓から離れるようにあたしに言います。身軽に入ってきますよね。不調なんてなさそうです。
 あたしはまだ気だるい感じが残ってるんですよね。魔素の消失著しく、完全に戻るのは数か月はかかりそうだそうで。

「こんばんは」

 たった三日なんですが、ものすごく離れていたような気がします。話をどこからしていいのか行方不明になってしまいました。結果、普通に挨拶をしただけで言葉に詰まるという。
 エリックはちょっと不思議そうにしてますけど、それもなんかドキドキしまして。
 今のエリックは急激かつ法量行使の影響で体が引きずられちょっと見た目が変わってるんです。効率よく魔法を処理しようと体も頑張っちゃう結果、最盛期の見た目へと変貌を遂げるとか。エリックの場合には年上な見た目になっています。なんだか本誌で見たクルス様って感じで拝みたくなります。おお、我が推しよ。よく生き残って……。
 あ、抱きついていいですかね? いきなりはいけませんか。理性が、まだやめておけと止めております。あら、まだ生きてたの理性と意外に思いながら、とりあえずはエリックのそばによります。

「おもったより元気そうでよかった」

 ……今、気がつきました。ちょっと声も低いです。
 な、なんてことでしょう。完璧な推し様が。

 ……や、やばいですよ。なんか変なこと口走りそうです。

「アリカ?」

「え、あ、そうですね」

 慌ててそう言います。不審そうに見られるのはわかりましたが、理由までは察してないと思いたいです。半分以上、魂はみ出してましてまともな応答が出来かねるというか。

「眠い?」

「いえ、寝るのは飽きました。エリックはその大丈夫ですか?」

「まあ、なんとか。ゲイルとフラウがうるさい」

「心配してるんですよ?」

「アリカのところにも来てるだろ」

「ええ、でもエリックの話はしてくれないんですよ」

「別に話すようなことは何もなかったぞ」

「でも、寂しいじゃないですか」

 といいつつ抱きついてしまいましょう。
 少しエリックはたじろいだようでした。少しのためらいのあとに背に手を回されます。

「……匂いがうつる」

「あとで怒られておきます」

「俺も怒られることになるんだが」

「それは吸ってるところが怒られるのでは?」

 隠れて夜中に屋根の上で吸うなんて。止められているか知られたくないかのどちらかに違いありません。本来は部屋で吸ってもいいんですから。
 エリックが少しばかりばつの悪そうな表情なのは図星だからでしょうか。それ以上なにも言われないことをいいことに堪能しておきます。

「一つ、聞いておきたいんだが」

「な、なんでしょ」

 耳元で囁かれたのですが、ぞわっとしました。危機感いっぱいのまずいやつです。あ、逃げるべきと本能的に察知してしまいましたよ。

「あの災厄と俺のことを知っていたな?」

 質問の形式ですが、確認でしょう。そうでもなければおかしいところが、いくつかあります。気がついちゃいますよね……。表情を確認するのも怖いんですけど。
 そっと見れば恐怖の無表情なんですがっ!
 しらばっくれる案を一瞬で放り投げました。選択間違うと大変な目にあいそうです。

「そ、そのツイ様から聞いてました。
 うん、そうです」

 そうだっけ、とちょっと思いましたけど、大体ツイ様のせいにしておけば安全。きっと安全ですよね!? ツイ様のせいですツイ様の!

「へぇ。そのときにどうして俺に言わなかった」

「え、あ、そのぅ。言えば、エリックがいなくなっちゃうかなって」

 てへっと笑うつもりが失敗しました。冷ややかな雰囲気がしますね……。

「言えば対策も立てようがあったと思うが」

「ありませんよ」

 思わず即答してしまいました。ああ、もうちょっと言葉を選びたかったですね。
 案の定、顔をしかめられてしまいました。

「どうして、そういえると思うんだ?」

「だって、あたしは他に代えがきかない来訪者様なんですから。
 災厄のことをエリックだけでなくほかの誰かでも知られたら全部遠ざけられるでしょう。エリックとももう二度と会うこともないかもしれないんです」

 わりとあり得る未来です。そのくらいに、あたしには自由というのはなかったりするんですよね。集団とやり合うくらいの性能を持ち合わせてません。
 一応、他の人を巻き込むことも当人に言うことも考えたりもしたんですけどね。
 大変残念なことに優先され守るべきものとされるのはあたしのほうなんです。
 他の人にとってはあたしのほうが価値があると思われているので、知られた時点でこの件に関わることを邪魔されるでしょう。
 それで手遅れになる危険性のほうが高い。そもそも他の人が対処するかどうかも怪しいです。逆に排除の方向に向きそうです。
 ユウリなら見捨てはしないでしょうし、あたしにも手を貸せというかもしれません。ただ、今度はユウリの立場が危うくなる可能性もあるんですよね。貴重なものを危険にさらすのはつけ入る隙にもなるわけです。

 そして、エリックに言わなかったのは自分を捨ててしまうのではないかという疑念を捨てられなかったから。
 諦めてため息さえもつかずに受け入れてきたものがもう、嫌になって、捨ててしまうのではないかと。その疑念を捨てることができませんでした。あるいは、自ら望んで捨ててしまうのではないかと。
 あたしが重しになれているかも自信がありません。逆にあたしのせいでとなることの予想がついてしまったのです。
 エリックは黙ってしまったので、それほど間違った推測ではなかったようです。

「それでもよかった」

「絶対に、そんなことありません!」

「俺は、アリカが傷つくほうが嫌だ」

 ……。
 本当に辛そうに言われて、何を返せばいいのかわからなくなりました。勝手に決めて、勝手に傷ついたのはあたしですが、それを見せられてなにも思わない人ではありませんでしたね。それくらいなら自分がと言いだすような。
 それでも見ないふりなんてあたしにはできませんでした。今回、黙ってそれをしたのは、止められると知っていたから。こう言いだすと思ったから。

 少しも、上手くいきませんね。
 あたしは深呼吸一つをして笑うことにしました。

「大丈夫です。あたしは頑丈ですし」

「死にかけたじゃないか」

「ご心配をおかけしました」

 その点は謝罪します。でも、同じことがあったらもう一度しそうですけど。それも事後の謝罪で行こうと思いますよ。

「反省しているようには全く思えない」

 うわぁ。目が据わってますよ。声も一段と低い。本気でイラっとしてますね。色々透けていたようです。そ、そんなことないですよという言葉は口から出てきませんでした。へらりと言ったらなにされるかわかんない感じがひしひしとします。
 あたしが固まってしまっている間に手慣れたように抱き上げられました。そのままベッド行きです。
 あれ、デジャブ感あります。なにか、以前、同じようなことをしたような気がするんですよね……。

 優しくベッドの上に下ろされて……。

「もう相談もなしに危ないことはしない」

 逃げ場のない角に追い詰めれてますよっ! おお、ベッドよ、なぜ部屋の隅にあるのですかっ!
 さらに逃げようとして壁に張り付いちゃいますよぉってなんでそこで両手を押さえるんですかぁっ! 張り付けられた標本みたいじゃないですかっ!

「ぜ、善処します」

「もうしない、だけが答えだ」

 学習されました。曖昧表現拒否です。はいかイエスという選択肢しかございません。
 
「返事は?」

「できるだけしません」

「……わかってないようだな」

 ひぃっと悲鳴をあげそうになりました。気温すら下がっていそうな冷ややかさが刺さりますっ!

「しかたないじゃないですかっ! 他の何よりもずっとずっとエリックのことが好きで大事なんですっ!」

 激重発言は慎むべきだと思うんですよ。口から出ちゃいましたけど。

「……やっぱりアリカはわかってないな」

 思わず見返しちゃいました。エリックはなんだか複雑そうな表情してますね。知らぬ間に両手も自由になってます。

「もし、あの時点でアリカが死んだら俺がどう思うかなんて考えなかったんだろ」

「え。ちょっとは引きずって覚えててほしいですけど」

 たぶん、渾身の力で記憶を奪っていくでしょうね。覚えてないでいいよとやるのはやっぱりたちが悪いと思いますけど。
 大事なのは推しの幸せですからね。影を差すかもしれない存在はいないほうがいいんです。

 エリックはがっくりと肩を落としていました。何か間違いました?

「……自業自得だろうな。これは」

「はい?」

 いったい何が。
 なにか吹っ切ったような感じなのですけど、あたしはさっぱりわからぬのですよ。

「ちゃんと、教えてやるよ」

 なにか、ものすっごく、やばい感じがしますっ!  いっそ優しいくらいの微笑みが、あ、クルス様、じゃなくって! 愛しげに頬を撫でられてますが、なんか捕食一歩手前みたいな危機感しかないですよ。

「な、なにをですか……?」

 怖いけど、知らないのも怖いので聞くのですが。

「俺がどれくらい、アリカのことを思ってるか。覚えてもらわないとな」

 色気がオーバーキルでした。理性と意識がまとめて失神します。
 そこから朝方まで色々拝聴することになりました。

 とりあえずは、お互い、ものすっごい重いってことがわかりましたよ……。割れ鍋に綴じ蓋ってところでしょうかね。
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