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温泉と故郷と泣き叫ぶ豆

記憶の……2

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「……あのぅ。大丈夫ですか?」

「おいてきたはずなのに」

「夢の中にずぶずぶに入っちゃっていた人のセリフとは思えませんねっ!」

 不満げなエリックにあたしが不満ですよっ!
 えーやーだーと言うツイ様をどうにか説き伏せて、魔道具の夢にダイブ中です。いやぁ、強引に入ると変に同調しちゃってですね……。
 名前を暴いちゃった件とその後の色々をエリック視点で見てしまいました。
 気まずいのですけど、それより昔のあたしが悲壮でした。
 え、ええっ!? と自分で衝撃を受けるほどです。あ、あれ、あたしなの? ほんと? という気分です。

 うーん。ツイ様、きっちり眷属にする気だったじゃないですか。それなのに大人になっても人間やってましたよ? あの感じだと二十歳くらいにはもう人間やめてそうなのですけど。
 なにかあって考えを改めたんでしょうね。

 もしや、この辺りで約束だの喧嘩売っただのが絡んできたり? 子供のあたしにエリックはかなり同情的であったんですよね。でも、異界の神なんかに喧嘩売ります?
 そのくらい、好きだった、というわけでもないんですよね。あの感じ。
 保護すべき子供、って思われていたようです。あたしの見方に邪念が混じっていたのですよね……。

「……で、どうするんだ?」

「そうですね。最後まで鑑賞しましょうか」

 返答はため息でした。

 さて、現状を確認しましょう。
 現在、重苦しい書斎の中にいます。この部屋自体が魔道具ということなんですよね。部屋の呪式から聞こえる軽やかな旋律と時々混ざる不協和音が不穏さを増しています。

 その中で、過去の我々は押し問答してますね。あらら。どちらが壊すか揉めてますか。壊したほうにはリスクがありますね。

「一つ聞いておきたいんですけど、この時、ずっと残る気ありました?」

「ない。残りたかったのはアリカじゃないのか?」

「エリックが残りたいのかと勘違いしてましたね」

 お互い顔を見合わせて苦笑してしまいますね。誤解とすれ違いがありました。聞けばいいものを踏み込んではいけないところと聞かなかったのが悪かったのでしょう。

「それなら、一緒に残るかと言ったのは悪かったんだな」

「そうなりますね」

 子供のあたしがエリックのその言葉を今聞いてますね。目を見開いてから、泣き出しそうな顔をしています。

「ほんとは、帰りたくなかったんじゃないですか?」

「少しな」

 きまり悪そうにエリックは言っていますよ。やっぱり。
 それから、小さく聞こえてきた呪式を止めました。やはりここはキスで黙らせましょう。

「なんか、絶対、見せたくないって感じなんですよね? なにしたんです?」

 エリックに次の呪式を紡がれる前に問いただしておきましょう。

「別に大したことじゃない」

「ツイ様も知られたくない風で、困っちゃいますよね」

 どう考えても何かあったとしかおもえませんね!

 こちらのアレコレを考慮されるわけもなく、過去の記憶らしきものが動き出していますね。

「……様、来て」

 召喚というのは簡単に聞こえますが、異界から呼んでるんです。空間どころか次元を捻じ曲げて。

 うーわーと自分のしでかしたことに遠い目をしました。追い詰められたあたしがやらかすのは昔から一緒ですね……。
 冷静に考えれば、問答無用で魔道具破壊すればいいんですよ。エリックの言い分全部無視してあとでフォローすればいいじゃないと。
 そうしなかったのは、どうしても、戻ってほしかったから。

「……愛が重い」

 思わず呟きますよ。ぎょっとしたようなエリックの視線が刺さります。重すぎます。やばいレベルです。やっぱり本気でまずいのはあたしのほうでは? 子供だって女ですねと白目剥けばいいんですか。

 魔道具ぐらいじゃ、異界の神の存在の重さに耐えられずその夢は壊れてしまいました。こちらに余波が来ないのはこれは過去の映像でしかないせいでしょう。
 夢の中の夢が冷めてもまだ夢と入れ子の状況がこんがらがってきそうです。

 壁の一部に傷跡ができ、これで魔道具自体は不完全なものになりました。
 それはいいんですけど、ツイ様がいますね。これ、昔のツイ様でいいんでしょうか。

「アリカ、探したよ。もっと早く呼んでくれないと。帰ろう」

「……はい。お兄ちゃん、遊んでくれてありがとう。名前は返すね」

 少しのためらいを振り払うような明るい笑みが、明らかに無理してますね。
 油断してたそのときに、重い音が聞こえてきました。

「覚醒(ニギリ)」

 小さく聞こえた声にやっぱりとため息をつきます。それは予測済みでした。だから、先に用意していたんです。

「反射(リッカ)」

 驚愕したようなエリックの顔が珍しいですね。あたしが魔法を使うなんて思ってもみなかったんでしょう。

「自分自身にかけた呪式というのは、わかりにくいというのは本当なんですね。先に帰っててください」

 あたしが用意していたのはあたし自身にかけられる魔法を反射するだけの魔法です。効果時間は三十分程度と短いですが、あらゆるものを反射して相手に返します。
 あたしをここから去らせるための覚醒の魔法はエリックに返され、あたしの代わりにエリックが掻き消えていきます。

 エリックもツイ様も見ないでほしい結末。ちゃんと見なきゃいけません。きっと、あたしがなにかやらかしたんですよ。
 それを見れば、あたしが心底後悔や傷つくのを知っていて、止めたいと。

 それでも過去は過去ですし引き取らねばなりません。
 今のところは別にどうこう言うことはなかったと……。

「帰せない」

 過去のエリックが言いだした言葉に驚きました。

「子供が子供としていれない場所にいていいはずがない」

 淡々と言われているようで、ものすっごいお怒りですよっ! あたしの境遇にそれほどの同情が?
 ああ、でも、あれですかね。過去の自分と重ね合わせてというところもありそうなのですけどそれにしたってどう考えても、ダメな相手ですって! 大人しく見送ってください!

「お兄ちゃん?」

「アリカ、わかっているだろう?」

「あたしは大丈夫だよ」

 ……。
 うん。大丈夫じゃない顔してますよ。あたし。泣き出しそうな顔は、やっぱり駄目ですって。そんなに帰りたくなかったのか、それとも居心地が良すぎたのでしょうか。

「ここには家族もいないし、知っているものもない。残れるわけがないだろう?」

「違うよ。ここには怖いものはいないもの」

 ツイ様の言葉を否定したいように子供のあたしはぽつりとつぶやきます。

「こわいもの?」

 ツイ様は意外なことを聞いたと言いたげですね。
 子供のあたしは、意を決したように口を開きます。

「私に触れる変なものは怖いの。でも、そう言うと怒られるでしょ。
 あれがいるから、友達もつくれないもの。あたしのそばにいるならとちょっかい出されてみんな困るの。お兄ちゃんもかなちゃんにも危ないものっ! あたしがいなければ、誰も、怖い思いしないでしょ?」

 ……思った以上にヘビーな幼少期でした。全く覚えていないのですが。
 きょとんとしたようなツイ様の顔が印象的ですね。なんで、そんなこと気にしてんの? と言いたげです。

「アリカはそんなもの気にしなくていいんだよ。ほら帰るよ」

 ツイ様が帰ると言いながら帰れないのは、違和感がありました。
 あれ? もしかして、世界間の移動はあたしの能力ですが、ツイ様にはない? あたしが帰る気にならなければ、戻れないのではないでしょうか。
 呼んだのはツイ様の一部で、破片のようなもの。それもあたしが呼んだから、きたのであれば。

 見ればツイ様、イラっとしてますね。

「帰りたくない」

 呟いた言葉は決定的で、あたしは頭を抱えたくなりました。
 エリックの性格上、この子供のあたしを放っておくことはないでしょう。つまりは。

「おいで」

 ああっ。
 もうっ。

 ツイ様のそばを離れて、ぽすっと抱きついてますよっ!
 完全にダメな流れが……。介入できないのが口惜しいというか。介入したらどっちに味方したかって? それは過去のあたしに決まってます!

「悪いけど、それを帰してほしい」

「断る」

「保証をはずめばいいか」

 ツイ様がため息をついて、指を鳴らします。
 過去を見ているはずが、ぞわっとしました。あ、これはまずいと本能的に理解できるほどのもの。

「ねぇ、アリカ。いい子だから、帰ろう」

「いや」

 そういうあたしの顔を知ってます。
 拒否。断固拒否。徹底的に拒否。そう言う顔です。イラっとした顔のツイ様。あのねぇと呟いてますね。正規手順を踏んでないので、色々まずかったんだろうなぁと現時点のあたしはわかってますけど。
 子供のあたしはそこまで重く考えてませんね。色んなところに気軽に顔を出し過ぎて麻痺してるのかもしれません。

「子供の一人くらい困らないだろ」

 エリックのそれもひどい言い方ですけど。

「困るよ。じゃあ、さっさと返してもらおう。わがままな眷属は困るよね」

 ツイ様のいっそ優しいくらいの声。ここにいるのは一部とはいえ、人の身で抗うのは少しばかり骨が折れますね。
 それにも関わらず、過去のエリックはあまり気負った様子もありません。いつものように、気軽に。それでいて聞こえる旋律は、重苦しく圧力さえ感じるほどに濃密でした。

「少しは、やる……ってちょっと待てっ」

 焦ったツイ様の声が珍しいですね。当たり前ですが、過去のエリックは待つわけもありません。殺意高いんです。人でなくてもがっつり殺しにかかります。ためらいなんてぶん投げてます。というか、待ったほうだという認識が……。
 黒い弾丸が、逃げるツイ様を追撃します。

「ちょ、ちょっとなんなのっ!」

「端末なら破壊すればいいだろ」

 エリックの冷ややかな声が怖いんですよ……。あ、これこそクルス様ですね。いつもはこんな声を出しません。
 着弾する前にツイ様は消したように見えましたが、一部消失してますね。人の形をしているだけなので、血はなく、虫食いのように左手が消えてます。

「人ではないのは理解してないわけ?」

「人をもの扱いするようなやつに返すつもりはない。まだ子供だっていうのに甘えてわがままも言わせないのが眷属になるなら、人のままのほうがましだ」

 ……。
 致死量を超えてます。そ、そうですか……。そりゃあ、こんなの長年引きずるでしょう。
 でも、まあ、この辺りまでは、当事者が死ぬほど恥ずかしいだけでよほどのこととは思えないんですよね。

「人なんて、すぐに死ぬじゃないか。アリカは、ずっといてくれないといけないんだ。ヒトエが、いなくなるんだから」

 独り言のようなそれに、子供のあたしが青ざめていました。
 ツイ様には身代わりのつもりはなかった、と思いますが、そう聞こえてしまいます。

「帰る」

 子供のようにツイ様は呟いて、気に入らないと言いたげに、エリックを見ました。

「アリカの心残りになるなら消しとかないとね」

 消すのは記憶を、だと思ったのです。ツイ様もちょっと甘いところあるのでなんて勘違いでした。

 もう一度、パチンと鳴らされた指。それに呼応するように針金のように細いなにかが部屋を過ぎ去って。

 誰の悲鳴を聞いたのか、理解できませんでした。



 あたしの軟弱な精神は現実を直視できず、きゅうと気絶しました。軟弱すぎます。それより夢の中で気絶ってできるのですねっ!

「……ツイ様。死んでください。死んで詫びてください」

 意識を取り戻して一番に言ったのはそれでした。現在どこにいるかというよりも必要な要求ですっ!

「なにそれ、ひどくない?」

 笑いを含む声に視線を向ければいつも通りのツイ様がいました。ううっ。ツイ様だけですかと思えば、エリックもいましたね。膝枕中ですかそうですか……。なんですか、この状況。背景は真っ白なのでいつもの場所なんでしょうけど。

 暗転する前に見たのは。思い出そうとして、なにかが拒否していますが、そこをがんばりまして……。

 あ、むり、死ぬ。

「ごめんなさいっ!」

 起き上がって、ちゃんと正座してからエリックに頭を下げました。

「あたしが悪かったです。素直に帰ってればよかったのに、というかツイ様を呼ばなきゃよかったのにっ!」

 ツイ様は水系の方で、水圧カッターみたいなことできるらしいです。ええ、すぱっときりおとしてくれやがりましたよっ! エリックの手を。どうにか避けてのことみたいに見えましたので、胴体すぱっとがツイ様の希望だったんでしょうかっ!

 痛かったでしょうに。今はちゃんとエリックの手がありますけど、どうなったんです?

「直してはもらったし、やり返さなかったわけじゃない」

 エリックのいつも通りな声にあたしのほうが動揺します。思わず頭をあげてしまいました。
 もしや、あたしが見る前から知っていたのでしょうか。そ、そういえば、全く動揺してませんでしたね。むしろあたしのほうを心配そうに見ていたようで。それに起きたらいいと何度も……。

「そうそう。殺意高いんだから困るよねぇ」

 へらりとしたようなツイ様の声に腹が立ちますね。前と比べればかなり人に近い態度をとっているのはわかりますが。

「殺す気の相手に手加減する理由はない」

「いやぁ、あそこまで追い詰められたの珍しいっていうか」

 どうだかと言いたげにエリックが見てますよ。死闘したわりに確執がなさそうなのですけど、どうなってるんです?
 ツイ様はあたしの表情に苦笑してます。

「一応ね、痛み分け。
 そっちの要望も聞く代わりに連れ帰るって話にしたよ。普通の子として育っただろ。色々忘れたけどさ」

「確かに魑魅魍魎も血筋の色々も知らずにいましたけど。え?」

 思わずエリックを見上げますね。気まずそうに顔を背けられてしまいました。

「あたしが普通だと思っていたのって」

「そ。そこの恩人がね、死ぬ気でもぎ取ったやつ」

 ……。
 もう一回、意識、飛ばしていいですか? 魂抜けそうなんですけど。
 文字道理、死ぬ覚悟ですよ! それ!

「別に、そこまであたしのこと好きじゃなかったでしょうに」

 今の時間軸はさておいて、ですよ。子供のあたしにそこまでの価値があったとは思えません。なんだか自分の子供のころと重ね合わせているなにかがあったのも込みでも、と思ってしまいます。

「守ってやるって約束しただろ」

 エリックに顔をそむけたままに言われました。それ、物理だけの話じゃなかったんですか。

「わかりました。今度はあたしが、幸せにしますっ!」

 もらった分以上、お返ししなければいけません!
 とりあえず、普通と思っていた十数年の倍だから三十年ほど、いや、もっと……。

 あれ? エリックが虚をつかれたような表情ですけど。ま、まさか、嫌、とか。

「やっぱり、アリカはそんなこと言わないだろ」

 杞憂、杞憂となぜかツイ様がエリックの背中を叩いてるんですけど。というか仲良しでいいんですか? やっぱりツイ様に制裁とかしません? いや、諸悪の根源はあたしなのですが、あたしが制裁されるべき?

「そこの心配性が、別れるとか言われるんじゃないかと心配してたから」

「お望みでしたら、遠くから見守るでもいいんですけど」

 嫌になっちゃったりしますか。そうですか。仕方ありません。色々やらかしたのはあたしです。遠くからストーカーのように見守りましょう。犯罪者になるのは不本意ですが、ほっとくと死亡フラグが立つんですから仕方ありません。ええ、仕方ないんです!

「勝手にいなくなるのは困る」

 やばいほうの思考に流れていったことが漏れていたのかエリックに慌てたように言われましたよ。
 いらないと言われる可能性は常にありますからね。重すぎる愛が、さらに増加されたのは気がつかれないといいのですが。
 なんかあったらヤンデレになる自信ばかりがふえてきますよ……。

「ほらほら、さっさと帰った。存分にいちゃいちゃすればいいんじゃない?」

 他人に言われるとやりづらくなるのはツイ様は知らないのでしょうか。
 強制的に追い出された感覚だけありました。最初に寝ていたベッドでぱちりと目が覚めます。おや、なにか目の前に白いものが。

「やあ」

 半透明なものは気さくに挨拶してくれました。
 ……え? す、透けて?

「ひぃーっ」

 悲鳴が響き渡りましたっ!
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